定着から放浪へ 放浪から定着へ

アラスカ、ニュージーランド、タスマニアなどの自転車の旅、そのほか愛知奥三河のことなどについて書いています。

山岳の日 Branxholm 2008年12月20日

セントへレンズを8時ころに出て走り出す。

セントヘレンズは小さいが、必要なものはだいたいそろう街で、
通りも海も空もとてもいい印象の街だった。また来たい街の一つだ。

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セントはレンズからハイウェイA3を西へ。あまり走らないうちに、一軒の店が見えた。

手前に看板があり、赤と黄色の看板の印象がなんだかいかが

わしい感じで、一瞬、アラスカの「Skinny & Dicks」を思い出したが、全然違った。

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アンティークのお店だ。

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中に入ると感じのいい老人がカウンターにいた。


 

 

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整然とカトラリーが並ぶ。店主の許可を得て写真を撮った。

 

 


こういう店には一度来てみたいと思っていたので、店の中を何度も見て回った。
整然と並ぶクリスタルガラスやコーヒーカップ。見ているだけで嬉しくなってきた。

自転車旅でなく、普通の旅行だったら、きっとたくさん買い物をしていたところだろう。

使い方の分からない小さいナイフのような道具があり、店主に聞くと爪の生え際の皮を切る道具だそうだ。

ははっ。面白いな。

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悩んだ末、古いコルク抜きとテーブルクロスを購入した。

会計の際、店主に「カップが欲しいが、自転車の旅で荷物はあまり持てないし、それに割れてしまいそうだからやめておくよ」と言うと、

「大丈夫、ちゃんと梱包するよ」と言ってくれたのでコーヒーカップのセットも購入した。
カップはいわゆる「プチプチ」できれいに包んでくれた。

こういう商品を扱う店の店主は「欲しければ売ってやる」的なものかと勝手に思っていたが、
全然そんな感じではなかった。

せめて日本国内であれば、買い付けに行きたい店であった。


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非常に感じのいい店主

 

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素敵なアンティークショップを出て、再び走り出す。
上りがひたすら続く。今日、宿泊を予定している街までは70キロほどなので
そこまで急ぐ必要はないが、なかなか辛い。

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ある坂の上に着くと、二人の年配のサイクリストがいた。

オランダ人の夫婦である。もう老人と言っていい年齢の二人だ。
ワォ!

7週間旅をする予定で、タスマニアを3週間、
後の4週間はオーストラリア本土を旅するらしい。

いやはや。

私も年を重ねたらあんな風になれるのだろうか。
自分がお手本にしたい年の重ね方がそこにはあった。


それから余談だが、オーストラリア本土のことは"Main land"でいいようだ。



オランダ人老夫婦を追い越した後、そこからもずっと道は上りだ。



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途中、集落に入ったところで一旦、平坦になるもののその後も上りが続く。

ここまでくるとさすがにへばってくる。

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休憩をはさみながらだが、2時間ほど上り続け、WELD PASSの頂上に到着。

日本の感覚では標高1,500mぐらいまで上がった感じだが、
峠の看板をみるとわずか373m。

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ウソだろ?たった400m弱って。

この先も続くことになるが、
タスマニアの峠はがんばって上った割に、実際の標高は低い峠が多い。


峠で昼食を摂った。
前日、夕食の際に作っておいたテリヤキサンドをペロッと3個平らげ、コーヒーを淹れる。

コーヒー豆の粉を携帯用のドリッパーにセットし、コーヒーを淹れている時間は
私にとって旅の日常であり、一番大事なことの一つでもある。

外で食べる食事は格別だ。

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峠から次の街までは下りだった。
さらにその次の街までの道は、周囲に広大な丘が広がり、
圧倒される景色だった。

私はなぜか、かつて旅したニュージーランドと北海道を同時に思い出した。

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丘の間を走るのはとても気持ちがいいのだが、なかなかスピードが出ない。


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Derbyという少し大きな集落まで、時間がかかってしまう。

ダービーは川沿いの谷に作られた街だ。
住宅はそこそこあるが、店は多くない。

思ったより時間にゆとりがあるので、休憩。

ジェネラルストアに外にアイスの看板があり、
思わずアイスを購入。3.4ドル。

ビールより高いとは。。さすが田舎。

それでも欲しかったから仕方がない。
朝からとても暑いのである。

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アイスを食べた後、すぐにギャラリーカフェを発見したので入ってみる。

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落ち着くいい場所だ。

ずっと太陽の下にいたので、カフェの中がとても涼しく感じられた。

いつものようにカプチーノを注文し、しばらく日記を書く。

 

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カフェの入り口。この透明のビラビラはスーパーの入り口とかでも目にする

 

カフェの後はしばらく平坦な道が続いた後、再度アップダウン。
 
 

しばらく走って今日の宿泊地、Branxholmの街に着いた。
街の入り口の長い坂を下ると、街の中心地だ。

まだ日は高いが、今日はここまで。
次のScottsdale まで行くと、キャンプ場が開いている時間につけるか微妙なところだろう。



まあ、ビールでも飲んでゆっくりすればいい。



キャンプ場は街のプールの隣にあり、道を挟んだ向かいのスーパーで支払いをする。
テント泊は8ドル。水は使えるが、飲む場合は沸かさないといけないそうだ。
そのくらいは問題ではない。


私は芝生に悠々と立つスペード型の木の下にテントを張った。



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やはり明るい時間にテントを張るのが楽でいい。

荷物をテントに置いて、ブランクスホルムの街を歩いた。

ビールを買いにバーに入ると、もうビールを飲んでいる人が何人もいた。
他の街でも見かけたが、缶ビールに保冷用のカバーを付けてビールを飲んでいる人が多い。みんなマイカバーを持っているようだ。


奥のビリヤード台が騒がしい。

正しい田舎のバーだ。

私はタップでビールを注文し、バーテンと特に話す訳でもなく、カウンターで一杯飲むと、
一本テイクアウトしてキャンプ場に戻った。


キャンプ場でシャワーを浴び、洗濯をする。

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夕食。キャンプの日はいつもパスタを食べた



食事を作っていると白い犬がやってきた。

特に何かをねだるでもなく、キャンプ場の敷地内を走り回りながら、ときどき私の前にやってきて、頭を撫でてやると、しばらく私のテントの横で座っていた。

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犬は暗くなるとしばらくして、何処かに行ってしまった。

きっと近所に住んでいる犬なのだろう。毎日こうしてキャンプ場を見回りしているのかもしれない。

 

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上りと日差しがきつかったが、旅らしい一日だった。
明日も晴れるといいな。


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Binalongbay 2008年12月19日

 


St.Helensのユースホステルの朝は静かなものだ。



電気ポットでコーヒー用のお湯を沸かし、ポップアップトースターでトーストを焼く。
ニュージーランドタスマニアも大抵のユースやキャンプ場にこの二つのキッチン家電はある。

こちらで売られているトーストは厚さ2cmぐらいの薄切りのものが
一斤で売られているのがほとんどで、自転車のサイドバッグに入れていると
必ずと言ってほど、潰れてクタクタになってしまう。

そのため、焼く前に形を直して、トースターにセットするのだが、
変形しているおかげで、焼けても「ポンッ」と出てこない。

よくキッチンでいっしょになった客に
「おまえのトーストはグニャグニャだなぁ」とからかわれた。


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今朝はピーナッツバターを塗ったトーストとフルーツ。
窓際の席に腰を下ろし、地図を眺めながら朝食を食べた。

今日は荷物を宿に置いて、セントへレンズから程近い
bay of fireの北、Binalongbayで一日過ごす予定だ。

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ちなみにbay of fireとはタスマニア東海岸の岩が赤い地域一帯のこと。
この赤い岩を見るたびにタスマニアだなと思う。

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facebookページ「discover Tasmania」より




窓の外には素晴らしい快晴が広がっていた。
海で泳ぐのもいいかもしれないな。

朝食の皿を洗い、私は宿を出た。


荷物がほとんどないマウンテンバイクは軽い。
いつもこうだといいんだが。

ビナロングベイには南部から走ってきたハイウェイを離れて、田舎道をゆく。
タスマニアはハイウェイでものどかだが、このあたりはさらに何もない。
いい朝だ。

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ビナロングベイは幾つかのアコモデーションとレストランがある程度の小さな街。


ピクニックエリアにマウンテンバイクを置き、ビーチに向かう。

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小道を進むと、真っ白な砂の向こうに青い海が見えた。

白い砂浜に足を踏み入れると砂がキュっと音をたてた。



なんて素晴らしい場所なんだろう。

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私はしばらく海を見て立ち尽くした。

こんなに素晴らしい場所なのにほとんど人はいなかった。
こんな場所があるんだな。

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お昼時になり、レストランに入る。
ビナロングベイを見ただけでもう満足だが、今日の目的は実はランチである。

今日はたくさんお金を使うことになってもいいからクレイフィッシュ(イセエビ)を食べるのだ。
ニュージーランドを旅したときにカイコウラという街に着いたら食べるつもりでいたら、
急遽きこくすることになって食べられなかった、ということがあり、
名物と言うのでここで食べようと決めていたのだ。

選んだ店は先ほどのビーチが見下ろせるレストランで、シルバーとブラックの内装がオシャレな店だった。

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私はレーサージャージにパンツだったので、入り口で出迎えてくれた店の女性に「こんな格好だけどいいかな?」と聞くと、「もちろんよ!海が見えるテラスの席が空いてるからそこに座るといいわ」と案内してくれた。

席からは先ほどのビーチがよく見えた。
メニューを持ってきてくれた先ほどの女性に「クレイフィッシュはあるかい?」と尋ねると「ごめんなさい、今日は入ってきてないの」と言われてしまった。オススメを聞くと「オイスターがあるわ」と牡蠣をすすめてくれた。

