定着から放浪へ 放浪から定着へ

自転車の旅、そのほかの旅について書いています。

己の身の程 Atigun Pass 2006年8月8日

ワイズマンの宿で朝食を食べながら、宿泊者ノートを眺めていると日本のTVクルーの書き込みがあった。
 
迎えた晴れた朝への喜びとこれから出会うだろう素晴らしい景色に期待を膨らませる内容だった。
 

今朝の天気は晴れ。私もまさに同じ気持ちだ。
今日はどこまで行けるだろうか。
 

今日の難所、ブルックス山脈を越えるアティガンパスを越えなくてはならないかもという不安よりも、昨日の雨がやんで、晴れの中を旅ができる期待のほうが強かった。



ワイズマンから再びダルトンハイウェイに戻る。
昨日の雨で道はやや泥になっていたが、ダルトンハイウェイ前半の荒れ具合に比べたらたいしたことはない。 
 

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しばらく走っていると前方に大きな犬のような動物が見えた。

「コヨーテ?」
 

特に警戒する感じでもなく、その動物は近づいてきた。
動きはまさに人なつっこい野良犬のそれだったが、大きさが普通の犬より明らかに大きい。
のちに聞いた話でその動物はオオカミだったようだ。
オオカミはすぐに私に興味をなくしたらしくハイウェイの向こうの茂みに消えていった。
 
 
オオカミからの遭遇からほどなくして今度は人が走ってきた。
「Hi!」
 
お互い、面白いものを見つけたとばかりにしばらく話す。
彼は有名製薬会社を最近退職、思い立って旅に出たそうだ。
日本にも頻繁に来ていたらしく、私が愛知出身だと言うと、
「名古屋のヒルトンにはよくいったよ」と言っていた。
 
まだ、彼はデッドホースをスタートしてしばらくしかたっていないが、
これからフロリダまで!!歩くという。


いやはや。


さすがアラスカ。とんでもない人がいるもんだ。
「きみは私が初めて会うDalton Hwy Walkerだよ」と私が言うと
「Dalton Hwy Walkerか、そりゃいいな」と笑っていた。
 

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Dalton Hwy Walkerと別れ、再び北へひた走る。


昨日とは打って変わっての快晴。
道は相変わらずきついが、雄大すぎる景色が周囲に広がる。
 
ハイウェイの周囲を囲むように雄々しい山々がそびえていた。
 
なんというスケールだろう。
自分が小さいというより、山々が大きすぎるのだと思った。
 
 
 
 
 



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ダルトンハイウェイに突如あらわれたパブリックトイレで休憩。

駐車場で紅茶を淹れ、先日、コールドフットのジェネラルストアでもらったジャムを溶かして
飲んでいると、一台の車から降りてきた女性が話しかけてきた。

「あなた自転車で走っているの?勇気があるのね!」


私は「勇気?わかんないよ。ただ走ってるだけさ」そう答えた。

アティガンパスはまだ先、そしてこのパブリックトイレからいったん登りがきつくなるはずだった。


パブリックトイレの後の峠はけっこうな登りだった。
気持ちを奮い立たせてなんとか登った。

振り返ると眼下に谷を抜けるクリークが見えた。

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宮崎アニメのような壮大な景色だった。
あれは決して虚構の世界ではないな、と思った。


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もっとも北に生えるスプルース(トウヒ)。もう立ち枯れしていた。



その後、今日のキャンプを予定していた地点に着いたのは午後四時だった。

そこは最後のスプルース(トウヒ)のある森林限界から程近いところで、

 

北極圏を南北に分断するブルックス山脈から流れるいくつものクリークがあった。

クリークの水はオパールを溶かしたような淡い緑色で、
手を入れると驚くほど冷たかった。

このあたりにきて、より野生動物の気配が強くなってきた。
リスが頻繁に普通に目の前を横切っていく。


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キャンプ予定地まで来たがまだ十分走れる。
私はもっと進むことにした。


