寝袋のジッパーを開ける。ここまではいつもの朝だ。だが、そこはまた女の子のベッドの上。もちろん安定のソロである。
アニータの家に来てもう3日目である。
ホントにいいのだろうか?
午前中はルティアが自転車はもう乗らないからと、帰国に向けた自転車の梱包作業を手伝った。うまく箱に入らないのでハンドル外そうとしたら、「直せないからダメ」と言われた。六角レンチ一本の作業だが、それでもダメだという。その知識でよくツーリングするな、と少し呆れた。ある意味すごいと思う。
この日はお昼までアニータにご馳走になってしまった。なかなかアニータとレイにお礼らしいお礼も出来そうにない。
代わりに帰国したら私も迷える旅人を見つけたらご馳走してやろうと決めた。
午後からはアニータにセントラルでまで送ってもらい、先日予約したニューカレドニア旅行の支払いをしに旅行代理店に行く。前日行く予定が行けなかったので担当してくれた日本人女性のスタッフが心配していた。
「日本人だから大丈夫だとは思っていたけどね。」申し訳ない。
ルティアはもう数日で帰国だが、私は西海岸に戻る予定だ。西海岸にはアーサーズパスを自走で越えて行く、わけではなく、観光列車として有名なトランツアルパインを使うことにした。少々高いが、私は鉄道も好きなので、せっかくなので乗ってみたかったのだ。インフォメーションセンターで無事予約できた。
その後、ルティアとニュージーランドのアウトドアメーカー、カトマンズのショップに行く。日本で言うところのモンベルのようなメーカーだ。
カトマンズはどこの店舗も品数豊富で見ているだけでたのしい。値段もマズマズである。
ちょうどセールをしているという話だったので行きたかったのだ。これからの季節、ニュージーランドはどんどん寒くなっていく。キャンプの夜を考えてフリースのパンツ(家に帰ればあるけど)とオーバーソックス(家に帰ればあるけど)、それからジッパーでガバッと開くスタッフバッグ(家に帰ってもないけど)を購入した。
フリースのパンツは大きめのキッズサイズで私には十分だった。お陰でかなり安く買えた。ちなみにスタッフバッグは中の防水の加工がとれてしまったが、今でもレースやイベントの遠征の際にウェアを入れるのに重宝している。
一旦、アニータの家に戻ったあと、ルティアとスーパーに行く。
晩御飯はルティアの発案でルティアと私で何か作ることになったのだ。
私はココナッツカレーを作ることにした。具はパプリカ、タマネギ、アスパラガス、チキン。それからルティアのオススメで油で炒めたフライドバナナを加えた。
バナナ?と懐疑的だったが、ルティアが「美味しいから!」と何度も言うので入れることにした。
ルティア二人でキッチンに立って料理をした。
買ってきた食材を見てアニータが「アスパラはクリスマスまでは安いけど、今の時期は高いでしょ?」と言った。クリスマスにアスパラが安いというのは南半球ならではである。
私はココが持ち込んだライスクッカー(炊飯器)を借りて米を炊き、野菜を切り、ニンニクをフライパンで炒めはじめる。
ルティアがフライドバナナを作ってくれた。フライパンの蓋を指して「これは英語でなんていうのかしら?」と私にきいてきたが「知らない。何て言うんだろ?」と首をすくめるとアニータが「lidよ」と教えてくれた。
ルティアはフルーツサラダを作りながら、アニータにユースホステルのキッチンではいろんな国の人がいろんな料理を作っているから、嗅いだことない香りがして、とても楽しい。あなたも泊まってみたらいいのにと言っていたが、アニータは知らない人と相部屋で寝るのは嫌みだ、みたいなことを言っていた。
食卓にはルティアの作ったフルーツサラダ(カットしたフルーツにヨーグルトを和えたもの)と野菜の炒め物、私が作った照り焼きチキンとココナッツカレーが並んだ。
私の作ったココナッツカレーはみんなに好評だった。ルティアの言う通り、フライドバナナはかなり良かった。火が入って甘くてトロトロになったバナナはカレーとよく合った。
ファンキーなチャイニーズガールのココもスプーンを前後に振りながら、美味しいと言ってくれた。
アニータは普段、ニンニクは苦手で食べないがこれなら食べられると驚いた顔をしていた。私は思わずガッツポーズをした。
後に日本のあるゲストハウスのイベントでカレー自慢大会があって、この時作ったカレーを再現して出した。思ったほどの出来栄えにならなかったが。
その時に「ニュージーランドのある家庭に世話になったとき、晩御飯を作ることになって…そうそう、バナナは一緒にいたスイス人がどうしても入れろっていうものだから、」とこの日の話をしたのだった。
食後、リビングでテレビを見ながら団欒。アニータの家ではテレビを見る時に照明を暗くしてテレビを見ていた。向こうではそういうものなのだろうか。
CMで流れてきた風景がひと月前に行った街だった。「あ、ヘイスティングスだ!あそこ行ったよ。」私は声をあげた。
テレビはチャンネルワンのニュース番組から料理番組になった。
中華の炒めものを作っている。
シェフが茶色いペーストを中華鍋に加えた。「シマ、あれなに?」ルティアがきいてきた。「あれはオイスターのペーストだよ。チャイニーズじゃよく使うんだ。味が良くなる。」と教えてあげる。
「あなた今までうちに来た日本人とは違うわね。自分で料理する日本人はいなかったし、英語も殆ど通じない子が多かったのよ。」とアニータが言った。
今までどんなヤツがホームステイしていたんだろう?
アニータは頭が切れる人で、ルティアや私と話すときは英語が聞き取れるようゆっくり話してくれた。それからニュージーランドの人はよく”lovely”という言葉を”nice”とかそういう意味で使うと聞いていたが、アニータはよく”lovely”と言っていた。
私はときどき思い出して、"lovely”と口に出して言ってみるときがある。人に聞かれたら変なオッサンだろうけど、旅人に寛大なニュージーランドの大らかな気持ちになれる気がするのだ。