マチソンから西海岸の都市ウェストポートまでは100キロほどの道のりで、山岳エリアから海岸に出る道は予想通りのアップダウンの道だった。多少ウンザリしながらもペダルを踏む。
途中で、ウェストポート側から来た年配の夫婦のサイクリストと行き合い、話をする。
「そっちもずっとアップダウン?ここから先、ウェストコーストはずっとこーんな感じのアップダウンよ。」
どう見ても60歳は超えている感じの奥様が西海岸のアップダウンの様子を腕を波ように動かしながら、ジェスチャーを交えて笑顔で教えてくれた。
少し話しただけだが、アップダウンの道が続いて大変という様子よりも、私という同じサイクリストに出会って話ができて嬉しい、といった感じだった。
すごいな。こんな風に歳を重ねて自然体で旅ができるなんて。
NZには素敵な人が多い。こんな風に年を重ねることが出来たらいいな。
ウェストポート到着。
この頃、右膝の調子があまり良くなく、ウェストポートでは病院に行ったようだ。
「行ったようだ」というのは、どこかの街で病院に行ったことは覚えているが、そこがどこで、何か処置してもらった覚えがサッパリなく、当時の手帳の走り書きを見たら、医者に行った、膝が痛いと書いてあったのだ。
膝のほうと言えば、のちにシューズの中敷を薄いのに替えたら収まった。
この日はバックパッカーズのキャンプサイトに宿泊。キャンプサイトと言えば聞こえがいいが、要は宿の広い庭の一角にテントを張っていいエリアがあるだけだ。
しかし、これはなかなかいいシステムで、普通にバックパッカーズの相部屋に泊まるよりも安く泊まることが出来て、しかも宿のキッチンやリビングは他の宿泊客同様に使うことが出来る。相部屋はイビキをかく人もいるし、何よりプライバシーが確保されない。その点、テントならプライバシーも確保されるので、雨さえ降らなければ、断然テントをオススメしたい。
夕食にいつものようにツナとオニオンの具のパスタを食べ、リビングで寛いでいると、隣で食事をしていたおじいさんが話しかけてきた。
年上の人と話すのは楽しい。
向こうは少し話して私があまり英語が話せないと分かると、ゆっくり話をしてくれた。
いつもの通り、「明日はどちらへ?」から始まり、話しているうちに「人生をどう生きるのがベストか」という話になった。
「私はビルダーだから、例えば3日働いたら休んで、続けて働かないといけないときは4日間休んだりしていたよ。今はリタイアして、こうして妻と旅をしているんだ。」
「君は仕事なにをしてるんだ?そうかホテルのレセプションか。それならクィーンズタウンに行きなさい。あそこならアコモデーションも多いからすぐに雇ってもらえるよ。」
「例えばね、テニスプレーヤーやゴルフプレーヤーは自分の好きなことでお金を稼ぐことが出来るけど、だからちゃんと休みを取って働かないといけない。毎日、帰ってワインを飲むだけではつまらんだろ?」
まさに毎日仕事を終わって帰るとビールを飲んで寝るだけだった私には、ひどく羨ましい話に聞こえた。
おじいさんは更に続ける。
「生きていくにはお金はどうしても必要だ。だから少しずつ節約する。私は車は自分で修理するよ。」
ただ、ワインでほろ酔いのおじいさんがとりとめもなく話していただけかもしれない。
ただ、やはり何か惹かれるものがあって、十分には理解出来なかったが、私は一生懸命その話を聞いた。
自分の人生を自分の身の丈に合った形で、素晴らしいものにしようと、コツコツ日々を重ねてきたおじいさんの話、いつも夢を持って生きてきた、というのが、その話ぶりと、優しい顔から伝わってきた。
私は話しているうちに、そんなおじいさんの幸せを少しお裾分けしてもらった気がした。このおじいさんが丁寧に生きて、大事にしてきた幸せのほんのわずかを。
こんな風に私も見知らぬ旅人に自分の幸せを分けてあげる人になりたい、そう思った。