夏のモーニングライド - ハマイチ-
今年の梅雨は気温がおとなしいなと安心していたが、夏はいつもどおり、いやそれ以上の気温で日中は名古屋で40℃と酷暑の季節がやってきた。
それでも自転車には乗りたい。
この季節は日中を避けるか標高の高いところへ行くしかない。
今回はPamavalley でときどきスパイスカレーの販売をしていたPeacan さんが潮見坂でお店をオープンしたと聞いたので、午後中にハマイチをし、帰りに寄るライドに行くことにした。

今回のライドはダモンデメンバーの上野さんと直前に参加表明のあったタイキと合わせて3人。二川駅7時集合で反時計回りで浜名湖を回る。
どのくらい暑くなるか分からなかったので最短ルートを取る。昼前に解散したい。
湖西中学校のあたりから周遊ルートに乗って進んでいく。比較的早い時間だが何人もサイクリストとすれ違う。近頃はハマイチに来ても一時期よりサイクリストが少ないと感じていたが、走る時間帯にもよるようだ。
国道301号の多米峠から瀬戸トンネルあたりに新しいカフェが何軒かオープンしていた。一度行ってみたいな。上野さんもタイキも行ったことないようだ。

瀬戸口から浜名湖周遊自転車道に乗る。ここはスピードは出ないが湖の際を走ることができて気持ちがいい。すぐ向こうに礫島が見え、地元のおじさんだろう、体を半分くらい水の中に沈めながら釣りをしていた。
サイクリングらしくていいな。
自転車道を外れてからはいいペースで舘山寺まで踏めた。コンビニで休憩。各々アイスを買う。幸い雲がでていてそこまで暑くないが、止まると汗が吹き出してくる。

舘山寺から先は村櫛方面へサイクリングロードの平坦ルートでいくか、アップダウンの道を行くか迷って2人に聞くが、タイキが謎のやる気を見せたので、アップダウンのルートを取る。昔ブルベで使っていた道を思い出しながら走る。上りは動物園のところだけだった。
一度弁天島に出て休憩。
晴れてきて景色はいいが、日陰がなくて辛い。何故かタイキはこの暑いのに黒のワンピースジャージである。彼の謎のこだわりはよく分からない。
弁天島からは新居にある「村田精肉店」に向かう。以前何かの記事で見つけて、コロッケが美味しそうだなと思ってGoogle Mapに登録してあったのだ。
店はメインの道から一本裏の道にあった。開店直後の店に入る。
ザ昭和な見た目。ショーケースのミートボールが実に美味そうである。
我々は一個160円の大名コロッケを注文した。
注文するとその場でおじさんが揚げてくれる。最高だな。
これは美味い。ソースなしで問題ない。
ここはまた来たい。次は車で来て他の惣菜を買おう。揚げるだけの唐揚げなども美味しそうであった。
村田精肉店の後は、新居から旧東海道で本日の目的地、Peacan へ。
旧東海道は車もあまり走っておらず、なかなか調子よく走れた。
Peacanに到着。潮見坂の上のほうにあって、遠州灘がよく見える。
昼前だったがすでに満席。最近インスタでいろんな人が上げてるからな。人気なようでよかった。少し待って中に通してもらえた。
店に入るとご主人のクマさんが「来てくれたんですね。ありがとうございます。」と声をかけてくれた。覚えていてもらって嬉しい。
私はチョコレートミルクとブレックファーストのピーカンプレートを注文。

ピーカンプレートはベーコンにたまご、アボガドなどが盛られ見た目には海外のブレックファーストぐらいあるかと思ったが、食べ始めると意外とペロッと食べれてしまった。
イモ、肉、たまご、トースト数枚がドンっと乗った海外のそれとは違い、ピーカンプレートはサラダもあって食べやすかった。これは女性も好きそう。
暑い季節に海を見ながら涼しい店内でしゃれた食事とはオジサンたちには似合わない贅沢であった。
満足して店を出て、出発の準備をしていると
「二川のあたりって甘いもののお店ない?」と上野さん。
おや?前のツーリングのときにも上野さんそんなこと言っていたな。私が思ってたより上野さんは甘いものが好きなようだ。
タイキと相談し、夏の定番かき氷だろ、ということで二川の旧東海道沿いにある「かわいや」へ行くことにした。
風に揺れる「氷」の字がなんとも涼しげである。
店内は窓が開いていて扇風機が回っており、風が通るようになっていた。うっすらと暑いが、この感じの店内でかき氷を食べるのが正しいような気がした。
500円程度で山盛りのかき氷が出てくる。
最高だな。昔はよくカントリーモーニングへ来たときに寄ったりしていたが、久々の訪問である。夏のうちにもう一度くらい来たいものだ。
上野さんとタイキと二川で解散し、家路についた。
結局、食べてばかりのツーリングになってしまった。まあそういうものだろう。次は蒲郡か奥三河に行こう。
蕎麦とグラノーラ - ライド新城 -
有休の月曜日。ロードで走りたいがそこまで遠くに行く気分ではない。天気は曇り。今の季節なら曇りくらいがちょうどいい。
最近ロードをサボっていたせいか、ペダリングが雑になり、前よりケイデンスが低くなっている気がする。
だからと言って重いギアを踏んでいる訳ではないので単純に遅くなっているのだ。
そんなことを思いながら、まずは自宅から福津峠に向かう。上りで回しながら上ろうと思ったのと、最近はGlocalbikeの朝ライドで行かないので久しぶりに福津峠行ってみることにした。その後のことは行きながら考えよう。
新城に入るあたりから富岡の辺りまで行くと無人販売が点在している。イチジクはまだ出ていないが桃が売られていた。

