彼女と出会ったのはウェリントンのフェリーターミナルだった。
チェックインを待つ間、ロビーにいたアジア人女性の横にzero pointのザックが置いてあった。zero pointはその頃まであったモンベルのザックのラインナップで、それを見て、多分日本人だなと思い声をかけた。それがKだ。
Kは私より少し歳下、ワーキングホリデーでニュージーランドにいるらしい。
お互いのことを簡単に話すと「お兄さん、何だか私と同じ匂いがする」彼女はそう言った。
我々が乗るはずだった朝の便は悪天候でキャンセルになってしまった。風の強いウェリントンではよくあることらしい。外では雨が時折降りつけ、ずっと強い風が吹いていた。
また夜の便で会うことを約束して、一旦、Kと別れた。
私はまずインフォメーションセンターに向かった。渡った先の南島Pictonの街で宿を確保しないといけなくなったからだ。
当初の予定では昼過ぎにはピクトンに着いて、Top10グループのキャンプ場に泊まる予定だったが、振り替えになった便は10時過ぎの到着。何とかしなくては、と焦り始めた。
今、冷静に考えれば、治安が悪いわけでもないのでそこらのベンチで寝袋にくるまって朝まで待てば良さそうなものだが、当時は予期せぬフェリーのキャンセルに慌ててしまったのだ。
インフォメーションセンターは人で溢れていた。カウンターに並んで順番を待つ。しばらく待ってメガネの似合う素敵な女性が応対してくれた。
ピクトンは小さい街だが、比較的、アコモデーションはあるらしい。とはいえ、私と同じような客が多いらしく、その場ですぐに予約出来なかった。
「キャンセル出そうな感じなんだけど、順番待ちね。午後にまた来て、予約出来たらしておくから、そのときに結果を教えるわ。」インフォメーションの女性は親身に応対してくれた。予約できることを祈りながら、インフォメーションセンターを後にした。
さて、どうするか。
元々、私の計画では、北より寒くなる南から回るつもりで、ウェリントンは南島を一周したあとまた北島に戻ったときにゆっくり見よう、と思っていたので、急に時間が出来た格好だ。
ランチには早い時間だったので、前々から何とかしたかったデジカメに溜まった写真データをCDに焼いてもらいに行く。店はすぐに見つかり、こちらはすぐに済んだ。
首都とあってウェリントンはビルが多い。久しぶりの都会を自転車で移動していると突然、ウェリントン特有の強い風が吹き、手に持っていた手袋が飛ばされた。「あっ、」飛ばされたのに気がついた瞬間、50mは飛ばされてしまった。
自転車を降りようとすると、通りすがりの女性が慌てて拾ってくれた。
この些細なエピソードが「ウェリントンは風の街」という印象を私に強く残した。
そんな中、NZのアウトドアショップ、カトマンズの店舗を見つけた。そういえば、パーマストンノースでそろそろテントがセールだ、と言っていたな。
カトマンズに入ると、テントコーナーでしばらく悩んだあと、結局、テントを購入した。まあ、予定通りか。
いい時間になったので、インフォメーションセンターに戻ると、先程の女性が私の顔を見て、笑顔で頷いた。
どうやら宿を確保してくれたようだ。
私も安堵で笑顔になった。
ウェリントンでどうしても行きたい場所が一箇所あった。
BAR Mollymalonesだ。
NZに行く、と決めたとき、応援してくれた会社の先輩がウェリントンに住んでいたことがあり、ウェリントンに行くなら、絶対行った方がいい、と勧めてくれたアイリッシュバーである。
私のロンリープラネットのモリーマローンズのページには日本を出る前から既にマーカーが引いてあり、行く準備は万端だった。
地図を見ながらモリーマローンズを目指す。
果たしてモリーマローンズはあった。
予想していたよりカッチリした店構えだ。
店に入り、窓際の席に座る。
オーダーは勿論、アイリッシュビール、キルケニーとフィッシュ&チップスだ。
広い店内のテレビではクリケットが流れていた。
フィッシュ&チップスが来た。
今まで見たどのフィッシュ&チップスよりも上品だ。
NZで食べたフィッシュ&チップスではここのが一番美味しかった。
その後、フェリーの中でビールを飲まないといけないと思い、リカーストアを探すが、見つけたのはワインショップだった。
古い店のようで、煉瓦作りの雰囲気のある店内には所狭しとワインが並んでいた。残念ながら当時はワインはそこまで飲まなかったので、あまりちゃんと見なかったことが悔やまれる。
年配のご主人が奥から出てきた。
ビールがあるか、と訊ねると「地元のビールがある」と言って何本かビールを出してくれた。「tuatara」というビールで聞けば、パラパラウムあたりで作っているらしい。調べたところ最近のクラフトビール人気で日本でも買えるようだ。安くはなかったが、いい機会なので買うことにした。
「どこから来たんですか」物腰柔らかにご主人がお決まりの質問を投げかけてくる。これまでのことを話し、夜のフェリーで南島に行く、と言うと「大学のそばのフィッシュ&チップスが美味しいから買って行くといいよ」と教えてくれた。
ワインショップを後にすると、私は教えてもらったお店でフィッシュ&チップスを買った。テイクアウト専門の人気の店らしく、ひっきりなしに客が訪れていた。魚の種類が選べるようになっていた。こちらのフィッシュ&チップスはいわゆるフィッシュ&チップスで、でかいサイズの包みを渡された。
夜になり、フェリーターミナルに戻った。
ターミナルにはすで人の列が出来ていた。少し先にKが並んでいて、私に気がついたKは小さく頷いた。
夜の便は無事に出るようだ。
フェリーに乗り込み、Kと小さいテーブル席に座った。
風は依然強い。夜の海峡にフェリーが進んでいく。少し揺れそうだった。