定着から放浪へ 放浪から定着へ

自転車の旅、そのほかの旅について書いています。

海岸へ - cycling NewZealand -

快晴。実に2日ぶりだ。朝からベーコン焼いていると、ルティアが「シマ、ランチ作ってるの?」と聞いてきた。ルティアはあまり朝から肉は食べないらしい。
「日本人は朝何を食べるの」と聞かれたので、「ライスと味噌スープ、それからフィッシュだ」と、答えておいた。通じただろうか?

 

バックパッカーを出るとき、アジア人にすれ違った。日本人かな。と思ったがよく分からなかった。

貸切別荘のような素敵なバックパッカーを後にして、スイス人2人と共にひたすら走る。この日は私が前を引いた。

快晴というだけで非常に気分がいい。海岸沿いの道を東へ進む。

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どこを切り取っても美しい景色が続く。ペダルを踏むたび、汗が噴き出す。前日の雨の寒さが嘘のようだ。

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[休憩中のルティア]

 

途中の街で昼食。「いい天気だから、外の席で食べましょう」とルティアが言った。日本人はテラス席があっても、あまり使わないことが多いが、外で食べるのは、なるほど気持ちがいい。ダニエルはまたビールを飲んでいた。彼がビールを飲んでいるとビールが本当にソフトドリンクではないかと思えてくる。

 

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[駐車場では犬が休憩していた。海外の犬の行儀がいいのはなぜだろう]

 

午後からもいいペースで走り、この日の目的地Te Araroaに到着。予定よりも早い時間にホリデーパーク(キャンプ場)に着くことができた。アップダウンが比較的少ないとはいえ、90キロ走ったので悪くない。天気がいいと、こうも違うものか。

ホリデーパーク内には、移動販売車がいて、バーガーやフィッシュ&チップス、それにビールを売っていた。

 

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 [田舎なので高くつくかと思ったが、良心的な値段だった]

 

せっかくなので、三人で夕食はそこで食べることにした。

英国系のニュージーランドは食文化にもその影響があり、フィッシュ&チップスはメジャーな食事だ。しかし、私はNZに来てからこれまで食べたことがなかった。いい機会なのでフィッシュ&チップスを初体験した。

 

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 [NZのビールと言えばこのSteinlager。味は…]

 

他にバーガーか何か注文しないと足りないかと思ったが、魚は30cm近くあるし、ポテトも山盛りで、一日走った空腹のお腹にも十分な量だった。そして安くて美味しかった。これ以降、しばしばフィッシュ&チップスにはお世話になった。

 

食事後、まだ明るかったので、近くのビーチに行こうということになった。ホリデーパークからビーチに続く小道があった。

 

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[この看板がお気に入り。ここから海岸線へ]

 

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[ビーチに向かって歩いていくダニエルとルティア]

 

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 途中、きれいな小川を越えて行くと、急に視界が開けた。

 

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なんて素敵な海なんだろう。

波打ち際でしばらく、海を見つめていた。

写真を撮っているとルティアが話しかけきた。

「シマ、カメラ貸して。」ぼーっと海を見ていた私は言われるがまま、ルティアにカメラを渡すと、私の写真を撮ってくれた。

「いいのが撮れたわよ、シマ」ルティアが微笑を浮かべて、カメラを返してよこした。

 

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 これほどリラックスして、何をしてもいい時間を楽しんだのはNZに来て以来、初めてだったかもしれない、と思う。

 

少し暗くなり始めるころ、私たちはキャンプ場へ戻った。

 

 

旅するサイクリストたち - cycling NewZealand -

 

この日は初めて終日、雨の中を走った。

 

キャンプ場で朝食をダニエルと食べていると、雨が降り出して来た。慌てて屋根のあるところにテントを移動させ、撤収。

撤収は少し大変だったが、走り出せば何とかなった。

 

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雨のPapamoreBeachを後にし、途中雨が止み、ウェアを脱ぐ。

しかし、しばらくするとまた雨が降りまたウェアを着込む。

「It's New Zealand!」

 

私がうんざりしながらウェアを着たり、脱いだりしていると、

ダニエルがそう繰り返す。

 

なるほど。

 

これがニュージーランドの天気のなのだ。

この天気とうまく付き合方を覚えていかなければいけない。

 

ルートは幸い平坦だった。

もし風が強く雨で上り坂ばかりで、しかも1人で走っていたら、

きっと惨めな思いをしていただろう。

しかし実際はダニエルがいてくれて

私が遅れれば、「no problem!no problem!」とか、

雨が瞬間、激しくなったりすれば「too much rain!」とか、いろいろ声をかけてくれたのでなんだか落ち着いた。

 

