これはまだコロナウィルスの影響で子供達の学校が休みになった頃のことだ。
買い物に連れていくのも憚られるので、たまには子供達と山に行くのもいいなと思い、週末、近くの山に行くことにした。
豊橋の二川にある松明峠、ここは東山とも呼ばれている。何度か行ったことがあるところなので、コースにも不安はなく、初回のハイキングにはうってつけである。
ある週末、昼食を食べると子供たちにお茶とリュックを持たせて、松明峠へ行くことにした。
豊橋の二川あたりから豊橋自然歩道があり、ずっと歩いて行くと静岡との県境の山々を歩くことができる。うまくルートを繋げば新城の山まで行けるちょっとしたロングトレイルだ。
この日、子供達と向かった松明峠は、豊橋自然歩道の取っ掛かりから片道約40分とお手軽な山である。
私たちは伊寶石神社の横の駐車場に車を置き、歩き始めた。
コースをきちんと覚えている安心感もあるが、ここは看板もしっかりしているので迷う心配はない。
神社の正面横からトレイルが伸びており、そちらに進んでいく。トレイルの入り口には誰かが置いていった木の杖がいくつか残されていた。
子供達が使いたがったが、「それは大人のサイズだし、一度持って行ったらまたここに返さないといけないよ。だから、自分でちょうどいい長さの棒を拾って杖にしたら?」と私が言うとさっそく杖になる棒を探し始めた。特に必要とも思えないが、持って歩きたいのだろう。子供らしいなと思った。
神社裏から一旦、車の通る道に出て、再びトレイルに戻る。ここからまずまずな登りが始まる。入り口の看板で現在地とこれから向かう松明峠の場所、それからトレイルを歩いて行くといける山のことなどを子供達に説明する。子供達に馴染みのある石巻山まで歩いていけると言うと、子供達が驚いていた。
「おとうさん、ハチがでるってかいてあるよ」
地図の横に描かれたスズメバチ注意の看板を見て、長男が怯えた様子で言う。
「大丈夫、今の季節はいないよ。」私は長男にそう伝えたが、長男は信用していないのか怯えたままだ。
「お父さんどっち?」先を行く長女と次女が分かれ道まで来ると振り向いて確認してくる。
「右だよ。」私が答えると二人は元気に先に進んでいく。一番下の長男は上二人のペースについていけないので私と一緒に後ろからついていく。
ときおり他のハイカーとすれ違う。
「山で人に会ったら必ずあいさつするんだよ。」
子供達に言い聞かせる。基本的なことだが大事なことだ。
それからはすれ違うハイカーに長男が元気よく「こんにちは!」と大きな声であいさつをしていた。
長男は小柄なので、頑張っているように見えるのか行き違う人はみんな笑顔であいさつしてくれた。
普段から山に来るわけではないが、出会う人々はいつもより子供連れが多い。山で会うのは年配の人が多いのだが。うちのように外に連れ出すのに山に行こうと考える人がいるということだろう。
長女と次女は一緒に歩きながら、足元に花を見つけると教えてくれる。うちの子供達は花が好きだ。
急な登りが続くエリアで長男の歩くペースがだいぶ落ちてきたので、先を行く二人に声をかけて休憩。
それぞれ石の上に座り、私は持ってきた飴を子供達に配った。子供は疲れるのも早いが元気になるのも早い。長男は飴を舐めてしまうと先程までの疲れた様子はどこへやら、再び元気に歩き出した。長女は飴の味を長く楽しみたいようで、まだ口の中には飴を残していた。こういうところにも子供の個性が出る。
休憩のあとしばらく歩くと、峠に出る最後の階段までくる。なかなか急な階段だ。
「ここを登れば峠だよ。」
私がそういうと、上の二人は競い合って峠を目指して上がっていく。
私は長男と一緒に後から追っていく。
松明峠に到着。
峠からは南側の太平洋と北の山々両方がよく見える。子供達に北の山の稜線を指しながら、あっちが石巻山で、あそこまでこのまま山道で歩いていけるんだよ、と教えた。
南はのんほいパークの観覧車の向こうに太平洋が広がっている。南側のほうが木が払われていて視界がよかった。
峠には我々以外にも二組の親子連れがいた。
同じことを考える人はいるものだな。
子供達は峠のベンチでそれぞれのカバンの中からおやつを出して食べ始める。
私はバーナーストーブを持ってきて温かい飲み物でも入れようかと思っていたが、この日は汗ばむ陽気で冷たい飲み物が欲しいところであった。
私もタンブラーに入れて持ってきたコーヒーで一休み。子供達は思った以上によく歩いた。これからもう少し時間のかかる山でも大丈夫かもしれないな、と思った。
休憩後、来た道を引き返し、山を降りていく。
下りはペースが早い。
長男と次女が仲良く歌を歌いながら、道を降りていく。先を行く長女は分岐のあるところで待っていてくれる。
スタート地点の伊寶石神社まで戻ってくるのはあっと言う間だった。子供達は元気なものだ。
車に戻ると「よく頑張ったね。」と飴を子供達に配った。
少し時間の余裕を見ていたが、それが必要ないくらいに子供達はしっかり歩いた。また山に連れて行こう、と思った。