いきなり荷物が増えるが、まあこのくらいならいいだろう。サドルバッグからパッカブルのデイバッグを取り出し、桃が傾かないように入れた。
そのまま北に向かって行くと車神社が見えた。
一面の田んぼの中に建つ車神社は道から見るととても美しい。

たまには寄ってみる。ここはスピードが出るところなのでついつい通過してしまうのだ。

狛犬の姿がとてもよい。

車神社からは福津峠を上る。斜度の緩い峠でリズムよく踏める峠だが、ペースは上がらない。まあそうだろう。気にしていたケイデンスもいざ上りはじめたらサッパリ忘れていた。そんなものである。
峠を降りて山吉田、乗本経由し鳳来寺の表参道方面へ。ここでも地味に上るが昼ごはんを食べたら帰るつもりである。そこまで体力は残さなくていい。そこそこにペダルを踏み、上りをこなす。
鳳来寺小の近くにある旧田口線の廃線ルートに乗る。ここはあまり人が行かないルートだ。

もう10年以上前になるが、旧田口線ツーリングをしたときに鉄道運転士さんのサイクリストの方が「道の左1/3ぐらいのところを走ると鉄道の運転席からの風景ですよ」と教えてくれたのを思い出す。
田口線に乗ったつもりで景色を眺めながら慎重にペダルを踏む。というのもほとんど人が来ないせいか道が苔むしているのだ。

昼は蕎麦を食べることに決め、やまびこの丘へに向かった。
やまびこの丘に着くとちょうど勤務していた友人がいたので少し話をし、お土産にほうじ茶のグラノーラを購入。
やまびこの丘のグラノーラ、大変オススメである。以前、抹茶のグラノーラを買ったことがあるがこれも美味しかった。そこまで甘くないのでそのまま食べてもいいし、バニラアイスにふりかけて食べてもよいと思う。

友人にお昼の話をすると、今の時期のオススメは梅おろしそばだという。11時半の開店に合わせ食事処に移動。店内はエアコンがよく効いて涼しい。
平日の開店直後にも関わらず、他にも一組お客さんがいた。コンスタントにお客さんが入っているようだ。

私はオススメどおり梅おろしそばの定食を注文。
おかずについてきた卵焼きが美味しかった。

蕎麦と梅は別盛りになっており、普通に蕎麦も食べたいなと思っていたところだったのでありがたかった。味は期待通りであった。
奥三河で蕎麦を提供しているところはいくつかあるが、ほとんど外れはないと思う。やまびこの丘もいい。ただし、腹を空かせたサイクリストには少し量が足りないかもしれない。
私は蕎麦を平らげるとやまびこの丘を後にし、そのまま帰宅した。
本格的な夏はこれからだろう。今年は夏にどれだけ自転車に乗れるだろうか。
渥美あじさいの森 - 渥美半島へ -
20代の頃は毎月一度くらいは渥美半島をぐるっと一周ライドしていたような気がする。休みのライドと言えば100キロ普通に乗っていた頃である。あの頃は時間も体力もあった。
日曜日に自転車に乗る時間が作れそうであったので前日に急遽、ダモンデのバイクメンバーのグループLINEをながして同行してくれる仲間を誘ってみた。ダメ元であったが上野さんが参加してくれることになった。

道の駅とよはしに朝8時に集合。渥美半島へ行くと言ってもルートはいろいろある。三河湾沿いを行くのか半島真ん中を行くのか、はたまた太平洋岸を行くのか。
今回はひとまず太平洋岸に出ることにした。西に向かってペダルを踏んでいく。アップダウンのある国道42号だが、思いのほか進む。風はやや追い風のようだ。あいにくの曇り空だが、まだ暑熱順化もできていないし、ちょうどいいぐらいの暑さだろう。

まずは上野さんがライドでよく立ち寄っている久美原の海岸へ。
断崖から太平洋を望む。湿気を含んだ風が吹き抜けていくが、不快な感じはしない。
上野さんは最近、長い休みを利用して飛行機輪行で離島を旅しており、いろいろ情報交換をした。行きたい場所はたくさんあるが、結局問題は現地までのアクセス手段である。
「佐渡に行きたい」と2人で盛り上がったが、時間と手間をできるだけかけず、自転車をどう運ぶのかが非常に難しい。佐渡は行くなら何人か誘ってフェリーターミナルまで車がいいのでは、という結論になった。そのうち行きたいものである。
久美原からは再び42号で西へ向かう。ライドするには悪くない日だが、思った以上に他のサイクリストに会わなかった。一時期のロードバイクブームは去った、ということか。

太平洋ロングビーチに出るといつものように大勢のサーファーがいた。この日はちょうど大会をやっていたようだ。
ときどき写真を撮るために止まる。
そういえばこの日初めて、ロードバイクに28cのタイヤを履かせてみた。10年前に組んだリムブレーキのバイクでタイヤクリアランスが心配だったがまあ何とか大丈夫そうだ。チューブレスで4.5気圧エアを入れたがもう少々減らしてもいいかもしれない。
海岸線を眺めながら走っていると、上野さんが「海岸の地形が面白い」という。あまり気にしたことはないが、場所によって岩ばかりのところや砂に埋もれた岩の海岸があり、少し離れるだけでも砂の堆積具合や岩の削れ方が違うようだ。仲間と走るとこうした新しい発見があって楽しい。

