まだ薄暗い時間に目が覚めて、ビーチをしばらく歩いてテントに戻ると撤収を始める。

パッキングを終え、キッチンで朝食を作り始める。
コーヒーを入れトースト1枚焼く。それから昨日マーガレットリバーベーカリーで買ったアーモンドクロワッサンの残りとカバンの中でボロボロになってしまったシニードーナッツ。
シニードーナツはシナモンだけではなく、何だろうカルダモンか何かスパイスが効いてとてもおいしかった。
こうした何気ないキャンプの朝もこれで最後だ。
明日のフライトで帰国である。
昨日話しかけてくれたおじさんがキッチンを通りかかり、少し話をする。
私の自転車に興味を持ったようで、細かいパーツなどいろいろ見ている。私の自転車が結構こだわって作っていると言うことに気づいたようだ。
「仕事は何を」とか「今までどう行ったところを旅をしたのか」とかそんなことを聞かれた。昔から聞かれることは変わらない。それでいいのだ。
彼の子供たちはまだとても幼く、小さい自転車を乗り回している姿がとても可愛らしかった。

キャンプ場は後にし、いよいよロットネスト一周へ出発。

ロットネストではバスと公共サービスの車以外は道を通らないこともあり、多くの人が自転車で行き交っていた。
シュノーケルを持って水着で走ってくる人、家族連れで走る人などなど。人種も性別も本当に様々で、いろんな人がいる。

数キロごとにビーチがあり、フェリーターミナルやキャンプ場のある島の東側から1番西の端まで、ビーチや灯台などに寄りながら走り続けた。
あまりに見るところがたくさんあり、最初はビーチを見つけるたびに砂浜まで必ず降りていたものだが、途中から疲れてきて上から眺めるだけにした。

なんとも贅沢な話だ。

途中のビーチで他の旅行者に写真を撮ってもらった。
その後もビーチの見える場所で写真を撮り続けた。

どこを撮っても美しい。
フェリーターミナルの周辺は人だらけでどうしようかと思ったが、少し走るだけで人はかなり疎らになった。

旅の最後にロットネストを選んでよかったな。
正に楽園だ。

島の道は緩やかなアップダウンだった。もっとキツイかと思っていたが、そこまででもない。
若い女の子が2人、辛そうに前を走っていたが、私からすれば、たいした道ではなかったので、彼女たちを横目にサッと抜き去った。すると目の前になかなかの斜度の坂が現れたので、彼女たちにいいところを見せようと私は妙にかっこつけて、そのままダンシングしながら、一気に坂をかけ登っていた。
まぁその後、その女の子達とあるビーチで遭遇したんだが、特に何も言われなかった。そんなものである。

島の一番の西側までたどり着いた。
ウェストエンドと書かれた遊歩道を歩いているとガイドであることを示す黄色い服の人と出会した。
すれ違い様に「イーグルベイにシールがいるわよ」と教えてくれる。私は「向こう?」聞くと、「イエス」と答えが帰ってきた。短いやりとりだったが英語で自然に返せて嬉しかった。

ガイドの人に言われた通り、イーグルベイに行くと確かに下にアザラシがいた。
野生のアザラシを見るのは久しぶりだ。ニュージーランドで見た以来だろう。
早朝は上着を羽織らなければならないほど寒かったが、昼を回りかなり暑くなってきた。そろそろ海で泳ぐか。東に戻りながらいくつかビーチを眺める。

人気のないリトルアームストロングベイで泳ぐことにした。
水は本当にクリアだ。私はレーサージャージを脱ぐとそのまま海に向かって走っていき、コバルトブルーの海に一気に飛び込んだ。
砂浜に寝そべりながら、波に打たれるのに任せる。

明日、帰国の途につく。
本当に帰らないといけないのか。
家族には会いたい。だが、こうした旅が終わるのはなんとも辛い。感覚的にはあと二週間は普通に旅ができそうだ。
でも帰るしかないよなぁ。
誰もいないロットネスト島のビーチで、波間に漂いながら私は1人の時間を満喫した。