ただ、休憩を取ろうにも、途中何もないところが続き辛かった。

 

Matataという街で昼食。

ニュージーランドにはよくある小さな小さな町で

これまた小さなカフェで何とか食事ができた。

 

テーブルが数席しかなく、われわれは扉のそばの席についた。

雨の中も濡れて走った私からすれば、屋内で食事ができるだけでもありがたかった。

だがダニエルはもっと良い店で食事がしたいらしくずっと不平を口にしていた。

やはり、ダニエルはお金にゆとりがあるようだ。

 

小さなカフェでは繁盛しているようで、

途中たくさんの人が車でやってきてはバーガーを買って帰ったり、

車で食べていたりした。

 

午後からはとてもよく走り、目的の街、Whakataneまで

比較的早い時間に着くことができた。

もっとも、このペースがダニエルにとって早いペースかどうかは不明だが…

 

不要な荷物を送ろうと思ってポストオフィスに行こうとしたが、

ダニエルにうまく伝えることができなかった。

彼はスイス人で、英語もそこそこといったところで、

一方、私の英語力も褒められたものではないので、仕方がなかったのだが。

 

ワカタネの町では、バックパッカーズに泊まった。

ダニエルはテントにしたいと言い張ったが、

私はずぶ濡れの中、街まで来たのだから、暖かい布団で寝たかった。

ダニエルは知らない奴と一緒に寝るのがどうにも気に入らないらしく、

随分抵抗したが、幸い部屋はダニエルと私の2人で使うことが出来た。

 

チェックインの手続きをしながら宿の女性と話すと、

彼女は日本に行ったことがあるらしく少しそんな話題で盛り上がった。

また、子供の頃、父親と一緒に自転車で旅をしていたことがある、

とも言っていた。

ニュージーランドではこうした人にほんとによく出会う。

 

日本では特別に思えることを彼らは普通のことのように話す。

こういうことを経験してきた人が普通にいる。そしてみんないい顔している。

今、自分がしている旅は決して特別なことではない、と思えた。

 

宿では意外な再会があった。

 

タイルアのキャンプ場で出会ったスイス人の女性サイクリストだ。

走るルートが同じようだったので、いつか会うこともあるかなと思っていたが、思いのほか早く再会を果たした。

食事を済ませた後、彼女が話をした。名前をルティアと言った。

 

ルティアの英語は非常にわかりやすく、私の英語力でもそこそこ会話ができた。

彼女と話すのはとても楽しかった。

 

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 [ブリコのサングラスが似合うルティア]


朝、出発の準備をしていると、ダニエルとルティアが私を待っていた。

どういうことか、と訝しく思ったが、

どうやら昨夜のうちにダニエルとルティアの間で、一緒に行こう、

と言うことで話がまとまったらしい。

そういえば彼らは2人ともジャーマンスイスだった。

 

ルティアは本当によく走るので驚いた。

私はなかなかついていけずに、ヒーヒー言っていた。

私の様子を見たルティアが「あなた、サドルがちょっと低いんじゃないの?」と指摘してくれた。


なるほど。そういえば。

今もポジションは比較的無頓着だが、この頃は相当だった。

 

サドルを上げポジションを調整すると膝の負担がかなり減り、

ルティアにもついていけるようになった。


Opotikiという街まで45キロほど飛ばす。

この2人と一緒ならずっといいペースで走れそうだ。

朝は、ろくについていけずに「もうほっといてくれよ」などと思ったが、

2人の助けのおかげでポジティブな気持ちになれた。

 

本当に2人には感謝の気持ちでいっぱいだった。


この日の昼食は、Te Kahaの前のどこかの街でで食べたようだ。

当時の日記では「テカハで食べた」となっているが、

当日はテカハで泊まっているため、おそらくその手前のTorereかOmaioだろう。

 

店でダニエルとルティアはtoday's specialを注文していたが、

私はどうしてもバーガーが食べたい気分だったので、

バーガーをオーダーしたが、出てきたのは、

2人のtoday's specialが食べ終わる頃だった。

運んできた店の女性に、遅いよと言ったら、そんなの注文する方が悪いのよ、と言われた。


2人を待たせては申し訳ないと思い、私は慌ててバーガーにかじりついていると、

ダニエルはその様子をハンディカムで撮影していた。

かなりあわてて食べていたのだろう、ダニエルはその後、旅の途中、

ビールを飲みながら、何度も見返しは大笑いしていた。

 

