定着から放浪へ 放浪から定着へ

アラスカ、ニュージーランド、タスマニアなどの自転車の旅、そのほか愛知奥三河のことなどについて書いています。

スワード 余韻の旅 2006年8月18日

雨の一日だった。

幸いキャンプ場を出るまではあまり降られることなく助かった。
雨の中、濡れたテントを撤収する作業は本当に大変である。
濡れたテントは畳みにくいうえ、その作業だけでずぶ濡れになるのは必至だ。
 また、それで一日が始まるとなるとその日のモチベーションが下がってしまう。

キャンプ場を後にするとその後は降られっぱなしだった。
さらに風は向かい風。
道は思ったより上ることなく、下り基調で助かった。

途中、ハイウェイの横にあったトイレの軒先で休憩。
レインウェアのポケットに入れてあったキャラメル味の小さなナッツバーを数個口に放り込んだ。


余談だが、ニュージーランドのスーパーでは
箱に5,6本入ったミューズリーバーがよく売られていて、補給食として非常に重宝したが、
アラスカではそうしたものはあまり見かけなくて、
小さめの個包装されたスニッカーズのようなものしか見つかられなかった。

このときもそうしたカロリーの高いお菓子をポケットに入れていた。
甘い甘い味が口に広がる。
甘すぎる味が走るエネルギーとなって体に満ちていくようで走る気力がわいてくる。

 

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ポーテジグレーシャーのポストカード。どうしてアラスカのポストカードはロゴがダサいのか。

 

 



今日スワードに着けば、夕方の列車でアンカレッジに戻る。


自転車でアラスカを走るのは今日が最後なのだ。

とはいえ、弱いとは言えない雨の中だ。

冷えた体は正直である。
自転車の旅が終わってしまうというという想いよりも
早くスワードの街に辿り着きいという気持ちの方が強かった。



雨の中、走り続けていると靴のクリート(ぺダルを靴とを固定する金具。靴の裏にある)から水が入ってきて靴の中がベチャベチャになってきた。
その上、シューズカバーとレインパンツの間から浸水してきた。
当時出たばかりの自転車用のゴアッテクスシューズの上からシューズカバーをしていても2時間雨の中走り続けていればこんなものである。

手袋も普通のグローブの上から雨用のモンベルのオーバーグローブをしていたが、これもダメだった。ないよりはマシ程度といったところか。

雨の中を走るのは大変である。
それでも走らなくてはならない人はレインギアにはちゃんと投資をしてほしい。






スワード手前、最後の6、7マイルが工事をしていて走りにくかったが、スワードには思いのほか早く到着した。

まずは食事だ。
レストランに入り、時計を見ると11時58分。
雨の中、30マイルを3時間弱ならいい内容だろう。

食事はハリバットバーガーを食べた。

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ハリバットは巨大なヒラメと思ってもらえればいいだろう。

スワードはスポーツフィッシングが盛んらしく、巨大なハリバットと映っている写真をよく見る。

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この手の写真をスワードでよく見る。web上より転載


バーガーの味はまぁフィレオフィシュだ。
結局アラスカではシーフードをほとんど食べなかった。


アンカレッジまで戻る列車の時間までまだ時間がある。
しばらく土産物屋を見て回るがめぼしいものがなかった。

夕食は列車の中になるので食事を用意しなくてはいけない。
食事をしたレストランはハーバー近くだが、周辺にスーパーが見当たらないので街の入り口まで戻る。

スーパーの前で自転車から降りると、おっさんに話しかけられる。
「あんたさっき見たよ。雨の中ハイウェイ走ってただろ?」

毎度おなじみの会話だが、こういう会話も最後かもしれないとおもうと少しさびしい。

スーパーでは安かったトビコの巻き寿司とポテトチップス、ビールとウィスキーを買った。
巻き寿司はまだマシなクオリティだったが、握り寿司は商品とは思えないぐらいぐちゃぐちゃで笑えた。

 

 

 
 
 

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鉄道の駅には2時半ごろ着いた。

寒い。

午前中、雨の中走り続けたせいで服がぬれたままだ。
乾いた服に着替えて、ウィスキーを口に入れるがあまり温まらない。
よほど体温が下がってしまったらしい。

もう一度街を一周しようかと思ったが、
雨の中出歩く気にならず、列車の出発まで待った。

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スワードの駅舎。web上より転載


スワード半島を走った数日間はアラスカの余韻といった感覚だった。
ダルトンハイウェイを北極海まで行き、帰国までの残された時間をどう過ごすか。

厳しい環境の中、強烈な経験となったダルトンハイウェイの旅の後で
気候も比較的温暖なスワードハイウェイの旅は極北とは違ったアラスカの自然を教えてくれた。
天候こそ恵まれなかったかもしれないが、穏やかな旅だった。

今思えば、ダルトンハイウェイよりも気負いなく旅ができて、自然体の旅であったと言えるかもしれない。




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午後6時になって列車が出発した。

しばらくして車窓を見ると14マイルのマイルポストが見えた。
スワードから14マイルである。
そうだ、午前中ハイウェイがぐっと上って線路を越えたが、ここだ。
踏切になっておらず、高架になっているのをうんざりして上ったのを思い出す。

午前中の出来事なのにもっとずっと前のことに思えた。


鉄道の旅はそれほどの感動もなく過ぎて行った。

それでも一度、正面にグレイシャーが大きく見えたときには感動した。
午後9時くらいに撮影した動画を見ると外が薄暗い。

白夜が終わったとはいえこのくらいの時間まで明るかった。



アンカレッジに到着した。

スケジュール通り午後10時過ぎに到着した。
自転車は貨物車両にサイドバッグと別に積まれていたが、
自転車が先に出てきた。

照明が明るく照らすホームに荷物がどんどん積まれていく。
ホームだけ明るい。

結局サイドバッグは一番最後に出てきた。


雨の中、鉄道の駅から予約をしてある宿、スピナードホステルへ向かう。
アンカレッジ滞在は全部スピナードに泊った。

フェアバンクスから戻ったときもそうだが、
駅のある市街地から空港近くのスピナードに行くのに自動車専用道路があり
スピナードに行くのに苦労した。


スピナードに到着。フロントはしまっていたが、
階段に名前の書いたメモがあり、部屋と指定のベッド番号が書いてあった。

少し前に着いたのだろうか、日本人の客が困った様子で立っていた。
あきらかに年上の男性だったが先輩面して話す。
カードも使えるがキャッシュのほうが安いこと、などなど。
男性は自分のメモを見つけると部屋へ消えていった。


部屋に荷物を置き、シャワーを浴びる。
今回はベッドが下で楽だ。
久しぶりのベッドでリラックスする。


明日は溜まった洗濯をしよう。
明日は荷物を整理しよう。
明日は土産を買って物欲を満たそう。
明日は米を炊いて食おう。

明後日の朝、ついに帰国だ。