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定着から放浪へ 放浪から定着へ

自転車の旅、そのほかの旅について書いています。

その男 -Cycling NewZealand-

NewZealand cycling

ダニエル・クーマーに出会ったのは、Waihiの街だった。

彼に会わなければ、私の人生は大きく変わっていたと思う。
旅と日常とどう付き合って生きていくのか、
そうした人生の可能性を私に教えてくれた男であり、
数年後、私がタスマニアに行くきっかけを作った男でもある。


*******

Tairuaを出た後、あまりペースが上がらず、
ダラダラ走っていたが、午後になり雨模様になった。

雨は容赦なく身体を打ち付ける。

濡れて冷えた身体から、体温がじわじわ奪われていく。
 だんだん気持ちが重くなるのも当然だろう。


Waihiの街に着く頃には、雨はだいぶ弱くなっていた。
泊まるところを探すため、インフォメーションセンターを探したが、見つからなかった。
Tiptopのアイスクリーム屋に入り、店のじいさんに道を聞いた。
じいさん耳は遠いが、ちゃんと教えてくれた。

余談だが、インフォメーションセンターの看板を見つけて入った建物は別の施設だった。
のちにWaihiに行った友人にその話をしたら、
彼女も同じように間違えた、と言っていた。どうもあそこは分かりにくい。


インフォメーションセンターには、いかにも世話好きな感じの年配の女性がおり、
こちらが何か言う前に向うからあれこれ聞いてくれた。
紹介してくれたキャンプ場はバックパッカーズもキャビンもあり、
今日ならバックパッカーズもキャビンも空きがある、とのことだった。

インフォメーションセンターの女性はとてもゆっくり話してくれて、
私でも十分に英語が理解できた。
これは私の思い込みかもしれないが、クレバーな人ほど、
相手の語学力を配慮して、ゆっくり話してくれることが多い気がする。


泊まる所へ行く前に、スーパーで買出しをしなければ、と街をさまよっていると、
ひとりの長身のサイクリストが声をかけてきた。


それがダニエルだった。


私が何か聞いたわけでもなく、私の姿を認めると
「スーパーか?スーパーなら、こっちだ。キャンプ場ならあっちだ。」と教えてくれた。
「スーパー、そのあとキャンプ場だ」というと、
いっしょにスーパーに行ってくれ、さらにキャンプ場まで連れて行ってくれた。


この男は何者だろう?


キャンプ場では、結局バックパッカーズを取った。
このずぶ濡れの状態で、テントを張る気にはなれなかった。
幸い、この日はあまり宿泊客がいなかったようで、部屋は私ひとりだった。
荷物を広げ、濡れたものを乾かす。


疲れたな。


窓の外を見ると、個人用のキャビンの前に先ほどのサイクリストのバイクが見えた。



彼はキャビンか。いい身分だな。

キャビンは戸建ての個室なので、どうしても高くつく。
相部屋の2,3倍はかかるのではないだろうか。
結局、私はこの旅の間、使うことはなかった。


夕食の支度でもするか、と思っていると誰かが、部屋をノックした。

出てみると、先ほどのサイクリストだ。



「ハイ、ビール飲もう!」そう言って、笑顔ででかいビール瓶を差し出してきた。

私は少し面食らったが、悪いやつではなさそうなので、
部屋の中に招き入れ、座ってとりあえず乾杯した。


彼は自分のことをいろいろ話し始めた。


彼は名をダニエル・クーマーといい、ドイツ系スイスで歳は44歳。
国ではペインターをしており、けっこういい稼ぎがあるらしい。
冬の間、だいたい2か月ぐらい海外を自転車で回るのが毎年の通例だという。

なんて羨ましい生活をしているんだ。
海外の人は休みが長く取れるとは聞いていたが、これほどとは。

ダニエルはニュージーランドに来るのは7回目で、
これから北島を回り、南島のクライストチャーチを目指すという。

彼は他にも、自分の自転車のことや、当時活躍していた自転車選手のことなど、
ほんとうにいろいろ話した。

特に自転車選手の話は盛り上がった。
彼はパンターニチッポリーニが特に好きだという。
彼は仕事用の車をチッポリーニ風にゼブラに塗ったといって、写真を見せてくれた。


ダニエルが自分のキャビンに戻っていった後、夕食を作りにキッチンへ行った。


スーパーで買った牛肉で牛丼を作ったが、肉が厚くてあまりうまくできなかった。
このころは食事で苦戦していたことが多かった。



そんな夕食をひとりで取っていると、またダニエルがビールを持って現れた。
「君の分だ。」持っていたビールを一本、私によこした。

それからまた、ビールを飲みながら長々と話をした。

朝食。トーストはバッグの中でひしゃげてしまう。



翌朝、雨も上がり、外で荷物をパッキングしていると、ダニエルが話しかけてきた。

「どこへ行くんだ?」

私は地図を広げて、
「タウポ、ロトルアに行きたいけど、その前にイーストケープを回りたいな。」
そう言うとダニエルが「おれもイーストケープに行くんだ。一緒に行こう!」と言い出した。


