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定着から放浪へ 放浪から定着へ

自転車の旅、そのほかの旅について書いています。

旅の時間 2009年1月4日

Tasmania cycling

昨日、遅く寝た割に早く目が覚めた。
習慣とは恐ろしい。
だが、テントから出る気になれず、グズグズしていた。

顔を洗い、キッチンへ行くとすごい人だった。さすがに人気のキャンプ場だ。

食事をしていると、昨日話しかけてきた日本人夫婦と話をした。
旦那さんはメルボルンで家具職人をされているそうだ。

何でも、以前は日本的なものを作っていたが、
工房が火事になり、今は別の場所で仕事をされているそうだ。

どのくらいのお休みですか、と尋ねると
四週間の有給だという。

うらやましい。

今回はそんな休暇で来ていて、今日は一日歩くらしい。
朝食を済ませ、クレイドルマウンテンに向かう。




クレイドルマウンテンは国定公園になっており(もちろん世界遺産でもある)、
車で行けるアプローチの道が一本しかなく、
途中のビジターセンターからは専用バスでしか行けない。



Dove Lakeがクレイドルマウンテン散策の起点になる。
そこまでのボードウォークでアプローチするRonney Creekというところで
バスを降りようと思っていたのだが、バスのドライバーのアナウンスが聞き取れず、
Ronney Creekのバス停をスルーしてまう。


結局、Dove Lakeのすぐ前のまでバスで来てしまった。

バスを降りると外は素晴らしい快晴。空の青がこれまでにないくらい眩しい。


少し乗り越したぐらい、まあいいじゃないか。




快晴のクレイドルマウンテンとDove Lave。
なんて美しいのだろう。

この一週間の苦労が報われたというものだ。
自然に笑顔がこぼれてくる。

 



クレイドルマウンテンの代名詞の小屋


ここからは予定通りGlacier RockからHansons Peakを回ってDove Lakeのサミット、
それからLake LillaとWombatpoorを回るルートで決まりだ。

というかこのルートぐらいしかDove Lakeをぐるっと回ることができるルートがないのだが。

中央の大きい湖がDave Lake。その周囲を回る。


駐車場からウォーキングトラックに足を踏み入れ、歩き出す。

最初、観光客も多く、イージーなものかと思っていたが、
やがて軽い登山になり、最初のポイント、Glacier Rockを過ぎたあたりから
観光客の姿は見当たらなくなった。

 

 

 

グレーシャーロックから

 

 

 

 

 

 


道は楽ではなかったが、晴天の中、美しい湖を眺めながら歩くのが楽しくて仕方がなかった。

途中、あるドイツ人と一緒になった。
なんとなく一緒に歩く。

彼は名をグレゴーといい、オーストラリア本土に住んでいるそうだ。

日本人でも小柄な私と比べ足の長い彼は、当然のようにトレイルをガンガン進んでいく。

早いよ、グレゴー。



リトルホーンに至る道。この先がやばかった。

Lake Wilkの見下ろせる山で昼食にする。
昼食は昨日作っておいたステーキサンドだ。なかなかうまい。

いつものようにコーヒーを淹れ始めるとグレゴーが
「ここでか?」と聞いてくる。

これは私のこだわりだから仕方ないのだ。

グレゴーはと言うと、マンゴージュースとビーフジャーキーしか持っていないという。
何か食べるか、と聞くが「いいよ」という。昼はあれで足りたのだろうか。

左がLake Wilk,右がDove Lake  

 

湿地帯はボードウォーク

 

 


グレゴーと話しながらトレイルを進む。
彼は日本のサブカルチャーに興味があるらしい。

意外とサブカルチャーは浸透しているんだな。


 

グレゴーが撮影してくれた写真

 

 


私が景色に感動して写真を撮り続けていると
「どうしてアジア人は写真ばかり撮りたがるんだ?」とグレゴーが聞いてくる。

「自分が見ている風景を少しでも、いつでも見られるように残したいからかな。」
私が答えた。

そう答えながら、写真撮らない方がなんとなく格好いいなと思ったが、
こうしてブログを書いていると、写真をたくさん撮ってよかったと思う。

写真でいろいろな記憶がよみがえってくる。
写真も見るまで思い出せなかった些細なことや、旅の空気感も。

 