残念だが仕方がない。

オススメの 牡蠣とフライドポテト、それからスパークリングワインを注文した。


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牡蠣は申し分なかった。味は予想通りだったが、レストランのテラスから見える景色と地元のスパークリングワイン「KRLOLINGER」が素晴らしく、優雅な時間を過ごすことができた。
日本への土産はこのスパークリングワインにしよう。

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海を見ながら、日本の友達に年賀状を書いた。
真面目に働いている人たちに「タスマニアは夏で暑くて仕方がない。今、青い海が見えるレストランで、牡蠣を食べながら、地元のスパークリングワインを飲んでこれを書いている」
という、自分がもらったらブチ切れ間違いなしの年賀状を書いた。

我ながら最低だが、書いていて気分がよかった。
このブチ切れ年賀状が届いた方にはほんとうに申し分ない。




食事を終え、スパークリングワインの余韻に浸り、ぼっーと海を眺めていると、先ほどのウェイトレスが「美味しかった?」と聞いてきたので「Very nice!」と答えた。


レストランからビーチを見ると、トリアブアナで一緒になったイングランド人カップルが見えた。

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レストランを出てビーチに行く。

女性の方は浜辺で何やらやっていたので、男性の方に話しかけた。

彼の名はアダムス。彼女のほうはレベッカ。二人は以前ニュージーランドを三ヶ月ほど旅をしたことがあるそうだ。

これから二人は西へ向かい、タスマニア北中部の都市、ロンセストンに出て、そこからメルボルンへ飛ぶそうだ。何でも親類がメルボルンにいて、クリスマスをメルボルンで過ごすらしい。


レベッカが砂浜で何やら作っていたのは、海藻で作ったHappy Xmasの文字だった。

私は文字の前で二人の写真を撮った。

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私も写真を撮ってもらった。

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砂浜に座り、お互いのことを話す。二人もかなり旅好きのようだ。
共通の話題が多い。
青く輝く海を眺めながら、こうして他の旅人と話をする、ほんとうに贅沢な時間だ。
お互い自然体で話が出来たのも良かった。

二人とまた会えるだろうか。

明日からは彼らとは別の道だ。
私は明日から山に入る。

アダムスたちと別れ、セントへレンズに戻るが、膝にかなりきている。明日からの山が心配だ。

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アダムスだ撮ってくれた写真。なかなかセンスのいいサンタだ。







セントヘレンズに戻ると、タスマニアに来て、初めてネットを利用した。
30分4ドル。まあこんなものだろう。


宿に戻るが、誰もいない。
せっかくなのでユースの紹介ビデオを撮影した。



今夜は晩御飯にチャーハンを作った。合わせて明日のお昼用にテリヤキチキンサンドも作る。サンドは、やや味が濃いが、どうせ走って疲れるのだから、ちょうどいいだろう。

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晩御飯を終えると、ようやく一人客が来た。

リビングのソファにいたその男性と話をした。
彼はドイツ出身で、何か事業をしているらしく、毎年二ヶ月ほど、会社を閉めて旅に出るという。

全くうらやましい。

彼は自転車で旅することもあるらしい。どうだろう、年齢は50といったところか。
海外で出会う人は割とこういう人が多いのは気のせいだろうか。
日本もこうならないといけない。


聞けば、ニュージーランドには4回行ったことがあり、
この前はPunakaikiのキャンプ場で2カ月滞在したらしい。

「PunakaikiってPancake Rocksのそばの集落だろ?行ったことあるけど、あそこに行ったときはバックパッカーに泊ったよ。評判のいい宿だったからな。」
私はPunakaikiの記憶を呼び起こした。
Punakaikiではいろいろあったな。


「いや、キャンプ場の方がいいんだ。ほんとにいいところなんだ。」と彼は答えた。

しばらくニュージーランドの話で盛り上がった。
Wanakaのキャンプ場にこれまた長期で暮らすじいさんがいて、
このじいさんがどうやらおもしろいらしい。

私は残念ながら、Wanakaはバスで通っただけだ。

またニュージーランドにも行かないとな。


中国人だろうか、アジア系の若者が集団でやってきてリビングが騒がしくなったので
部屋に戻ることにした。

オランダ人の彼に「もう寝るよ、おやすみ」と言うと
「次はPunakaikiで会おうな!」と彼は答えた。

いやはや。そんなことを言われたら、
旅をしているのにもっと旅がしたくなるじゃないか。




St.Helens 東海岸を北へ  2008年12月18日

 

ビシュノーを出発。



ビシュノーの街のはずれで車に轢かれたのだろう、
ペチャンコになったフェアリーペンギンが道路上に横たわっており、
かなりのショックを受けた。タスマニアで初めて見たペンギンがこんな姿とは。。

道はこの数日を思うと比較的平坦な道だ。
速度はそこそこ出ているはずだが、期待したほどは進んでいな気がする。

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空から少しずつ雲が減っていく。
海がよく見える。

日が高くなってだいぶ暑くなってきた。
夏のタスマニア来て、「暑い」と思えるのは初めてではないだろうか。


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海岸に降りられそうな場所がったので、自転車を置いて海に向かう。

気がつけば、そのまま海に入って水浴びをしていた。


気分爽快。

そういえば、今は夏のはずなのにタスマニアに来てから夏らしいことはしていなかったな。

海からあがると、ドロップハンドルのfeltのバイクが置いてあった。
近くを探すと40歳ぐらいの男がいた。
彼はサンフランシスコ出身で、タスマニア北部のデボンポートから
南部のホバートまで行くらしい。

こういうパターンのサイクリストが割と多いな。

タスマニアの大きな空港は南部のホバートと北部のロンセストン、デボンポートの3か所ぐらいしかないから、ロンセストンorデボンポートから入ってホバートまで行く、というのは理にかなっている。

また、これは後になって分かることだが、気候が安定しているのはこの東海岸なのである。
西は雨が降り止まない地域が多いのだ。



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海岸線沿いに見つけた家。とても素敵な家に見えた。どんな朝日が見えるのだろう



ハイウェイのA3とA4の分岐で休憩。
腹が減ってきたので、 昨日の夕食の際に夕食と一緒に作ったベーコンサンドを食べることにする。

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コーヒーを淹れるついでにパンに挟んだベーコンを温めなおした。
思ったより悪くない。

タスマニアは日本のようにコンビニがそこらじゅうにあるわけではないし、
街から街までも50キロから80キロぐらいある場合がほとんどだ。

街も規模によっては集落、というレベルでカフェもなく、雑貨屋一軒だけ、
というケースもある。

こうして軽食を用意しておくのはニュージーランドを旅して以来、定番の方法だ。

食料自体は一応数日分持ってはいるが、
昼食で昼食でわざわざパスタをゆでたりするのは面倒だし、
かといってすぐ食べられるようなものがないと
食事の出来る街まで急ぐ気持ちが出てきたりするので、
私はこのやり方が一番いいと思っている。もちろん、前日にゆとりがあれば、だが。

 分岐では右に行っても左に行っても今日の目的地、セントヘレンズまでは行けるのだが、
コースのキツさと景色などを考え、右の海沿いのルートを選択した。

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海岸沿いのアップダウンをゆっくり走り、今日の目的地、セントへレンズの手前の小さな街スキャマンダーで、先日に続きベリーファームの看板を見つけたので、立ち寄ることにした。

リーファームは比較的街の中にあって、敷地に入ったが建物があるだけで、畑は見えなかった。奥に畑があるようだ。



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 建物の前には二匹の犬が気だるそうに寝そべっていた。そんな彼らがとても幸せそうに見えて、少し羨ましくなった。

建物に入る。

中にはカフェスペースとガラス戸の向こうにベリーの畑が見えた。


年配の感じのいい女性が中から出てきた。
オススメというパンケーキとコーヒーを注文した。

ここは客がピッキングをすることも出来るようだ。日本人らしき客も見えた。

外のテラスが気持ち良さそうなので、テラスの席に移動する。テーブルの下に犬が寝ていたので「ちょっとお邪魔するよ」と声をかけた。




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店の女性がパンケーキとコーヒーを持ってきてくれる。

パンケーキはパンケーキというよりクレープのようだった。下にイチゴやラズベリーがたくさん入っており、横にアイスと生クリームが添えられており、本当に美味しかった。

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タスマニアくんだりまで来た甲斐があるというものだ。

コーヒーも美味しく、全く動く気配のない犬たちを見ながら、しばらく日記を書いた

ちなみにこのベリーファーム。
http://www.eurekafarm.net/cubecart4.4.5/index.php



リーファームからはまたアップダウンの連続。こういうのも少し慣れてきた気がする。

橋を越えると今日の目的地、セントへレンズだ。

セントへレンズはタスマニア東海岸の北にある比較的大きな街で、とても明るい街だ。

海が光る街の入り口の海沿いの公園に吸い寄せらていく。



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なんて素敵なところなんだろう。


眩しい街だ。

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iサイト(観光インフォメーション)で街の地図をもらい、ユースホステルの場所を確認した。

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午後3時過ぎの早い時間でユースに人がいるか心配だったが、呼び鈴を鳴らすと若いお兄ちゃんが出てきてくれた。
明日は一日、ビナロングベイというところを見に行って、またセントヘレンズ予定なので2泊お願いした。