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今日も途中雨が降ったりやんだりの繰り返しだったが、

ウェアを来たり脱いだりを繰り返してうまく走ることができた。

私は雨が降ったりしてネガティブな要素が出てくるとすぐ弱気なってしまう。
2人はいつもポジティブだ。

「100キロ?大丈夫でしょ。」と、言った感じだ。


日本ではキャンプ道具を積んで自転車で旅をするのは、学生がほとんどだ。

日本では、そんなのは学生のやることだ、というある種の固定観念があると思う。

ダニエルもルティアも当時40代だったが、決して彼らは特別な存在ではない。

その後、旅をした国で、国籍も年齢も性別も違う多くの旅するサイクリストに出会った。皆、ダニエルやルティアのように心から自転車の旅を楽しんでいた。

 

彼らのような40代になろう、と心に誓った。

 


この日は110キロほど走り、テカハのバックパッカーへ。

ここのはとても良いところで、15ドルでキッチン、ダイニング、テレビ付き。

しかも、受付のところはジェネラルストアになっており、野菜やビールも手に入った。

言うことなしだ。

しかも3人で1部屋が使えたので、一気にリラックスできた。

 

そして例のごとくダニエルがビールを半ダース買ってきた。

 

部屋のキッチンで3人で、それぞれ持っていた食材を出し合って、一緒にパスタを作った。

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ダニエルの買ってきたビールを飲みながら、3人で大いに盛り上がった。

 

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その男 -Cycling NewZealand-

ダニエル・クーマーに出会ったのは、Waihiの街だった。

彼に会わなければ、私の人生は大きく変わっていたと思う。
旅と日常とどう付き合って生きていくのか、
そうした人生の可能性を私に教えてくれた男であり、
数年後、私がタスマニアに行くきっかけを作った男でもある。


*******

Tairuaを出た後、あまりペースが上がらず、
ダラダラ走っていたが、午後になり雨模様になった。

雨は容赦なく身体を打ち付ける。

濡れて冷えた身体から、体温がじわじわ奪われていく。
 だんだん気持ちが重くなるのも当然だろう。


Waihiの街に着く頃には、雨はだいぶ弱くなっていた。
泊まるところを探すため、インフォメーションセンターを探したが、見つからなかった。
Tiptopのアイスクリーム屋に入り、店のじいさんに道を聞いた。
じいさん耳は遠いが、ちゃんと教えてくれた。

余談だが、インフォメーションセンターの看板を見つけて入った建物は別の施設だった。
のちにWaihiに行った友人にその話をしたら、
彼女も同じように間違えた、と言っていた。どうもあそこは分かりにくい。


インフォメーションセンターには、いかにも世話好きな感じの年配の女性がおり、
こちらが何か言う前に向うからあれこれ聞いてくれた。
紹介してくれたキャンプ場はバックパッカーズもキャビンもあり、
今日ならバックパッカーズもキャビンも空きがある、とのことだった。

インフォメーションセンターの女性はとてもゆっくり話してくれて、
私でも十分に英語が理解できた。
これは私の思い込みかもしれないが、クレバーな人ほど、
相手の語学力を配慮して、ゆっくり話してくれることが多い気がする。


泊まる所へ行く前に、スーパーで買出しをしなければ、と街をさまよっていると、
ひとりの長身のサイクリストが声をかけてきた。


それがダニエルだった。


私が何か聞いたわけでもなく、私の姿を認めると
「スーパーか?スーパーなら、こっちだ。キャンプ場ならあっちだ。」と教えてくれた。
「スーパー、そのあとキャンプ場だ」というと、
いっしょにスーパーに行ってくれ、さらにキャンプ場まで連れて行ってくれた。


この男は何者だろう?


キャンプ場では、結局バックパッカーズを取った。
このずぶ濡れの状態で、テントを張る気にはなれなかった。
幸い、この日はあまり宿泊客がいなかったようで、部屋は私ひとりだった。
荷物を広げ、濡れたものを乾かす。


疲れたな。


窓の外を見ると、個人用のキャビンの前に先ほどのサイクリストのバイクが見えた。



彼はキャビンか。いい身分だな。

キャビンは戸建ての個室なので、どうしても高くつく。
相部屋の2,3倍はかかるのではないだろうか。
結局、私はこの旅の間、使うことはなかった。


夕食の支度でもするか、と思っていると誰かが、部屋をノックした。

出てみると、先ほどのサイクリストだ。



「ハイ、ビール飲もう!」そう言って、笑顔ででかいビール瓶を差し出してきた。

私は少し面食らったが、悪いやつではなさそうなので、
部屋の中に招き入れ、座ってとりあえず乾杯した。


彼は自分のことをいろいろ話し始めた。


彼は名をダニエル・クーマーといい、ドイツ系スイスで歳は44歳。
国ではペインターをしており、けっこういい稼ぎがあるらしい。
冬の間、だいたい2か月ぐらい海外を自転車で回るのが毎年の通例だという。

