ダニエルとルティアという素敵なサイクリストたちと別れ、再びひとりになった私は、しばしの休息を終え、ネイピアを後にした。
ネイピアからは海岸線を離れ、内陸のTaupoに向かう。
ネイピアからはしばらく平地が続く。
数日休息を取ったとはいえ、しばらく酷使し続けた膝の心配があったので、ペースはゆっくりとしたものだった。
道はやがて山岳に入っていく。
ときおり休憩をしながら、ネイピアで買ったリンゴを齧った。
山道を走っているとアールデコフェスティバルに出ていたのだろうか、クラシックなオープンカーに乗った初老の夫婦が私を抜き去りながら、思いっきり手を振ってくれた。
私も思いっきり手を振り返した。
そう、一人でも、いつも誰かが応援してくれる。
こうやって元気をもらえば少しくらい膝が痛くても、ペダルは踏める。ペダルを踏めさえすれば、私たちはどこへでも行けるのだ。
食事が出来そうな小さな集落があったが、さほど空腹でもなかったのでそのままパス。
すると、そこからずっとカフェも何もなかった。
そうなると腹が空いてくる。手持ちのもので、すぐ食べられそうな食料と言えば、ネイピアで買ったミューズリーバーが2本と、朝ごはんの残りのトーストが2枚、ヨーグルト、パワージェル、それから捨ててしまおうと思っていた潰れたキウィフルーツが残っているだけだった。
比較的大きな街の間の移動と思って、食料をあまり持ってこなかったが、こういうこともあるので、食料の予備はしっかり持っておかないといけないな、と改めて思った。
そういえば、ルティアはあれこれ食料を持ち歩いていたが、あれは見習わなければいけない。
残っていた食料を食べ、パワージェルを飲むと思いの外、すっきり飲めて驚いた。非常に味が濃く、普段はそのままだとなかなかか飲めないものだが、それほどに疲れていたのだと思う。こういうときに消耗していたことを自覚することは多い。
補給の後、あまりやる気が起きずに、だらだら走っていたが、峠の中ほどで空を見上げると太陽の回りに虹の輪が出来ていた。
自転車を降りて、カメラのシャッターを切った。こうした景色との出会いが私の旅だ。
この日、三つ目の集落にたどり着く。少し先にアイスの店「TipTop」の看板が見えた。
「あぁ、アイス」
私は、店に吸い込まれていった。
アイス屋のおばさんは客にジョークを飛ばしながら、アイスを盛っていた。
私はクッキーアンドクリームをシングルで注文。シングル当時1.6ドル(120円ぐらい)だったが、ボリュームはサーティーワンのレギュラーダブルぐらいの印象だ。私が疲れた顔をしていたので、おばさんがサービスしてくれたのかもしれない。
アイスは最高にうまかった。
ほんとうにTiptopのアイスは美味しいと思う。
TipTopの集落から、道は大半が下りだった。やがてキャンプ場がある集落に着くが、肝心のキャンプ場が見当たらない。
どうしようか困ったところで、バーの外で草刈りをしていた男性に声をかけると「ここだ」と教えてくれた。
やれやれ。
バーに入ると、店の奥から年配の女性ひとり出て来た。先ほど草刈りをしていた男性の母親だろう。キャンプしたいというと10ドルだという。敷地の奥がキャンプ場になっているらしい。
まだ日は高かったが、ビールを頼んだ。
ああダニエル、君の習慣はすっかり私のものになってしまったよ。
しばらくして、息子も戻ってきて、カウンターを挟んで話す。
客は私だけだ。
自転車で旅をするなんて信じなれない、といった内容のよくする会話をしたと思う。
あと、店から30分ほどトレイルを歩くとHotspringsがあると教えてくれた。
ビールを空け、テントを張り、洗濯物まで片づけると、まだ日も高いのでHotspringsまで行くことにした。
トレイルの入り口までは分かりやすかったが、いざ道に入ると分かりにくく、何度も迷いそうになった。ほんとうに合っているか不安になりながら、歩き続けると
すこし開けた場所に出た。
そこには自然の中にいきなり不自然につくられた二つの浴槽が。
しかし、浴槽はカラだった。
私は周囲を探し、蛇口でもないか、と思ったがそれらしいものは発見できず、あきらめてバーに戻った。
バーで「バスタブは見つけたが、emptyだったよ」と、珍しく「empty」という単語がすぐ出てきて、我ながら驚いたが、そう言うと息子の方が驚いた様子で「ほんとうか、そんなはずはない」とわめいていた。
「悪かったな、あとで、プールに水を入れてやるよ」と彼は言い、ビールを一杯ごちそうしてくれた。
もう一杯飲みたかったが、息子はなんだがソワソワしていて、早く出て行ってほしそうだったので諦めてバーを出た。
私がバーを出た後、バーを閉めて母と息子は犬を車に乗せて出かけて行ってしまった。
その後も客は私一人だった。
夕食を食べながら、プールに水を入れてくれないか期待して待っていたが、結局、プールの水は入れてくれなかった。
夜になり、外で涼みながら日記を書いていると蚊が増えてきた。
トイレに立つと、トイレの中はにおいもなく、明かりがあり、思いのほか快適であった。
他に客もいないことなので、私はトイレで日記の続きを書いた。