ユースはなかなか広々としており、キッチンも広く、庭もあってあたりの宿ではないだろうか。

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ユースホステルの外観。普通の家のようだ。

ドミトリーのベッドは下段を確保できた。荷物を置いて、シャワーを浴びる。


早い時間に着いたおかげで洗濯も出来た。
服のにおいが海外の洗剤になってきた。毎度のことだ。

洗濯物を庭の物干し竿干し、(もっとも物干し竿といってもワイヤーが張ってあるだけなのだが)、昔NZのバックパッカーで拝借したワイヤー用の洗濯バサミで留めた。


さて、食料の買い出しに行こう。


そろそろ米が食べたいな。



 
 

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もうすぐクリスマス。クリスマスでもキャンプ場がやっているか心配なった




街に戻ってスーパーでチキンのミンチや卵、米や果物などいろいろ買う。
宿に滞在するときは宿のキッチン用品が使えるので料理がしやすくて助かる。
卵も2,3日で使うと思えば買えるのもいい。

 

 

 
 

最後にビールを二日分買い、ユースに戻った。

 
 
 
 
 
 


ユースのキッチンで米を炊く。
少し吹きこぼれてしまったが、うまく炊けたのではないだろうか。

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お皿に山盛り盛ってトリそぼろご飯にした。

 
 
   
 
天気も良くて、おいしいパンケーキも食べて、洗濯もできた。
全く言うことない。ビールもうまい。
 
明日はBay of Fire ビナロングベイでニュージーランドで食べ損ねたクレイフィッシュ(イセエビ)を食べてやろう。
 
次の海外ツーリングなどいつになるかわからない。
今日も散在したが、明日も散在してやろう。
 
今回は「しなかった後悔」はしたくない。
 

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二本目

 

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Wineglass Bay 2008年12月17日

6時半起床。周囲のベッドの客はまだ寝ているが、ゴソゴソ出発準備をする。
今日は一旦、荷物を預け、午前中はフレシネ国立公園を歩いてみるつもりだ。
ホバートで韓国人のサニーが言っていたMt.アモスをからワイングラスベイを見てみたい。


荷物を確認するとビニール袋が少ない。買い物の際は捨てないように気をつけよう。
ビニール袋はゴミ袋に使うほか、荷物の仕分けなどに重宝する。
私はピクニックエリアなどで休憩中にコーヒーを豆から淹れるので
淹れ終わったフィルターとコーヒー滓を捨てる袋は必須なのである。


キッチンに行くときのう遅くまで飲んだヒロキくんがいたので、いっしょに朝食にする。
ビニール袋があまりなくて困っていると言うと「濡れたのでよければ」と一つくれた。

ヒロキくんはこの数日、バックパックを背負って、フレシネ半島の海岸線を歩いていたそうで、途中、波で洗われた道を突き進んでいて全身水浸しになったらしい。それでビニール袋も濡れているそうだ。

彼は骨のある男だ。

ヒロキくんはこれから北部の都市ロンセストンへ行くという。その先は西の国立公園レイクセントクレアに行くらしい。レイクセントクレアからはクレイドルマウンテンまで続くトレイルを一週間歩くとそうだ。

さらば、次はセントクレアか。日本か。また会いたいな。
気分のいい男だった。

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バックパッカー&キャンプ場。NZにもある系列のところだ。


チェックアウトの時、きのう宿泊代をまけてくれたナイスガイが昔どこかで聞いたような曲を聴いていた。
少し荷物を預かってくれと言うと、快く引き受けてくれた。
オフィスの奥で預かってくれるという。「いくらだ?」と聞くと、「いいよ、気にするな」と言ってくれた。

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対岸は昨日走ったところ

 

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コールズベイのはすれにカヌーのアクティビティの店があった。オイスターベイのカヌーは最高だろう



荷物を預けた後、自転車でMt.アモスの登山口まで行く。


昨日何度も通り過ぎた場所を通り過ぎ、登山口の入り口の駐車場へ向かう。
途中、ビーチのキャンプ場が見えて、こちらに泊るべきだったか、と一瞬思うが、
自分の判断と出会った偶然を楽しむのが旅だ。きのうはきのうでよかったのだ。
些細な後悔は風が運び去ってしまう。

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駐車場までは思いのほか遠かった。
自転車を置いて登山道を進む。
はじめはよく整備されたトレイルだったが、それがはすぐに終わって、
岩にへばりついて上るような道が続く。きのう、雨の中、ヒロキくんは上って大変だったと言っていたが、これはイカン。かなり大変だ。

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日本かニュージーランドならハンドルか鎖が張ってあったりするものだが、そうしたものは全くなく、岩に▲の印が黄色くスプレーされているだけ。ほんとうに取っ掛かりのないところもあり、一歩間違うと、、みたいな場所もあった。

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黄色のマーカーが行き先らしい


しかも自転車用のビンディングシューズを履いていたおかげで難易度が増した。


海外のツーリングに出るようになって、NZへ行った当時出たばかりのゴアテックスのトレッキングタイプのビンディングシューズを使っていたが、普段はかなり調子が良かった。

このビンディングシューズというのはペダルがシューズに嵌るようになっており、
ペダリングをアシストする仕組みになっている。
自転車のロングライドやレースには欠かせないアイテムだが、靴の裏に専用の金具をつけなくてはならないので、こうしたところでは金具が滑って非常に危険だ。

雨上がり、ということもあり、比較的凹凸の少ない巨大な岩肌に水が流れいるところは、本当に恐かった。ヒロキくんは雨の中、行ったというから恐れ入る。


細心の注意を払いながら山頂をめざす。

 

周囲は他に高い山もなく、苦労しながら上っていくと眼下に海が広がっていく。

 
 

 

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上までは一時間くらいかかっただろうか。山頂かと思い動画を撮る。


山頂かな?と思っていると少し離れた岩肌に"TOP"の文字が見えた。
あれだ。

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山頂から周囲を見回す。景色は本当に最高だ。
完全な晴れ。空の深い青が眩しい。

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ワイングラスベイ

 複雑な形の半島が海を切り取っていて、360度絶景が広がる。

「やいやい、来ちゃったよ。」私はニヤニヤしながらつぶやいた。

ワイングラスベイもよかったが、昨日自分が走ったナインマイルビーチや、
そのラグーンが見えたことの方がうれしかった。


来た甲斐があった。

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昨日バイクフェリー乗ったナインマイルビーチ。
 
 

下山はなかなか大変だった。とはいえ、一度岩から滑落しそうになった以外は概ね安全に下ったと思う。


上りは朝だったせいか、ほとんど人に合わなかったが、下りは多くの人に会った。
みんな笑顔で「Hi!」とか言ってくれる。些細なことだが、一人でいるとこういうことがうれしいものだ。

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駐車場に戻ると、トリアブアナで会ったイングランド人カップルの自転車があった。

Mt.アモスのトレイルで会わなかったのでワイングラスベイのLookoutの方へいったのだろう。
彼らにもまた会いたいな。


そして駐車場で初めてワラビーに遭遇した。小型のカンガルーである。
タスマニアには大型のカンガルーがいないので、カンガルーと言えばワラビーである。

「おぉ」と感激したが、ワラビーは私の姿を認めるとピョン、ピョンと近づいてきた。
 いやな予感だ。

私のすぐそばまで来たワラビーはしばらく私をじっと見ていた。
これは、あれだ、エサの催促だ。観光地の野生動物にありがちなことだ。

気がつかないフリをしていると、ワラビーは軽くパンチしてきた。

おいおい、ワラビーのカツアゲか?
不覚にもワラビー相手でちょっとビビってしまった。

私がカモではないことが分かると
駐車場に停まっていたキャンピングカーのほうへ行ってしまった。
なかなか衝撃体験であった。



 


コールズベイの街に戻る。



 
 

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感じのいいカフェが気になってしまい、店に入る。

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どうして海外のカフェはこうもオシャレで旨そうなのか
 

 

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昼は誘惑に負けて、ハンバーガーとウィンナーロール、それにカプチーノを注文してしまった。節約するつもりだったんだが。いやはや。

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昼食を楽しんだ後、ゆっくり走りだす。

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ハイウェイの脇で売られていた花。日本だったらかったんだけどな
 
 



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道は比較的平坦。それでもやはり時速17キロ出ればいいほうだ。

いつも長期のツーリングでは一日100キロが走行距離の目安だが、
今後は1日70キロ前後を目安に考えた方がいいかもしれない。

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タスマニアビーフ!?

 

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午後3時ごろ本日の目的地ビシュノーの街に到着。

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ビシュノーにはフェアリーペンギンが生息しており、ナイトツアーもある

 

 



ビシュノーはコールズベイぐらいの小さな街かと思っていたが、
想像したよりは大きな街だった。
といってもスーパーとボトルストアの品揃えがよかったのと少し店が多かったぐらいだが。



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キャンプ場はTake awayの店が経営するキャンプ場だ。
料金10ドル+シャワー1ドル。
キッチンスペースはないが、バーベキューエリアがあった。
悪くない。

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早く街に到着したので、街を歩く。

メインストリートの向こうに今朝泊っていたバックパッカーの女性がいた。
ピックアップトラックに乗った彼女は私の姿を認め、笑顔で手を振ってくれた。

私も笑顔で手を振った。

かわいいな、、チクショウ。何が「チクショウ」か分からないがチクショウであった。

彼女はビシュノーに買い出しにきていたようだ。
それを考えてもビシュノーはこのあたりではそこそこの街のようだ。

海沿いのウォーキングコースを散歩してキャンプ場に戻った。

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キャンプ場でシャワーを浴び、軽く洗濯もする。
洗濯はいつも手洗いだ。自転車のウェアは乾きやすいので助かる。

バーベキューエリアでスーパーで買ったベーコンを焼き、パスタを作って食べていると
15人ぐらいの若者の集団がやってきた。引率の年配の男性がいろいろ指示している。
ハイスクールか何かの旅行のようだ。

