帰国
帰国のフライトは午前9時45分。アッシュフィールドホステル、つまりダブリン市街からダブリン空港まで一時間ほどかけて自転車で移動する。

明け方まで喧騒が聞こえた夜明け前のダブリンは酒の匂いなどでいい匂いとは言い難い。

初日に走った道をなぞるように走り、初日に立ち寄ったバーやショッピングモールを横目に見ながら、ダブリン空港に着いた。アイリッシュグリーンにライトアップされた空港は宇宙船のようだった。

空港のラゲッジサービスに預けておいたバイクボックスを回収。10日ほど預けて100ユーロ。高いは高いが、空港にバイクボックス預けて、そのまま自転車で出発して戻って来られるのはとてもいい。梱包したバイクを空港まで運ぶのも大変だし、梱包用の箱を持って自転車で移動するのも大変である。前回の西オーストラリアでよく分かった。
空港の外のドアの横で梱包作業を始める。だんだん外が明るくなってきた。自転車を梱包する私を珍しそうに眺めていたマダムと軽く会話をし、梱包が終わると、いよいよ帰るのだなと実感が湧いてきた。

私は梱包したバイクをカートに積み、フィンエアーのチェックインカウンターに向かった。私のアイルランドの旅は終わろうとしていた。
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ブッシュミルズの宿でスモールサイズと言われた山盛りのフィッシュ&チップスを食べて日記を書いているとき、ふと気が付いた。
翌日にはイギリス領からアイルランドに戻る。イギリスの切手を貼った手紙をその日のうちに出さないといけない。
私はポストを探しに夕刻のブッシュミルズの街へ出た。

ポストはすぐに見つかり、私は赤いポストに手紙を投函した。これもいつ届くのやら。
日没の時間が近づき、ブッシュミルズの街が夕暮れ色に染まっていく。
いい時間だな。無事に手紙を出し終わった私は少し歩くことにした。
ブッシュリバーの橋の上に立ち、北の空を見た。
「ああ、そうだ。こういう景色に会うために旅をしてきたんだ」

なんとやさしい景色だろう。
まだ薄く青の残る北の空が雲に隠れた橙色の空と混じり合い、夕刻の光を浴びたブッシュリバーは淡い薄水色に輝いていた。
手紙を出しに来たおかげで、憧れのブッシュミルズでこんな素敵な風景に出会えた。私は手紙の宛名の人々に感謝した。
旅の終わりに自分らしい旅の景色を見ることができた。
思い返してみれば、今回の旅は、私の旅にしては盛り過ぎたところがあった。普通の観光旅行並みに行きたい場所をいくつも上げ、順番に訪問した。いざアイルランドへ行くとなったら、そんなに行きたい場所があったことに自分でも驚いた。
そうした中、順調とはいかないまでも、行きたいところにはほとんど行けたし、食べたいものも食べた。それはそれでよかったが、一方でなんだかいつもと違うな、と思うこともあった。やりたいことが多くてそれがやがて使命感になってしまっていたのかもしれない。
もし次があるのなら、今度はもっとゆっくり、そして特に目的のない旅をしにアイルランドに来よう。
聞いたこともない街でバーに入り、Smithwick'sを飲みながら、フィッシュアンドチップスを食べ、いや、そこはアイリッシュシチューかも、とにかくその店のおすすめを食べるのだ。
それから名もなき石の遺跡に立ち寄り、その遺跡がどうしてここにあるのか、勝手な想像、きっと歴史的事実とはかけ離れた全然的外れな想像だろうけど、そんなことを考えてみるのもいいかもしれない。
キャンプを張り、ローカルなトレイルを一日ハイキングを楽しむのもいいかもしれない。
これといったテーマを持たずに始める旅、それが私の旅だと思う。
行った先で出会う人や風景。
そうしたものに心を動かされる、そんな単純な旅をまたしよう。
だから、チャンスが来たらいつでも旅立てるように準備をしておかなくては。
アイルランドを旅したら、もっとアイルランドの旅がしたくなった。

愛すべきレッドエールに再び会えることを願って。
2025年 Ireland編 おわり
