若い頃のように海外ツーリングがしたい。
いや、海外ツーリング行かなくてはいけない。

この数年、そんな思いに囚われていた。しかし、最近は年に一度、国内を数日間キャンプツーリングをする程度だった。
最後に自転車で海外に行ったのはもう15年も前になる。もちろんコロナ前だし、スマホもない時代の話だ。
自分の経験をアップデートしたい。しなければ、ただ現状維持のまま、自分がじわじわと衰退していくのが怖かった。一方で海外ツーリングを実現するには越えるべきハードルがいくつもあり、なかなか実行に移せないでいた。
そんなとき、少しずつ風向きが変わってきた。

旅をしていた頃、現地で知り合った人とSNSで繋がり、彼女は私とコンタクトを取ってすぐに「海外に行く!」といって飛び出して行った。
学生時代からの友人は海外のトレイルランニングレースに参戦してきた。
そして職場では若者が休みを取って海外に行った。
次は私の番かな。だんだんそんな気分になってきたのだった。
行き先を漠然と考える。行くならどこだろうか。行きたい場所はいくつかある。アラスカ、アイルランド、スリランカ、モロッコ、キューバ、カナリア諸島、などなど。
ただ久しぶりの海外でいきなりチャレンジングなところに行くのは少し不安だった。また取れる休みにも限界がある。そうしたことを考えた結果、オーストラリアに行こうと決めた。 オーストラリア本土ではないが、タスマニアには1か月滞在していたことがある。オーストラリアならハードルはそこまで高くないはずだ。
昔ニュージーランドでしばらく行動を共にしたスイス人が「グレートオーシャンロード」の話していたのを思い出し、まずはそこを候補にしたが、その場所は大都市メルボルンから近いところにあった。
どこがいいだろうと考えていた11月のある日、ダモンデの仲間たちとOMM河津に出場するため、車で伊豆半島に向かっていた。
私は自分が再び海外ツーリングに行こうとしているというのをダモンデ山田さんに話した。家族以外の誰かに話したのは初めてだったかもしれない。
すると山田さんは昔、西オーストラリアのパースに住んでおり、西オーストラリアは自然豊かで、いかに美しいところかを教えてくれた。
「パースから南に行くとマーガレットリバーって街があって、」とパース周辺のことを懐かしそうに話しているのを聞いて、
「マーガレットリバーか。」
私はその美しい響きの街が一体どんな街なんだろうかとても気になった。
「西海岸、良さそうですね。考えてみます。」
このときから、私の西オーストラリアツーリングの計画が動き出した。
私の旅の行き先はこうした誰かの言葉で決まっていくのだ。
その後、私はエアチケットの手配からキャンプ道具の選別、Glocalbikeへ自転車の整備依頼、カントリーモーニングに自転車の配送の相談など、準備を進めて行ったが、正直準備は面倒になっていた。
現地に行けさえすれば、なるようにしかならない、そんな思いもあったからだと思う。
一方で自分の理性は、久しぶりの海外ツーリングの準備を万全しろと警告してくる。

そこで年末休みに新城のpamavalley にハドソンベイスタートとして試験ライド&キャンプをしたのだ。装備には全く不安はなかったが、体力面での不安が強くなった。
2月のある日。いよいよ出発の日を迎えた。
出発はタイ航空の深夜便。昼まで仕事をし、夜家を出た。梱包した自転車を事前発送することができず、結局、妻にセントレア空港まで送ってもらってしまった。
自転車を持って海外に行くのは4回目だが、今回のタイ航空のチェックインが一番時間がかかった。
ちなみに自転車は受託手荷物のスポーツ用品として、通常とは違う規定があり、箱に入れて、サイズ、重量が規定範囲内なら追加料金なしで運んでもらえる。過去にアラスカから帰国する際、大いに揉めたことがあり(このとき、自分でもびっくりするくらい英語でバトルした)、今回、ここは一番警戒し、十分に用意してきた。

おかげで追加料金なしで無事にチェックインした。
深夜のセントレアは店も開いておらず、搭乗ゲートが開くまで待った。
そんなとき、ダモンデ山田さんからメッセージが。山田さんが住んでいたパース、フリマントル地区のことをいろいろ教えてくれた。私も同じ景色を見たい、そう思った。
やがて搭乗ゲートが開き、私の新しい旅が幕を開けた。