 

グレゴーは下りも早い

 

 


グレゴーと歩いていると反対側からアジア人の一団とすれ違った。
「おい、写真撮ってやらなくていいのか?」とグレゴーがおどけて言うので
肘で小突いてやった。

 

 

グレゴーはなぜか階段が遅い

Lave Daveはもちろん、Hansons Lakeもその先にあった名前のわからない湖も
どれも美しかった。

ほんとうにここまで来てよかった。

 

一期一会とはまさにこのことだろう

スタートの駐車場まで戻り、グレゴーと別れた。
なかなかおもしろいやつだったな。



バスで自転車を置いてあるビジターセンターまで戻る。

バスで戻る途中、運転手が今日はクリスマス以来のナイスデイだ、と言っていた。
ほんとうについているな。

キャンプ場に戻ってシャワーを浴びよう。
今日はなかなか疲れた。


*************


旅のこうした時間が好きだ。
つまり、特にやることもなく陽だまりの中でぼんやり本を読み、ビールを飲む時間。


今日の場合は、シャワーも洗濯も終わってしまって、かといって夕食には早いから
こうしているわけである。

何にも縛られない、こうした時間の自由さ。

旅の終わりはそう遠くない。あと3日。
3日後にはタスマニアを離れ、メルボルンの空港にいるだろう。

こうして気ままに過ごす時間はもうほとんどないのかもしれない。


「あまり幸せをむさぼってはいけない」

この旅の間、読んでいた隆慶一郎の『一夢庵風流記』の一節だが、
そう思わせるほど、今は幸せだった。


だが、幸せも、ないときにはない。


この一週間のウェストコーストの雨の日々を思えば、
今の幸せもプラマイゼロなんじゃないだろうか。

こうしたことをあれこれ考えることは無意味なことという気がする。

とりとめのない思索を巡らすこと自体、すでに幸せなのだろう。


とりとめのない思索が勝手に進んでいく。


この旅の間、世話になっているカスケードドラフトは
キリンのクラシックラガーの足元にも及ばないが、今はこれでいい。


旅に疲れてきた、というのも実際にある。
そろそろバスタブと天丼と日本のビールが恋しい。


だが、次の旅がいつになるかわからないから
この旅の時間が残り少ないのは何とも言い難い。


今は今を、ただ楽しもう。それでいい。





風景に至る道 2009年1月3日

Tasmania cycling

朝8時出発。悪くない時間だ。




だいたい2時間ぐらいで最初のジャンクションまでたどり着くことが出来た。
Murchison Hwyは一番高いところでも標高690mが最高だった。




ジャンクションから3キロほど進んだ道の脇で昼食にした。

昼は昨日宿で作ったステーキサンドだ。
味はテリヤキペッパーに、テリヤキ七味、山椒醤油の三種類にした。
一番うまいのはテリヤキペッパーだ。

野菜はいつも保存の効くタマネギぐらいしか持っていないので、
バーガーに挟んである野菜はいつもスライスオニオンぐらいだ。
今日もなかなか辛い。

温かいコーヒーを淹れて落ち着く。

今日も寒い。

足元から冷える感じだ。
雨は降る様子は無かったが、朝からずっと曇り空だ。



服装は下から、ソックス、フリースソックス、レーサーパンツ、レッグウォーマー、
半袖レーサージャージ、長袖起毛のジャージ、レインジャケット、グローブ二重といった感じ。

