定着から放浪へ 放浪から定着へ

自転車の旅、そのほかの旅について書いています。

帰国  2006年8月19日~20日

スワードからアンカレッジに戻り、いよいよ帰国となった。

街が動き出す時間を考えながらキッチンで朝食を作る。

日本から持ち込んだタラコスパのソースが残っていたので
朝からタラコスパを作って食べた。

前回ニュージーランドを旅したときに無性にタラコスパが食べたくなって
テントの中で悶絶したことがあったので、
今回はたくさん持ち込んだが結局残ってしまい今日食べることになった。

米も残っていたので炊いて昼ごはん用におにぎりを4つ作った。



おにぎりをバッグに入れて外に出る。
なんと外は晴れていた。久しぶりの晴れでテンションがあがる。

アンカレッジの街


自転車で市街へ。
土産物屋をいくつか回り、家族や友人に土産を買った。
「カンアラスカン」という日本人の経営する土産屋でオーナーの女性と話す。

 

「今年は何十年降りの異常気象で大雨が降ってねぇ。アラスカに来て長いけどこんなの初めてよ。ウィローのあたりじゃ橋が流されたそうよ。」

ウィローはアンカレッジ近くの街で私が最初に泊った街だ。
信じられない。


その頃、フェアバンクスで会った日本のある旅人が窮地に陥っていたのを知る由もなかった。(参考ブログ:http://yukon780.blog.fc2.com/blog-entry-138.html


カンアラスカンの後、ネイティヴアメリカンの店で買い物をするとレジの女性が
「どこの出身?」と聞くので「日本だよ」と言うと「私たちに似ているからネイティヴかと思ったわ」と言われた。

一時ネイティヴアメリカンの思想に傾倒していた時期があったのでなんだか嬉しかった。
ただ、日焼けしてそう見えたただけかもしれないが。。

気になって撮った写真


最後にR.E.I.に行く。
帰国に際し、自転車梱包用の段ボールを手に入れるためだ。
R.E.Iは大型のアウトドアショップでキャンプ用品はもちろん、カヌー、自転車、浄水器まで何でもある。
ここで発売間もなかったPolarの保冷ドリンクボトルと安かったボトルゲージ、それから日本未発売のパワーバーを大量に買った。
レジの女性に「パワーバーたくさん買うのね。」と笑われた。

「日本じゃ2種類しか売ってないんだ。珍しくてね。」と言っておいた。

それから自転車の箱を欲しいと言うと、自転車担当者だろうか若い男性がGiantの箱を持ってきてくれた。しかし厚みがなくて心配なったので「申し訳ないが、荷物多いんだ。もっと大きいのくれ」というとR.E.I.オリジナルの厚さのある箱を出してくれた。

前回ニュージーランドで箱代をとられたのでいくらか聞くと
「ハハ、要らないよ」と言ってくれた。

R.E.I.にいた賢い犬。入国直後の写真


昼食に用意したおにぎり4つは早々に食べてしまった。
宿に戻ってパスタを茹でて、夜またパスタを食べた。4食目は多いかと思ったがぺろりと食べてしまった。しかもパスタは全部タラコである。

残った食糧は宿のフリーラックに置いていけばいいが、タラコソースなど置いていっても困るだろうと思い、頑張ってしまった。妙なところで気を遣ってしまうものだ。

自転車で旅をしていたせいで体が異常に食べ物を求めてしまう。太らないか心配だ。



************


いよいよ帰国の日。
早朝起きて、朝食を作って食べる。
時間があったのでリビングでぼんやりテレビを見ていると
一人の男性が話しかけてきた。

アラスカの住人でこれからフィリピンでバカンスに行くという。
私と同じく今日のフライトだそうだ。彼は楽しそうにいろいろ話してくれた。
このスピナードホステルは空港から近いので地元の人も利用するらしい。


R.E.I.でもらった大きな段ボールを折りたたんで小脇に抱えたまま自転車で空港へ向かった。
空港の玄関横で自転車を分解し、段ボールに詰めていく。

自転車と段ボールの隙間には寝袋などをつかってクッション代わりにするのを忘れない。
普通よりも大きい箱を貰ったおかげで作業はすんなり終わった。



自転車の入った大きな段ボールを持ってKorean Airのチェックインカウンターへ。
スムーズにいくかと思ったチェックインだが、荷物が重いから追加料金を払ってほしいとKorean Airの若い女性に言われる。

「No,行きも自転車を持ってきたけど追加料金は払ってないよ」私は珍しくきっぱり英語で言った。

すると女性は奥に消えていき、代わりにゴツイ見るからにベテランのマダムが出てきた。
いやな予感がする。。


現れたマダムはすごい勢いで端末をたたいたかと思うと、グイッと顔をあげて私に言った。


「あなたの行きの荷物は26キロ。で、今は36キロ。行きより10キロ重いわよ。300ドル追加料金いただきます」

ぐうの音も出ないとはこのことである。私は即座に訊いた。
"Can you accept credit cards?"

"Yes,sure"マダムは私の差し出したクレジットカードを無表情で受け取った。完敗であった。


10キロ増。。土産はそんなに買った覚えはないが自転車を梱包した箱が大きいのをいいことに調子に乗って荷物のほぼ全部詰め込んでいたのだ。
はぁ。土産だって300ドルも買ってないぞ。


私は落胆したまま出国手続きを済ませ、免税店を見ていると日本人に話しかけられた。
どうやらチェックインカウンターで私の後ろに並んでおり、あのやりとりを見ていたらしい。

「結局いくら取られたの?300ドル!うわー、ついてないねー。行き先一緒だったら、私の荷物分シェアしたのに」

その手は考えなかったな。全く迂闊であった。
この痛い教訓はのちに生かされることになる。

この日本人の方は福岡に帰るとのことだったが、そのほかにも大阪に帰ると言う人もいた。
私が乗ったKorean Airはインチョン空港まで飛んで、日本人はその後日本各地に飛ぶようだ。なるほどハブ空港だ。



飛行機に乗り込む。不思議な気分だ。
旅が終わる。アラスカの旅はガムシャラだった。興奮のうちに終わったと言っていい。

やがて飛行機が飛び去った。
眼下についこの間までいたキーナイ半島が見える。

感慨が深すぎて自分の中で処理しきれていない。
ただ、またこの大地を旅したい、そう思った。



************

アラスカの後、以前から自分の夢だったCafeをやっている外食企業に就職したが、しばしば15時間を越える勤務に体重をかなり減らしてしまい、1年で辞めてしまった。

その後、多少回り道をしたが、なんとか再々就職をすることができた。



 アラスカの旅が自分にとって何であったのか。


いまだによくわからない。
その直後はその経験が強烈過ぎて自分でもうまく消化できずにいた。


ただ、あれからずいぶん経って、自分の家族を持つことができるようになった。
経験の割に平凡だと思うが、あの経験の上に今の生活があると思うとそれで十分に思える。


目をつぶると、今でもすぐに思い出す。
360度自分の回りを取り囲むツンドラの中にいるところを。
カリブーが蹄で水をピシャピシャ音を立てて走っていくのを。


いつかまた、あの世界を旅しよう。
世界の大きさを体感し、自分が解き放ち、野生動物の気配におびえ、自然と対等になり、ただ自分が生きていることに感謝するアラスカの大地を。


あの景色を生涯忘れることはないだろう。




 





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