バスでモトウェカに戻った私は、前日宿泊していたキャンプ場に再び泊まった。
わざわざモトウェカまで戻ったのは、フェアウェルスピットから先は西に進む道がないため 、一旦南の山岳地帯に入り、西海岸を目指すことにしたからだ。
この日、モトウェカからどのルートを走ったのか記録が残っていないため不明だが、西海岸との間にあるMurchisonを目指して走っていたようだ。
途中、反対側からやってきた初老のアメリカ人サイクリストと話すとなんと、愛知県の大学で先生をしているそうだ。私も愛知から来た、と伝えると話が盛り上がった。
彼は是非、セントアーノードに行くべきだ、と勧めるので、そちらに向かうことにした。
途中、大きなホップの畑を横切った。
帰国後、ある日本のビールメーカーが「ネルソン産ホップ使用」のビールを売っていたが、このあたりのホップを使っていたのだろうか。
アップダウンの続く道走り、珍しく110キロ走った。この頃は一日走っても100キロいかないことが多かった。
セントアーノルドのキャンプ場はDOC管理のところで、無人だった(DOCについてはこちらの記事参照)。DOCのキャンプ場は施設が最小限と聞いていたが、ここはトイレの他にキャビンがあり、充実していた。
理想の湖畔のキャンプ場というのは、あるようでなかなかない。
日本だと長野あたりには湖畔のキャンプ場があるが、人気で人が多く、理想の環境からは遠い。
ここは広くて人はほとんどいないし、何よりRotoiti湖が目の前、というのがよかった。
キャンプ場の利用料は10ドルだったが、管理人不在のポストにお金入れるだけの方式で、たまたま細かい紙幣がなく、支払いに困った。ほかのキャンパーに「お金を崩してくれ」と頼んだが、「大丈夫だよ」と言われてしまった。
まあ、DOCの人が来れば払えばいいし、来なければ次のDOCのキャンプ場で払えばいいだろう、ということにしておいた。
素晴らしいキャンプ場であったが、ここでフィヨルドランド名物のサンドフライと初めて遭遇した。これ以降、南島の旅はサンドフライとの戦いになる。サンドフライに刺されるととにかく猛烈に痒くなるのだ。サンドフライについて説明すると長くなるので、またの機会にする。
夜、屋根のあるところで食事を作っていると、日本人がやってきた。「あなたのそのレインジャケット見覚えがある。コリンウッドカフェにいなかった?」
話してみると、同じ日にコリンウッドにいたようだ。
よく焼けた肌と短い髪型から男性かと思ったが(失礼)、女性だった。装備を見て、私より旅慣れた人だ、とすぐに分かった。
彼女はNZ各地で温泉巡りをしているらしい。中でも南島の西海岸にある「copland track」というトレイルの奥にある温泉が見事なエメラルドグリーンで美しいと教えてくれた。ただトレイルの入り口から、途中、川に半分つかりながら道を進んで丸一日歩き、辿り着けるという。
「行くのは大変だけど、キャンプして、夜中に一人で温泉に入って夜空を眺めるのは、本当に素晴らしいの!」
彼女は熱く語ってくれた。
「でも、あそこはDOCの職員が来て、キャンプ場の利用料をワザワザ徴収しにくるの!びっくりでしょ?」
エーベルタズマンで会ったドイツ人夫婦もそんなことを言っていたが、ここにはいないようだ。僻地で人気のキャンプ場は積極的に見回りしてるのかもな、と勝手に思った。
レイにもらったズッキーニをニンニクとオリーブオイルで炒めて出すと、彼女は美味しそうに食べてくれた。
お礼に、と言って彼女は薄いグレーのツルツルした貝をビニール袋からジャラジャラ出して見せてくれ、少し炒めて出してくれた。味はアサリのようだ。
「あなた、フェアウェルスピットに行ったのに貝掘ってないの?」
彼女は驚いたように聞いてきた。
「いや」
私にとってフェアウェルスピットは風と砂と空が支配する独特の世界で、私はただその景色に圧倒されていたので、まさか貝が掘れるなどとは思ってもみなかった。
「フェアウェルスピットに行ったらこれを掘らないと。」
それから食べ物の話になり、海岸でムール貝を取ってブランデーで煮て瓶詰めにしている日本人旅行者の話などをした。
ビールが終わる頃、それぞれのテントに戻った。
思わぬところで出くわす日本人は面白い人が多いな。