結局終日その服装だった。
一昨日を思えば、そう寒くなかった気がする。



昼食の後はひたすらアップダウンの繰り返し。

しばらくして晴れ間が覗いてきた。

長い時間、ペダルを踏んでいると、思索にふけることが多い。
がつがつ走っているときはないが、
ロングライドやツーリングではしばしばあることだ。



考えていたのは動機の言語化だ。
言語化出来る動機は、大した動機ではないのではないだろうか。

例えば、「どうして仕事に行くの?」と言われれば、
生活していくためとか、理由は明快だ。
あえて聞くほどのことでもないだろう。

だが、「どうして旅に出るの?」と言われれば、
楽しいからとか、好きだからとか、いろいろ言えるのだろうが、
決定的な理由を説明することは出来ない。

ただ、日常の中で「また旅に出たいな」という想いが、
ふっと心のどこかにわき上がってきて、それが日に日に強くなっていくだけだ。

そして、それは或る日押さえきれなくなる。それだけのことなのだ。

旅の動機を言語化するのは難しい。
私にはそれぐらい、生きる根本的な問題になってしまっているのだ。

そんなことを考えていると目の前に
もはやおなじみになったタスマニアの急な坂が現れた。




来た!来た!来た!

またエグいほどの急な上り。
迷うことなく、ギヤを軽くし、サドルの前方に座り、上りポジションを取る。

そして、例のごとくひどい形相になりながら頂上を目指した。

写真ではさして急に見えないのが残念



頂上までかなり苦戦したが、標高はわずかに960m。


気分的には1500mぐらい上った感じだ。



なんだか損した気分だ。
補給に持っていたリンゴ出してかじった。



気持ちよく峠を降りる。




峠を下り始めると素晴らしい景色が広がった。



美しい。



アラスカでツンドラを見たときの感動がよみがえった。

草原の間を抜ける下り坂を一気に駆け抜けていく。
美しい景色が流れていくのがなんとも惜しい。



感動のあまり、不覚にも涙が出そうになった。

この1週間の苦労を思い出していた。

雨にも、風にも、霙にも、寒さにも、坂にも、とにかくいつも挫けそうだった。

だが、ここまで来た。この景色に出会えた。
この感動は何ものにも代えがたいものだ。


それを思うと何も言葉が出てこなくなった。

弱音を吐いても、自分の力でたどり着くことが
どれだけの感動になるのか、
このことを思い出すのに、ここまで来なければならなかった。

こんなことは分かっていたことだった。
日本でも、ニュージーランドでも、アラスカでも、いつも同じだった。

ただ、今、理解するには、ホバートから3週間かけてここまで来なければ分からなかった。



タスマニアに来て良かった。ここまで来られて良かった。

眼下に広がるこの景色は、
他の人から見れば、何でも無い風景かもしれない。
だが、私はこの風景をずっと忘れないだろう。

ここまでやってくる力を与えてくれたすべての人、すべての風景に感謝した。




峠からはいつものアップダウンが続き、
そのままクレイドルマウンテンに向かうジャンクションだった。




もっときつい道かと思っていたが、あっけなかった。

ジャンクションからキャンプ場までは2.9キロ。
近くの駐車場で、コーヒーを淹れて休憩した。


キャンプ場はストローンで泊まった系列のところで、Discoveryというところだ。

Discoveryキャンプ場の受付。web上より転載



受付で名前を伝えると
「あなたがカズヒロね!ストローンからようこそ!」と受付の女性が笑った。

このクレイドルマウンテン一帯はタスマニア屈指の人気トレッキングエリアで
キャンプ場の予約が必須の場所である。

ストローンに滞在中、いつクレイドルに着けるかを計算して
ストローンのバックパッカーから、何度か問い合わせと予約をしていたのだ。

そうか、この女性が応対してくれたのか。

「無事についてよかったよ」私は笑顔で答えた。


キャンプ場は思った以上に広かった。

文字通りクレイドルマウンテン探索の拠点だから当然なのかもしれない。

テントを張り、キッチンやバスルームをチェック。

キャンプサイトは指定がある。


キッチンは広いが冷蔵庫がない。まあそれはたいした問題ではない。


洗濯は手洗いでいけそうだ。物干しワイヤーもたくさんある。

一日自転車乗ったあとで、キャンプするのに洗濯するのは正直面倒だが、
ほかの客が洗濯しているのを見ると、うれしくなる。

洗濯しなければいけないほど、キャンプができるなんて
日本人の感覚からしたら、とても素敵なことだと思うからだ。

キャンプ場内で行き会ったカナダ人サイクリストと話す。
私が日本人だというと「ヤマガタが好きだ」と言う。
山形県かヒロヤマガタかどっちだったんだろう?