数時間のフライトの後、タイのスワンナプーム国際空港でトランジット。
トランジットでやることは決まっている。
英語はあまり話せないが、ビールの注文ぐらいは出来る。ビールを飲みながら、いよいよ自分の旅が始まるのを実感した。
現地時間午後3時過ぎにオーストラリア、パース国際空港に到着。

心配していた自転車は無事に到着。箱の破損具合は想定内。形を保っているだけで上出来だ。タスマニアに行ったときには箱が壊れて、カンタスが新しい箱を用意してくれた、なんてこともあった。

空港では念のため、一万円分をオーストラリアドルに両替した程度ですぐに外へ出た。
真夏のパースは日本の夏に比べたら、遥かに快適な気候だ。感覚的には日本の6月ぐらいではないだろうか。
エントランスの横で荷物を広げ、バイクを組み始める。輸送中の破損はなさそうだ。
バイクを組み終わり、バイクを入れて来た段ボール箱をできるだけ畳む。初日と最終日はパース中心部にある宿を予約しているので、最終日まで箱を預かってもらえないか交渉するためだ。

空港から宿のあるパース中心部までは約20キロ。電車を使うか、自走するか。
たまたま警官が通りかかり、声をかけてくれたので、相談してみると、夕方の混む時間帯は電車に自転車は持ち込めないという。
「まだ乗せられると思うけど、キミのバイクなら40分くらいで行けるんじゃない?」と警官に言われて、宿まで自走することに決めた。
空港から街に続く道は遊歩道とサイクリングロードを兼ねた道が整備されていて走りやすい。宿までのルートはGoogleマップに頼る。
サイクリングロードは自転車の人もいるが電動キックボードの人もいる。結構普及しているようだ。
Googleはうまく主要道を避けて裏道を案内してくれるが、狭い道も案内するので何度か道をロストした。
裏道は住宅街を抜ける道で、広い平屋の家や大きな学校が目に入る。こういうところはニュージーランドやタスマニアでよく走った。戻って来たんだという感覚と共に、あの時の旅を再開しているような気がした。

道はやがてSwan river沿いに。余計な整備がされていない美しい川だ。

Matagarup Bridgeを越える。バイク用の段ボールを抱えて走っているせいで思うように進まず、夕方になってきた。それでも目に映るパースの街やスワンリバー沿いの美しい公園、そんな公園をランニングしている人が何とも絵になって何度も足を止めて写真を撮ってしまう。パースいいな。
宿に着いたのは6時半を回った頃。二時間近くかかってしまった。「Downtown Backpakers Hostel」が今回の宿。旅する若者がよく利用する相部屋の安宿だ。
場所には着いたのだが、入口がわからない。近くにいた客っぽい人を捕まえて聞くと、場所はあっているようだ。セキュリティの問題で、入る時もパスワードを打ち込んでドアを開けないといけないらしい。
たまたま居た、アジア系の男性が「レイトチェックインか。鍵がフロントの前に貼ってあるよ。案内してあげる」と鍵の場所から扉のパスワード、部屋の場所まで親切に教えてくれた。

もうフロントのスタッフはいないらしい。後で知ったが、予約したBooking.com経由で扉のパスワードが送られていたらしい。スマホがないと何ともならないんだな、と思ったが、それは旅の終わりまで続くことになる。
宿泊客は長期滞在客が多いらしく、庭と共同キッチンで酒を飲んで盛り上がっていた。
段ボール箱を運ぶのに疲れた私はビールを飲んでさっさと寝たかったが、何か食べるものとビールを手に入れる必要がある。
その辺で飲んでいた宿泊客を捕まえ、リカーストアの場所を聞く。すぐ近くにあるようだ。
街中にあるだけあって、すぐ近くにジェネラルストアとテイクアウェイの店があり、少しジェネラルストアでトーストブレッド一斤とコーヒーなど必要最低限のものを買う。

そのままテイクアウェイの店でフィッシュ&チップスを買うと宿に戻った。
宿では相変わらず若者たちが大騒ぎ。
やれやれ、騒がしいところを選んでしまったな。
静かなパブリックスペースでようやく食事。フィッシュ&チップスは久しぶりなオージーサイズ。何とか食べたが、数日間胃がもたれた。オッサンになったもんだ。
早く街を離れてまずは西へ行こう。インド洋をこの目に焼き付けよう。その後は南に向かって走るのだ。
ビールを飲み終わるとそのまま部屋に行き眠りについた。明日からは早速走りだすのだ。
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支出 ビール(タイ、トランジット) 1,408円
フィッシュ&チップス 1,410円
ジェネラルストア 2,629円
ビール 1,744円
合計 7,191円