なんて羨ましい生活をしているんだ。
海外の人は休みが長く取れるとは聞いていたが、これほどとは。

ダニエルはニュージーランドに来るのは7回目で、
これから北島を回り、南島のクライストチャーチを目指すという。

彼は他にも、自分の自転車のことや、当時活躍していた自転車選手のことなど、
ほんとうにいろいろ話した。

特に自転車選手の話は盛り上がった。
彼はパンターニチッポリーニが特に好きだという。
彼は仕事用の車をチッポリーニ風にゼブラに塗ったといって、写真を見せてくれた。


ダニエルが自分のキャビンに戻っていった後、夕食を作りにキッチンへ行った。


スーパーで買った牛肉で牛丼を作ったが、肉が厚くてあまりうまくできなかった。
このころは食事で苦戦していたことが多かった。



そんな夕食をひとりで取っていると、またダニエルがビールを持って現れた。
「君の分だ。」持っていたビールを一本、私によこした。

それからまた、ビールを飲みながら長々と話をした。

朝食。トーストはバッグの中でひしゃげてしまう。



翌朝、雨も上がり、外で荷物をパッキングしていると、ダニエルが話しかけてきた。

「どこへ行くんだ?」

私は地図を広げて、
「タウポ、ロトルアに行きたいけど、その前にイーストケープを回りたいな。」
そう言うとダニエルが「おれもイーストケープに行くんだ。一緒に行こう!」と言い出した。


私はペースが遅いぞ、と言ったが、
「No problem, No problem!」と笑顔で繰り返すだけだった。


かくして、ダニエルとの旅が始まった。


私が前を走り、ダニエルが後ろからついてきた。


天気は幸い快晴。


彼は過去に同じルートを走ったことがあるようで、
道の分岐では、「あっちだ」とすぐ教えてくれた。

私は決していいペースではなかったが、ダニエルは私のペースに合わせてくれた。

途中、休憩を入れてTaurungaまで走る。




ウランガは明るい街だ。


しばらくぶりの都会。


昼食にしようということになり、
一軒のカレー屋に入った。

ダニエルは迷うことなく、ビールを注文した。
「ツーリング中もアルコール飲むのか?」私が尋ねると、
「何言ってるんだ。ビールはソフトドリンクだぞ。」とうまそうにビールを飲んだ。



運ばれてきたカレーは真っ赤だったが、見た目ほど辛くなかった。

昼食後は前後をダニエルと交代する。

始めは頑張ってついて行っていたが、すぐに大きく遅れてしまった。
ダニエルは折をみて、止まって待ってくれていた。
「遅れてしまっても君は困らないか。」と聞くと「いや、No problemだ」と言ってくれる。
ほんとうにやさしい男だ。


その後も、ペースが上がらず、
ウランガからそう遠くないPapamora Beachで一泊することになった。
ダニエルによれば、いいキャンプ場があるらしい。


街のスーパーで食事の材料を買う。
レジの女性が「バケーション?いいわね。」と声をかけてくれた。
私は笑顔で「Yes!」と答えた。

本当に何気ないやりとりだが、こういう些細なことは
10年たっても忘れないから不思議なものだ。


ダニエルはスーパーで売っていたビールの種類が気に入らなかったらしく、
別のリカーストアに行くといった。
私は1リットルの大きなビールをスーパーで買っていたので、外で待っていると、
ダニエルは6本パックのビールを買って出て来た。


「一人で全部飲むのか?」

「そりゃそうさ、こんなの4.9%か?ソフトドリンクだ、こんなの。
おれの彼女なんかもっと飲むんだぜ」と笑った。


まったく、どうなってるんだジャーマンスイス。


ダニエルが案内してくれたキャンプ場は「Top10 Holidayparks」というところが
経営するキャンプ場で、とても施設が清潔だった。

ダニエルはここの会員証を持っていて、会員料金だ。

会員証はユースの会員証などと同じで、20ドル(確か)。


作ろうかどうしようか悩んでいると受付の女性が
「何か月、ニュージーランドにいるの?2か月?
ならかえって高くついちゃうかも。
使う見込みがあればいいけど、予定がないなら無理に作らなくてもいいんじゃないかしら」
と言ってくれた。

こんなにちゃんとしたキャンプ場を運営しているのに、
商売第一じゃないとこにとても好感が持てた。

その後も似たようなことがあったが、
ニュージーランドの人はほんとうに相手のことを考えてアドバイスをくれる。
ニュージーランドの印象がずっといいのは、あの美しい景色のせいだけではないと思う。