今回のライドで行きたいところがあった。渥美に新しくオープンしたスポット「渥美あじさいの森」である。地元新聞にも出ており、気になっていたところだ。渥美の体育館などの施設のとなりにあり、入場料は500円。
普通に見て回って30分から一時間もあれば回れる広さだ。思いのほかお客さんが多く、駐車場はかなり埋まっていた。地元のボランティアらしきおじさんが一生懸命駐車場の案内をしていたが、あれは警備員を何人か置いた方がよさそうだ。
園内には色とりどりの様々な品種の紫陽花が植えられており、他の紫陽花の名所であるようなたくさんの紫陽花が植えられた園内全体を見るという感じではなく、個々の個性的な品種を見て回る感じだ。まだ紫陽花の花と花の間に空間が空いていたので来年か再来年にはもっと全体に花が大きくなって見応えが出ることだろう。
我々サイクリストおっさん2人は見たことのないような紫陽花の品種を見つけては感嘆の声を上げ、ただただ関心した。
園内の展望台からは周囲の電照菊のハウスと海が見えた。
渥美あじさいの森を後にし、太平洋岸のサイクリングロードに出る。
昔のようにガンガン走らない、いや走れないのでサイクリングロードで軽く踏むぐらいがちょうどいい。
ふと、学生のとき、ここで野犬に追われたことを思い出した。まあどうでもいい話である。
伊良湖岬手前の坂を勢いで上り、いつものように後ろを振り返る。この日は霞んではいたが、ここから渥美半島を見るのが好きだ。
下には日出の石門も見える。
恋路ヶ浜が眼下に見えるお決まりのスポットで写真撮影。こういうありふれたライド、特別でなくても楽しくていいなと思った。
少し早めの昼食を漁港直営の「いらご食堂」でとることにした。いつも混んでいるが、時間がやや早かったこともあり、少し待って入ることができた。
私は刺身定食、上野さんは煮魚定食を注文。前菜の海苔の炊いたものがとても美味しかった。
刺身定食は地魚を中心に5種類ほど盛られており、アサリご飯と食べたが、大盛りの白米でもよいかもしれない。
一方、上野さんの煮魚定食は20センチ以上はありそうな真鯛の煮付けがドンと皿に乗っていた。
これこそ大盛りの白い米が良さそうである。
お腹を満たすと渥美半島を折り返し、国道259号を進む。
途中、福江でリニューアルした「ショッピングセンターレイ」に立ち寄る。

道路からだとよく見えないが入ってみると綺麗な施設が並んでいた。
食堂、ゲストハウス、地元スーパーのアツミ、それからクラフトビールの渥美半島醸造などがある。
ここは良さそう。
ただ自転車で来るなら泊まるつもりでくる必要がある。ビールを泣く泣く見送った。
福江からは半島の真ん中を進んで行く。地味な向かい風でジワジワ体力が削られる。
何とか道の駅田原めっくんはうすに着くと、土産に白いとうもろこし「雪の妖精」を購入した。我が家としては今期初のとうもろこしである。これは大変美味しいのでおすすめである。
上野さんがよく行くというクレープ屋さんを教えてくれるというので、道の駅から少し行ったところにある「クレープココロ」に案内してもらった。
なかなかの人気店のようで、クレープを焼けるのを待つお客さんが何人もいた。
オーダーシートに注文を書いて先に支払いをする方式。
私はおすすめのココロスペシャルのキャラメルを頼んだ。

クレープはパリパリ生地で中にバナナと生クリーム、上にはシフォンケーキが乗り、そこにホイップとキャラメルソース、最後にチョコスプレーと昭和生まれのオッサンが思わず「おおっ」というビジュアルだった。
正直40代のおやつには重いかと思ったが、それなりに体力を消耗していたのか、ペロッと食べてしまった。
その後、豊橋の郊外まで走ったところで上野さをと別れた。
渥美半島一周も改めて行ってみるといいな。
難しいことを考えずにまた行こう。
初夏の甘酒 - ライド奥三河 -
春から職場が異動になり、ホームグラウンドの奥三河から離れてしまった。
日常的に奥三河に関わっていたのが、離れてしまうときはあっという間である。
5月の初旬、ライドには一番いい季節に奥三河へ行きたいと考えていた。新城の黒田で以前お手伝いした「黒田ラウンダバウト」が開催される日であったので、一つはそこへ行くとして、もう少し走りたい。仕事帰りの電車でSNSを眺めていると道の駅したらが5周年イベントをやるという。
もう5年になるのか。
イベントの記事を見ていると道の駅にある「清嶺食堂」でビーフカレーを1000円で限定30食で出すという。これはいいな。
清嶺食堂はジビエや絹姫サーモンなど設楽町の食材を使った料理などがあり、私は仕事の日のお昼にもときどき使っていた。ちなみに私のオススメは麻婆豆腐である。
「限定ビーフカレー食べて、それから黒田だな」週末のライドプランは決まった。

週末の朝、ついこの間まで通勤ライドで使っていたいつもの道でまずは新城に向かう。状況が変わると少し新鮮に感じるのは不思議なものだ。
走り出しは半袖では少し寒いかと感じたが、走っているうちにちょうどよくなる。こんなふうに心地よく走れるのはこの季節と短い秋ぐらいなものだろう。
去年旅したWestern Australia の夏の過ごしやすかったことよ。