キャンプ場に早く着いたので、
少しクレイドルの近くまで行くことにした。

クレイドルマウンテンを望むDove Lakeを見に行く。


景色はなかなか良く、おおっというところもあったが、そこまででもないかなとも思った。

急にひどい疲れに襲われて、一時間余りで引き揚げた。

キャンプ場のレセプションでビール、シャンプー、ジャムなどを購入。

疲れて何でもよくなってしまった。
そろそろ風呂が恋しい。


旅もあと4日を残すところとなった。
そして今日もビールは2本で11ドル。

まあまあ。

1本目が終わるのも風前の灯火だ。
だか、やめる気もない。

明日は一日クレイドルマウンテンを軽く歩こう。


行く手の山は雪を抱き 2009年1月2日

Tasmania cycling

朝、雨が強烈だった。
ジーハンのスーパーマーケットで
トーストスライスのパン1斤とカメラのフィルム、コーヒーを買った。

スーパーを出るころには、幸い豪雨は収まっていた。

それでも、雨がやんだと思うと、急に晴れて暑くなる。
そしてしばらくすると、ザーザー降りに逆戻り。

相変わらず難しい天候だ。

とはいえ、概ね晴れになってきたので、
雨用のオーバーグローブは外して走った。


昼、ローズベリーに着く。まぁいつもの感じのアップダウンでここまできた。

冬の始まりのような山。季節は夏なのだが。。



寒いはずだ。ローズベリーの街から見える山々、
おそらく1000級だと思われるが、雪が積もっている。

足下は、靴下二重で真冬状態だが、じっとしているとやはり冷える。


「The Blue Dolphins Cafe」という店で昼食。
ハンバーガーにチップス、カプチーノをマグで。10ドル90セント。


ハンバーガーはバンズに肉が挟んであるだけで他に具のないそっけないものだった。

カフェで食事をしていると、私が向かっているTullahの方から
サイクリストがやってきた。

また老練な感じの男性だ。話を聞く。


聞けば、この老練なサイクリストはサウスオーストラリアの人で、
北中部、デボンポートからクレイドルマウンテンを回ってきたらしい。
ちょうど私がこれから行くルートを来たようだ。

今日はこれから、ジーハンハイウェイでクィーンズタウンに抜けるらしい。

ガイドブックを眺めていたので、見せてもらうと
Lonely Planet』のオーストラリア、サイクリスト版だった。



オーストラリア全土を網羅しているものだが、
思った以上にタスマニアの情報が多かった。
私もこれにするか迷ったが、結局、更新されたばかりの
Lonely Planet』のタスマニア版を使っていた。

サイクリスト版は私もニュージーランドで使用したが、
モデルルートと高低差が示されていたり、
ライターの実際走った感想なども掲載されていて、とてもいいガイドブックだった。
もし、海外にツーリングに行く方がいれば、ガイドブックにおすすめしたい。

老練なサイクリストが撮ってくれた写真。恰好が完全に冬だ。

老練なサイクリストと別れ、街のスーパーに入る。

ローズベリーは山間の小さな街でメインストリートが北に向かって坂になっている。


スーパーは街の規模相応の小さなところで
店主の子どもだろうか、15歳くらいの女の子がレジを打ってくれた。

彼女はなんだかとても退屈そうに見えた。

タスマニアの山間の小さな街に暮らす少女の日常が少しだけ垣間見えた。




ローズベリーを出てしばらくのところに赤で「REDUCE SPEED」の看板があり警戒した。

ニュージーランドで同種の看板を見たのが、
南島の西部と東部の境、Auther's Passと同じく南島のTakaka Hillで
どちらも早々にインナーローを使ってしまうようなかなりの峠だった。

この赤い看板がある峠は危険!と思ったが。。

だが、今回は中部の湖沼地帯の激坂に比べたらたいしたことはなかった。


ローズベリーからは天気は大きく崩れず、小一時間ほど上った。
おおむね予定通りだ。


相変わらず、右膝の調子はよくないが、まあ行けるレベルだ。
明日は難所のクレイドルマウンテン、明日もこうだといいが。

 

 


