定着から放浪へ 放浪から定着へ

自転車の旅、そのほかの旅について書いています。

K -cycling NewZealand -

出港からずっとフェリーはよく揺れていた。

 

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フェリーの中でKと何か話した記憶がほとんどない。Kは船に弱いのか椅子に体を埋めたまま、眠っていたと思う。
一方、私はといえば、山盛りのフィッシュ&チップスを平らげ、地元のクラフトビールを飲んでいたが、元々船酔いしやすい私は、すぐに船酔いしていまい、気持ちが悪くなってしまった。


船酔いに耐え、しばらく眠ろうと試みたが、やがて吐き気に襲われトイレに駆け込んだ。クック海峡の荒波と脂っこいフィッシュ&チップスという組み合わせは危険だ。トイレの鏡で自分の顔を見ると青白い顔をしていた。

 

私は憔悴したまま、席に戻った。幸い、Kは眠り込んだままで、何が起こったか気が付いていないようだった。

 

フェリーはピクトンの港に着いた。

 

南島だ。

 

 

わずかな明かりが港をボンヤリ照らすだけで、周囲の様子はよくわからない。小さな街であるようだった。

 

 

フェリーを降りると、Kと翌朝会う約束をして、それぞれ宿に向かった。

もうとにかく寝るだけだった。

 

 ウェリントンのインフォメーションセンターで取ってもらった宿には、私の他にも何人かフェリーで到着した客がいた。相部屋の二段ベッドの上段をあてがわれると、ベッドに荷物を放り投げ、そのまま眠りに着いた。

 

翌朝、宿で朝食を食べていると、若い男性が話しかけて来た。NZではこうして積極的に話しかけてきてくれて、自分のことや相手のことをあれこれ聞いたりして、交流してくれる若者にしばしば出会った。私は話しかけられれば話すが、自分から積極的に話に行く方ではないので、彼のような若者は有り難かった。

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私には、旅が終わればどう生きていけばいいのか、という潜在的な不安が常に心のどこかにあって、それが慣れない土地での旅の不安と重なり、心こそから旅を楽しめないことがあった。

そんな私には、純粋に旅を楽しみ、いろんな人と交流しようと、積極的に話しかけてくれる彼はあまりにも眩しかった。私は彼とと連絡先を交換して別れた。

 

Kとの待ち合わせまで時間があったので、当初泊まる予定だったTop10のキャンプ場へ行き、何時からチェックイン出来るか聞いてみた。

 

すると10時前だが、もうテントを張ってもいいと言う。

 

これはかなり嬉しかった。余計な荷物を置いておけるからだ。

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さっそくテントを張り、荷物を置いて出かけた。

 

Kが宿泊しているバックパッカーの前でKを待った。特に何かするわけでもないが、会う約束をしていた。
この数日間、フェリーのスケジュールに振り回されたので、ここらでゆっくりしたいと思っていたところでもあった。

Kがお昼ご飯を作ってくれるというので、Kの泊まっているバックパッカーで昼ご飯を食べた。「ビール、安いのだけど飲むよね?」とビールも出してくれた。

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このバックパッカーでは、釣り道具を貸してくれる、というので二人で海に釣りに行くことにした。日本で一人旅をしていた頃はよく釣り道具も持っていたが、結局使わず終いのことが多く、今回の旅では持ってきていなかった。

餌になりそうなものを探しに近所の食料品店に入る。10本入り2ドルの安い魚肉ソーセージを見つけ、購入。レジの女性が韓国人っぽかったので、「アニョハセヨー」と挨拶したら、微笑みながら韓国語で話始めたので、「ごめん、日本人なんだ。韓国語は『アニョハセヨ』しか知らないんだ。」と答えた。こうした些細なことはなぜかよく覚えている。

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Kと防波堤に行き、魚を釣り始めた。海鳥がたくさん飛んでいる。風が吹き続ける海辺は寒かった。

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Kが自分のことを話してくれた。自称「悩める25歳」で(笑)、日本で看護師をした後、いくつか仕事をしていたそうだ。どこかにある自分の「目的地」を探しているタイプの人だろう。NZでは、一度定職についたあと、こうしてワーホリで自分を見つめ直している30前後の女性にしばしば会うことがあった。当時はそうは思っていなかったが、自分も似たようなものであったと思う。

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Kは、等身大の日本人の女の子で、少し前まで一緒に旅をしていたダニエルやルティアみたいに、さりげなくすごい、という感じはない。ただ、「自由にしている」という感じだった。「自由を満喫している」でもなければ「自由を持て余している」でもなく。

Kがハーモニカを吹いてくれた。

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私も一応ハーモニカを持っていたので何曲か吹いた。相変わらずの下手っぷりで、時間がある日にはもっと練習しようと思った。

 

釣りの方はといえば、魚は小さいのが3匹と、なんとか食べられそうな大きさのものが2匹釣れただけだった。

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小さい方の3匹は海鳥に投げてやると、上手に空中でキャッチした。

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Kのバックパッカーに戻ると、釣った魚と餌用に買った魚肉ソーセージで晩御飯を作った。
バックパッカーの庭に生えていたローズマリーを使って魚を焼いた。魚をさばいているとき、隣で見ていた客が不審な目で見ていた。そんな魚よく食べるな、と思ったのだろう。

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昼にも飲んだ薄いビールで乾杯して、夕食を食べた。

Kはこれからどうするかを尋ねると、どこかでフルーツピッキングの仕事を探すという。

 

食事を終えると私たちはメールアドレスを交換して別れた。

 

 

だいぶ以前に連絡しなくなってしまったが、その後しばらくKとは何度かメールをやり取りしていた。

日本に帰国後、八丈島にいたり、あわら温泉にいたりして、日本でもふらふらしていたようだが、やがていい相手を見つけて結婚したらしい。

 

 

NZの旅の後、私もいろいろ迷走し、失敗や挫折もあったが、NZで同じ時を過ごし、自分と同じように生き方を模索しているKの存在は「自分は一人じゃない」と思うことが出来て、有り難かった。Kとの出会いに本当に感謝している。