新城市街から鳳来地区に入り、旧田口線ルートを北に進んでいく。ここを行くのも久しぶりだ。木々に覆われた川沿いの道はいつ来ても涼しい。
道の駅したらに到着。まだ清嶺食堂の開店時間前である。周年記念ということでいろいろな店のテントが出ている。そうしたテントを覗きながら道の駅の2階へ向かった。
地元関谷醸造の体験スペース「酒らぼ」の前で甘酒の試飲をやっていた。
蓬莱泉の甘酒は当たり前のように美味い。甘酒は単糖類で吸収がいいと昔聞いたことがある。ライドにはもってこいだ。
酒らぼのとなりにある観光協会の方とお話をし、6月に阿寺の七滝であるイベントのチラシをもらう。スタンプラリーになっていて、奥三河各地の観光協会などでスタンプが押してもらえる。
さてビーフカレーである。

これだ。開店時間前だが清嶺食堂の前には列ができていた。私も慌てて並ぶ。
券売機でやや苦戦したが無事に注文。
ナイスなビーフカレーである。設楽産のトマトだろうか。トマトベースの甘めのルーが存在感のあるゴロゴロビーフとよく合う。いいものを食べさせていただいた。
カレーに満足して外へ出ると餅つきをやっている。今食べたとこではあるがせっかくなのでご相伴に預かることにした。
つきたての餅は五平餅のタレとともに出してくれた。これが本当に美味しかった。タレだけ欲しいくらいである。奥三河は美味しいものが多い。
道の駅を出ようとロードバイクに戻るとグループライドで来ていたサイクリストに話しかけられた。何事かと思えば「これってindependent ですよね!かっこいいですね。私シエロのスポルティーフ乗ってるんですよ」とかなり久しぶりに自分の自転車を褒めてもらった。

シエロも販売がなくなって久しいが、その方は大変綺麗な状態で乗っていてこちらも何だか嬉しくなった。

爽やかな川の景色を眺めながら新城方面に戻っていく。
だんだん暑くなってきた。一時間少々走って新城市黒田へ。
黒田は周囲を山に囲まれており、集落から他の場所に抜ける道路がないことから、用がなければ立ち入らない場所である。ただ集落はどこか懐かしい趣がある。
過去の「黒田ラウンダバウト」で訪れるまでこんな素敵な集落があることを知らなかった。
黒田ラウンダバウトは集落の数箇所でキッチンカーやお店がテントを出していた。私は山小屋エリアでイチゴのたっぷり乗ったメレンゲのスイーツ、パブロヴァをいただく。設楽でたくさん食べたが、設楽からここまで慣れない暑さに少々やられ気味だったので甘いものが嬉しい。
食べながら運営の人や店の人、お客さんとお話した。こういう雰囲気はいいな。
その後、大きな銀杏の木がある宝昌院エリアへ。
Hihumi1.2.3のブースではお友達の祐子さんとアレックスがいつものようにドリンクを売っていたので甘酒レモンサイダーを注文。
そういえば午前も甘酒飲んでいたが、こちらのほうが飲みやすい。夏に良さそう。Hihumi のドリンクは前に飲んだレモンマートルのハーブティーも美味しかった。こちらもオススメである。
その後も他のお客さんや知り合いと会話を楽しむと黒田を後にした。
久しぶりに100キロのライドとなった。
そろそろ東栄町に行きたいな。
御末社巡り - 新城市黒田の石仏を巡る -
1月の終わりの日曜日、友人から「来週、地元で『御末社巡り』っていう地元行事を一般募集もかけてツアーをやるんだけど、けっこう山道もあって心配だから手伝ってほしい」と言われた。
少し前に新聞の地方面に地元を知ってもらうため地元有志が一般向けのガイドツアーをやる、そんな記事が出ていた。主催者に友人二人の名前もあり、がんばってるなと他人事のように思っていたが、まさか手伝うことになるとは。
せっかく声をかけてもらったし、新聞を読んで興味もあったので参加させてもらうことにした。
そもそも「御末社巡り」とは何なのか。
「おまっしゃめぐり」と読むそうで、新城市の南部、黒田地区の風習で毎年、一月中旬に黒田の周囲の里山にある28の石仏を順番に巡りお参りする行事らしい。
今回のツアーには20名ほどの人が参加。2月の早朝の新城は寒い。
参加者は半分が地元黒田にゆかりの人のようだったが、私のようによその地域から来た人もいた。

集合場所の駐車場の傍らにある仁皇様の前で、地元の方から「御末社巡り」についての話や仁皇様の話を聞く。江戸時代にお伊勢参りなどが流行ったころ、遠くに行けない地元の人々が集落を囲む里山に様々な石仏を集め、それを巡るようになったらしい。

集落にある仁皇様から南部の里山に入っていく。昔は子供からお年寄りまで参加していたそうだが、今では地区のお役もある人ぐらいしか参加しないそうだ。そうした事情もあり、私の友人たちは「地元の人にも「御末社巡り」をもっと知ってもらいたい」と、今回のイベントを企画したという。
私は奥三河の風習についてはある程度知っているつもりだったが、この「御末社巡り」は全く知らなかった。参加者の中には、奥三河観光ガイドの方もおり、お話させていただいたが、その方も今回初めて知ったという。奥三河にはまだまだ知らない風習、さらに言えば、知られないまま失われた風習があるかもしれないなと思った。