やがてTullahの街に到着。今日はここの宿を予約してある。
宿はLake Roseberryの湖畔にあった。


標高180mとあるが感覚的には1000mぐらいだった


本日の宿泊先、Tullah Lakeside Chaletはかなりいいところだった。
いつものように相部屋の部屋をお願いしたのだが、
南国リゾートホテルのような雰囲気だ。

宿を間違えたのではないかと思い、確認したが
間違っていなかった。一泊25ドル。


あまりに立派なので、レセプションで「料金は?」と恐る恐る聞くと
「25ドルだよ」と言ってくれた。素晴らしい。

宿泊棟は4棟あり、雰囲気は違うがアラスカのカリブーインを思い出した。
宿泊客はあまり多くないようだった。

部屋に荷物を置く。部屋はまたもや私一人のようだ。
おお素晴らしい石鹸とタオルがある。
石鹸はもったいないので、封を切らずにもらっておいた。


キッチンでロースベリーで購入した肉を下ごしらえし、
きのうびしょ濡れになったテントを外に干した。


テントを干していると、カップルのサイクリストがやってきた。
二人はアデレードから来たという。

アデレードから来たサイクリストカップルのバイク。スポークの間にトランプが挟んであった。



彼らもロースベリーで出会ったサイクリスト同様、私の逆のルートを来たらしい。

私も明日はクレイドルだ、と言うと彼女のほうが

「私たちも今朝までクレイドルだったの。本当に寒くてびっくり!道は凍っているし、グローブ持っていなかったから、冬用のグローブを高いお金払って買う羽目にあったわ」
と矢継ぎ早に話し始めた。

聞けば、気温は一度しかなかったらしい。


おいおい、北極圏の夏より寒いぞ、クレイドルマウンテン!


彼氏の方が「テントは凍るし、雪にも降られてね」と参ったといった感じで言っていた。

大丈夫か?ここまでとは正直聞いていなかったが、
幸い装備はなんとかなるレベルだ。
クレイドルマウンテンがどうあれここまで来たら行くしかない。



夕食の前にビールを買いに宿のバーに行くと
ビール2本で11ドルだという。

何!?

普通の倍の値段だぞ!

高かったが、ないと困るので、しぶしぶ購入した。


キッチンで夕食を作る。
インスタントのトマトスープにカレーソースで味付けして
パスタを加えた。

 

 


ソースが余ったので、パンにつけて食べた。

ジーハンで買ったパン。キャラウェイシードの香りが効いておいしかった。

食事をしていると、さっき話していたサイクリストカップルが何か口論していた。
英語能力が低いおかげで何を言っているかさっぱりわからなかった。
まぁ、首を突っ込むべき話ではないだろう。


キッチンで日記を書きながら、ビールを飲んでいると
「お前見たぞ!」とまた別のカップルに話しかけられる。
旅をしているとしばしばある。


私はビール、彼らはワインを飲みながら話す。
聞けば、彼らは今回車でタスマニアを回っているが、
過去に自転車でニュージーランドを回っていたことがあるらしい。

しばらくニュージーランドの話で盛り上がる。

それにしてもタスマニアを旅している人たちの多くが
ニュージーランドを旅しているのはどうしてだろう。

私もニュージーランドを旅しておいてよかった、と思った。


 

Henty Dune 2009年1月1日

Tasmania cycling
 
2009年になった。
 

何となく正月らしいことをしないといけいような気がしたが、
すぐにどうでもよくなった。それより気になるのは天気だ。

まぁ天気もはっきりしないうえに突然変化する
いつものタスマニアンウェザーだろう。


朝、バックパッカーのキッチンにスティーブがいたが、はじめ誰だか分らなかった。
しばらくしてケリーがやってきてようやく、スティーブと分かった。
きのうとはずいぶん感じが違った。