「すまんね。騒がしくて」男性はそう言って、夕食の支度を始めた。

私は食事を済ませ、その様子を眺めながら1本目ビールを飲み、日記を書いた。

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ビールは北部の都市ロンセストンで製造される「BOAG'S」 この先、ずっと世話になることになる。


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一本目のピールが空いたところでテントに戻り、
日本から持ち込んだ時代小説読みながら二本目のビールを飲んだ。
この時間が至福の時間だ。

いつの間にか眠りに落ちた。



*************************

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走行距離 54.3km

会計 コーラ     4.5ドル
    ポストカード 3.5ドル
    カフェ昼食 10.5ドル
    キャンプ場 11ドル
    ベーコン  2.43ドル
    ビール   5.3ドル

    合計 37.23ドル




Great Oyster Bay  2008年12月16日

禁酒して2日。薬のおかげもあり、体調も良くなる。
天気もよさそうだ。
これなら自転車に乗るのも楽しいだろう。

朝、トリアブアナ出発。
キャンプ場のオーナーはとてもいい人たちだった。出発のとき、礼を言う。

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どこへ向かうのかと聞かれたので、フレシネ半島へ行くと答えると、オーナー夫妻の旦那さんが、「ナインマイルビーチの先からバイクフェリーがある」と電話番号教えてくれた。

私はこれから東海岸を北上し、その名の通り半円状になったグレイトオイスターベイを回り、その南端にあるフレシネ半島まで行く予定だ。


地図がないとイメージが湧かないと思うのでこちらを見てほしい。

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ナインマイルビーチはスワンシーという街から弓なりに伸びる半島で
一見するとフレシネ半島とつながっているように見えるが、実際はわずかに切れており、
スワンシーから陸路で行こうとするとかなり大回りを強いられるが、フェリーがあるならとても楽ができる。



トリアブアナを後にし、タスマンハイウェイを北へ。

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天気がとてもよく、ときおり雲が出て曇ってしまうことがあったが、走りやすかった。


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調子がよかったので、歌を歌ったり叫んだりした。
とにかく、晴れの中走ることができるのが嬉しくてきもちよかった。

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途中、景色のいいところで休憩。

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海の見える高台でチキンラーメンを作り、フルーツを食べた。
久しぶりのピクニックな昼食。何年振りだろう。

アラスカやニュージーランドではよくこうして、景色のいいところで昼食を食べたものだ。


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その後は順調に進むが、いまいち距離が伸びない。
日頃の練習不足を呪うが、自業自得である。
旅をしているうちに、またよく走れるようになるだろうということにしておく。


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牧場の横で発見。何なんだろう。

 

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こういう平坦な道ならどこまでも行ける気がする



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旅先では印象的な木の写真をよく撮る

 

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タスマニアの道端にはよくハリネズミがいる



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Spiky Bridge 1864に建設された橋  

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橋の上から

 

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スワンシーの街が近づいた頃、「Kates berry farm」の看板が見えた。

リーファーム。いいねぇ。行くしかないでしょ。
タスマンハイウェイから横道に入っていく。


つい日本の感覚で、看板からベリーファームまでハイウェイからすぐかと思ったら
ハイウェイから結構な距離とアップダウン。
道の舗装はじきになくなり、道は土がむき出しになった。
たぶんハイウェイからベリーファームまで1キロくらいあったのではないだろうか。



視界が開ける。
リーファームが見えた。

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リーファームは丘一面にベリー類が栽培されており、丘の上に小さな建物があった。


 

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ジャムなどを扱うカフェである。

 

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この旅のつい半年前までカフェで雇われ店長をやっていた私は甘いものに目がない。


ウキウキして自転車を置き、入り口へ。
建物の入り口で中から出てきた年配の女性が
「ベリーのアイスが最高よ!たったの5ドルだし」とウインクした。

いやいや、他にもいいものがあるかもしれない、と思ったが、
気持ちはもうアイスに流れていた。

 



「Kates berry farm」にはアイスを始め、ジャム、マーマレード、チョコレートにベリーを添えたワッフルがあり、それぞれがショーケースに綺麗に並んでいた。

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これはイカン…全部食べたい。
だか、金はないし、旅を始めて数日で荷物を増やすわけにもいかない。

悩んだ末、やはりアイスにした。

アイスはトリプルで5ドル。400円しないくらいか。


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上からブルーベリー、ワイルドベリー、ラズベリー



4種類のベリーから3種類選ぶ。これも迷った。

本当においしかった。それぞれのベリー味が楽しめ大満足だ。
入り口で出会ったマダムに感謝した。


ここはまた来たい。でも次はレンタカーでいいな。

「Kates berry farm」を後にしてスワンシーに向かう。



スワンシーの街に入ったころから雨が降り出す。

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スワンシーでは少し土産物屋を見たぐらいだ。

公衆電話から例のバイクフェリーに電話する。何度か電話してやっと繋がる。
15ドルで乗せてくれるそうだ。


ナインマイルビーチの先で待ち合わせになった。
ここまでのペースが遅かったので、2時間後に行く、と伝えると
「今どこにいるの?スワンシー?なら1時間半 もあれば大丈夫」と言われてしまい、
1時間半後に半島の先で待ち合わせとなった。

結局、ナインマイルビーチまではすぐに行けたが、
道路からビーチに出る道が見つけられず、着いたのはギリギリの時間だった。


何もないビーチ。
雨がしとしとと降り続く中、私は対岸に目を凝らした。
小さな桟橋が見えるが、フェリーの姿はない。

そうだ、ビーチに着いたら合図しろって言っていたな。
ていうか合図って、なんだ?

とりあえず、私は対岸の桟橋に向かって手を振り、叫んだ。


合図が見えたのか、どうなのかわからないが、
桟橋に横付けした車が小さなアルミボートを下ろし始めた。

バスフィッシングに使いそうなボートである。


「フェリーって言ったよな。あれ、か?」
 キツネにつままれたようにボーっと見ていると、あっというまにボートがついた。

ボートは自転車がやっと乗るサイズだ。


乗っていた初老のオッサンに
「そら、早く靴を脱いで、自転車載せるんだ、ほら」となぜか急かされて自転車を積み、
ボートはすぐに出発した。

ほんのわずかな時間で半島を横切り、対岸の桟橋に到着。

桟橋には男性の奥さんだろうか、初老の女性が傘をさして待っていた。
自転車をボートから下ろすと、奥さんがタオルをくれ、足を拭き、靴をはく。

その間に、男性のほうはさっさとボートを車に積み、そのまま行ってしまった。
奥さんはコールズベイの街の地図をくれ、メインロードまでの行き方とバックパッカーの場所を教えてくれた。
支払いをすると、奥さんはくるくると丸めた紙幣を取りだし、お釣りをくれた。


 きっとトリアブアナのキャンプ場のオーナーに協力してもらい、
内緒でやっている商売なんだろう。そそくさした感じとか、胡散臭い感じが笑えた。

このバイクフェリーを使いたいと言う人がいるかもしれないので電話番号を書いておく。
62570239 (←タスマニア州内からかけること)

この電話番号は、かの『lonely planet』 にすら載っていない情報だ。


コールズベイではビールを2本購入し、そのまま街を抜ける。
今日はフレシネ国定公園内のユースホステルに泊る予定だ。

コールズベイを抜け、フレシネ国立公園のビジターセンターに向かう。

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タスマニア東海岸に多い赤い岩。苔類らしい


ここでタスマニア島の国立公園のパスを購入するのだ。
タスマニアには数多くの国立公園があり、中に入るのにパスが必要である。
この先、いくつの国立公園に行くかわからないが、
サイクリストなどの一人旅をするい人向けのバックパッカーズパスを購入した。

ここで、ユースホステルのことを聞くと、
ユースは一般的なそれとは違い、建物があるだけのどちらかというと山小屋に近いものらしい。しかも、予約はホバートのビジターセンターでしか本当は出来ないらしい。

なんてことだ。。

困った私を見かねて、ビジターセンターの女性は特別にユースを取ってくれた。
ありがたい。 だが、ユースの鍵はコールズベイのバックパッカーにあるという。

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コールズベイに戻る。

バックパッカーでチェックインの手続きをし、ユースのキーをもらう。

再び、ビジターセンターを越え、ユースに向かうが地図の場所へ行ってもそれらしい建物が見当たらない。どこだろう。


周辺をウロウロしたが、全くわからない。
あたりが暗くなってきた。


諦めて、一旦コールズベイのバックパッカーに戻る。
もう、なにやってるんだろう。

再びバックパッカーに戻ると、オフィスはしまっていたが、中にいた若い女性が助けてくれた。
ユースまでだれかに送らせると言ってくれたが、結局バックパッカーに泊めてくれることになった。


助かった。


本来であればユースとバックパッカーの差額を支払わなくてはならないが、
「あぁ、いいよ。君はラッキーだね。」と言って、部屋のキーをくれた。

ほんとに感謝してもしきれない。それと同時に自分のラッキーが少し怖くなってきた。



バックパッカーのシャワールームに向かうと、知っている顔がいた。

ホバートで会ったヒロキくんだ。

「あ、島田さんじゃないですか!どうしたんですか!」
事情を話し、食事を済ませたらビールを飲もうということになった。

「ビールいくらでした?どこで買えます?」とヒロキくん。

私はヒロキくんにリカーストアの場所を教え、
 「2本で5.4ドルだった。一番安のくれって言ったら出てきたよ」と伝えた。

「おぉ、なるほど!おれもそう言って買ってきますね!」ヒロキくんはそういうと出て行った。

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キッチンで私の旅の定番、フジッリのパスタを茹で、刻んだオニオンとツナをソースと合わせて夕食する。スパゲティはバッグの中でバキバキに折れてしまうのでねじねじフジッリがいい。


