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アラスカ、ニュージーランド、タスマニアなどの自転車の旅、そのほか愛知奥三河のことなどについて書いています。

BRM611 Nagoya300km 100周年記念ブルベ - 奥三河の最深部へ -

2022年6月11日はフランスで最初に300kmBRMが開催された日(1922年6月11日)から100周年にあたるという。

ランドヌールクラブ名古屋の金井代表からお誘いがあり、RC名古屋主催の100周年記念の300キロに参加した。

申し込みに際して、金井代表からは「コースはあのとみやま往復だよ。」と告げられたが。

とみやま300。毎年ブルベをやっていた頃に走ったが、キツかったことしか覚えていない。

 

冬が終わる頃、ロングライドのイベントに参加した際、右ひざを痛めてしまった。

それからしばらくは強度を上げて自転車に乗る事はなく、長くても100キロ程度しか自転車に乗らない日々が続いた。

本番が近づくにつれ、不安が募ってくる。本当に300キロ走るのだろうか。

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不安を減らすべく、数日前からバイクの準備をする。ロードバイクにハンドルバッグをつけ、サドルには大きいサドルバッグをつける。

普段ロードバイクに付けているカーボンレールのサドルでは、大きなサドルバッグのアタッチメントを取り付けることができないそのため、グラベルバイクについているシートポストとサドルをそのままロードバイクの間を差し替えた。

サドルは奇しくもロングライドの巨匠石原さんの遺していったアボセットO2。私も若い頃には、長旅に使っていたことがあり、重量はあるもののサドルとしては間違いない。

 

ブルベ当日の朝。スタート地点の豊田市の柳川瀬公園に到着する。天気は曇り。

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Glocalbikeのチームメイトである大西さんがわざわざ見送りに行ってくれた。それだけで頑張れる気がした。

他に何か知った顔がいないか探すと、カントリーモーニングのライダーであるケンシくんとKくんがいた。

ケンシくんはパリ・ブレスト・パリ1200キロを日本人最年少で完走した男である。そしてKくんもゴールデンウィークに四国の1200キロを完走したところであり、さらに2人は先週先々週と400キロ、600キロのブルベを完走している。

 

そんな20代の若者2人に、私はとても追いていけないので、スタートで彼らと別れ、ゆっくり走ろうと思っていた。
しかし2人は、私と一緒に行くと言う。

おいおい。


「まあまあ、一緒に行きましょう。大丈夫ですよ。」
私は膝のこともあり、正直心配でしかなかったが、ダメならダメなりにやめればいいだけで、それまでは一緒に走ろうと思った。

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若者2人はスタートからなかなかいいペースで踏んでいく。私の想定よりも平均速度で5キロ程度速い。とはいえ踏めないペースではないので、彼らのペースに任せてついていくことにする。

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ケンシくんは石原さんが最後に乗っていたロードバイクを受け継いでブルベに出ている。まさか再びこのバイクの後ろを追ってブルベを走ることになるとは。

 

私は不思議な感覚に襲われた。

 

20代の彼らと40代の私の年齢差を考えると、昔、石原さんと私が走っていたのと同じような状況なのに気がついた。

「石原さん、行きますよ!」

勢いよくそう声をかけると石原さんはちょっとドギマギしたような様子を見せていたが、今はその気持ちがよく分かった。

私もそれだけ歳を取り、かつての石原さんに年齢だけは近づいたのだ。

 

スタートから40キロ先の最初のチェックポイントであるコンビニに2時間弱で到着した。全く出来過ぎである。時間にゆとりができた。

 

若者たちとはと言うと、ケンシくんはまだ午前8時前だと言うのに、チャーハンを食べていた。その若さが羨ましい。

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ケンシくんはペロッとチャーハンを平らげるとさして休むことなく、出発の準備を始める。

「あれ、もう行くの?」

Kくんももういつでも出られます、という感じだ。もっと休みたいんだけど…という言葉を飲み込み、「行こう」と私は言った。

 

蒲郡のチェックポイントから、豊川市内を抜け、豊橋の北部に抜ける。ここからは普段の練習ルートだ。

先は長いというのに、いつもと変わらないペースで踏んでいく。

 

豊橋を抜け、新城市に入る頃、向こうから見慣れたバイクの集団が走ってくる。Glocalbikeの土曜壮行会の面々である。すれ違いざまに、店主のバスマンさんが大きく手を振ってくれた。

 

次のチェックポイントの新城市名号のファミリーマートまではまだしばらく距離がある。私は桜淵公園に寄るよう願いし、トイレ休憩をとり、ドリンクを補給した。

 

比較的平坦な区間はいいペースのまま進んでいく。

 

途中、飯田線三河槙原駅のホームに動けなくなった車両が放置されているのが見えた。線路脇の崖崩れにより、しばらく代行バスの運転が続いている。

その代行バスと数回すれ違った。帰りはあれに乗るんだろうか。

そんなことを口にすると「何言ってるんですか!帰りはほとんど下りですって!大丈夫。」とケンシくん。

いやいや、わざわざ輪行バッグまで持ってるんだが。

その後も私が弱音を吐くと彼らはその度に冗談と笑い飛ばし、私を先に連れて行ってくれた。

 

次のチェックポイントに到着。

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ここでも補給は軽め。今回コースがホームグラウンドなので、自販機の場所もよく分かっており、過剰な補給を避けることができた。

 

その先の往路最後のコンビニ、東栄町中設楽のファミリーマートに、RC名古屋のいずみさんがいた。

特にチェックポイントではないが、少し立ち寄る。いずみさんは若者たちに私のアシストをするようお願いしてくれていた。心配かけて申し訳ないが、ありがたい限りである。

 

