カフェを出て再び小入峠からの道、針畑川沿のルートを南下していく。
時間は午後4時を過ぎている。日暮れ前にキャンプ場に着いておきたいところだ。暗いところでテントを張るのは骨が折れる。焦る気持ちを抑えながら川沿いの下り基調の道を流していく。
針畑川が安曇川に合流するところで、道は国道367号に入る。泊まる予定の梅の木キャンプ場は目と鼻の先だ。
キャンプ場らしき敷地が見えるが、人影がない。
これはもしや。嫌な予感がした。
入り口に貼り紙がしてある。
今季の営業は終了らしい。
疲れがどっと出た。
前にも北信にキャンプツーリングに行ったときにそんな事態があったが、そのときは管理人さんの家がすぐ隣で頼んだら何とか使わせてもらえたが、こちらは無人だ。
正直、キャンプ場でなくてもテント張れそうなところでテント張って寝るのもできたが、余計なトラブルを避けるためにもどこかのキャンプ場に行きたい。
来る前に調べた予約不可、当日現地受付のみのキャンプ場が近くにあるはずだ、ということを思い出した。
便利な時代になったものだ。Googleマップですぐに出た。桑野橋河川公園、朽木キャンプ場が約10キロ北にある。
暗くなる前にここへ行こうと決めた。
幸い367号は車は多いが起伏が少なく、スピードもよく出た。すれ違うの車がライトをつけ始めている。周囲はだんだん暗くなり始めていた。
30分ほどでキャンプ場に到着。
河川敷の広々としたキャンプ場だ。
思ったより人はいない。
利用料は一日1000円。宿泊の場合は二日利用になり、2000円。格安だ。
受付のおばちゃんにお金を払い、テントを張る場所を探す。
椅子代わりにするのに良さそうな石をみつけ、この近くにテントを張ることにした。
いつもならテントを張る前にビールを開けてしまうところだが、今回はテントを張るのを優先させた。
一日走って疲れた体でテントを張る。
テントを張りながら「腹減ったな」と呟く。
この感覚も久しぶりだ。
悪くない。
テントを張ると受付のとなりにある食堂に行く。受付のおばちゃんによれば、こちらで薪が売っているらしい。食堂の営業はしていなかったが、薪は売ってくれた。一人なので少ないのはないかと聞いたが無視されてムッとした。しかし、せっかくなので焚き火はしたい。薪一束700円で購入するとテントに戻った。
周囲はもうほとんど暗い。
早速焚き火をしようと試みたが、焚き付けになるものを持っていないことに気がついた。
手入れが行き届いたキャンプ場であることが災いし、燃えそうな落ち葉もない。
一応トライするがなんともならない。
やれやれ。
一旦、焚き火は諦め、晩ご飯の支度をする。
晩ご飯はカレー。いなばの缶詰カレーとごはん代わりのクスクスである。
クスクスはお湯とオリーブオイルと塩をかけてしばらく置いておけば出来るので、米を炊くより簡単だと数年前に気がつき、ときどき使っている。
晩ご飯を食べていたら、日記用のノートを持っていることを思い出した。
ノートを数ページ破り、私にしては珍しく焚き火台の上に丁寧に組んだ薪の間に入れて火をつけ、しばらく燃やしていると無事に薪に火がついた。
ようやくビールを開ける。
小浜から先、ルート上でビールを買える場所がないと踏み、わざわざ2本買って小入峠を登って来た甲斐があったというものだ。
ビールと共に小浜のスーパーで買ったハタハタの醤油漬けを焚き火で焼く。太平洋側ではあまり見かけない立派なサイズで4匹は多いかと思ったが、ペロッと食べてしまった。
よほどエネルギーを使っていたらしく、ビールの二本目を開けながら、こちらも小浜で買ったパックのおでんを食べた。
ビールが空いてしまうと、ウィスキーを飲み始める。
ウィスキーを飲みながらぼんやり考えた。
正真正銘ひとりで旅をしているからこそ見える景色があり、感動がある。今回もわずか数分話しただけなのに刺激をもらった人もいる。
旅の感動と言うものは様々ある。今までの経験からそれがどういうものかわかったつもりでいた。
しかし、再び経験してみて、実際それがどういうものだったのか、頭で理解していることと実際に感じた様々な感動に大きな乖離がある、というのがよく分かった。
いざ、こうして実際に来るにはいつくか面倒なこともある。しかし、それをなんとか越えて、実際にやらないと「分かった気になったオッサン」に成り下がってしまうな、と思った。
その後、薪が尽きるまでしばらくウィスキーを飲むと早々にテントに入り眠りに落ちた。
朝、テントに当たる雨の音で目を覚ます。
外はまだ暗い。
私はとりあえずコーヒーを淹れはじめた。
キャンプツーリングの朝はいつもコーヒーから始めている。
スマホの電波が入るので、雨雲レーダーを見ると、八時過ぎまでしばらく降ったあとはあまり降らないようだ。テクノロジーの進歩で私のようなアナログな旅も楽になってきている。
小雨のうちに朝食を食べ、テントの中を片付ける。長く旅をしていると、どこに何をどの順番でいれるか自ずと決まってくるが、単発の旅ではその辺が曖昧でパニアバッグの左右で重さのバランスを取りつつ、同じくらいの量を積めるのに少し時間がかかった。
雨が止んだところで、バイクに荷物を取り付けていく。
すると数10メートル離れたところに設営されていたテントから女性がビールとアルミホイルを持ってこちらにやってきた。
「すごいですね、自転車で来たんですか?」
私より少し若いぐらいの方だろうか、やや興奮気味な様子で聞いてきた。
私は今朝までの話を簡単に説明した。
「よかったら、ピザ食べません?焼き立てですよ。」とアルミホイルに乗ったピザを差し出してくれる。
「いいんですか?頂きます!」
朝食は朝食で食べたのだが、焼き立てのピザはとても美味しく、ペロッと食べてしまった。
少し立ち話をしたが、まさか20年前の学生時代ならいざ知らず、40歳を過ぎても、こんな風に話しかけられるなんて思いもしなかった。
旅にはいつも新しい発見があるな、と改めて思った。
話しかけてくれた女性のおかげで、なんだか新鮮な気持ちになってキャンプ場を後にした。
ペダルを踏みながら、私は次の旅を考え始めていた。これが私のスタイルなら、これを続けていくしかないのかもしれない。