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ナイスガイのヒロキくん


夕食後、ヒロキくんとビールを飲みながら長々と話す。
彼はこれからタスマニア北中部の都市、ロンセストンへ行くという。

彼と話しながら、ふと、あぁ旅をしているな、と思った。



Triabunnaのドクター 2008年12月15日

 

今日はとてもいい天気だ。
快晴と言える晴れはタスマニアに来て初めてではないだろうか。 
 

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だか今日は走らない。

昨夜から腹痛と熱っぽさが抜けず、調子が悪かった。
まだ走り出したばかりだが、先のことを考えるとちゃんとしたほうがいい。
一日休息を取り、念のため医者に行くことにした。
 

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Triabunnaのキャンプ場。居心地が良かった。
 
キャンプ場のオーナーに連泊することを伝え、病院の場所を教えてもらう。
 
 

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Myテント

自転車の一人旅だというと、オーナーの奥さんが感激したのか、宿泊費をまけてくれた。
全く現金な話だが、これは嬉しかった。

病院、というかTriabunnaの診療所はキャンプ場の裏手にあった。 
 

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Triabunnaの海
海のそばの素敵な建物だ。
診療所で状況を話すと3時45分にまた来て、と言われてしまい、また出直す。

街で少し買い物をする。 
 

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Triabunna 海沿いの小さな街だ
 

小さなスーパーでフルーツを少し買った。

レジには見るからにティーンエイジャーの女の子がいた。
スーパーの娘だろうか。退屈そうに店番をしていた。 
 

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トリアブナは小さな街だ。
普通の旅行者はホバートからこの先の国立公園フレシネ半島まで一気に行ってしまうだろうから、
わざわざ寄らない場所だろう。お客は地元住人がほとんどではないだろうか。
気だるそうな彼女を見て、ふとそんなことを思った。 
 
 

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NZを旅したころからのパンの定番お供
 

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毎朝、紅茶に多めの砂糖を溶かし、走行中のドリンクを作る。ちょっとした節約。
 

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キッチンの建物
 
 

キャンプ場に戻り、キッチンのソファでお茶を飲んで休んでいると
バックパックを背負った女性が入ってきた。

年齢は50代くらいだろうか、白人女性ながらよく焼けた肌。
同じくらいよく焼けた背中の大型のバックパックが目を引く。

ベテラン、という言葉が相応しい旅人だ。


無駄な肉がなく引き締まった体型のその人は旅する者の一つの理想に見えた。


”Hi.”私は軽く手を上げた。
彼女は大きな瞳でこちらに笑顔を見せて”Hi!”と答えると、
キッチンを見回し、満足そうに出て行った。



あぁ、あんな旅人がいるんだ。


わずかな時間であったが、そんな出会いがあったことに感謝した。 
 

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キャンプ場のキッチン
 
2014年の現在でも時折、彼女は今どんな旅をしているんだろうと思うことがある。

連絡先を知るわけでもない、こうした人のことがときどき思い出される。
これも旅のよさだろう。


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キッチンにあったマグカップ

 

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その日の食事。トーストにはピーナツバターとハチミツにシナモンがふってある。
 
 
 

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海辺で風を浴びる
 
 
時間になったので診療所に行くと
白いヒゲをたくわえたメガネの「いかにも」という風貌の初老の男性ドクターが診察してくれた。

診察室に入るとドクターが「カプチーノ飲ませて」と
大きなマグに入ってきたカプチーノを美味そうに飲んだ。
大らかだな。いい。


診察が始まったが、知ってのとおり私の英語は褒められたものではない。

私は辞書片手に一生懸命説明したが、肝心な質問を私が理解できずにドクターは困り果てていた。


しばらく考えた後、ドクターはジェスチャーと擬音語で質問を再開した。

「口から『ウベベベベ-』か?おなかは?『ジャー』?」
先生はそう言いながら吐くまねとお腹から下に激しく両手をふった。


きっと幼児にはこうやって説明するんだろうな。。。

『ウベベベベー』はノー、『ジャー』はヘビーかマッチと言った気がする。


「ごめんよ。私は日本語は『コンニチハ』しか知らないんだ。」
とドクターは本当に申し訳なさそうに言った。


ドクター、アホな私が悪いんだ。あなたは悪くないです。



これほど英語ができないのを悔んだことはない。


ドクターは強い薬を処方してくれたらしく、ファーマシーで出された薬はよく効いた。



ドクター、ほんとうにありがとう。

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心やさしいドクターのいるTriabunnaの診療所

strong winds and steep hills 2008年12月14日

昨日は日本人と盛り上がって深夜まで盛りあがったため、飲みすぎてしまった。
今日から本格的に自転車に乗るのだが。。

ベッドで荷物をまとめ出発の準備をする。
ニュージーランドを旅していた頃からの習慣で朝食前に出発準備を概ね済ませておく。
何でもいいが、隣のベッドの女の子の足とサンダルが猛烈に臭く、辛い。
隣の女の子の足の臭いに耐えながら何とか荷物のパッキングは終了。
なかなかかわいい子だったのでちょっとショックだ。

キッチンへ行くときのう一緒に飲んだ日本人学生のヒロキくんがいた。
彼は今日コールズベイへ行くという。彼はしばらくタスマニアを旅するらしい。
また会えるといいな。

ヒロキくんは私に牛乳をくれた。ありがたく頂く。
昨日の飲みすぎが響いて胃の調子はいまいち。朝食は洋ナシとバナナで済ませた。


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バックパッカーの前にて



ホバート出発。


西へ向かう。いよいよだ。

天気は曇り。ときおり雨がぱらつく。
上にレインジャケットを着る。
タスマニアは夏の盛りのはずだが気温はあまり高くない。
レインジャケットを着てちょうどいいぐらいだった。


日本を発つ前、スイス人の友人ダニエルが人づてのメールでタスマニアについてのアドヴァイスをくれた。

" it can be really cold in Tasmania, that you should bring a waterproof tent (remember Coromandel Island), a warm sleeping bag and warm clothes."

なるほど夏と思うと寒い気候だ。

ダニエルはさらにニュージーランドよりもさらに強い風と急坂が多いと忠告してくれた。
すぐにこれが誇張でも何でもないことを理解することになる。



ホバートから出るため大きな橋を渡ろうとするが、
サイクリングロードからそのまま橋に突入すると橋の入り口の段差が高く、
荷物を満載した自転車を上まで持ち上げることができず、一旦荷物を外した。
全く手間がかかる。


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不思議と私がこれまで行った海外の都市では
郊外に出るのに自転車だと不都合なことが多い。


橋の上に出ると猛烈な風に襲われた。
とてもじゃないが、自転車に乗って行けない。なんて風だ。


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橋の上から。猛烈な風が吹き抜けていく

橋をなんとか渡り終わると今度はサイクリングロードから一般道に戻るのに軽く迷子になる。
過去の経験上、初日に街から出るのに時間がかかることがわかっていたのでウンザリはしたが、イライラはしなかった。

ホバートから西のSorellへ行くつもりだったが、こちらはさらに橋を越えていかないといけないので、コースを北にとり、Richmondに向かうことにする。

Richmondへの道は郊外の緩やかなアップダウンの続く道で走っていてとても気持ちよかった。
天気がよくなくても楽しめた。
こんな道ならずっと走っていたい。

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Richmondへ向かう道。快走。

 

 

気持ちよく走っていると地元のライダーだろう、
ロード乗りが颯爽と私を抜き去って行った。
こんなところを普段から走れるなんてうらやましい。


 
 

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タスマニアはワインも有名。残念ながら日本にはほとんど入ってこない


一か所かなり上ったが、Richmondに到着。

Richmondはオーストラリアでは古い街で19世紀からの遺構が残っている。
ロンリープラネット』によれば、銀行もない小さな街だ。

昔風の建物が並ぶ街のメインストリートには土産屋やレストランがあった。
昼食にしようかとも思ったが、昼前の早い時間だったので見送った。


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Richmondに残る古い橋。Richmond Bridge


Richmond BridgeというRichmondで一番有名な橋を越え、さらに東に向かう。

久しぶりに荷物を満載した自転車で思ったように進まない。
まだ40キロの走っていないが、体がキツイ。
体調が良くないような気もする。

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馬の標識は街の郊外では比較的よく見る


Tasman Highwayに出て、地図に書いてあるOrieltonというところで昼食にする予定だったが
ここは数戸の家があるだけで食事できる場所はなかった。
カフェぐらいあるだろうと勝手に決め付けていた自分が悪い。
地図に街の名は書いてあるが『ロンリープラネット』には何も記載がなかった。


ハイウェイ沿いの大きな建物の横で休憩。
自転車を立て掛け、補給にビスケットを食べていると、
道の向こう側からびしょぬれのサイクリストがこちらに走ってきた。

こちらに気がついて、私の方へやってきた。
彼はルーマニア人でシドニーから来て(と聞こえた。はっきりしない)、
タスマニアには北部のデボンポートから走っているらしい。

ちなみにデボンポートは港町で本土メルボルンとの間にフェリーがある。

私があまり降られていないのに彼がびしょぬれなので聞いてみると
向こうは大雨だったという。
そいうえばニュージーランドもすぐ向こうは晴れていても、今いる場所は豪雨とかいうことがよくあったが、同じようなかんじなのかもしれない。

道について訊ねるとこのさきもuphill、steepらしい。いやはや。

彼が私の自転車を見て「自分のバイクをわざわざ持ち込んだのか」というので「そうだ」と答えると、彼はこちらでバイクを調達したらしい。彼によればバイクを現地調達して旅をしている人も少なくないそうだ。