途中の山道は比較的山道を歩きなれている私でも急な登りと感じるような道だった。細い山道といった感じで特に階段が整備されていたりはしないが、道の周囲の枝は払われ、踏み跡はついており、必要以上に手が加えられていないのは好感が持てた。

小高い山の上には、金比羅様が祀られている。参加者はそれぞれお参りをし、事前に配られたお米と持参した賽銭を供えていた。なお、お米は獣害対策で最後尾の地元の方が回収していた。
獣害の話題が出た際に地元の方に話を聞いたが、黒田はイノシシは出たが、シカは出なかったらしい。ただ近年はシカも出るそうだ。とにかくシカが増えているというのは奥三河のどこでも聞く話だが南部の黒田も例外ではないらしい。
一旦山を下り、集落の中にある本光寺跡へ。ここにはかつて寺子屋があったそうだ。今は阿弥陀如来や才の神、庚申様などが祀られている。
本光寺跡からは、再び山道へ。
次の石仏は馬頭観音。どうして街道でもないこんなところに馬頭観音があるのか地元の方に聞くと、ここは隣の吉川の集落と結ぶ古い道だそうだ。そうしたことから吉川地区とは古くからつながりがあり、集落間での結婚もよくあったそうだ。
現在では、黒田と吉川は車で行くには大きく山を迂回する必要があり、私は二つの集落のつながりなんて全く考えたことがなく、地図をみて大いに納得した。
馬頭観音のあとは、足浅間、腹浅間、頭浅間と順番に神様が並ぶ。その名のとおりそれぞれの名前の体の場所のケガなどにご利益があるらしい。ここのところ膝の調子が悪い私は足浅間様に特に念入りにお祈りしておいた。
その後は車の走行できる林道を歩いていく。林道ができる前は山の稜線を歩いていったらしい。それはそれで面白そうだな、と思った。また探索に来よう。
林道をしばらく歩き、行者様のある広場で休憩。地元の方々がお茶やお菓子を出してくれる。歩いてきたので体は温まっているが、雪が舞っていた。遠くに見える本宮山は暗い雲に覆われていた。

ここの役行者(えんのぎょうじゃ)は友人イチオシのイケメンである。集落を見下ろすように鎮座していた。
再び林道に戻り、黒田の集落を囲む山々の中腹を進んでいく。沢路の奥へ入っていくと不動明王があった。ここは黒田川の源流だそうだ。不動明王の下は滝のような小さな崖だったが、水は少し染み出しているという感じであった。
不動明王から先は、林道を下り集落のほうへ戻っていく。開けたところに出ると道の分岐に立つ柊があった。これが安産の神らしい。柊の木の下に観音様がいたが、ここも昔は別の石仏があったとか、そもそも石仏はなかった、という説があるそうだ。
そうした判然としない歴史がなんとなく伝承されているのは、それはそれでいいような気がした。おおらかな集落の人々の気質をうかがわせるエピソードだと思う。

最後は集落にある諏訪神社。立派な御神木が目を引く。

ツアーはここで終了。約7.5キロの行程を3時間で回った。子供からお年寄りまで参加者がいたわりに順調に回れたのではないだろうか。ハイキングコースとしてみても歩きごたえがあり、なかなかいいコースだった。
特にトラブルもなく、無事に終わってほっとした。

終了後、主催の友人たちに地元ケーブルテレビがインタビューしていた。よくがんばったよ。
急な話ではあったが、久しぶりに奥三河の新たな一面を知ることができた休日だった。
愛すべきレッドエールに再び会えることを願って - Cycling Ireland -
帰国
帰国のフライトは午前9時45分。アッシュフィールドホステル、つまりダブリン市街からダブリン空港まで一時間ほどかけて自転車で移動する。

明け方まで喧騒が聞こえた夜明け前のダブリンは酒の匂いなどでいい匂いとは言い難い。

初日に走った道をなぞるように走り、初日に立ち寄ったバーやショッピングモールを横目に見ながら、ダブリン空港に着いた。アイリッシュグリーンにライトアップされた空港は宇宙船のようだった。

空港のラゲッジサービスに預けておいたバイクボックスを回収。10日ほど預けて100ユーロ。高いは高いが、空港にバイクボックス預けて、そのまま自転車で出発して戻って来られるのはとてもいい。梱包したバイクを空港まで運ぶのも大変だし、梱包用の箱を持って自転車で移動するのも大変である。前回の西オーストラリアでよく分かった。
空港の外のドアの横で梱包作業を始める。だんだん外が明るくなってきた。自転車を梱包する私を珍しそうに眺めていたマダムと軽く会話をし、梱包が終わると、いよいよ帰るのだなと実感が湧いてきた。

私は梱包したバイクをカートに積み、フィンエアーのチェックインカウンターに向かった。私のアイルランドの旅は終わろうとしていた。
***********
ブッシュミルズの宿でスモールサイズと言われた山盛りのフィッシュ&チップスを食べて日記を書いているとき、ふと気が付いた。
翌日にはイギリス領からアイルランドに戻る。イギリスの切手を貼った手紙をその日のうちに出さないといけない。
私はポストを探しに夕刻のブッシュミルズの街へ出た。

