陸地の先っぽに立って世界を眺めると、空と海はどこまでも青く、水平線で淡く溶け合っていた。
遠くではやさしい色をしている空だが、私の真上では見るもの全ての印象を一色にしてしまうほどの濃厚な青の世界が広がっている。
その中で唯一、存在感を際立たせているのは、地上のものを容赦なく照りつける白い太陽だけだった。
文字通り肌を焼く日差しに私は目を細めた。
「今日も暑いわね。シマ、あなたちゃんとクリーム塗ったの?また耳だけ日焼けするわよ。私が塗ってあげまちょうか?」
ルティアがおどけながら、注意してくれた。ニュージーランドは紫外線が非常に強く、マメにUVクリームを塗るのかわ欠かせない。私がその辺いい加減なので、ルティアは心配してくれたようだ。ルティアはなにかにつけて私の心配をしてくれる。私はそんなに頼りないように見えるのだろうか。
ニュージーランド北島、イーストケープ。
ニュージーランドの最東端に位置し、世界で最初に朝日が昇るといわれる半島をルティア、ダニエル、私の三人ですでに半分回った。
朝、Te Kahaのバックパッカーで見かけたアジア人がいたので話をした。彼はマレーシア人で名をチャンという。彼はロードバイクで旅をしていた。
キャンプ場には他にもサイクリストがいて、そのドイツ人サイクリスト、カールを加えてこの旅最大の五人で出発した。
計画性も無く、国も違う五人が一緒にツーリングをすれば面倒なことになりそうだが、みんな旅慣れたサイクリストだった。
[朝立ち寄ったpohutukawaの古木。pohutukawaはニュージーランドクリスマスツリーと言われる木で、これが最も古いそうだ]
それぞれでペースの合う人間と走り、時に勝手に止っては写真を撮ったり休憩したりしていた。すぐ先に行ってしまうダニエルも適当なカフェで待っていたりした。
みんな勝手で気を遣わなが、なんとなくみんな一緒。この集団は心地よかった。
[Tikitikiにあるセント・メアリー教会。建築は洋風だが、内装はマオリ風。]
昼食はTikitikiにあったポストオフィス、集会所、カフェが集まっているところで食べた。
昔のアメリカ映画に出てきそうな、なんだか時間に取り残されたようなところだ。ダニエルは「なんてビックシティだ」と言っていた。
[カフェのおばさんは見事なほどに無愛想]
チェンはベジタリアンで、フルーツバーガーう注文したが、普通のハンバーガー中にパインが挟んであるだけだったので、肉はダニエルに食べてもらっていた。
昼食を食べているとテレビでは大昔の映画をやっていた。途中、バレンタインのCMが流れた。ああそうか、明日はバレンタインだ。チェンが「君は彼女がいるのか。」と聞いてきたので「ああ、でもバレンタインなんて忘れてたよ。」 と私が答えて、2人で苦笑した。
さらにチェンが「彼女に『アイシテルー』って言うの?」と日本語で言うもんだからびっくりした。「そんなのシリアスな時にしか言わないよ」と答えると「何だ、君と彼女はシリアスなのか」と言われ、英語は難しいなと思った。
昼食後、おのおの出発の準備をしていると、ポストオフィスのカウンターに誰かのパスポートが置いてあった。
ダニエルが中身を検める。
カールのものだった。
しばらくして、カールが建物から出てきた。
そしてパスポートがないことに気が付き、慌てはじめると、ダニエルが意地の悪い笑顔を浮かべながら、ドイツ語で何か言った。不思議なものでこの手のやり取りは身振りだけで十分わかる。
カールは少しダニエルにからかわれて、パスポートを取り戻した。
出発前、カフェの外で作業人の男性がルティアに声をかけた。
「何人いるんだ。リーダーは?」
ルティアは振り向いて 「五人よ。リーダー?いないわ」と笑った。
午後も相変わらず日差しが強い。道が上りになるとダニエルとカールがあっという間にいなくなってしまう。私はチェンとそこそこで上っていった。タフなルティアもこの日ばかりは遅れをとっていた。
途中の店で、みんなを待たせたから、と言ってルティアがアイスをおごってくれた。NZはアイスが安い。2スクープ、つまりサーティーワンで言うところのダブルで1.6ドル。当時1ドル70円程度なので相当安いんじゃないだろうか。
夕方、Tokomaru Bayの街に到着。ここでカールとは別れた。
残りの4人でキャンプ場へ。
キャンプ場でスーパーの場所を確認し、近所のスーパーにいつものように買い出しに行く。FourSqureというNZの田舎によくあるスーパーにはビールがなかったので仕方なくワインを買った。
キャンプ場の外のテーブルに座り日記を書きながら、ワインを飲んでいると、ダニエルが「シマ、ワインをくれ」とカップを出してきた。そうかダニエルはビールだけでなくワインを飲むのか。そりゃそうだよな、スイス人だもんな。私は彼のカップにワインを注いでやった。
少し離れたところでマオリの一家が楽しそうにしてるなと思ったら、ゴルフボールがテーブルの上に飛んできた。
びっくりしてボールの飛んできた方を見ると、感じの良いマオリのお母さんが、ゴルフクラブを振りながら、「ごめんなさいねー。」と遠くから声をかけてきた。
日本でなら怒っているところだが、なんともNZらしくて、怒る気も起きなかった。
ダニエルと私は、ワインの入ったカップを持ち上げて、軽く会釈した。
ささいなことは何事もないように許せてしまう。これもニュージーランドの雰囲気なのだろう。ニュージーランドの一日はいろんなことがあっても、静かに緩やかに終わっていく。
私は空になったダニエルのカップにワインを注いでやった。