リトルアームストロングベイを後にし、島の東部のグローリーベイへ。お昼ご飯時だが、どうするか迷った。レストランに入ってもいいが観光地である。あまり安くはないだろう。随分散財したこともあるし、土産物を見ながらジェネラルストアで昼ごはんを買うことにした。
レジ横にホットスナックの棚があり、パイがいくつかあったので、それにする。セルフサービスでパイを取るようになっていたが、ミートパイを取ったつもりがベジタブルパンであったようだ。
最もベジタブルとパイといっても、中身のほとんどはじゃがいもだった。なんだかオーストラリアらしい。

フェリーターミナルあるトムソンベイまで戻ったきた。フリマントルに戻るの船時間まで少しあるので、ベンチに座って手紙を書く。手紙を送ると約束した若い友人に宛てたものだ。
どんな内容を書こうかと走りながらときどき考えていたのだが、書いているうちに内容のない手紙になってしまった。もう少し気の利いたことを書ければよかったのだが。
手紙はその後、フリマントルから投函した。

船の時間になり、乗り場に行く。
係員のおっさんに「バイクをどこに運べば?」と聞くと「どこで降りるんだ?」と聞かれた。帰りの船はフリマントルでノースとBシェッドの二箇所、その後、パースの中心部まで行く。
「Bシェッドだ」私は短く答える。
係員のおっさんがバイクにタグをつけてくれる。「荷物はどっちのケージだ?」私はおっさんに再び尋ねる。
おっさんは「おーい!Bシェッドの荷物はどっちだ?」と荷物を運んでいた若い係員に確認している。
「こっちのケージだ。」と教えてくれた。
アザラシの話に続いてスムーズなやりとりができてだいぶ英語にも慣れてきた気がする。
だが何をしても、もう帰国か、と思ってしまう。
今日の宿は初日と同じパース中心部にあるダウンダウンバックパッカーズ。フリマントルからパースのセントラルまで電車でもよかったが、時間的にまだ余裕があったので、自走で戻ることにした。
初日にフリマントルに来たときには、パース中心部からパース北部を西に行き、南下してきたが、今回はスワンリバー沿いに北東に上がることにした。

スワンリバー沿いの道はかなり良かった。

ちょうど仕事が終わった時間帯になったのか、向こう側から、つまりパース市街からたくさんの人が走ってくる。サイクリストが本当に多かった。ロードも多いが電動キックボードやeバイクも多い。

こうした道路整備のインフラの具合の違いもすごいなと思ったが、そもそも持っている文化の違いを大きく感じた。日本とあまり違いすぎている。前提条件がまるで違うのだ。

レイトチェックインになる前の夕方6時前に何とかダウンタウンバックパッカーズに到着。
相変わらずの騒々しい。部屋は7番ルーム。なんとキッチンの向こうの部屋だ。
ほんとにうるさそうだ。初日に泊まった時も若者たちがキッチンや外のテラスで大騒ぎしていて参ったもんだ。
今日はちょうどバレンタインでキッチンには若者たちが集まり、自分たちでピザを作ってパーティーが始まっている。
まぁそんなふうになるよね。
私はシャワー浴びると夕食を求めて外へ出た。
米を食べたい誘惑に負け、近くのタイ料理屋でフライドライスのチキン味を食べる。

久しぶりの米はなかなか悪くなかった。
レストランの向かいのリカーストア、BWSでキルケニーと他のビールを買い宿に戻る。
宿は相変わらずのパーティーモードだ。
入り口にはパーティーはするなと書いてあるが、誰も気にしていない。
私が滞在していたキャンプ場はお年寄りが多かったので、こういうところは疲れてしまうのだ。
やれやれ。
静かなリビングには私以外にもキッチンから逃げてきた他の客がいた。
日記を書いて、ビールをもう1本開けて寝るとしよう。
明日はいよいよ帰国。予定通りバイクボックスがうまく手に入ると良いが。


走行距離 60.4キロ