左が私のMTB、右がダニエルのもの




受付を済ませ、目の前にビーチの広がるところでテントを張っていると、
早速、ダニエルはビールを出した。また一本くれる。

「乾杯はドイツ語で何ていうんだっけ?」
「プロッシュトだ」

「プロッシュト、ダニエル」

私がビールを軽く掲げると
「プロッシュト!ええっとお前名前なんだっけ?」とダニエルが聞いてきた。

おい、今頃かよ。

「シマだ。シマ。コンポーネントシマノのシマだ」。そう説明すると、

シマノ、シマ!プロッシュト!」ダニエルはようやく私の名前を覚えたようだ。


少し雲は出ていたが、せっかくのビーチなので少し泳いだ。


ダニエルに泳がないのか、と聞くと泳がないという。
海がない国の人間なので、てっきり海にあこがれがあるのかと思ったら、そうでもないようだ。

ダニエルはかなりのアナログ人間らしく、
デジカメも持っていなければ、メールアドレスすら持っていなかった。


旅の記録は主にビデオカメラでするらしく、ビデオを回していた。


泳ぎ終わって、テントに戻ると、ダニエルがランドリーを洗ってくれるという。
走るペース合わせてもらったり、いろいろ助けてもらって申し訳なく思ったが、
ダニエルの方はさして気にしているわけでもなさそうだった。


ようやく、ニュージーランドに来て、1週間が経過しようとしていた。






Coromandel -Cycling NewZealand -

ようやくニュージーランドを自転車で走り始めた。


幸い天気は快晴。



Papakuraの駅を出ると、少し家が点在しているだけで、
あとは緑の広がるのどかな道が続いていた。



かつて自転車で旅をした北海道も広大だったが、
それよりもはるかに広く感じられる。

そして、空の青さが眩しい。
日本の空より青く見える。



オークランドから近いためか、多くのサイクリストとすれ違った。
みんな軽くあいさつをしてくれる。こういうのはいつでもうれしい。



やがて最初の町「Cleredon」に到着。
市街地はどこだろうと走っていくと、そのまま町の外に出てしまった。
小さい町だ。町と言うより集落と言ったほうがいいか。
集落が終わると急に建物がなくなるので、
日本との違いにおどろいたが、その後の小さな町はどこも似たようなものだった。

店があったところまで戻り、店に入る。
店主はマオリの人だった。

飲み物の補充にペプシワインオープナーやライターなど小物を買う。
このとき買ったフランス製のライターはとても使いにくかった。日本製はよく出来ているのを実感した。

支払いにクレジットカードを使い、漢字でサインをすると、
マオリの店主は不思議な顔をした。私は顔を見合わせて微笑んだ。




ツーリング初日はMirandaという街で一泊。温泉があり、体を休ませることが出来た。
もっとも温泉と言うよりは温水プールだったが。
それでも湯につかれるのはありがたかった。

翌日は朝方、曇り空だったが、出発する頃には晴れてきた。

ニュージーランドは日差しが強く、皮膚ガンの発病率が高い、と言われるが、なるほど日差しは強烈である。
前日に日焼けしたところが痛かった。

朝食をパンだけで済ませたせいか、走り出してしばらくすると猛烈におなかがすいた。
そういえば、この数日、パスタばかり食べている。肉もタマゴもご無沙汰だ。
「何かボリュームのあるもの食べたいな」一度そう思ったら、しばらく食べ物のことしか考えられなくなってしまった。

Thamesの街の手前でカフェを見つけて入った。
こういうローカルなカフェに入るのは初めてだ。少しどきどきした。

タマゴとベーコン、マッシュポテトのサンドとレモンシュガーの乗ったスィーツをもらう。
マオリ人の奥さんがとても感じが良かった。

ゆっくり食事をしていると、トラックの運転手がやってきて、
サンドウィッチを買うとすぐに出て行った。
何気ない光景だが、なんかこういうの海外っぽいなと思った。

Thamesの近くのワイナリー。白ワインを一本薦めてもらい購入



一日100キロくらい走るのが、日本での私のキャンプツーリングスタイルだが、
この日の目的地のThamesまで30キロ程度しかなく、のんびりしていた。

Thamesはちょっとした街だった。

メインストリートには大きな店もあり、賑やかだったが、
一本裏通りにはいると閑静な住宅街が広がっていた。
その先はもう海だ。



そんな住宅地の中にバックパッカーズはあった。


バックパッカーズに行くと、ドミトリー(相部屋)かテントサイトか訊かれる。
どういうことか確認すると、テントサイトは言ってみれば庭にテントを張って宿泊できるそうで、中のキッチンなどの共同スペースはドミトリーの客同様使っていいらしい。
外ということで、少し料金が安いようだ。
天気もよさそうなので、テントサイトにした。