ポストはすぐに見つかり、私は赤いポストに手紙を投函した。これもいつ届くのやら。
日没の時間が近づき、ブッシュミルズの街が夕暮れ色に染まっていく。
いい時間だな。無事に手紙を出し終わった私は少し歩くことにした。
ブッシュリバーの橋の上に立ち、北の空を見た。
「ああ、そうだ。こういう景色に会うために旅をしてきたんだ」

なんとやさしい景色だろう。
まだ薄く青の残る北の空が雲に隠れた橙色の空と混じり合い、夕刻の光を浴びたブッシュリバーは淡い薄水色に輝いていた。
手紙を出しに来たおかげで、憧れのブッシュミルズでこんな素敵な風景に出会えた。私は手紙の宛名の人々に感謝した。
旅の終わりに自分らしい旅の景色を見ることができた。
思い返してみれば、今回の旅は、私の旅にしては盛り過ぎたところがあった。普通の観光旅行並みに行きたい場所をいくつも上げ、順番に訪問した。いざアイルランドへ行くとなったら、そんなに行きたい場所があったことに自分でも驚いた。
そうした中、順調とはいかないまでも、行きたいところにはほとんど行けたし、食べたいものも食べた。それはそれでよかったが、一方でなんだかいつもと違うな、と思うこともあった。やりたいことが多くてそれがやがて使命感になってしまっていたのかもしれない。
もし次があるのなら、今度はもっとゆっくり、そして特に目的のない旅をしにアイルランドに来よう。
聞いたこともない街でバーに入り、Smithwick'sを飲みながら、フィッシュアンドチップスを食べ、いや、そこはアイリッシュシチューかも、とにかくその店のおすすめを食べるのだ。
それから名もなき石の遺跡に立ち寄り、その遺跡がどうしてここにあるのか、勝手な想像、きっと歴史的事実とはかけ離れた全然的外れな想像だろうけど、そんなことを考えてみるのもいいかもしれない。
キャンプを張り、ローカルなトレイルを一日ハイキングを楽しむのもいいかもしれない。
これといったテーマを持たずに始める旅、それが私の旅だと思う。
行った先で出会う人や風景。
そうしたものに心を動かされる、そんな単純な旅をまたしよう。
だから、チャンスが来たらいつでも旅立てるように準備をしておかなくては。
アイルランドを旅したら、もっとアイルランドの旅がしたくなった。

愛すべきレッドエールに再び会えることを願って。
2025年 Ireland編 おわり
ラストミッションのシェパーズパイ - cycling Ireland -
Portrush
夜明け前、ブッシュミルズを出発。ブッシュミルズから西に30分ほど走ったところにあるポートラッシュから出る始発列車に乗り、帰国に向けてダブリンへ戻るのだ。
薄明かりの中走り出す。道に車はほとんどいない。だんだんと周囲が明るくなり、周囲の風景が少しずつ色を増していく。

ポートラッシュまでのルート上にはダンルース城があった。周辺の観光地と共に回られることが多い史跡で、今残っている城跡は1500年頃のものらしい。
旅の計画をしている際、そこにダンルース城があることがは認識していたが、時間の関係で寄れない場所かなと思っていた。
夜明け前の薄明りの中、海岸沿いの岸壁の上を走る道をさらさらと滑るようにペダルを踏んで進んでいく。向かう道の先に、断崖に立つダンルース城がぼうっと浮かび上がってきた。海を背にして荒々しく崩れかかったその姿は、黎明の暗さと相まって独特の雰囲気を放っていた。

ポートラッシュまでの海沿いの道は、複雑な海岸の地形が作り出す独特な風景で、これまで走ったアイルランドの地形とは違う雰囲気でわずか30分ほどであったが、走ることができてとてもよかった。

道の感じは違うが、そこはアイルランドである。いつものように牧草地には牛や羊がいた。アイルランドでこうして牧場のそばを走るのもこれが最後だろう。牧場の牛がこちらを見ていた。
「また来るよ」
私は名もなき牛に無責任な言葉を投げた。
果たされないかもしれない、いいかげな約束だ。だが、間違いなくアイルランドを去るのは名残惜しい。

ポートラッシュの街はこじんまりとした可愛い街で色とりどりに塗られた建物が鮮やかだった。

早朝の駅はまだ開いていなかった。電車が来るまでしばらく待つ。

北アイルランドの鉄道は自転車を載せることができるが、アイルランド側と違い、自転車スペースの予約ができない(アイルランド側は自転車を載せる場合、予約が必須)。
これは鉄道会社にメールで問い合わせたが、北アイルランドでは自転車を載せたい場合は先着順とのことである。自転車が載せられないと何ともならないので、とにかく早く駅で並ぼうと思ったのである。だが、ホームで電車を待っていたのは、私の他に身軽な男性が一人だけだった。

やがて列車がホームに入ってくる。ドアに自転車のサインを見つけ、私はバイクを列車に乗せた。

ポートラッシュからベルファストの中央駅まで行き、ここでダブリン・コノリーの行きの列車に乗り換える。車内で車掌さんがスマホのオンライン予約のQRを読み取り、これまたQRの入ったレシートのような紙をくれた。

