丘に立つ旧家の縁側に腰を下ろすと、すっーと心地よい涼しい風が通り抜けた。
そのまま出された冷たいお茶をいただくと、私の口から「ああ」と声が漏れた。
なんという素晴らしい時間だろう。
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東栄町観光まちづくり協会の伊藤拓真くんからお誘いをいただいて「とうえい自転車さんぽ体験会」にお邪魔してきた。
集合が東栄町の古戸会館で、その日、車の都合がつかなかった私は、始発の飯田線で東栄町に向かった。
最近、サイクルツーリズムに力を入れている豊橋市は豊橋駅に輪行サイクリスト向けに作業スペースを作った。
15年ほど前に自転車と共にニュージーランドに降り立ったとき、空港の一角にバイク組み立て用の場所があって、「ああ、ここはサイクリストのウエルカムの国なんだな」と思ったのが懐かしい。
豊橋もようやくここまで来たのだ。
ただ、駅の改札を出たところにこうした場所があることを表示しておくと、サイクリストにより喜ばれると思う。そういう場所があることが分からないと使いたくても使えない。
自転車歴と輪行歴がほぼ同じの私は、さっと自転車を輪行袋に入れ、駅のホームへ。
輪行に関してはかなり自信がある。若い頃は毎年、季節ごとの青春18切符を使い切るほど輪行していた。
まあ、こんなの自慢にならないが。
二両編成の後ろの一番後ろから乗り込むと、係員の人が新聞を積み込んでいた。旧富山村に届けられる新聞だ。こういう飯田線らしい光景は久しぶりだ。
休日の飯田線は普段よりさらに空いているのだろうか。乗客は数人だった。
私は久しぶりの飯田線の風景を眺めながら、家から持ち込んだ朝食を食べた。
何か特別なことをするわけではないが、こうして飯田線に乗り、ただ北に向かうというのはいいものだ。
旅をしている、その感覚が確かにある。
朝の東栄駅前は静かなものだ。
集合場所の古戸会館までは15キロ程度。淡々と朝の国道151号線を北上した。
幸い集合時間より早く、古戸会館に着くことができた。
会場には、旧知の東栄町役場の山下さんがいた。
「シマダさん、おはようございます。今日はご参加ありがとうございます。」
山下さんはいつも笑顔だ。
前にもブログで紹介したが、東栄町ではサイクリングに力を入れている。サイクリングと言っても、東栄町が目指すのは「東栄町らしいサイクリング」。
我々のような日常的にサイクリングをする人に向けて、というよりは、東栄町を訪れた人にもっと東栄町を知ってもらう、さらに言えばもっと好きになってもらうサイクリングだ。
スタート前に東栄町観光まちづくり協会の伊藤拓真くんから、簡単な説明があり、参加者の自己紹介をした。今回のイベント参加者の多くは過去に東栄町のサイクリングイベントに参加した人がほとんどだった。いわゆるサイクリストは少数派で、参加者の大半はふだんは自転車に乗らない人で、今回のツアーもレンタルの電動アシストバイクだ。
こうしたことからも、東栄町が目指すサイクリングの方向性がわかると思う。
参加者は2チームに分かれて出発。
鴨山川沿いの道を西に向かって走っていく。
連日の大雨で川が洗われたのか、川底の岩肌が綺麗だ。
最初のスポット「鬼の足跡」に到着。
琥珀色に輝く川が美しい。
この道を走るのは初めてではないが、スピードが出やすいところなので、見落としていたらしい。古戸地区は地元の人々の活動が盛んで、きちんと看板なども整備されている。
ただ自転車で走るだけでも気持ちがいい。
古戸地区には白山という山があり、毎年12月には山の神社でお祭りがある。
白山に続く道の入り口を歩く。
川にかかる橋がどこか懐かしい感じだ。
鴨山川沿いの道に戻ると次に現れたのは白山に荷物を運ぶロープウェイ。
これまで本当に何も見て無かったんだと恥ずかしくなる。ガイドをしてくれる山下さんや伊藤拓真くんの話はとても興味深い。
そこから少し行くと大きな鬼の顔が。
少し前に地元紙で見た。
チェンソーアートで地元の花祭の榊鬼をモチーフにしたものだという。
製作者のこだわりは白山が正面に見える場所だということ。こんなエピソードはローカル新聞でも教えてくれない。
この日のツーリングは十日宮の「さいの神」が一番奥の場所だった。
東栄町には多くのさいの神(道祖神)が祀られているが、そのなかでも有名なのがこの十日宮のさいの神だそうだ。十日宮のさいの神は子宝安産に御利益があるという。東栄町のサイクリングではお馴染みの東栄町教育委員会の伊藤さんが分かりやすく解説してくれる。
十日宮で折り返し、来た道を戻っていく。途中、薬師堂や普光寺に立ち寄る。古戸はたくさんの神様が祀られているというがこのわずから距離で信仰の場が多く存在している。そのあたりの話ももっと聞いてみたいと思った。
途中、モリアオガエルの卵や鮎の放流に出会ったりとちょっとしたサプライズも楽しかった。
旧道の坂道を上がっていくと、蔵のある立派な家が見えてくる。
お家の方にお話を伺うと、昔は蚕を飼っていたそうだ。東栄町で大きなお屋敷は養蚕をしていた、ということが多い。
縁側を勧められ、腰を下ろすとその風の心地よさに驚いた。
サイクリストに風はつきものだが、こんな優しい風を感じたのは久しぶりだ。
なんて涼しいのだろう。
そして縁側の高さがなんともよかった。
日本人の体格に合った高さなのだろう。すっと自然に腰掛けていた。
心地よいとは、こういうことを言うのだろう。
旧家の後は私にはお馴染みの村行の七滝と粟代製材所の無人販売所を回り、古戸会館へ戻った。
昼食を挟んで、今回の感想や今後のことについてミーティング。
手探りではあるけれど、東栄町のサイクルツーリズムは確実に前に進んでいる。少しでも彼らの助けになれるといいのだが。
気がつくと帰りの飯田線の時間が迫っていて、主催の人々にお礼を言い、慌てて古戸会館を後にした。
東栄駅までなかなかのペースで踏み、駅前でさっとバイクを輪行袋に収納する。寄りたかったマルカイさんは泣く泣くスルーして、ホームで電車を待った。
電車に乗り込むと、車内は行きよりは人が多いものの、静かなものだった。
私はバイクを立てかけた椅子に腰を下ろすと間もなく眠りに落ちた。