ワイナリーで買ったワインを早速いただく


テントサイト、といっても宿の庭の一角にテントを張っていい場所がある、という程度だったが、テントを張ったら、なんだか落ち着いた。
やはり自分のテントが一番だ。長年使っているので、だいぶヨレヨレだが。

ニュージーランドが一人旅に向くと思う理由のひとつに、宿泊施設の充実性があると思う。
街の郊外にには「Bed & Breakfast(B&B)」と呼ばれる民宿のようなところが数多くあり、
また、街にはたいていキャンプ場がある。

街のキャンプ場はキッチンやリビングなどの共同施設が使えるというところが多く、
非常に快適である。

もちろん、我々が想像するようなキャンプ場も国立公園などには数多くあり、さすがはアウトドア大国である。


宿には猫が。ペットを飼っているアコモデーションも多い。



少し街を歩こうと宿を出ようとしたところで、宿のオーナーに会った。
手には竿と釣り道具。これから釣りに行くという。

釣れるといいな、
私は「Good luck!」と言うと彼は振り返り、「そうだな、おれには運が必要だよ」と苦笑し、
軽く手を上げて、海に向かって歩いて行った。

Thamesの海
 




Thamesから先、コロマンデル半島を回る。

 

コロマンデルの街。観光地とあって多くの人でにぎわっていた



ここはとにかく登りがきつかった。
その後、Auther’s PassやTakaka Hillといった有名な峠を登ったが、
ここの斜度は特筆ものだ。後にサイクリストと会うたびにここは話題になった。
(Auther’sPassも相当キツイが。)



キツイ中、なんとか100キロほど走り、日が暮れる頃、Whitiangaという街にたどり着いた。



もうほんとうにヘトヘトだった。
この街は観光地らしく、宿は高かったが、疲れていたので構わずベッドを取った。


部屋で荷物を解いていると、Jackwolfskinのジャケットを着た女性が話しかけてきた。
「あなたどこから?ここはいいところよ、長居するといいわ。コロマンデルは山を越えてきたの?私もあそこを越えてきたの。すごい坂よね。」
いかにも旅慣れたサイクリストらしく、日によく焼けた肌がとても健康そうだった。

キッチンで食事を作っているとやけに日本人が多いに気が付く。
一人つかまえて話を聞くと、ここには8人の日本人がスタッフとして働いているという。
なんでもオーナーが日本人好きらしい。

わざわざこんなところまで来て日本人と話していることに違和感を覚えた。

とはいえ、慣れない旅の始めで、日本人と話せることで少しほっとしたのも事実だ。

一通りニュージーランドを回ったという一人の日本人と仲良くなり、
いろいろ旅のアドヴァイスをもらった。

夕日のきれいな日だった


少し滞在すればいいじゃないかと薦められたが、宿代が高いこと、
それから日本人が多いのがどうにも耐えられず、翌日、朝食を食べると出発した。

 
Thames郊外の店。TIPTOPのアイスはおいしい

 


きのうの日本人に薦められたWhitianga から比較的近い
HaheiというところにあるCathedral Coveというところへ向かう。


とにかく絶景だから、ということだった。


自転車や車で行けるのは途中までで、Cathedral Coveまでは遊歩道になっていた。
海に向かう小さな半島の道は歩いていて、とても気持ちが良かった。


すれ違う観光客がみんな「ハイ!」とか「ハロー!」とか軽く挨拶してくれるのがうれしい。



30分ほど歩いただろうか。砂浜に出た。




「おお」私は思わず声を上げた。



ニュージーランドはほんとうに美しいところばかりだが、ここは最高だ。
海に浸食され、大きく削られた岩の向こうに青い空と海が見える。


また、ここがいいな、と思ったのはこの景色の中で普通に人が遊んでいることだ。
波と戯れたり、泳いだり、カヌーをしたり。



日本だったら、柵がしてあったり、遊泳禁止などと書いてあったりしてげんなりするが、
そういった余計なものがなくて、自然体で遊べることがよかった。

そんな様子をしばらく眺めたり、少し海に入ったりして楽しんだあと、Cathedral Coveを後にした。


途中、カフェ「Colenso Country Café&Counrtyshop」に入る。

庭の素敵なカフェだ。

 



ショーケースの中のパイを眺める。どれもおいしそうだ。
悩んでパイを二つとサラダを注文し、ペロッと平らげた。


北島にいる間は、昼はカフェで摂ることが多くなったのはこの頃からだ。
日記には「毎日、お金がかかって仕方がない」と書いているが、
こんなものを毎日食べて、酒も飲んでいたのでは当然だと思う。