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北からやってきた男。ここから先はsteep hillらしい

ルーマニア人と別れて再び走りだす。

幸い雨はそこまで強く降らなかった。
タスマニアンウェザーは気まぐれらしい。


彼が言っていたらしき上り坂にさしかかる。坂の途中で何度も何度も休んでしまう。
ほんとうにびっくりするような急坂が続く。
なるほど、ニュージーランドのコロマンデル半島も日本ではお目にかかれないほどの急坂だったが、それに勝るとも劣らない。

過去に走ったところでは
アラスカダルトンハイウェイのローラーコースターセクションもやばかったが、
斜度でいったらこちらの方がキツイかもしれない。



ダニエルが「コロマンデルを思い出せ」と言っていた理由がよくわかった。



先に進めさえすれば遅くても構わないが、
それにしても日ごろの運動不足ときのうの飲みすぎ、過剰な荷物が自分を苦しめているのは明らかだ。しばらく手持ちの食糧を消費しようと決めた。
お買い得だった1キロのパスタが重すぎる。


 
 

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タスマニアは花の季節

 

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"Bicycle Friendly"と言っているが、猛烈な登り坂の連続である。



3つ目のきつい登りの途中で休憩しているとサイクリストが二人やってくるのであわてて出発したが、あっけなく抜かれた。無念。

先に抜いていったサイクリストの一人は女性でショックだった。
峠の上で二人に会えた。彼らはイギリス人でカップルでツーリングしているようだ。
なんてうらやましい。
聞けば彼らもOrfordに向かうらしい。

私は男性の方に写真を撮ってもらうと出発した。またOrfordで会えるだろう。

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峠の頂上。あんなにきつくて標高がわずか336mとは。。

イギリス人カップルと別れ、峠を下る。
上った分だけちゃんと下りがあった。やれやれ。

スピードに乗って走っているとBucklandの街に入る。
待望のカフェを見つけて入る。

カプチーノ マグ3.8ドルとチーズバーガー&チップス6.5ドルを注文する。
海外のカフェのバーガーはほんとうに美味しいと思う。

完食したが、思ったより腹いっぱいだ。やはりなんだか体調がすぐれない気がする。

カフェでトイレを借りようとすると外にあって鍵がかけてあるからと鍵を貸してくれる。
ガソリンスタンド併設で勝手に使う人が多いのだろうか。


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カプチーノに添えられたミントチョコが美味しい

 

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大したボリュームに見えないがなかなかのサイズ

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中はこんな感じ

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カフェの犬。海外の宿やカフェにはよく躾された犬がいる。


Orfordへ到着。
うろうろしていると先ほどのイギリス人カップルと遭遇した。

どうやらここのキャンプ場はやっていないらしい。
彼らはOrfordから北に10キロほどのTriabunnaの街までに行くらしいので
ついていくことにした。


彼らはペースが速く、ついていくのがやっとだった。
最後の1キロぐらいで千切られてしまったが、彼らの女性もほうも千切れてしまい、
男性の方は街の入り口の分岐で待っていた。

街に入ったところで彼らと別れた。


キャンプ場はニュージーランドのそれとほぼ同じであったが、
なぜか持ち込みテントサイトの料金が2名料金からとなっており、
18ドル取られた。ニュージーの倍だ。これがオージールールなのか?

これなら場合によってはバックパッカーに泊ってもいいな。


キャンプサイトの芝生の端にテントを張り、すぐに眠りに落ちた。
タスマニアライディングの一日目はこうして終わった。

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タスマニアツーリング初日のルート。99.3キロ

サマランカマーケット 2008年12月13日

午前三時、アラームが鳴ってとなりのベッドから身支度をする音が聞こえる。
Sunnyが出発するようだ。
彼女は私が目を覚ましたのに気がついたのか、去る前に一言声をかけてくれた。
元気で。君のおかげでこれからの旅が楽しみになったよ。

そのあとすぐ再び眠りに落ちたが日が昇る頃には目が覚め、
8時頃には動きだすことができた。 

昨日はあまり食べていないがあまりお腹はすかない。こんなものか。


今日は旅に必要な道具や食料の買い出しをするが、
ぜひ行っておきたいところがあった。

それはサマランカという場所で毎週土曜日に開催されるマーケット。

今日はちょうど土曜日。
海外の市場に行くのはこれが初めてだ。楽しみである。


天気は雨が降ったり止んだりで、レインギアを着込んで宿を出発した。


Lonely planet』の地図を見ながら、サマランカマーケットを目指すが早速迷子。
ストリートの名前を見ると明らかに行き過ぎたようだが、
曲がるべきところがわからなかった。
 
Take awayの店に入り、店員の男の男性に道を尋ねた。
やはり行き過ぎてしまったらしい。
店の男性はやさしく教えてくれた。
やれやれ、何回同じことを繰り返せばいいのだろう。街ですぐ迷子になる。


Take awayの店の男性のおかげでサマランカマーケットに到着。
少し雨が降ってきた。
 

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サマランカマーケットでは軽い食事や野菜などが売られていた。
立ち並ぶ店を見ているだけで楽しい。
 

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ちょっといいキッチン用品でもあれば買い込んで日本に送ろうと思ったが
そういうものはなかった。売られているものはどちらかというと食べものが中心のようだ。
食べ物の他には工芸品などが売られていた。
 

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自家製パンを売るお店

 

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ジャムの店でイチジクとバルサミコのジャムがあったので早速土産に買った。
ちなみにここのジャム http://www.countrylarder.com.au/
大変美味しかった。 
 
このほか土産にはラベンダー柄の豆皿(オージーサイズ)と蜂蜜を購入した。
残念ながら豆皿はのちに日本に荷物を送った際、割れてしまった。 
他にタスマニアンウールの製品とラベンダーの石鹸がよかったが、旅は長いので今回は見送った。 
 
 
店を見て回っているとフレッシュジュースを売るおばさんの店に声をかけられる。
 

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かんじのいいおばさん二人が店をやっていた。
 

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おいしそうなフルーツが並ぶ
 
ちょっと迷ってラズベリーヨーグルトをもらった。
甘酸っぱい味が口に広がる。ヨーグルトの味もなかなか濃厚だ。
 
楽しいな。サマランカマーケット。 
  

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ラズベリーヨーグルト3ドル(当時1ドル75~80円)
 
サマランカマーケットのすぐそばにアウトドアショップの「Katmandu」があった。
Katmanduはオーストラリアのモンベルのようなもので、リーズナブルでいい製品が多い。
ニュージーランドにも都市に行けばたいてい店舗があり、ニュージーランドを旅した時にも世話になった。 



Katmanduのアイテムは帰国後も使用している。

 http://www.kathmandu.com.au/  Katmanduホームページ

Katmanduの店は広かった。
ヘッドライトといった小物からテント、ウェアまで製品のラインナップは幅広い。
自社製品の自転車製品も数多くあり、シンプルなデザインのレーサージャージは値段も安く1着買ってもいいなと思った。全般的に値段は安い。


明日の出発に備え、自炊用のガスカードリッジを探したが見当たらない。
店員に「ガズキャニスターはどこ?」と尋ねると鍵のかかった棚から出してくれた。
安全上の配慮だろうか。ニュージーランドでは普通に売っていたが、少し事情が違うのかもしれない。

レインギアをみていたが、これは気持ち安い程度だった。
あれこれ見ていると隣で同じようにレインギアを見ていた女性が
「ちょっと高いわよね?」と言ったので「そうだね。安くはないね。」と私は答えた。
こうやって店で他の客から話しかけられるのはいかにも海外だ。



Katmanduを後にし、ホバートの中心に戻る。
途中で自転車屋を見つけたので入った。
ニュージーランドのバイクブランド「AVANTI」のショップだ。

店内を見る。為替レートのせいもあるが全般に日本より安いようだ。
アームウォーマーがよさそうなので購入する。
店主にサイズを確認すると「君はXSだ。」と断定的に言われた。
まぁKatmandu製品もキッズサイズでいけるときがあるからそんなもんだろう。

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ニュージーランドでよく見かけるAVANTI plus

街の中心地で自転車を置き、歩く。
タスマニアに来たばかりだが、街の印象はニュージーランドとほとんど変わらない。
AVANTIの自転車もよく見るし、ニュージーランドにもある家電量販店「Dick Smith」もある。
ANZ銀行は言うに及ばずといったところだ。
これならニュージーランドの感覚でいけばそこまで困ることもなさそうだ。

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軽めの昼食ブルベリーマフィンとコーヒー。7ドル。

カフェで昼食を済ませた後、インフォメーションセンターへ行き、タスマニア全域の地図を購入した。
地図は道路の区間距離が掲載され、アイコンで街の施設等が一目で分かるものだ。
キャンプ場とワイナリーのアイコンがあるのがなんともタスマニア的である。

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こうした使い勝手のいい地図があるのは、それだけ観光に力を入れているのと需要があるからだろう。
地図の値段は5ドル。日本から用意した100ドルのT/Cで支払いすると
インフォメーションセンター「ほんとは20ドル以上の支払いじゃないとだめなんだけど。。」といいながらT/Cでやってくれた。T/Cは使えるところが少なそうだ。
500ドル用意してきたが早く使ってしまった方がいいだろう。


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街にはクリスマスのフラッグ


きのうSunnyが「ミュージアムが無料だから行くといい」と言っていたのを思い出し、
ミュージアムに向かう。

ミュージアムでは1800年代から入植がはじまったホバートはの歴史や絶滅したタスマニアタイガーのことなどを紹介していて興味深かった。
ただ、例のごとく英語が断片的にしかわからなかったので展示物から想像力を働かせた部分も多かったが。。