今朝は二人とほとんど話せなかった。残念。

朝食は、トースト3枚と卵にリンゴ、そして言うまでもなくコーヒー。
まぁいつも通り。いや、卵があるだけ少し豪華か。


午前9時頃、ストローンの街を後にする。
今日はストローンの隣町、Zeehanまで行く予定だ。
少し雨がパラついていたが、気になるほどではない。

風は珍しく追い風。
このタスマニアにあって、年のはじめが追い風とは幸先がいい。

海辺にも関わらず、森の中を行くハイウェイを快走した。

今日、ぜひ立ち寄りたいと思っている場所がある。


Henty砂丘だ。


砂丘まで少しかかるんじゃないかと思ったが、思いのほか早く着いた。


看板に従ってハイウェイを外れ、途中、自転車を降りて、
トレイルを進むと森と海の間に突然ヘンティ砂丘は出現した。



広大な砂丘だ。
海から吹く強烈な風が、砂丘の砂を巻き上げていく。


国内の砂丘は静岡の中田島砂丘鳥取砂丘に行ったことがあるが、
どちらと比べても海が遠く感じられた。




ピクニックエリアできのうバックパッカーズで
作っておいたステーキサンドを一つ食べた。

なかなか美味い。


ステーキをマリネしておいてから焼いたのだが、マリネに使ったオリーブオイルの香りが強く出てしまったので、もう少しサッパリしたオイルで漬けるといいかもしれない、と思った。

ステーキサンドを4つ作ったつもりだったが、見たら3つしかなかった。
バックパッカーズの冷蔵庫には名前を書いた袋にしまっておいたので食べられてしまった、
ということはないと思うが…
常に空腹という状態が続いているので食べ物に過敏になっているかもしれない。




ヘンティ砂丘を出発。



引き続き追い風だ。
上りの道でもよく進む。
今日は本当に快走日だ。

暑くなってきて、ジャケットを脱ぐ。
半袖のジャージで十分だ。


しばらく行くと展望台があり、上からは遠くにヘンティ砂丘が見えた。



展望台で車で来ていた一家に写真を撮ってもらった。
気にしていないと、自分の写真がほとんどない、ということがよくあるのだ。

ジャージはロンセストンの「Kathmandu」 で購入したもの


再び走り出した。


天気が急速に悪化し、雨が降り出したかと思うと、一気に気温が下がり、冷え込んできた。

脱いだジャケットを再び着る。

雨は程なくして霙になった。

霙。夏のタスマニアの気候は油断ならない


本当にタスマニアは夏なのか。


朝、バックパッカーズの受付のインフォメーションボードに
これから行くハイランド地方の天気が"SNOW "となっていたのを思い出した。

書き間違いだろう、ぐらいに思っていたが、
この調子だと、どうやらハイランド地方は普通に雪が降っていると考えてよさそうだ。
これから行くハイランド地方、今回の旅の最後の目的地、クレイドルマウンテンは
どんな天気なんだろうか。



雨が激しく振った後、すぐに晴れ間が出てきたりする。タスマニアな天気


晴れ間が覗うて、日差しが暑く感じられる頃、
再び雨が降り出して、一気に気温が下がった。

体力がみるみる奪われていく。


寒い。


タスマニアに来て、一番の寒さではないだろうか。
パニアバッグからすぐに出せる上着で凌ぐ。

この地域でのレイヤードは本当に考えなくてはならない。

タスマニア、特に東部の川や湖の水は植物から染み出るタンニンで赤茶色に染まっている


本日の宿泊地であるジーハンにつくころには
雨は上がっていた。

青空が眩しい。

かなり雨が降ったのであろう、
雨に濡れた街は太陽の光を浴びてキラキラ輝いていた。

 

 




キャンプ場にチェックイン。
今日は距離も短く、ヘンティ砂丘を見物してた割には早く着いた。


雨がまた降りそうなので、キッチンスペースそばの木の下にテントを張った。



ここのキッチンスペースはかなり充実していた。

ガレージのような作りで、入り口にはドアなどなかったが、
奥に長く、リビングエリア、テレビ、ガスコンロなど何でもそろっていた。

雨の日にこれぐらいあるとかなり落ち着くことができる。

キッチンスペースがあるだけで正直かなりうれしかったが、
設備もこの上なく、また、フリーフードのラックにはトマト缶とペンネが置いてあった。

今夜の晩御飯が決まった。

となれば、やることは一つ。
街に出て、酒を買いに行くのだ。



夜も冷えるだろうから、ビールよりワイン、と思っていたが、
カスケードドラフトの看板を掲げていたモーテルに入ると
そこにはワインがほとんどなかった。

まあ、いつものカスケードで十分だ。

 