ベルファスト中央駅に着くと予約してあるより1本早いダブリン行きの列車がホームにいた。結果的には1時間早い列車でも乗れたわけだ。まぁここの乗り換えは絶対に失敗できないところだったし、これでよかったんだと思う。11時発の予約の列車までベルファスト中央駅の構内で待つ。
10時半ごろダブリンに行きの列車に人が並び始めたので、私もバイクを持って並ぶ。バイクを持っているは私だけのようだ。よかった。
検札が始まり、駅員さんにスマホのにQRを見せたが、どうやらこれを紙にしないといけないらしい。おじさんの指示でバイクを先に車両に積み込み、戻ってくると、別のスタッフがスマホのQRをハンドスキャナーで読み込んでくれて、レシートのようなまた別のQRの入った紙をくれた。これが切符になるらしい。そうか、ポートラッシュからの列車で車掌さんがQRをスキャンして出してくれた同じような紙が切符だったわけだ。これはわからん。
ダブリンーベルファスト間は同じ路線、車両をアイルランドからはアイルランドのIrish Railが、ベルファストからはイギリスのTranslinkがそれぞれ運航している。鉄道は一緒だが、運営する会社が違い、行きと帰りでチケットの扱いがこういう違いがある。これは初見ではわかりにくいな。ちなみに車内販売はユーロでもポンドでも買うことができる。ちなみに私は残った現金のポンドを車内販売のコーヒーで使い切った。

ベルファストからダブリンへと戻っていく。自分が走ってきた道と同じところを走るわけではなかったが、この数日間に走ってきたそばを列車で戻っていく。北アイルランド、いやイギリス最初にたどり着いた街、ニューリー。ニューリーなんてトラブルがなかったら行くことがなかった街だ。そのうちにいつの間にか国境を越えていた。

そして日本人の若者が頑張っているドロヘダ。
ああ、この前の西オーストラリアのそれと同じパターンだ。あの時も一週間かけて旅したマーガレットリバーからパースまでバスで戻って、それなりに苦労して行ったのに戻る時は一瞬であった。鉄道やバスで気軽に行けてしまう道を自分の足で、自転車で走るということに、私は意義を見出してしまったのだ。
正直、自転車で旅をするのはいろいろ面倒も多い。今回は特にそうだった。それでも自転車で来たから見ることができた景色、そして自転車でアイルランドの緑の中を抜けていくという単純な感動はやはりなにものにも変えがたい経験だ。
今回は特にいろいろ大変だったと思うが、来ることができて本当によかった。送り出してくれた家族、とりわけ妻には感謝しかない。

最後の食ミッション
ダブリンに到着。スーパーに寄りながら少し土産物を買い、初日に泊まったアシュフィールドホステルにチェックインする。部屋は前回と同じ18人部屋である。今回も2段ベットの上を割り振られた。下が良かったが仕方がない。しかし、今回、下のベッドは感じのいいメガネの女性である。何かある訳ではないがちょっと嬉しい。
翌日は早朝に宿を出ないといけない。出国に向けてパッキングし直す。機内持ち込みのもの、受託手荷物にするものなどだ。
一旦パッキングを切り上げ、ダブリンの街へ出た。この日は土曜日。週末のダブリンは本当に凄い人だった。街中を歩いても土産物屋を覗いても人、人、人。人ごみはやっぱり苦手だな。
家族と自分への土産物を買い終え、アイルランド最後のミッションはシェパーズパイである。
若い頃読んでいたジャック・ヒギンズの小説の主人公がよくパブでシェパーズパイを食べており、それを見てレシピを調べて自分でも作ってみたりしていた。最近では家飲みの時に作ったりもする。だが、本場のシェパーズパイは食べたことがなかった。
シェパーズパイが食べられるお店はあらかじめ調べておいたO'Neills Pub & Kitchenというところへ行く。まだ午後5時だというのに店内は大賑わい。パブでは人が並んで注文すると言う習慣がないので、カウンターに張り付いてお店の人を捕まえ注文しなくてはならない。カウンターに客が常時5、6人は群がっている感じだ。ビールはその場でくれるが、食事は先に席を確保してと言われ、それも少し苦戦した。
かなり待って、念願のシェパーズパイが運ばれてくる。

シェパーズパイはタマネギなどと炒めたラム肉のミンチの上にマッシュポテトを乗せて焼いたパイである。パイ生地使わなくても、マッシュポテトで蓋をしてあればそれもパイということらしい。
私の最終日の晩餐に相応しい料理である。スプーンを入れ、厚いマッシュポテトの層とミートの層をスプーンいっぱいに乗せ、口に運ぶ。味はいい。

ミートの層はグリンピースのような豆が入っていた位で、後の具はほぼ肉だ。味付けはブラウンソースかそんな感じ。自分で作るシェパーズパイは方向性として間違ってなかったな。もちろんそれがわかっただけでも嬉しい。
とにかく量が多く、半分食べて皿に平すと一食分くらいに見えた。

この店のシェパーズパイで笑ってしまったのが、添え物のジャガイモ料理である。

こんなにマッシュポテトが乗った料理なのに、どうして添え野菜もジャガイモなのだろうか。ジャーマンポテトかと思ったが、ソーセージみたいのを口に入れると甘くて柔らかい。あ、ニンジンか。食べてみてわからないもんだなぁと思った。

シェパーズパイ自体は完食したが付け合わせのイモとニンジンを少し残してしまった。それでもよく食べたと思う。最後のSmithwick's を飲み干すとパブを後にした。
満足して暗くなったダブリンの街を歩いて宿に戻った。宿の入り口には「本日満室」の貼り紙があった。週末のアッシュフィールドホステルのパブリックスペースは、様々な国の旅人でにぎわっていた。そんな光景を私はぼんやり眺めて、ああ旅の宿の正しい景色だな、と思った。
聖地巡礼 the old Bushmills distillery - cycling Ireland -
Anna's Kitchen Bake Coffee
朝、二度寝してゆっくり起きる。あまり調子は良くない気がする。だが走れない、と言うほどではない。当初の予定では、ブッシュミルズ村にあるブッシュミルズ蒸留所とその先にある世界遺産「ジャイアンツコーズウェイ」に行くつもりだったが、体調次第では、ブッシュミルズだけにしようと決め、私は走り出した。