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ホバートは海の街。ヨットもさかんだ。



宿に戻る前にスーパーで買い物。
スーパーはウールワース。タスマニア滞在中ずっとお世話になることになるスーパーだ。

きのこが安かったが、日本では見ない種類だったのでちょっとビビって買わなかった。
海外のスーパーでは野菜や果物は量り売りが基本なので、一個単位で購入でき、一人旅の身には都合がいい。

これから毎日使うであろうニンニク、ショウガ、玉ねぎなどの野菜と果物、パスタとトーストブレッドなどを買った。
食料は調理器具と合わせて自転車の前輪側のサイドバッグ一個分になった。
だいたい2、3日分といったところか。
タスマニアは街から街までがだいたい70~100キロぐらいで
一日走れば街に辿り着ける計算なので過剰といえば過剰な食料だが、
日本と違って平日の夜と週末に店が開いていなことを考えれば妥当だろう。



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タスマニアの代表的なビール「カスケードドラフト」

宿に戻ってキッチンで食事に支度をし始めると、
となりで調理をしていたアジア人が話しかけてきた。日本人だ。

旅の始まりからいきなり日本人か、と思ったが話してみると感じのいい男で
オーストラリアの大学を卒業するのに合わせ、オーストラリアを旅しているそうだ。


結局、彼と私の同室に宿泊している他の日本人女性を交えて遅くまで飲んで盛りあがった。
二人とも英語が大変上手いのでうらやましい。


部屋に戻ると併設されたバーの騒音が響いてうるさかった。
なるほど、この部屋の料金が他の部屋より安いのはそういうわけか、
などとどうでもいいことをかんがえているうちにアルコールがよく回ったせいか
あっという間に眠りに落ちた。


明日からようやく自転車で出発する。

まずは北東に向かい、東海岸を目指すことになる。

新たな旅 Tasmaniaへ 2008年12月11日~12日

アラスカの旅からおよそ2年半。


私は再び旅に出ることにした。
どこに行くべきか、いや、どこに行きたいか。

行き地場所はたくさんある。

北欧、カナダ、アラスカ、ニュージーランドアイルランド、モロッコタスマニアパタゴニアキューバ・・・
あげれば切りがない。

どこなら行くことができるか。

行くのは12月から1月。北半球の冬の時期。
行くならまた自転車の旅がいい、いや自転車以外で海外をどう旅していいかわからない。
そう思うと雪に覆われる北欧、カナダ、アラスカは却下。

残った地域の中でアイルランド、モロッコタスマニアの3つに絞り、
各地域の『lonely planet』をアマゾンで購入した。

lonely planet』はおそらく世界中のバックパッカーが使っているガイドブックで
地球の歩き方』の数百倍役に立つ。
残念ながら『地球の歩き方』には街のキャンプ場の情報は載っていないし、小さな町の情報も書かれていないことも多い。


英語があまり得意ではないのでイントロダクションだけざっと読んで考えた。


ロッコは砂漠とあって大変そうだ。
街から街の距離、風、水の補給、トラブル時の対応など心配要素が多い。
困難があるほど燃える冒険者タイプの人もいるが、私は決してそうではない。


アイルランドは私の大好きなビール「キルケニー」とジャック・ヒギンズが愛するウィスキィ「ブッスミルズ」の国だ。

ぜひ行きたい。

しかし、気候のデータを見ると驚くほど雨が多い。

・・・雨か。

自転車旅での困難は峠よりも雨であると思う。




結局、私はどんな旅がしたいんだろう。

海外のツーリングも3度目。
自分の力量もよくわかっている。

自分らしく自由を振り回して旅ができるところ。





やはりタスマニアだ。


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かつてニュージーランドをしばらくともに旅したスイス人サイクリスト、ダニエルが
 「シマ、ニュージーランドもいいが、タスマニアもベリーナイスだ。おれは7回も行ったぞ」っと言っていた。これがずっと気になっていた。

 


ダニエルは当時40代のベテランサイクリストで
毎年冬になると自営のぺインターの仕事を休業し、自転車の旅に出るというつわものだ(注:独身)。

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昼間からビールを飲むサイクリスト ダニエル。ビールはソフトドリンクだそうだ。



彼はニュージーランド7回、タスマニア7回、キューバパタゴニア、オーストラリア本土、カナリア諸島などを旅をしており、彼のことを考えているうちに彼が薦める場所に行ってみたいと強く思うようになった。


「夏のタスマニアタスマニアワインを飲みながら、オイスターを食おう。」


私は決めた。
オーストラリアの南に浮かぶタスマニア島へ行こう。
私が尊敬するサイクリストの一人が最高というその島へ。

南半球でクリスマスを過ごし、旅先から年賀状を書いてやろうじゃないか。
私は準備を始めた。我ながら準備は順調に進んだ。

******************************

一番安いエアチケットだったキャセイパシフィックを取ったが、
いきなりチェックインで荷物の追加料金を取られた。
前回アラスカの出国時に痛い思いをしたので手荷物をかなり増やしたがダメだった。
24,000円取られる。
いきなり現地での一週間分ぐらいの滞在費が消えた。。。

当然の出費で飛行機に乗る前のビールは我慢したが、
飛行機に乗ったあとはいつも通り飲んだくれであった。

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香港の空港でビールを飲みながら日記を書く



キャセイは安かったが、台北、香港でトランジットし、機内食は4食食べた。
2006年に行ったニュージーランドより飛行機で過ごす時間がしんどい。
とにかく早く着かないかなとそればかり考えていた。
日本から持ち込んだ隆慶一郎の『かぶいて候』はすぐに読んでしまった。
東野圭吾の『宿命』は読まずに我慢した。


日付が変わってシドニー着。シドニーは雨。
例のごとく入国で時間を取られる。
出国前に日本を代表するMTBメカニックのバスマン氏から
「オーストラリアに行くならタイヤの泥とかは極力落とした方が入国時にトラブルにならない」と言われており、タイヤをきれいにしておいたおかげで特に指摘されなかった。
食糧も持ち込んだがうるさく言われなかった。



シドニーからはカンタスタスマニアの州都ホバートへ。


飛行機から眼下にタスマニア島が見え、気分が高ぶってくる。


新しい旅が始まる。


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lonely planet』より。タスマニアはオーストラリア南に浮かぶ島



ホバートに到着。

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予約してあるユースホステルに行くため、
シャトルバスのドライバーに行き先を伝える。


しかし、私の荷物が出てこない。
待っているとアナウンスがかかり、呼び出される。

自転車を入れた段ボール箱が壊れたらしい。

シドニーでちらっと私の箱らしい荷物が雨の中、
フォークリフトで運び出されているのが見えた気がしたのだが、
どうもその結果段ボールが壊れたようだ(真相は不明)。

どうしてくれるんだと聞くと、今カンタスの段ボールに入れ替えているから
待ってくれと言われる。

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さらにしばらく待つとカンタスの箱に入った自転車が出てきた。
カンタスはバイクボックスも持っているのかと妙なところで感心した。

しかし、カートがなくて運べずに困っていると
なかなか来ない私を待っていてくれたシャトルバスの運転手のおじさんが
手伝ってくれた。


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タスマニア州ホバートタスマニアの南部に位置する
 


バスの車窓から見えるタスマニアの景色はニュージーランドのようで
なんだか懐かしく、うれしかった。
ニュージーランドを旅していた頃、よく「タスマニアニュージーランドみたいだよ」という話を聞いたのを思い出した。

しかし、それは自転車以外の方法で旅をする人の認識であることを思い知ることになる。




バスが予約した宿に着いたが、私が気がつかないでいると
「おまえここだろ?」と男性の乗客が教えてくれた。

彼はバスを降りて、自転車の段ボールを運ぶのを手伝ってくれた。

まったく、人の助けがないとなにもできない。



宿はバーを併設しているユースホステルだ。


タスマニアというかオーストラリアがそうなんだろうが
昔の名残でパブが宿をやっているケースが多い。

これはかつて遅くまで酒を出す店は宿泊出来ないといけないと法律で決まっていたこと何かで読んだのを思い出した。

部屋に荷物を運び込む。
なんだかやたらと複雑な作りの宿である。

二階の一番奥の8人部屋だった。
この手の宿はドミトリーと呼ばれ、安いが相部屋でベッド一つが割り当てられる。
日本では男女別だが、タスマニアでは男女関係なく同じ部屋だ。
食事は共同で使えるキッチンで食材を持ち込んで勝手に作ることができる。

私はベッドに荷物を置いて食料のバッグを持ってキッチンに向かった。

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私のベッド

 

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サーフボードを持ち込んでいたのは日本人だった

 

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階下のキッチンに通じるドアを開けると
なんともいえないスパイスの混ざったような香りが漂ってきた。



「あっ、キッチンのにおいだ」



ニュージーランドをともにしばらく旅をした友人のルティア(彼女もスイス人だ)がユースホステルに泊まったことがないという人にユースのキッチンの様子を話していたのを思い出す。


「ああいう宿はキッチンがあって、いろんな国からきた人たちが同じキッチンでいろんな料理を作るのよ。
とってもスパイシーな香りがすると思ったら、甘い香りが別のなべから漂ってきたりして。
それでよく同じテーブルになった他の人と情報交換したり、お互いのことを話したりするの。
おもしろいからあなたも一度泊まってみればいいわ。」



何のにおいかははっきりしない、「ユースのキッチンのにおい」。
甘いような気もするし、ガーリックの香ばしい香りもする。
それ以外に何か分からないにおいも混じっている。