キャンプ場に戻り、晩御飯を作る。
手持ちの玉ねぎ、ニンニクを刻み、オリーブオイルで炒める。
旅先でトマト缶からトマトソースを作るのも悪くない。

ただ、ペンネの量がわからなくて、足りないと悲しいと思い、
全部茹でたら、かなり多かった。常時空腹状態にあって、満腹になった。

味は良かったからよしとしよう。

 
 
 
 

パスタを作るのと並行して、砂糖を煮詰め、
最後に牛乳を加えてキャラメルソースを作った。

先日、クィーンズタウンで安く買った大瓶のイチゴジャムが
ほぼ砂糖とゼラチンでしょ?という代物であまりに残念だったため、
パン用のスプレッドに作ったのだ。

カロリーの塊だが、旅の間はこれぐらいでちょうどいい。


キッチンにはずっと私一人だった。
ニュースを流し、ビールを飲みながら日記を書く。

夜になりかなり冷えてきた。

装備はほぼ日本の冬の太平洋岸を行くのと変わらないぐらいの
防寒具を持っているが、この先がもっと寒いかもしれないと思うと
今ここで、これ以上厚着をしたくないのが本音だ。
まぁ、今が一番寒いのかもしれないが。


テレビの天気予報では明日も追い風のようだ。
素晴らしい。


手持ちの食料を確認すると、パンが明後日ぐらいでなくなる。
しばらく街らしい街がないので、明日ジーハンを出る前に購入しよう。

 







ストローンの大晦日は歌とともに更けて 2008年12月31日

Tasmania cycling

朝起きると、Mattはすでにいなかった。
まぁ、私が三日で行く予定のところをその日のうちに行くと言っていたから
朝が早いのも当然だろう。


休息日の大晦日。


休息日と言っての走らないだけで、特に予定があるわけでもない。

朝も宿でゆったり過ごした。

宿の庭に現れたウサギ



少し自転車のメンテナンスをする。
ブレーキシューの減りが気になったので予備と交換。
ペンチを持っていなかったので、宿の人に貸してもらった。

「何に使うんだ?」と聞かれて、説明したがうまく伝わらない。
実際にブレーキシューを交換している作業を見たら

「おぉ、そんなふうに交換できるのか」と感心していた。


とはいえ、あと2,3日は上りしかないだろうから、活躍するのはしばらく先だろう。


だが、使い古したシューと新品のシューを比べるとゾッとするぐらい
古いシューは減っていた。




宿の庭に洗濯物を取り込みに行くと、夜雨が降ったのか洗濯物は半乾きであった。
さすが、西海岸。降っては止んでのタスマニアンウェザーだ。
外に干すのはよそう。

部屋のヒーターを入れ、乾かすことにした。


宿ですべきことは終わってしまったので街に出る。
といっても、特段ストローンの街で何かするわけでもない。

ストローンはゴードン川クルーズの観光の拠点として栄えているが、
所詮タスマニア西海岸である。


栄えているといっても、人口1000人に満たない小さな街で、
一部の商店、公共サービスもクリスマス休暇のさなかという有様である。

わずかにある土産屋みて回ったがこれというものがないし、
ゴードン川クルーズなんてものに興味は湧かなかった。
どのみち船酔いするのがおちである。

観光案内所で少しインターネットを使うが勝手が悪い。

インターネットの後はスーパーで食料、リカーストアでカスケードドラフトを購入。

カーストアでは缶ビールを紙袋に入れてくれる。缶ビールを裸で持って歩いてはいけないらしい



昼は宿に戻りインスタントラーメンで済ませた。

スーパーで買った卵。賞味期限が1ケ月後。加熱前提ということだろう。


珍しくスーパーで牛肉を買ったので、
明日の昼食のサンド用にオイルと香草でマリネにした。

安い肉を柔らかく、おいしく食べるオススメの方法だ。
やり方はニュージーランドのTakakaでバックパッカーを経営している日本人に教わった。
Takakaか。あの日も雨だったな。

