Newcastle
朝、いつものように雨。夜の間にかなり降ったようだ。山の方から激しく水の流れてくる音がする。
傾斜地のキャンプ場の下の方、雨がちょうど溜まるところでテントを張っており、気がつくと斜面の上から流れてきた水がテントの下に溜まり、床がタプタプしている。まるでウォーターベッドの上にいるような状態になっていた。テントを張った場所がまずかった。

しかし、私の使っているアライテントはさすがである。そんな状況でも全く浸水してこなかった。焦る気持ちを押さえながら、一つずつ荷物をまとめ、防水のパニアバッグに納め、テントの外に出す、という作業を繰り返し撤収をする。幸い水没するような被害はなかった。

キッチンエリアに移動し、朝食の摂りながら今日のコースについて再考した。昨日の疲れがかなり残っている。ロンリープラネットの推奨コースでアイリッシュ海に沿って東側の海岸線を走っていく計画も立っていたが、内陸部を行くもう少し短いルートを取ることにした。

この辺りは東はアイリッシュ海、西はモーン山脈にはさまれており、私が進んでいった海岸線沿いの道は、ときおり山からの水が激しく流れていた。

道を覆う水量で、私は追い越していく車に水しぶきをかけられるのが嫌で、しばらく車をやり過ごした。
本日最初の街は、Newcastle。余談だが、私が普段仕事をしている街は愛知県の新城市である。新城市は世界各地にある「新城」と名の付く都市と「ニューキャッスルアライアンス」という提携を結んでいる。残念ながらこの北アイルランドのダウンにあるニューキャッスルはアライアンスには加盟していないようだ。イギリスにはほかにもニューキャッスルの地名があるのでイギリスでは、他が加盟しているようだ。ここが加盟していたら、新城の人に自慢してやろうと思ったのだが。
ちなみに私の住む市の近隣にある蒲郡市はニュージーランドのギスボンと姉妹港の関係にあり、私は一度行ったことがある、というのを蒲郡市民に自慢してみたが、反応は薄かった。あそこも小さな美しい街だった。

ニューキャッスルは人口8000人程度で、今日の目的地である北アイルランドの中心都市であるベルファストから近いことから、夏場は避暑地として人気らしい。

北アイルランドのニューキャッスルは我らが山の湊新城とは異なり、アイリッシュ海に面した風光明媚な街だった。早朝でなければ、テラスのあるカフェかバーでゆっくりしたい感じの街である。
海岸線を離れ、少し内陸に入っていく。どの街を経由してベルファストに向かうにせよ、車の多い主要道は避けたかった。

やがて空が晴れてきた。

道は丘を抜ける田舎道。

平坦な道からアップダウンに変わっていく。上りの道は辛いが景色が抜群に美しい。

本当にどこまでも続く緑の丘とそこで優雅に草を食む羊や牛たち。結局、ルートはまだGoogleの示したものを使っているが、まさにアイルランドで私が走りたいと思っていた道だった。アップダウンが多い分、多少時間がかかるが、この景色の中を走れるなら仕方がないなと思った。

基本的に車は容赦ないスピードで飛ばしてくるが、サイクリストが前にいて、見通しが悪く対向車が来るかもしれないようなところでは無理に抜こうとしない。



また対向車も大きな水たまりや行き違いが難しいところ、それから道路を譲り合うような場所であれば大抵、待っていてくれて道を譲ってくれる。スピードが速い車は怖いが、北アイルランドの郊外を走る車は基本的にはサイクリストに優しいと思う。
ルート再考
名もないたくさんの丘をめぐりながら、昼ごろにSaintfieldという街についた。


小さな町なので、何度か街のメインストリートを往復し、昼食をどこにするかいろいろ悩んだ結果、「Kin & Folk Bakery」というベーカリーに入る。

メニューを見たが、結局あらかじめGoogleで調べたときに気になったターキーエッグなるものを注文。カプチーノも一緒に頼む。

出てきた料理は、数個のポーチドエッグの下に、マヨネーズとチーズがあり、その周囲にビネガー系のソースとチリオイル、玉ねぎが入っていた。添えられた多めのディルがさわやかに香る。料理でそれはよかったが、パンが5切れもついてきた。昨日のカフェでパンを残していた男性のことを思い出し、パンはひと切れ残した。
丘を越えるルートは楽しめたが、昨日の走りすぎのせいで、とにかく疲労感がひどかった。
翌日、ロンリープラネット推奨ルートでベルファストからは再び東海岸をいくつもりでいたが、なかなかの山があるらしく、今の疲労具合では、そんなほうへ行ける気が全くしなかった。今日のようなことがあったらと思うと、キャンプも辛い。
カプチーノを飲みながらしばらくスマホとにらめっこすると、ベルファストの向こうにBallymenaと言う聞いたことない街で7000円弱で宿が1部屋空いている。
当初の計画とは違うが、昨日がイレギュラーすぎた。80キロ程度のところを130キロである。結果的に詰め込んでしまった日程のせいもあり、疲労はピークに近い。私はロンリープラネット推奨のベルファウストから北東のAntrim Coastを行くルートを諦め、内陸のバリーミナへ向かう平坦なルートに切り替えることにした。
Belfast
セントフィールドからベルファストまではアップダウンは続いたものの、後半はほとんど下り基調であった。調子よく走っていたが、ベルファストに入ったところで荷物が自転車から飛んだ。
その際に奥三河トレイルランニングレースの緑の手ぬぐいも一緒に飛んでいった。とても気に入ってたんだが。

