一日雨の中を走り続けクライストチャーチにたどり着いた。
南島最大都市であるクライストチャーチ。郊外から中心部に近づくにつれ、建物が増えてくるが、あまり背の高い建物がない。土地が広いから上に伸ばす必要がないのだろう。
久しぶりに都会と実感したのはNZでおそらく一番安いスーパーpack’n saveを見つけたときだ。大きな街でないとないスーパーで北島ではしばしば見たが、南島でみたのは初めてだ。黄色に黒字のマツモトキヨシのような看板を久しぶりに見つけて気分が上がる。
パッキンセーブにはなぜかアサヒのスーパードライが安売りされていた。地元のビールも売られていたので、両方買うことにした。この日はユースホステル泊だったので、しっかり料理出来るように買い物をした。ビール以外に米と玉子、鶏のひき肉を買う。
スーパーのあと、少し街を見て回り、自転車屋を見つける。自転車屋が久しぶりだ。大きくはないが、なかなか良さそうな店だ。
ずっと荷物の大半を自転車のうしろに積んで走っていて、後ろのタイヤがかなり減ってきていた。
当時履いていたタイヤがロングツーリング用の耐久性の高いタイヤではなく、コンパウンドの柔らかいタイヤであったのも減りが早かった理由だろう。いずれにせよ、そろそろ交換が必要だ。
自転車屋は時間の関係で開いていなかったので、また寄ることにする。
街をさっと見て回り、ユースホステルへ。宿泊したのは「YHA クライストチャーチ ロールストン ハウス」。久しぶりの都会のユースである。割と街の中心部に近いところにあった。ニュージーランドの昔ながらの家といった雰囲気のクリーム色の木の建物で、赤で縁取られたかわいいところだ。
ユースには多くの宿泊客がいて、キッチンではいろんな国のいろんな料理の香りがした。
買ってきた食材で晩御飯を作る。夕食は鶏そぼろ丼である。米を多めに炊き、翌日のお昼用にオニギリを作っておいた。具は残った鶏肉でつくねを作り、オニギリに入れたが、つくね大きくてオニギリにうまく包めなかったが仕方あるまい。今ならさしずめ「おにぎらず」と言ったかんじだが、まだそんなものは生み出されていない時代の話である。とりあえず握りきれなかったオニギリはラップで包んで誤魔化した。
一方、晩御飯の鶏そぼろ丼は我ながら上手く出来た。鶏そぼろ丼にアサヒのスーパードライ。日本食に日本のビールは悪くない。
ひとりでご機嫌で夕食を食べていると、ヒゲの初老男性に話しかけられる。
ああ、アーサーズパスのユースにいたお客さんだ。クレイジーなスイス人と日本人とばかり話していたが、この男性とも言葉を交わしていたのだった。
「アーサーズパスから無事に走って来たんだな。」ヒゲの男性は嬉しそうに言った。この男性は数日後、国際南極センターでも会うことになる。
宿泊したユースホステルはクライストチャーチの東側で中心部からは少し離れたところだ。
翌日、作っておいた鶏つくねのオニギリを持ってクライストチャーチ中心部へ出かけた。
クライストチャーチ滞在の間にしておきたいことがあった。
それはニュージーランドからの一時出国の手筈だ。当時、私は最長1年間滞在出来るワーキングホリデーのビザを取得してニュージーランドに来る予定だったが、結局取れず終いで、ビザなし出来ていた。ニュージーランドは3ヶ月はビザなしで滞在が出来る。
ただニュージーランドをくまなく自転車で回ろうと思うと3ヶ月ではとても足りなかった。2ヶ月で何とか南北縦断、単純に往復しても倍はかかる。私はニュージーランドをぐるっと一周するつもりだった。
そのため、一旦ニュージーランドから他国へ出国してまた戻ってくるプランを考えていたのだ。
それでどこに出国するかだが、いつからかどこか南の島(ニュージーランドから見れば北の島にだが)に行こうと思うようになっていた。
ニュージーランドで天気予報を見るとオーストリアとフィジーやソロモン諸島の天気などもやるのである。
また、ある人が教えてくれたが、ニュージーランドからだと、南の島を安く回れるエアチケットもあるらしい。
お金ことだけ言えば、オーストラリアにしばらく出るのが一番安上がりではあったが、そんな状況であったから、多少お金がかかってもいいのでどうせなら南の島でバカンスしてやろう、と思ったのである。
私が南の島と聞いて思いつくのはニューカレドニアであった。
『天国に一番近い島』
あの本は読んだことはないが、そのタイトルは強く心を惹かれた。
いくらかかるか分からないが、聞くだけ聞いてみよう、そう思った。
2016年の大地震で今はなくなってしまったクライストチャーチ大聖堂の辺りで旅行代理店を見つけて入った。
幸運なことにたまたま入った旅行代理店に日本人女性が働いていた。
私は運に恵まれていると思う。英語で自分のビザの問題などをうまく説明できる自信がなかったので正直助かった。
その女性はMさんといい、名古屋出身らしい。日本人のサイクリストは珍しい、と言われた。たしかにこれまでほとんど会ったことはない。
簡単にこれまでの旅の話などをして、ニューカレドニア行きのことについて相談する。
宿泊を短期滞在の貸しアパートのようなところにすれば、比較的安く出来るということだった。
クライストチャーチから北島オークランド経由でニューカレドニア最大都市ニューカレまでの往復のチケットと5日間の宿泊代で1600ドルだった。1600ドルといえば贅沢に暮らしても一ヶ月過ごせるだけの金額である。
ここまでくると勢いである。私はMさんのすすめるプランでチケットを購入した。
大きな問題であった一時出国の手筈を整えて、一安心。
あともうひとつやることがあった。こちらは些細なことだが、ひとつは腕時計を買うことだ。
プナカイキのユースホステルに使っていた腕時計を忘れたらしく、時計ぐらい無くても平気かと思っていたが、時間と日にち、特に日にちが分からないと意外と不便ということがわかったので、買い求めることにした。
小さいジュエリーショップを見つけて入る。年配の女性がひとり、ショーケースのところに座っていた。「自転車で旅をしているんだけど、腕時計をなくしちゃって。高いのでなくていいんだけど。」
私が店の女性にそう伝えると、いくつかお手頃な価格の腕時計を出してくれた。見た目から安っぽい黒いナイロン製のベルトのものや、文字盤の周りがシルバーのメッキになっているデジタル時計などを見せてくれた。
旅のことなどを店の女性と話しながら、どちらを買うか考えた。少し迷いはしたが、どちらの値段も出してもいいと思っていた予算内だったので、少し値は張るがシルバーの方を購入することにした。
店の女性も「こちらのほうが私もいいと思うわ。」そう言って腕時計を包んでくれた。値札に書かれた値段より少しまけてくれた。こうした好意はいつでも歓迎だ。NZは旅人に優しい。
腕時計を購入し、とりあえず、クライストチャーチでやりたかったことを済ませた。
インフォメーションセンターでメールをチェックする。
「しまった」
メールを見るとルティアからメールが届いており、すでにクライストチャーチにいるらしかった。
この数日、ネット環境がなかったから仕方ない。私はルティアからのメールをよく読み始めた。