晩御飯。自分で作るチャーハンがやっぱりうまい。



宿のキッチンでコーヒーを淹れて地図を眺める。
相変わらずはっきりしない天気とまだ数日続く山岳ルートにいいかげんうんざりしていた。
それからこの数日でかなり金を使っていて、それも気分を沈める要因になっていた。

「どうしたもんかな。。。」

ニュージーランドの南島西海岸のHaastにいたときのことを思い出した。
数日続く雨と、これと言って何もない街。

何とも陰鬱な気分だった。

あのときは、祖母の訃報を宿で受け取って、急遽帰国したが、
今思えば、そんな閉塞的な状況から逃げたくて帰国したのかもしれない。



誰かが付けっぱなしにしたらしいテレビからは「New Year's eve」という言葉が聞こえてきた。

各地のお祭り騒ぎがとても遠いことのように思えた。






机でビールを飲みながら日記を書き出した。

『今日は大晦日。これといって書くことはない。』

これだけ書くと止まってしまった。
なんとさびしい大晦日か。



カスケードビールを眺めていると外からギターの音と女性が歌う声が聞こえてきた。

私は誘われるように表へ出た。


テラスの隅でクーラーボックスに座った男性がギターを弾き、テラスの手すりに背中を預けていた女性がビール片手に歌っていた。

歌は反戦の歌のようだった。
"no war"とか"for children"とか歌っていたと思う。

歌い終わったところで私は小さく拍手した。

少し驚いたように二人が私を見た。

女性が微笑んで煙草に火を点けると私を手招きした。



女性の名前はケリー、男性のほうはケビンといった。
20代の子供がいるという。
二人はオーストラリア本土、クィーンズランドから車とフェリーで来たらしい。


「あなた自転車で旅してるんでしょ?どうして?こんなに坂だらけなのに?ほんと信じられないわ?」
ケリーは絵に描いたようなオーバーなジェスチャーをして見せた。

そう問われて、自分でもどうしてなんだろうな、と少し考えた後、

「自由だからかな。自分の意思でいつでも停まれるし、
ベリーファームだってワイナリーだって寄り放題だ」
と答えてみたが、ケリーは馬鹿げてると言わんばかりに大きく首を振った。


時折、ケビンの演奏でケリーが歌うのを聴いて、それぞれにビールを煽った。


「とても静かな夜ね。タスマニアでも人のいないところですものね。」

いろんな話をした。


二人が一時住んでいた中国のこと、日本のこと、クィーンズランドのこと、
文化について、教育について。

「教育が受けられるってとても幸せなことよ。
私たちの子供たちは戦争を体験せずに済んでいるし。
戦争があって教育を受けられない子供がたくさんいるのに」

ついさっきまでおどけていたケリーがしみじみ話す。

「私はちゃんと教育を受けさせてもらたけど、
学生の時はどうして勉強しなきゃいけないか理解していなかったよ。
今はとてもそのことに感謝している。」 

タスマニアでこんな話をするとは思わなかった。



「ところで、あなた、歌は何を聴くの?」ケリーがきいてきた。

「実はジェームズテイラーとキャロルキングだ」と私がいうと二人はハハッと笑った。


「そりゃまた古いな、『Tapestry』か『too late』だな」と
ケビンが「too late」を弾き始めたが、よく思い出せないようだった。

「私はあれよ、『Carolina in my mind』よ」とケリーはアカペラで歌いだした。
思わず私も歌いだす。

「Yes,I'm gone to Carolina in my mind」合唱して乾杯した。


やがてケビンが「寒くて指が動かないよ」といいながらまた歌いだした。

「カスケードビールを飲んでるシマは明日ストローンへ自転車でいくのさ~♪
彼の望みは晴れと追い風さ~♪」

それから「フラットな道ね」ケリーが付け加える。

私は大きな声で笑った。


「日本人にとって大晦日は特別な日なんだ。
ついさっきまで独りで過ごすと思っていたんだ。
こんなに静かで素敵な夜を過ごすことができてとってもうれしいよ。ほんとうに有難う。」

2009年はそこまで来ていた。