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定着から放浪へ 放浪から定着へ

自転車の旅、そのほかの旅について書いています。

再会と出会い 2006年8月13日~14日

cycling Alaska

Fairbanksに滞在した二日間、記録がほとんど残っていない。
あいまいな記憶を探りながら書くことにする。

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朝早く、渡辺さんはネーチャーイメージの牧栄さんに連れられて旅立って行った。
良い旅を。
渡辺さんはこのあと壮絶な旅をすることになる。
詳しくは渡辺さんのブログで
 http://yukon780.blog.fc2.com/category13-2.html


アリーとレオは朝早く帰国の途に就いた。
老練のサイクリストたちは笑顔で去って行った。
私もあんなふうに自分より若い異国のサイクリストに笑顔で話しかけ、
さりげなく励ますことができるだろうか。


私はダルトンハイウェイから戻った後のことをほとんど考えていなかった。
帰国のフライトは8月20日。

まだ1週間ある。
「Go North」のキッチンに少々高いがカヌーツアーの案内があったので
電話してみるがつながらない。一応留守電を残す。


どうしようか。


帰国はアンカレッジからなのでどのみちアンカレッジには戻らなくてはならない。
一週間で東のリチャードソンハイウェイ回りで自走でもどるか、バスを使うか、
はたまたアラスカ鉄道で一日かけて戻るか。
何も決まらぬまま時間だけが過ぎた。

ワイズマンの宿で作った食事。鮭をフレークにしてご飯に載せた

 

 
 



その日、また「Go North」に日本人がやってきた。
キッチンで出会ったその人は写真家の松本茂高さんだ。
〔松本さんの写真ブログhttp://shige0504.blogspot.jp/ ホームページhttp://blog.spiritbear.jp/

聞けば、mont-bellのカタログや『カヌーライフ』に写真が載っているらしい。
すごいな。


松本さんはザックから小袋に分けられた食糧をとりだしながらそんな話をしてくれた。

些細なことだが、きちんと小分けされたふりかけや調味料を見て
松本さんが本当に旅慣れた人だとすぐわかった。

衣食住を背負って旅をするには、荷物のパッキング術というのも非常に重要である。
どこに何が入っているのか、重さのバランスがいいか、きちんと分けてあるか、など。

そうした基本をちゃんとやっていくことが
疲れた時に食事を作る時などにも体への負担を少なくし、トラブルを軽減させることになる。

食糧を小分けにしたりするのは面倒だが、重要なことでもあるのだ。


アラスカやカナダを何度も訪れているという松本さんはいろんなことを教えてくれた。

アラスカの北部は火災が森を育て、南部は風、倒風木が森を作ること、
カリブーや狼の季節移動にも南北の風土の違いが見て取れること

南北の異なる世界がアラスカという一つの統一的な自然を形成しているということ。


松本さんに私があと一週間時間があると相談するとアンカレッジの南、キーナイ半島を薦めてくれた。
移動時間などを考えてもちょうどいいかもしれない。
キーナイ半島に行く方向で動き出した。

アンカレッジの道端で。夏のアラスカの街は驚くほど花が多い。



午後から買い物へ。
ビーバースポーツという大型のアウトドア用品の店に行く。

うわさには聞いてたがほんとうに大きな店だった。


ビクトリノックスのVoygerというモデルが37ドルになっていたので購入。
それからダルトンハイウェイで失くしたサングラスの代わりに
新しいオークリーとケースも購入。このケースはいまだに現役である。

