「灯台⁈行ってみたい!」
長女がそう言ったのは数日前のことだ。
今、豊橋市がやっているイベント「RIDE WITH GPS とよはし」のチェックポイントに伊良湖岬灯台になっている、というのを晩御飯に話していたときだ。
長女は伊良湖岬には伊勢湾フェリーを使ったときに行ったことがあるはずだが、確かに灯台までは行っていないかもしれない。
ちょうどジャパンエコトラック関係の事業で、「サイクリング救援タクシー」いうのがあり、一乗車1000円で自転車ごとピックアップしてくれるサービスが2月中旬までやっている、というのを私は思い出した。
「またサイクルトレインで田原まで出て、そこから伊良湖岬灯台まで行ってみようか?片道なら30キロで、今まで走ったことある距離だし、帰りはサイクリング救援タクシー使ってもいいからさ。」
私の提案に長女は「行きたい!」と即答した。
かくして我々は伊良湖岬灯台を目指すこととなった。
今年の冬はとにかく寒い。
長女と走りに出たのは日曜日だったが、豊橋の自宅を出るときに雪が舞っていた。豊橋でこの調子なら常春の渥美半島でも同じだろう。
他の家族の都合もあって、どうしても他の日で行くことが出来なかった。それでも本人がやるというので、日曜日に決行したのだ。
長女と豊橋鉄道渥美線のサイクルトレインに乗るのはもう4度目になる。もう慣れたものだ。
午前9時半。
田原市街から西へ向かう。私は三河田原駅から伊良湖岬までの最短ルートを引いた。私ひとりで走るときは半島の外周をぐるっと回るように走るが、今回は内陸部を行くルートだ。
長女にはあらかじめ、とても寒くなること、灯台まではずっと向かい風であることを説明してある。
空はどんよりと曇り、時折雪が吹き付ける。
市街地の外れに菜の花畑があり、そこだけ妙に明るかった。
郊外に出て、周囲がキャベツ畑になると強く向かい風が吹き付けてくる。
少し走り、長女にもう一枚上着を着させた。
長女は一生懸命な顔で、頬を赤くしながらペダルを踏み続ける。
私は防寒具をいつもより厚めに用意したが、娘のペースに合わせて踏んでいるので、全く身体が温まらなかった。むしろ、手や足先がどんどん冷えていってだんだんと痺れてくる。
サイクリストの経験の差は気候に応じたウエアの選択に出ると思うが、私は選択を誤った。
なんとかなるレベルではあったが、薄手の冬用のアンダーウエアをもう一枚着たり、ホットオイルを塗る、という手もあった筈だ。これもまた経験か。
20キロほど走ったところでコンビニのイートインで休憩。缶のコーンスープを一本ずつ買った。おかけで長女も私も少し元気が出た。
あと10キロ。
普段なら勢いで岬まで行くところだが、時速10キロほどのペースで踏み続ける。先が白く見えるとしばらくして雪の中に突入する、というのを何度か繰り返し、ようやく伊良湖岬のフェリーターミナルが見えて来た。
たかが30キロだが、この寒さと向かい風の中、長女はよくやったと思う。
遊歩道をしばらく行くと伊良湖岬灯台だ。
灯台の前で写真を撮る。長女は満面の笑みだった。その場で妻に写真を送った。
伊良湖岬灯台で折り返すと、わかりやすく追い風に変わる。途端にペダルが軽くなり、長女が驚いた声を上げた。
恋路ヶ浜で少し波打ち際を歩く。
長女は波打ち際で遊ぶのが好きだ。
そのまま浜の向かいにある食堂に入った。
いつもなら海鮮丼という長女だが、この寒さだ。流石に昼は温かいものを頼んでいた。
昼を食べながら、この後どうするか長女に尋ねた。
私はもう寒くて仕方なかったので、タクシー呼ぼうかなと思っていたが、長女は意外にも「まだ走れるよ」と言う。
「じゃあ、行けるところまで行こうか。」
我々は食堂を出るとそのままビューホテル横の丘を登り始めた。
長女は平地に比べ、登りは割といいペースで上がってくる。
丘を曲がったところで止まると私は太平洋岸が一望できるポイントに長女を立たせた。
「ここから向こうを見てごらん。」
「すごいね!」
「お父さん、ここからの景色が大好きで、自転車で来るたびにここで写真を撮るんだ。」
同じ道のりを自転車でやってきて、長女と感動を共有出来て嬉しかった。
ゆっくり坂を下り、サイクリングロードに入る。
風は追い風。かなり陽も出てきて背中があたたかい。
「来る時と全然違うね。」
「そうだよ。渥美半島はいつもこんな感じなんだ。」
私は普段どんな感じで渥美半島を走っているかを話ながらゆっくりとペダルを踏んだ。
伊良湖岬から先は穏やかに進んだ。
菜の花ガーデンに立ち寄る余裕も出てきた。
一時、サイクリングロードは工事区間が多かったが、一部区間を除いて走ることができたのも、ゆとりのあるライドの助けになったと思う。
国道42号に出たところで、前に長女と折り返した食堂のところに来た。
「ここは前に来たところだよ。ここまで来れば帰れるね。」
前は片道15キロしか走っていないので、随分状況は異なるが、長女は見覚えのある景色を見て、
「うん!」と元気よく返事をした。
この調子なら大丈夫、と私は安心した。
往復約60キロ。長女は疲れてヘロヘロかと思ったら、割とケロッとしていた。
私はささやかなご褒美に温かい飲み物を渡すと、二人で自転車を押して帰りの電車に乗り込んだ。
「楽しかったなぁ」
あんなに寒かったのに、長女はそう言ってくれた。
次はどこに行けるだろうか。