定着から放浪へ 放浪から定着へ

アラスカ、ニュージーランド、タスマニアなどの自転車の旅、そのほか愛知奥三河のことなどについて書いています。

さよなら、私のヒーロー

私の大切な人がこの世を去った。

ロングライドの巨匠、石原さんだ。

正直まだ、私は混乱している。あの人の笑顔が何度も脳裏をよぎり、まるで現実感がない。

 

石原さんは親友であり、時に父であり、そして間違いなく、もっとも身近にいた等身大のヒーローだった。

 

石原さんとは、地元のショップ、カントリーモーニングで知り合い、すぐに意気投合し、休みの日にはマウンテンバイクやロードバイクでいろんなところに走りに行った。

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それからブルベにいっしょに出たり、トレイルランやマウンテンバイクのレースのスタッフをしたりした。

 

イベントのスタッフで会場に前日入りすると、他の仲間を交えて、よくビールを飲んだ。

 

飲むと決まってクロモリフレームの話が始まって、大学の講義のような、クロモリのパイプの話などを真剣な顔をして話していたものだ。石原さんはとにかくクロモリの自転車が大好きだった。

私も石原さんに感化されたのか、気がつけばクロモリフレームの自転車が増えていった。

 

石原さんはとにかくよく食べていた。細い身体のどこにご飯が入っていくのか謎でしかなかったが、ラーメンもカツ丼もいつも大盛りだった。

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あと、峠の上や山の上で休憩していると、荷物からオレオの小袋を出して食べていたのを思い出す。

 

「ワシ、アメ車並みに燃費悪いじゃんね。」

 

そう言っていつも笑っていた。

 

私や仲間たちはたくさん食べる石原さんを見て、半ば呆れながら、なんだか幸せな気持ちになったものだ。

 

大食いのほかにも、寒い日のブルベではロードバイクのリアディレーラーが凍ってしまい、ワイヤーが切れてしまったのでフロントの変速だけで完走したことや、地元開催のブルベでミスコースしたことや、とにかくエピソードに欠かない人だった。

 

 

石原さんは確かに鉄人だった。パリ〜ブレスト〜パリ1200キロ完走。ロンドン〜エジンバラ〜ロンドン1400キロ完走と輝かしい記録を持っている。

でも、決して走りが速い人ではなかった。自分の実力をよく分かっていて、どうしたらもっと遠くまでいけるか、物事を冷静に考え、自分に足りないものは何か。そうした組み立てをして、計画的にブルベで完走メダルを次々に増やしていった。

 

石原さんはいつも冷静に、そして先を見ていた。

 

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私たちは長い時間を共に過ごした。

一緒にいろんな景色を見た。

一緒にいろんなものを食べた。

 

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伊良湖岬の先端から茶臼山の上まで走った。

豊橋からカツ丼を食べに富山村まで行った。

24時間耐久のマウンテンバイクのレースに出た。

ランドヌードルクラブ名古屋のスタッフとして、数々のブルベの試走を共にした。

晦日には地元の山をマウンテンバイクで走って、これでもかというぐらい年越し蕎麦を食べた。

 

辛いことも一緒に乗り越えた。

400キロの試走でランドヌードルクラブ名古屋の代表、金井さんと3人で豊田〜京都往復に行ったとき、帰りが向かい風と雨で、どれだけ補給をしても消耗する酷いコンディションの中、制限時間ギリギリで走り切ったのは思い出深い。石原さんは軽い低体温症だったのか、唇を紫にしていた。 

 

そんな石原さんは優しかった。

豊田から伊良湖岬を往復する300キロのブルベを石原さんと一緒に走っているとき、強風で私は前を行く石原さんから、段々と遅れて行ってしまった。

私は石原さんに向かって「これ以上、ついて行けません!私はゆっくり行きますから、石原さんは先に行ってください!」と叫んだ。

すると石原さんはペースを落として「シマダくん、そんなことを言っちゃダメだ。僕と一緒にゴールまで行こう。」そう言って結局、ゴールまで一緒に走ってくれた。

弱いものに手を貸し、勇気を与えてくれた。

ゴールしたあと、石原さんにお礼をいうと

「ワシあんたとゴールしたかったんだって」

と言って笑ってくれた。

 

強い人は優しい、石原さんはまさにそんな人だった。

 

 

2013年にロンドン〜エジンバラ〜ロンドン1400キロのブルベに出たときの話が石原さんという人を語るのにふさわしいエピソードが残っている。

 

完走間近のところで何度目かのパンクしてしまい、もう制限時間に間に合わないというときに、普通の人であれば挫けてしまうところだが、石原さんはこう思ったという。

 

「制限時間に間に合わないなら、タイムオーバーしてからどれだけ短い時間でゴール出来るか、これが自分のブルベだ」と。

 

そうでなくてもロングライドのパンクは辛い。それが続いた上に制限時間に間に合わないなんて、投げやりにならないほうがおかしい。

しかし、石原さんは違った。

 

 

これが石原さんという人の凄さだと思う。

 

 

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石原さん。

どうしたらそんなに優しくなれるのですか。

どうしたらそんなに強くなれるのですか。

 

 

もっとたくさんのことを教えてもらいたかった。

石原さんともっと遠くに行きたかった。

 

石原さんにはたくさんよくしてもらったのに、全然お返しが出来なかった。

 

もっとたくさんの峠を一緒に越えて行きたかった。もっといっしょにたくさんご飯を食べたかった。

 

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石原さん、天国までは自走ですか。

 

石原さん、ちゃんと補給のオレオは持ちましたか。

 

石原さん、いくらお腹が減ったからって、信号待ちでブロンコビリーの客席をガン見しちゃだめですよ。

 

石原さん、寒かったらPCでウィスキー飲んでもいいですよ。

 

石原さん、ちゃんと着いたらロンドンのときみたいに「お尻は痛くもなんともないよ」ってメールしてくださいね。

 

石原さん、よいライドを。