ビーバースポーツをうろうろしていると見覚えのある男とすれ違った。
Coldfootでガスカードリッジをくれた男だ。


お互い、顔を見合わせ、次の瞬間大きな声を出した。


「ワオ。元気だったか。ガスは役に立ったか。無事に北極海まで行ったのか?」
 彼は矢継ぎ早に話し出した。

これから彼は東回りでアンカレッジまで自転車で行くという。

私は無事にデッドホースまで行ったこと、
ガスはおかげで十分足りたことを伝え、何度もお礼を言った。

となりにいた新しい相棒を紹介してくれた。
こちらで知り合った男らしい。
こういうのも楽しそうだ。

アラスカは人がいる場所は限られているとはいえ、
こんなことがあるなんて感激だ。

結局、彼の名前は知らない。だが、彼のことは一生忘れないだろう。

左がフェアバンクスで再会を果たした男。彼はいま何をしているだろうか。




ダルトンハイウェイへ向かうとき、人生のアドヴァイスをくれた日本人女性に会いに
インフォメーションに行くが、今日は不在。休みらしい。
今日は日曜日だ。

日本に北極海から無事に帰った報告をメールでしようと図書館に向かうが、
当然のように休み。

だが、さすがに日本のカレールーまで扱う超大型スーパー「フレッドマイヤー」は
ちゃんと営業していた。

晩御飯にクラムチャウダーを作ることにし、ベーコンなどを買う。

「Go North」に戻り、夕食にクラムにチャウダーを作る。
見た目はマズマズの出来だったが、ベーコンの脂がよくなかったのかしつこくなってしまった。


さしてうまくないスープをも飲みながら、
そろそろ帰国を考えて残りの食糧などを計算しなくてはならないなと思った。
帰国まで一週間だ。




夜、松本さんとKさんと焚き火を囲む。
一時、日本のうまいものトークになってしまったが、
松本さんの過去の旅のことやフォトグラファーとしての暮らしなど
いろいろな話が聞けた。

アラスカを人生の基軸に据えて生きる人の話を聞くことができて心が震えた。 
本の中の出来事でしかなかったことを実際にやっている人がいる。
私は人生を自分の力で切り開いている人に会って心から尊敬の念を覚えた。


帰国後、松本さんにメールを送ると次にような返信をくれた。

ブルックス山脈を10日間縦走しました。
トレイルも何も無い山域を藪漕ぎしながら進んでいくとてもハードな旅でしたが、
身も心も洗われる素晴らしい旅となりました。」
 
ブルックスに独りで入っていく。
私はその苦労を想像する一方でとてもうらやましく思った。 
 
フェアバンクス郊外のパイプライン
翌日、 再びインフォメーションセンターに行き、
恩人の日本人女性と会うことができた。
彼女は前に来た時ほど多くを語らなかった。
 
彼女は北極海まで行ったことへの賛辞を口にして少し話したが
しばらくして彼女はほかのお客に呼ばれて行ってしまった。
彼女にには私がもうなんとかやっていけることがわかったのかもしれない。
 
 
 
インフォメーションで私は明日のアラスカ鉄道を予約した。
松本さんと話してアラスカでの数日間を南部のキーナイ半島を旅することにしたからだ。
明日、鉄道でアンカレッジに戻り、そこからキーナイ半島をスワードまで行き、
再びアラスカ鉄道でアンカレッジに戻り帰国の途に就くことに決めた。 
 
 
その後図書館へ行き、日本へ生存報告と帰国時の迎えのお願いをした。
幸い大学時代の後輩が快諾してくれセントレア空港まで迎えに来てくれることになった。
自転車があるとおいそれと帰れず何かと不便なのだ。
 
それから『Milepost』のコピーをとらせてもらう。
私の発音が悪くて『Milepost』が伝わらず、
紙に書くと「あぁ」と図書館の人はすぐに持ってきてくれた。
ホント英語力なんとかしなきゃな。 
 
ダルトンハイウェイのヤナギラン群生地
 
「Go North」に戻るとオフィスの人が
「おお、日本人のサイクリストは君か。カヌーツアーのことで電話があったから
電話かけてやってくれ」と教えてくれた。
 
 
カヌーツアーのところへ電話し
「今回は予定が合わなくなってしまったから、
次にアラスカに来るときにはまた連絡するよ」と伝えた。
 残念ながらまだ「次」が来ていない。
 
「次」はぜひ家族で「Go North」に宿泊し、カヌーツアーに行きたいものだ。
 
 
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