時間もまだゆとりがあるし、天気がいいのでルート上にあった公園で濡れたままだったテントを乾かした。正直これは助かった。

予約したユースホステルホテルに到着。キャンプ場もないわけではなかったが、郊外にあり、バーで夕食を楽しむ予定であったので、街中のユースホステルにしたのだ。値段が安かったのもある。
ベルファストのユースホステルはかなり大きく、4、5階建てのビルだった。部屋数もかなりあるようだ。建物の作りが昔のユースホステルという感じだが、きちんと手が入っており、全体的にはきれいだった。
ただ、受付の女性がとても感じが悪かった。支払いのクレジットの端末も投げるようにこちらに寄越しててきた。英語も早口で何言っているかわからない部分が多い。しかも自転車の中に入れるなと言う。いったん、「はいはい」と受け答えし、荷物を部屋に運んだ。

結局、私はバイクをばらし、念のために持っていたモンベルの輪行袋に入れて、素知らぬ顔で部屋に持ち込むことにした。私の部屋は3階。
シャワーや翌日のドリンク用の砂糖多めの紅茶づくりなど、やっておかなければならないことを先にす済ませる。前日のうちに紅茶を沸かして翌日までさましておくのだ。こういう微妙な節約が大事である。ただ、今朝の雨の撤収でパニアバッグの下のほうに水が入ったみたいで、たくさん買っておいた紅茶のティーバッグに浸水しており、ほとんどがダメになってしまっていた。残ったら土産にしようと思っていたのだが。
いろいろ片付けてる間に夕方である。何でもないことに時間がかかる。昔はこういうところに時間がかかることなんて気にならなかったのだが、それだけ今回は「あれをやらなきゃ」とかそういうことが多いのだろう。
ごそごそしていると、「Hi!」と若いカップルが入ってる来る。彼女のほうが「アメリカから来たの。よろしく」と挨拶してくれる。彼氏のほうも感じが良い。私の部屋は4人部屋でほかに私より臭いちょっとやばそうなのオッサンが一人いた。実際、このオッサンはちょっとやばかった。
Brennans'Bar
店が混む前にと私は外へ出た。

ベルファストは北アイルランドの最大都市だが、国籍不明な外国人が多く、路地裏はダブリンよりちょっと怖い印象だ。今夜はアイリッシュシチューとSmithwick'sと決めている。
チャットGPTでアイリッシュシチューのある店を探させると、徒歩10分ぐらいのところにあるBrennans'Barというところにありそうとのことだった。

見るからにアイリッシュバーですという外観。観光客も多いのではないだろうか。入り口にトゥデイイズスペシャルが「天ぷら」と書いてあって、ちょっとウケた。それはそれでネタとしては面白いが、今日はアイリッシュシチューなのだ。

アイリッシュシチューはガイドブックなどでアイルランドの名物と書かれているが、意外とメニューにある店は多くない気がする。

1階のカウンターで忙しそうにする女性に食事がしたいと話をすると、食事する場合は2階ね、と言われる。1階が混雑していたので心配したが、2階はまだ席が空いていた。早い時間にきて正解だったな。

予定通りSmithswick'sとアイリッシュシチューを注文。

アイリッシュシチューは8.5ポンドで意外と安い。アイリッシュシチューはどんなものが出てくるかと思ったら、牛肉の煮込みで、じゃがいもとニンジンが入っていた。じゃがいもはほぼ溶けていて、シチューと言うよりも洋風の溶けた肉じゃがといった感じだった。
味は非常にシンプルで、素材の味と塩位ではないだろうか。食べやすくておいしかった。ただ、いつものように食べてみると見た目以上に量があった。これはもはやお約束である。

シチューを平らげ、2杯目のSmithwick’sを飲みながら日記を書く。となりのテーブルのお年寄りたちが、山盛りのフィッシュ&チップスを何でもないように食べている。あれがレギュラーサイズだとは思うが、あんなに脂っこいものをあの年でよく食べるなと感心した。
私は日記を書く手を止めた。

いつの日かベルファストのバーで日記を書きながら、Smithswick'sを飲んでいたことを思い出すが来るんだろうか。
あぁ、こうした旅の記憶が増えていくのはなんと素晴らしいことだろう。
2杯目のレッドエールのグラスが空くと私は席を立った。