道の周りに木がなくなっていく。
この先はツンドラ地帯だ。


さらに行くと看板が見えた。「Atigun Pass」とある。


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ついにここまできた。
進むべきか、止まるべきか。



このブルックス山脈を越えるアティガンパスは
ダルトンハイウエイ最大の難所である。

アラスカのガイドブック『Milepost』によれば
ダルトンハイウェイ242マイル付近から「長く、急な(12%)登り坂がアティガンパスまで続く」とある。
そして言うまでもなく、道はダート。





今日のところはここで止めて、明日万全の体制でアティガンパスに望むべきか。

この日、三本目になるチョコレートバーをかじりながらしばし考えた。

体力はすでに一日分使っている。明日になれば万全で臨めるだろう。

しかし、問題は天候だ。
今は晴れているが、明日は分からない。
行けるうちに行けるところまで行こう。


私は腹を決めた。  行こう。


ずっと取っておいたエナジージェルをさらに飲み、気合を入れる。


今まで踏まずに来た一番小さいインナーローでひたすらのぼり始めた。
ときおり通り過ぎるトレーラーが砂埃を巻き上げ、視界を奪う。


ここまですでに一日分は走っていた。
限界ギリギリの体力でひたすらペダルを踏んだ。



いろんな想いが頭をよぎった。
どうしてこんな過酷な世界に来たんだろう。
過酷?いや、そんなはずはない。たかが標高1500メーターだ。
過酷に思うのは自分がそれだけ弱いんだ。

弱く情けない自分。
いつもいつもそれに目を背けてきた。

どうすれば強くなれるんだ。
少しでも気を緩めれば、足を止めてしまいそうだった。

足はつかない。立たない。アティガンパスの頂上まで。

何度も止まりそうだった。
それでも、その度に自分を奮い立たせた。

ここで止めたら、私はいつまでたっても困難から逃げる人間になってしまう。


どれほど上っただろう。峠が見えた。

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周囲の山々は夏の最中にあっても雪を抱いていた。

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口から荒く漏れる息はすぐに白くなった。
夏の北極圏の峠は十分に寒かった。

上りきった興奮でもう何がなんだか分からなかった。
とにかく、難所は乗り切った。

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だが、難関はこれだけではなかった。
峠の向こうはさらに寒く、アティガンパスの下りでは一気に体温が奪われ、
あわてて三重にしたグローブの中の手の感覚がすぐに無くなっていった。
 

下りが終ったところでテントを張ることにした。
ハイウェイからそう遠くないところを野営地に選んだ。
強風の中、テントを設営する。

ウインドスクリーンを立ててバーナーストーブで夕食にパスタを茹でようととするが
風が強すぎでなかなかお湯が沸かない。


それでもなんとかパスタを茹でて、一気にかき込んだ。


食事を終えたころ、一台のトラックが通り過ぎて
こちらに気がついたのかクラクションを鳴らしてくれた。

私は軽く手を上げてこたえた。

トラックの運転手には私はどんなふうに見えただろうか。


テントに入る。


寒い。そしてとにかく体が辛い。

私にとっては極限の状況だった。

寒くて日本から持ち込んだ日本の冬用装備を全て着込んだ。
上から下までフリース。
マイナス15℃まで対応する寝袋にシルクのシンナーシーツを使ってやっと暖を得た。

これ以上厳しい状況ではやっていけない、そう思った。


だが、北極海まであと三日のところまで来ていた。
こんな辛いことはもう続けられない。

逃げたい。逃げたいけど逃げない。負けない。

この旅を成し遂げるとこが出来なければ前に進むことは出来ない、そう思った。
一生懸命ひたすら前に進むことだけを考えて前へ。
この旅の意味が少し見えてきたから。
ようやく理解できそうだから。

 
 

 

 

白夜の名残の残る北極圏の夜の太陽に照らされたテントの中で私は眠りに落ちた。




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