そこから道はほぼ上りしかない。

豊根村との境にある太和金トンネル、そして豊根村役場を経由してみどり湖から旧富山村との境の霧石峠まで、途中若干の下り返しを挟みながらガンガン標高を上げていくのだ。

ペースは上がらないが、まずは太和金トンネルを超え、豊根村に入る。役場前を過ぎ、みどり湖へ。


豊根村役場までは昨年何度か来たが、みどり湖まで来るのは何年振りだろう。
水量はやや少ない。
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この辺りからさっぱりペダルが踏めなくなる。

元気のいいKくんは、こちらを気にしながらも速いペースで踏んでいく。ケンシくんは私を気遣いながら、見えるところを走ってくれた。

本当に申し訳ない。

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進むにつれ、道に野生動物の糞が目立つようになり、獣の気配が濃くなっていく。アスファルトの山道と朽ちた民家の跡が自然に飲み込まれそうだ。

 

霧石峠への分岐はまだか。

 

何度そう思ったが分からないが、先に富山への分岐の看板が見えた。

あれさえ上れば。

すでに軽いギアは使い切っていて、これ以上機材的にはどうしようもない。諦めて峠に取り付く。

 

いくつかコーナーを回ったところで、Kくんが「これ美味しいやつですよ!」と声をあげた。

道端にはオレンジ色の野いちご。

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私は一つ取り、口にいれた。

爽やかな優しい甘みが口に広がる。

「昔、アラスカでこうやって道端のベリーを取って食べていたよ。」そんなことを言いながら、しばらく周囲の野いちごを食べた。

 

野いちごのお陰で少し元気を取り戻し、だましだまし霧石峠を上がっていく。

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トンネルだ!

 

3人で歓喜の声を上げていると、トップの選手が折り返してきた。なんというスピードか。

知ってはいたが、一応聞いてみると、折り返しからの上りは酷いものということだ。

 

まあ、今は取り敢えず折り返しのとみやま来富館まで下ろう。

 

何年振りだろう、豊根村富山地区。

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何とかここまで来られた。

待っていたRC名古屋の金井代表にチェックを受ける。

建物の中に入り、休憩。

来富館さんがブルベのために用意してくれた特製おにぎりをいただく。梅干しとしぐれ煮のおにぎりが一個ずつ。疲れた体に嬉しい味だ。

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さて、復路である。まずは7キロ700mのアップの平均勾配10%の霧石峠を登り返す。

 

私はフロント34T、リア30Tが一番軽いギアであったが、全く足りない。若者たちはというと、ケンシくんはスギノのクランクでフロント30T、Kくんはディズナのクランクで31Tだという。なるほどブルベに特化した仕様だ。

そんなところに感心しつつ、3人で「キツいキツい」と文句を言いながら走っていると予想したより早くトンネルまで辿りついた。

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いざトンネルを越えてしまえば、あとは早い。

下りの途中で再び野いちごを補給して止まったが、そのあとは爽快に走っていく。みどり湖までの道もこんなに上っていたのか、と思えるほどスピードが出る。

 

途中の上り返しを淡々とこなし、名号のファミリーマートまで戻ってくる。

雨がやや強くなってきて、ケンシくんと私はレインジャケットを着る。ここまで来ればゴール出来る気がしてきた。

 

復路の平坦路も先頭を行くKくんのスピードは落ちない。豊橋の郊外も普段の私の練習ペースと遜色ない。ケンシくんに「けっこうキツいんだけど」と漏らすと「僕もです。」と返ってきて少し安心する。

 

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豊川市に入りだんだんと暗くなってくる。

市街地エリアに入り、信号待ちが増え、少し休めるようになった。

若者たちは、飲食店の前を通るたびに、ゴールしたらあれが食べたい、これが食べたいと言う。その気持ちはよくわかる。私もそうだったし、今もそうだ。

 

蒲郡のチェックポイントまで戻ってきた。

ここのクローズタイムまで4時間以上ある。あと残り40キロ。

 

暗くなった道を弱い雨に降られながら進んでいく。

 

ゴールまであと20キロと言うあたりで、ケンシ君が言った。

「シマダさん正直もっと遅いかと思ってました。このあたりに来る頃には、日付変わりそうな時間で、『シマダさん!まだ頑張れますよ。さあ、一緒に行きましょう』とか励ましながら走るのかなと思ってましたけど、全然普通に走れるじゃないですか。」

 

そう言われて、自分でも全くその通りの展開を予想したんだけどな、と思っていたが、そんなことより、ケンシくんが、始めから私と一緒に走ってサポートしてくれるつもりだったことが嬉しかった。

彼らには特に何もしてあけだことはないのだが。

 

岡崎の市街地を抜け、矢作川の堤防道路に出る。もうゴールはすぐそこだ。

 

ゴールの柳川瀬公園に到着。

 

タイムは15時間32分。我々は7番目のゴールだそうだ。タイムだけで見ても毎年ブルベをやっていた頃と遜色ない。

疲れる訳だ。

ブルベカードを記入し、金井代表から記念メダルを受け取った。

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文字通りここまで私を引っ張ってきてくれたケンシくんとKくんにお礼を言う。

 

これでしばらくブルベは出なくていいな、

 

そうつぶやくとケンシくんとKくんが即座に

「いやいや、400キロも600キロも記念ブルべやるんじゃないですか。」

 

勘弁してくれよ。

 

そう言いながら400は眠いから辛いんだよな、と思っている自分がいるのであった。