私はペースが遅いぞ、と言ったが、
「No problem, No problem!」と笑顔で繰り返すだけだった。


かくして、ダニエルとの旅が始まった。


私が前を走り、ダニエルが後ろからついてきた。


天気は幸い快晴。


彼は過去に同じルートを走ったことがあるようで、
道の分岐では、「あっちだ」とすぐ教えてくれた。

私は決していいペースではなかったが、ダニエルは私のペースに合わせてくれた。

途中、休憩を入れてTaurungaまで走る。




ウランガは明るい街だ。


しばらくぶりの都会。


昼食にしようということになり、
一軒のカレー屋に入った。

ダニエルは迷うことなく、ビールを注文した。
「ツーリング中もアルコール飲むのか?」私が尋ねると、
「何言ってるんだ。ビールはソフトドリンクだぞ。」とうまそうにビールを飲んだ。



運ばれてきたカレーは真っ赤だったが、見た目ほど辛くなかった。

昼食後は前後をダニエルと交代する。

始めは頑張ってついて行っていたが、すぐに大きく遅れてしまった。
ダニエルは折をみて、止まって待ってくれていた。
「遅れてしまっても君は困らないか。」と聞くと「いや、No problemだ」と言ってくれる。
ほんとうにやさしい男だ。


その後も、ペースが上がらず、
ウランガからそう遠くないPapamora Beachで一泊することになった。
ダニエルによれば、いいキャンプ場があるらしい。


街のスーパーで食事の材料を買う。
レジの女性が「バケーション?いいわね。」と声をかけてくれた。
私は笑顔で「Yes!」と答えた。

本当に何気ないやりとりだが、こういう些細なことは
10年たっても忘れないから不思議なものだ。


ダニエルはスーパーで売っていたビールの種類が気に入らなかったらしく、
別のリカーストアに行くといった。
私は1リットルの大きなビールをスーパーで買っていたので、外で待っていると、
ダニエルは6本パックのビールを買って出て来た。


「一人で全部飲むのか?」

「そりゃそうさ、こんなの4.9%か?ソフトドリンクだ、こんなの。
おれの彼女なんかもっと飲むんだぜ」と笑った。


まったく、どうなってるんだジャーマンスイス。


ダニエルが案内してくれたキャンプ場は「Top10 Holidayparks」というところが
経営するキャンプ場で、とても施設が清潔だった。

ダニエルはここの会員証を持っていて、会員料金だ。

会員証はユースの会員証などと同じで、20ドル(確か)。


作ろうかどうしようか悩んでいると受付の女性が
「何か月、ニュージーランドにいるの?2か月?
ならかえって高くついちゃうかも。
使う見込みがあればいいけど、予定がないなら無理に作らなくてもいいんじゃないかしら」
と言ってくれた。

こんなにちゃんとしたキャンプ場を運営しているのに、
商売第一じゃないとこにとても好感が持てた。

その後も似たようなことがあったが、
ニュージーランドの人はほんとうに相手のことを考えてアドバイスをくれる。
ニュージーランドの印象がずっといいのは、あの美しい景色のせいだけではないと思う。

左が私のMTB、右がダニエルのもの




受付を済ませ、目の前にビーチの広がるところでテントを張っていると、
早速、ダニエルはビールを出した。また一本くれる。

「乾杯はドイツ語で何ていうんだっけ?」
「プロッシュトだ」

「プロッシュト、ダニエル」

私がビールを軽く掲げると
「プロッシュト!ええっとお前名前なんだっけ?」とダニエルが聞いてきた。

おい、今頃かよ。

「シマだ。シマ。コンポーネントシマノのシマだ」。そう説明すると、

シマノ、シマ!プロッシュト!」ダニエルはようやく私の名前を覚えたようだ。


少し雲は出ていたが、せっかくのビーチなので少し泳いだ。


ダニエルに泳がないのか、と聞くと泳がないという。
海がない国の人間なので、てっきり海にあこがれがあるのかと思ったら、そうでもないようだ。

ダニエルはかなりのアナログ人間らしく、
デジカメも持っていなければ、メールアドレスすら持っていなかった。


旅の記録は主にビデオカメラでするらしく、ビデオを回していた。


泳ぎ終わって、テントに戻ると、ダニエルがランドリーを洗ってくれるという。
走るペース合わせてもらったり、いろいろ助けてもらって申し訳なく思ったが、
ダニエルの方はさして気にしているわけでもなさそうだった。


ようやく、ニュージーランドに来て、1週間が経過しようとしていた。






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