その後はTairuaという街まで行った。

Pakuという山。マオリの言葉で"women's breasts"




キャンプ場に行くと、管理人不在。


入り口にメモが。


勝手にやっていいようだ。
キャンプ場には、私のほかにもサイクリストがいた。

一組はドイツから来た一家で、夫婦と10歳くらいの子と3歳ぐらいの子連れだった。
父親の自転車のサドルのところから、後輪の下に向かって一本パイプが伸びていて、そこにハンドルとペダルがついた椅子がついていて、子供はそれに座っていた。
(残念ながら同じものは日本で見たことがない)

アタッチメントの参考イメージ。こんな感じのバイクで子供を二人牽引していた。こんなに飛ばしてはないはず(笑)



父親はテントを張っている間、母親は洗濯をしており、まさに旅する家族といった感じだった。



ニュージーランドではキャンプ場のことを「Holiday Park」とか「Caravan Park」と呼ぶ。ニュージーランドではキャンピングカーなど旅をする人も多く、そうした人の利用も多いからそう呼ばれるのだと思うが、この家族は、まさにキャラバンだった。

あんな風に家族で旅をしたら、きっと子供の心にずっと残るだろうな。
私も家族とあんな旅がしてみたい。



もう一人は女性のサイクリストだった。



外のベンチで一緒に食事をした。
私はこの日、スーパーで玉子と鶏肉を買ったので、親子丼を作って食べていると、
「何それ?」と怪訝な顔で聞いてきた。とてもおいしそうには見えなかったのだろう。

親子丼をうまく説明できなかったので、「卵と鶏肉を使った日本料理だ」と説明しておいた。

彼女のほうはと言えば、フィッシュ&チップスを食べていた。
「とても大きくておいしいし、安かったのよ」と言っていた。

彼女はスイス人で43歳。スイスの人材派遣会社でマネージャーをしているという。
管理職でもこうしてキャンプ道具を満載した自転車で海外を旅が出来るなんて、素晴らしい。日本じゃ考えられない。
私は職場では一番下っ端だったのに、ここに来るために仕事を辞めて来なくてはならなかった。彼女の国との文化レベルの差を痛感した。


夕食を終えて、くつろいでいると、一人の男が近づいてきて、何か言った。


「オーナーだ」


はじめ何のことだ?と思ったが、スイス人サイクリストがパッと立ち上がり、
「あぁ、オーナー!お金払います!」とテントに戻っていった。


続く。。

 

NewZealandへ -Cycling NewZealand -

 
 
 
 
 
 
 
 
 

勤めていたホテルを辞めて旅に出たのは
ちょうど10年前だった。

私が目指したのはニュージーランド

いつか海外を自転車で旅がしたい。
ずっとそう思っていた。

10年前の旅が自分にとってどんな時間だったのか。

記憶が完全に風化してしまう前に
昔の日記やガイドブックを読み返し、そのときのことを振り返ってみたい。


**********


当時、勤めていたホテルにはワーキングホリデーで
ニュージーランドやオーストラリアに住んでいた先輩が何人かいて、
深夜の勤務時間によくそんな話を聞いた。

そのうちニュージーランドに行ってみたい、
いつか自転車で海外を旅してみたいという長年の想いが抑えきれなくなっていた。


職場の先輩の後押しもあり、2005年の暮れ、上司に仕事を辞めることを伝え、
2006年2月、学生時代から旅をともにしてきたマウンテンバイクとともにニュージーランドへ飛んだ。



空港まではホテルの先輩が送ってくれた。
私が仕事を辞めることを一番残念がってくれた人だが、一番応援してくれた人でもあった。

この先輩はワーキングホリデーでニュージーランドに住んでいたことがあり、
海外経験を積む必要性や、ニュージーランドのすばらしさについて、
仕事の合間によく語ってくれた。
もちろんホテルの仕事も、ほんとうによく教えてくれた人だった。


チェックインを待つ間、二人でコーヒー飲んだ。
先輩は細々したことまで、いろいろ心配してくれた。
少し鬱陶しく感じてしまうほどだったが、今ならあのときの先輩の気持ちが分かる。
私が逆の立場なら同じようにしただろう。


