前回の西オーストラリアの旅の余韻が残る中、次の旅に出る機会を得た。職場で春から課内異動はあったものの古巣への異動で、チームのメンバーも大半がベテランという恵まれた状況。祝日をうまく組み合わせれば、まとまった休みが取れそうだ。前回の旅からあまり時間が経過しておらず、正直資金的にはかなり苦しい。ただ今のタイミングを逃すと次はいつになるか分からない。
この前西オーストラリアに行ったばかりで家族には申し訳ないと思いながらも、もう若くはないし、行ける時に行こうと家族と職場に相談し、9月に旅立つことになった。
アイルランドへ
今回、行き先を決めるにあたっていくつかの要素を考慮した。
前回の西オーストラリアは素晴らしいところであったが、少し旅がイージーだったのではなかっただろうか、と振り返ることもあった。そこで今回は少し自分にとってチャレンジになる場所に行きたいと思った。
また、前回行ったオーストラリア本土は広大すぎて、自転車で一週間程度移動しても、地図で見るとほとんど進んでないなと感じ、次に行くならもう少し国土の小さい国がいいなと思った、ということもある。
そうした考えから、行きたい候補であったカナダ、ニュージーランド、オーストラリアは除外した。秋のカナダは非常に魅力的だったが、となりのアラスカには行ったことがあるし、今回は新たな場所でチャレンジしたかった。
そこで候補としてスリランカ、キューバ、アイスランド、アイルランドが挙がり、一番思い入れのあるアイルランドが今回の旅先に決定した。

実はアイルランドは、昔タスマニア行きを決める時に他の候補として上がった行先の一つである。世界の旅人御用達のガイドブック「ロンリープラネット」に、サイクリスト向けのアイルランド編があり、当時これを買うところまでいったが、年間降水量の多さを見て、「これはないな」と行き先から除外した経緯がある。自転車のキャンプツーリングで雨の条件というのはハードルが高いのだ。正直、いいイメージはない。
だが、今回は少しチャレンジになるような旅がしたい、と思ったし、何よりアイリッシュウィスキーとアイリッシュビールの本場に行きたいという想いが強くあった。若い頃、『鷲は舞い降りた』に代表される小説家、ジャック・ヒギンズの書籍をよく読んでおり、その影響が大きい。若い時からアイリッシュウィスキーのBushmillsを愛飲しているのはそういうわけもある。ぜひ本場のパブでシェパーズパイを食べながらレッドエールを飲んでみたかった。
行き先が決まればあとはやるべきことをやるだけである。
まず、エアチケットを手配し、首都ダブリンで初日と最終日の宿を予約した。それからビール工場やウィスキーの蒸留所(もちろんBushmillsである)の見学の予約、おおむねのルートや日程などを考えているうちにあっという間に日々が過ぎていった。
若い頃の旅は一か月二か月という単位だったので、旅をしながら次の予定を考えればよかったが、一週間程度ではそうはいかない。自転車という性質上、鉄道に自転車を乗せる場合のルールなど調べることや考えるべきことや手配することが多く、準備しているうちになんだか面倒になってきた。
どれだけ準備しても、思うようにはいかず、結局なるようにしかならないし、何とかするしかないのは経験上分かっているというのもあった。現地に行ってしまえさえすれば、あとはなるようにしかならない。だが、今回は限られた日数で確実に帰ってくるのがミッションなのだ。そこだけ間違いがないようしっかり準備をした。
その他は最小限の準備をし、「まぁこんなもんだろう」と妥協できるところまで手配を進めた。
フライト
エアチケットは、フィンエアーを取った。自宅から最寄りの国際空港であるセントレア空港に就航している航空会社で、フライト時間と料金を考えるとベストの選択肢だったと思う。フィンランドのヘルシンキでトランジットし、アイルランドの首都ダブリンにつく。
フライトの日は午前中まで仕事をし、午後から移動を開始。帰宅ラッシュを避けて自転車を梱包した箱とともにセントレアまで移動した。