空港で否応なしに英語の会話を始めた時から
外国にきた、という感じはした。

しかし、キッチンのにおいをかいだとき、
「あぁ、おれまた旅に来たんだ」という実感が初めて湧いた。

キッチンに入ってそこにいる人に「Hi」と軽く挨拶して、
キッチンの設備、皿やグラス、鍋やカトラリーを確認したり、
旅人が不要になった食料を置いていく「FREE FOOD」のラックを確認したり。

なんだかそのすべてが懐かしかった。

そしてその懐かしさが再び一定の日常になるのにさして時間はかからなかったと思う。



シドニーからホバートの便が予定より遅れたため、宿には夕方到着した。
予定ではもう少し早く着く予定だったので、
その日の食事ぐらいは買いに出るつもりだったが、億劫になってやめてしまった。
食事はフロントで売っていたインスタントラーメンになった。


キッチンには日本人女性がいた。話しかけるか迷ったが、
他の日本人女性とワーホリトークを日本語で始めたので、話しかけるのをやめた。
初日からこれは鬱陶しかった。


部屋に戻ると部屋にはひとりだけ客がいた。
隣のベッドの韓国人女性だ。

名前をSunnyといい、27歳。韓国でLGに勤めていたが、
今は自分の時間を過ごしているらしい。Sunnyによれば彼女のような韓国人が増えているらしい。なんでもオーストラリアはビザが取りやすいそうだ。

 「働いていた時は休みなんてなくて、今は自分の時間を過ごしているの」

そう言って笑った。
それからお互いのこと、日本人と韓国人について、彼女のタスマニアでの出来事、英語についてなど旅行者同士のお約束的な話をした。
 
彼女は明日の早朝、帰国するらしい。
私がタスマニアのオススメを聞くと
「フレシネ国立公園のMt.アモスから見るワイングラスベイが素敵よ」と教えてくれた。
私は最初の目的地をワイングラスベイに決めた。

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モンゴメリーYHAで同室になったSunny



彼女の話で印象的だったのは"favor"についてだった。


「あなたも他の人に"favor"をしなきゃいけないわ。こうやって旅人同士の助け合いの輪が広がっていくのはとてもいいことだと思うの。」

英語がロクに話せない私は"favor"の意味がそのときはわからなかったが、
「援助、親切」という意味だというのを辞書を引いてわかった。



彼女は自分にはもう必要ないからとホバートの地図をくれた。



今回の旅が多くの"favor"のおかげで素晴らしいことになることをこのときまだ私は知らない。




明日は雨らしいが、ホバートの街を回って食料や地図を買って旅の支度を整えよう。
明日はいい日になりますように。


帰国  2006年8月19日~20日

スワードからアンカレッジに戻り、いよいよ帰国となった。

街が動き出す時間を考えながらキッチンで朝食を作る。

日本から持ち込んだタラコスパのソースが残っていたので
朝からタラコスパを作って食べた。

前回ニュージーランドを旅したときに無性にタラコスパが食べたくなって
テントの中で悶絶したことがあったので、
今回はたくさん持ち込んだが結局残ってしまい今日食べることになった。

米も残っていたので炊いて昼ごはん用におにぎりを4つ作った。



おにぎりをバッグに入れて外に出る。
なんと外は晴れていた。久しぶりの晴れでテンションがあがる。

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アンカレッジの街


自転車で市街へ。
土産物屋をいくつか回り、家族や友人に土産を買った。
「カンアラスカン」という日本人の経営する土産屋でオーナーの女性と話す。

 

「今年は何十年降りの異常気象で大雨が降ってねぇ。アラスカに来て長いけどこんなの初めてよ。ウィローのあたりじゃ橋が流されたそうよ。」

ウィローはアンカレッジ近くの街で私が最初に泊った街だ。
信じられない。


その頃、フェアバンクスで会った日本のある旅人が窮地に陥っていたのを知る由もなかった。(参考ブログ:http://yukon780.blog.fc2.com/blog-entry-138.html


カンアラスカンの後、ネイティヴアメリカンの店で買い物をするとレジの女性が
「どこの出身?」と聞くので「日本だよ」と言うと「私たちに似ているからネイティヴかと思ったわ」と言われた。

一時ネイティヴアメリカンの思想に傾倒していた時期があったのでなんだか嬉しかった。
ただ、日焼けしてそう見えたただけかもしれないが。。

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気になって撮った写真


最後にR.E.I.に行く。
帰国に際し、自転車梱包用の段ボールを手に入れるためだ。
R.E.Iは大型のアウトドアショップでキャンプ用品はもちろん、カヌー、自転車、浄水器まで何でもある。
ここで発売間もなかったPolarの保冷ドリンクボトルと安かったボトルゲージ、それから日本未発売のパワーバーを大量に買った。
レジの女性に「パワーバーたくさん買うのね。」と笑われた。

「日本じゃ2種類しか売ってないんだ。珍しくてね。」と言っておいた。

それから自転車の箱を欲しいと言うと、自転車担当者だろうか若い男性がGiantの箱を持ってきてくれた。しかし厚みがなくて心配なったので「申し訳ないが、荷物多いんだ。もっと大きいのくれ」というとR.E.I.オリジナルの厚さのある箱を出してくれた。

前回ニュージーランドで箱代をとられたのでいくらか聞くと
「ハハ、要らないよ」と言ってくれた。

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R.E.I.にいた賢い犬。入国直後の写真


昼食に用意したおにぎり4つは早々に食べてしまった。
宿に戻ってパスタを茹でて、夜またパスタを食べた。4食目は多いかと思ったがぺろりと食べてしまった。しかもパスタは全部タラコである。

残った食糧は宿のフリーラックに置いていけばいいが、タラコソースなど置いていっても困るだろうと思い、頑張ってしまった。妙なところで気を遣ってしまうものだ。

自転車で旅をしていたせいで体が異常に食べ物を求めてしまう。太らないか心配だ。



************


いよいよ帰国の日。
早朝起きて、朝食を作って食べる。
時間があったのでリビングでぼんやりテレビを見ていると
一人の男性が話しかけてきた。

アラスカの住人でこれからフィリピンでバカンスに行くという。
私と同じく今日のフライトだそうだ。彼は楽しそうにいろいろ話してくれた。
このスピナードホステルは空港から近いので地元の人も利用するらしい。


R.E.I.でもらった大きな段ボールを折りたたんで小脇に抱えたまま自転車で空港へ向かった。
空港の玄関横で自転車を分解し、段ボールに詰めていく。

自転車と段ボールの隙間には寝袋などをつかってクッション代わりにするのを忘れない。
普通よりも大きい箱を貰ったおかげで作業はすんなり終わった。



自転車の入った大きな段ボールを持ってKorean Airのチェックインカウンターへ。
スムーズにいくかと思ったチェックインだが、荷物が重いから追加料金を払ってほしいとKorean Air若い女性に言われる。

「No,行きも自転車を持ってきたけど追加料金は払ってないよ」私は珍しくきっぱり英語で言った。

すると女性は奥に消えていき、代わりにゴツイ見るからにベテランのマダムが出てきた。
いやな予感がする。。


現れたマダムはすごい勢いで端末をたたいたかと思うと、グイッと顔をあげて私に言った。


「あなたの行きの荷物は26キロ。で、今は36キロ。行きより10キロ重いわよ。300ドル追加料金いただきます」

ぐうの音も出ないとはこのことである。私は即座に訊いた。
"Can you accept credit cards?"

"Yes,sure"マダムは私の差し出したクレジットカードを無表情で受け取った。完敗であった。


10キロ増。。土産はそんなに買った覚えはないが自転車を梱包した箱が大きいのをいいことに調子に乗って荷物のほぼ全部詰め込んでいたのだ。
はぁ。土産だって300ドルも買ってないぞ。


私は落胆したまま出国手続きを済ませ、免税店を見ていると日本人に話しかけられた。
どうやらチェックインカウンターで私の後ろに並んでおり、あのやりとりを見ていたらしい。

「結局いくら取られたの?300ドル!うわー、ついてないねー。行き先一緒だったら、私の荷物分シェアしたのに」

その手は考えなかったな。全く迂闊であった。
この痛い教訓はのちに生かされることになる。

この日本人の方は福岡に帰るとのことだったが、そのほかにも大阪に帰ると言う人もいた。
私が乗ったKorean Airはインチョン空港まで飛んで、日本人はその後日本各地に飛ぶようだ。なるほどハブ空港だ。



飛行機に乗り込む。不思議な気分だ。
旅が終わる。アラスカの旅はガムシャラだった。興奮のうちに終わったと言っていい。

やがて飛行機が飛び去った。
眼下についこの間までいたキーナイ半島が見える。

感慨が深すぎて自分の中で処理しきれていない。
ただ、またこの大地を旅したい、そう思った。



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アラスカの後、以前から自分の夢だったCafeをやっている外食企業に就職したが、しばしば15時間を越える勤務に体重をかなり減らしてしまい、1年で辞めてしまった。

その後、多少回り道をしたが、なんとか再々就職をすることができた。



 アラスカの旅が自分にとって何であったのか。


いまだによくわからない。
その直後はその経験が強烈過ぎて自分でもうまく消化できずにいた。


ただ、あれからずいぶん経って、自分の家族を持つことができるようになった。
経験の割に平凡だと思うが、あの経験の上に今の生活があると思うとそれで十分に思える。


目をつぶると、今でもすぐに思い出す。
360度自分の回りを取り囲むツンドラの中にいるところを。
カリブーが蹄で水をピシャピシャ音を立てて走っていくのを。


いつかまた、あの世界を旅しよう。
世界の大きさを体感し、自分が解き放ち、野生動物の気配におびえ、自然と対等になり、ただ自分が生きていることに感謝するアラスカの大地を。


あの景色を生涯忘れることはないだろう。

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