出国手続きのゲートで先輩と別れた。

「シマ、GOOD LUCK!」

私は振り返り、小さく手をふった。



長いフライトの後、やがて眼下にニュージーランドの大地が見えた。

青々とした緑が一面に広がる広大な大地。

その緑の中に細く伸びる一本の道が見えた。

あんなところを走るんだ。じわじわと期待が膨らんできた。


到着したのはニュージーランド北島北部に位置する最大の都市オークランド

空港で入国審査。

ニュージーランドは検疫が厳しいらしく、
植物や土を持ち込ませないため、
持っていたテント、タープは一旦全部、洗浄にかけられてから戻ってきた。

自転車の入った段ボールを受け取り、空港の外に運び出した。
すると、空港に自転車を組み立てるスペースがあった。



すごいな。それだけ自転車を持ってくる人が多いということだろう。



自転車の組み立てをし、インフォメーションで町の中心部への行き方を聞く。
ついでに自転車の入っていた箱の処分を頼んだ。


まずはオークランドの中心部へ。

学生時代のツーリングから数年ぶりの荷物を満載したマウンテンバイクは
これでもかというほど重かった。



初めて自分の目で見る海外の景色。




建物、横を走り抜ける車、道路の標識、時折晴れ間を見せる空。

目に映る全てが刺激的だった。そしてまたそれらは不安でもあった。


右も左も分からない私は、とりあえずと勤めていた会社の先輩がオークランドを訪れた際、
泊まったところと同じバックパッカーを目指した。
(※バックパッカー:相部屋の安宿。一泊2,000~3,000円程度で共同キッチンやリビングが使える。)



バックパッカーは街の中心部、クィーンストリートにあった。


バックパッカーに着くとラウンジに多くの若者が楽しそうに話していた。



みんな何だがとても熱く、エネルギッシュに会話をしていて
不安だらけの私はその勢いについていけず、見ているだけで疲れを覚えた。


相部屋のベッドを確保し、ボーっと地図を眺めていると、
やがて大きなバックパックを背負ってやってきた白人の男性が話しかけてきた。

彼はドイツ人で、名前はマーティン。
これからビーチで泳ぎに行くんだ、と嬉しそうに言った。


みんな、目的決めて来ているんだな。

自然に楽しそうにしているマーティンが眩しく見えた。

私は?走ること以外何をしたらいいのか分からない。

私はとりあえず、自転車で遠くに行くことしか決まっていない。
旅のあとのことはもちろんのこと、オークランドの次にどこへ向かって行くかすらも決まっていない。


私は何をしているのか。
私は何者なのか。


眠る前書いた日記に書いてあった。


こうした不安はどう考えてみても拭えない気がした。



翌日、街で食料の買出しなどをし、宿に戻る。



自分から動かないと、何も変わらない。
話せない英語でも話しかけていこう。
自分の世界のありかたは自分にしか変えられない。


この一日、全く話さなかった私の向かいのベッドにいた青年に勇気を出して話しかけた。
ろくにあいさつもしない彼のことを一方的に感じの悪いやつだなと思っていたが、話してみるといいやつだった。

彼からすれば、私の方がそう見えたかもしれない。

彼の名はヤン。ノルウェーから来たという。

私はヤンを飲みに連れて行こうと思い、つたない英語で誘った。
始めはなかなか理解してもらえなかったが、何度か話しているうちに理解してくれた。


宿から近いバーに入り、ビールを飲みながらヤンと話し始めた。
ヤンは現在22歳。大学で何か理系の勉強をしているそうだが、何をやっているかはよく分からなかった。
ヤンはこれから仕事を探して、それからニュージーランドを回る予定らしい。


とても上手に話せたとは言えないが、お互い笑顔で宿に戻った。


出来るところから少しずつ。ささやかな勇気を出してやっていこう。




翌朝、オークランドから郊外のPapakuraに出る電車に乗った。

ニュージーランドではオークランドと首都ウェリントンでは
郊外に出るためには電車か自動車専用道路しかない。


ともかく街から抜け出して自転車に乗ろう。



電車では、女性の車掌が自転車の乗せ方を教えてくれた。
私が心配そうにしていたのだろう、
通りかかるたびに「あと2駅よ」などと声をかけてくれた。



車窓を流れる景色を見ながら早く自分の足で走りたい、そう思った。



電車はやがてPapakuraに着いた。



自転車とともに電車を降りる。
車掌さんにお礼を言いたかったが、そのまま行ってしまった。

自転車に目をやった。
初めて自転車で旅した日からずっと私を支えてくれたマウンテンバイク。

なにをどうすればいいか、この異国の地では正直まだよくわからない。

でも、このマウンテンバイクに乗ればどうすればいいか、それだけはよく分かっている。
電車を降りるとこの二日間、ときに憂鬱に見えた空もこの日はどこまでも青く見えた。


「そう、青空の下で走りたかったんだ。」


青い空が不安を全て吹き飛ばした、とは言えなかったが、

青い空は素晴らしい旅が始まるのを予感させた。

「自転車に乗りさえすれば、自分の旅だ。」

荷物を満載した自転車を揺らしながら、私は走り出した。