セントレアでは、現金3万円をユーロ、ポンドそれぞれに両替した。旅の中心はアイルランドだが、最終目的地のブッシュミルズは、イギリス領北アイルランドにあり、旅の後半はイギリス領にいる予定になっているのである。前回の西オーストラリアでは、ほぼ現金は不要だったが、念のため現金も持っていくことにした。
フライトまで、ラウンジでビールを数杯飲み、午後10時過ぎのフライトで出発した。
トランジットのヘルシンキまでは11時間か12時間ほどだったと思う。退屈するかと思ったが、夕食と一緒に出されたワインのミニボトルを飲むとすぐに眠りにつくことができた。浅い眠りを繰り返しているうちにトランジット先のヘルシンキに到着した。

今回のフライトは席にそこそこの空きがあり、私の席の隣も空席だった。珍しく壁の前の席で広くてよかった。機内は予想通りちょっと寒く、機内に持ち込んだメリノのパーカーを着てちょうどよかった。
早朝のヘルシンキ ヴァンター国際空港はほとんどの店が閉まっていた。ムーミンショップもマリメッコも開いていない。開いているカフェを見るとひとりのおっさんが早朝からビールを飲んでいる。トランジットでのビールは私の旅の習わしでもあるし、私も一杯だけ飲むことにした。

カフェのカウンターでビールを注文するとちょっと変な顔をされた。確かにほかの客はカプチーノののようなものを飲んでいる。
ここで私の日記から一部引用する。そのときの気持ちが素直に書いてある。旅のワクワクとはちょっと違う感じだ。
「旅のモチベーションはよくわからない。現地が雨ばかりということや、鉄道の移動予約が手間と言う事は正直ネガティブな要素である。それからお金の話、ただこれについてはもう気にしないことにした。必要なサービスにはそれなりにお金がかかるものであるし、お金を理由に何か諦める事はしたくないなと思っている。」
結論的にお金のことについては、土産でそこそこ使ったものの、日々の生活費はキャンプの日もあって宿泊費はけっこう抑えられた。
ダブリン空港
ヘルシンキからダブリンまでの飛行機は小さなもので昔乗ったカンタスの国内線のようであった。座席は通路を挟んで、左右に2席ずつ。テレビモニター合わなく、ジュースと水以外のドリンクは有料だった。
特に眠くもないのでスマホにダウンロードしてきたアニメ「チ。」を5話分見た。帰りも同じパターンになるだろう。「チ。」は面白いが、全体的に画面が暗くよく見えないところがあった。

アイルランド到着。
タラップを降りて外に出る。なかなか久しぶりの体験である。

「寒いな!」外に出ると思った以上に風が冷たい。持ってきたウェアで足りるか少し心配になる。雨ばかりと聞いていたアイルランドであるが、奇跡的に晴れている。この瞬間だけでも晴れていると言う事は非常にありがたい。
現地の空港で最初にドキドキするのは、自転車が無事に届いたか、ということである。自転車はたいてい他のお客さんとは異なり、ターンテーブルに乗ることなく別口で運ばれてくるが、今回はターンテーブルを流れてきて、思わず「おおぉ」と言ってしまった。思わぬ形の自転車との再会である。

入国審査をパスし、荷物と共に外へ出る。
空港の外で作業したが、周囲の工事の関係でダブリン空港の到着ターミナル1付近は狭く、またバス停の近くでもあったので、人の出入りが激しかった。
帰りは天候が悪いかもしれないし、建物の中で梱包してもいいかもしれない。
箱から自転車を出し、組み立ていく。輸送中の破損はなさそうである。必要な部品や工具の入れ忘れがないか、いつも心配になるが、今回も大丈夫だ。時間はかかったが、問題なくバイクを組めた。
自転車を入れていた箱については、折り畳んで空港内の預かりサービスで預けることにした。料金はそれなりにかかったが、手間を考えると妥当だったと思う。

ようやく準備ができた。
「とりあえず昼ごはんだな。」
様々な不安はあったが、とりあえず私はダブリン中心部に向かって走りだした。ペダルを踏み出しさえすれば、なんとかなるのだ。