不思議なもので走り出すといつもと変わらない感じだ。寝る前に飲んだいろいろな薬が効いてきたんだろうか。だが、無理をせずペースは抑え気味で走る。
今日も道は広い丘陵地帯を行く。北アイルランドに入ってからずっと続いている感じだ。今日もGoogle任せだが、ハイウェイを避けて、ローカルルートを案内するGoogleには脱帽する。正直、ロンリープラネットの出番はほとんどなかった。
お昼少し前にMallymoneyという街に到着。ルート近くを地図で調べ、ベーカリーカフェを見つけて入る。

カフェではショーケースの中のパンも気になったが、メニューを眺めていて見つけたいかにも海外っぽいベーコン&パンケーキを注文。合わせてカプチーノを頼む。
ベーコン&パンケーキが運ばれてくる。パンケーキにカリカリベーコンが乗ったそのままの見た目。
パンケーキにはメイプルシロップが横に添えられていたが、私はあまり考えずに全部かけてしまった。食べたらシロップが甘すぎてびっくりした。ベーコン&パンケーキは甘塩っぱい感じで、まぁ想像通りの味だった。家ではわざわざ作らないな、と思った。それにしてもカリカリのベーコンと柔らかいパンケーキを一緒に食べるのは至難の技であった。
私の向かいの席に座ったじいさんとばあさんが4人がけの席で横に仲良く並んで座っていた。別にべったりしているわけではなくいつもそんな感じなのだろう。あんな風に年を取りたいものだな、と思った。
ランチの後はいよいよブッシュミルズを目指す。少しお腹の調子はイマイチだが、この調子なら1時間半といったところだろうか。
ジャイアンツコーズウェイを行くかどうかで何度も悩むが行くことにする。
ブッシュミルズ蒸留所の見学ツアーの予約は3時からとってあり、ブッシュミルズから約3キロジャイアンツコーズウェイに行き、戻る時間を考えるとちょっと微妙な時間であったが、ここまで来てジャイアンツコーズウェイまで行かないのも、もったいないということもあり、私は行くことを決めた。

昼食を摂ったバリーマネーからジャイアンツコーズウェイに向かう田舎道は、最高に普通の田舎道でとても良かった。

昔読んだロバート・ジェームズ・ウォラーの『一本の道さえあれば』に出てきそうな、そういう想像したとおりの道だった。


今回の旅は道が素敵だな。古い石づくりの建物、牛や羊などが幾度となく現れ、視界の先から端へと後ろへ流れていく。旅の終わりは近い。
Giant's Causeway

ついにブッシュミルズの村に入った。あぁ、ようやくたどり着いた。
いつか自分の足で行こうと決めたブッシュミルズ。若い頃の夢を一つ叶えることができた。
こみ上げる興奮を抑え、まずはジャイアンツコーズウェイに向かう。本当はすぐにでもブッシュミルズ蒸留所に行きたいところであったが。
ブッシュミルズはアイルランドで何度も通過してきたような小さな村だが、観光客人が多い。
ブッシュミルズ蒸留所とジャイアントコーズウェイがあるからだろう。
徒歩か自転車でジャイアントコーズウェイに行けるトレイルがあり、そこを自転車で進んでいく。夏の間だけジャイアントコーズウェイに行く観光鉄道が走っているようだ。トレイルが一部通行止めになっていたが、工事をしていた人に話しかけると、そのまま走っていいと言ってくれた。回り道をすると大変なのでとても助かった。

そこから先のトレイルでは多くの人に会う。いろんな人がジャイアンツコーズウェイに向かって歩いてきているようだ。ほとんど観光客のようで私もその辺を歩いている人に「ジャイアンツコーズウェイはこの先?」と道を聞かれる。「そうだよ!」私はそうやって答えながら、合ってるといいなと心の中で思った。

ジャイアンツコーズウェイは一大観光地だった。大型のバスがバンバン来て、一般の車も多い。一般車は有料の駐車場に案内されており、自転車も駐輪場所があったが料金は取られなかった。

ジャイアンツコーズウェイは、柱状節理と呼ばれる火山活動で作られた石柱が連なる場所で、私が普段活動する奥三河地域では東栄町で見られるが、一つ一つの柱の形が東栄町のそれより2倍から3倍大きい。規模も大きくまさに圧巻だった。



ブッシュミルズ蒸留所の見学時間が迫り、私はブッシュミルズ村へ戻った。
the old Bushmills distillery

現存する最古のアイリッシュウィスキー蒸留所であるブッシュミルズ。私は若い頃からずっと飲んでいるウィスキーである。二十歳で一ヶ月日本国内を自転車で旅をしていたときもボトルで一本丸々持っていたものだ。その後の人生の節目節目で、シングルモルトのブッシュミルズを飲んできた。ある友人は結婚の祝いに一本くれたし、2008年の400周年の記念ボトルはまだ半分残してある。
私の人生にとって切っても切れないウィスキーであり、今回、ブッシュミルズ蒸留所を訪れることが、一番の目的であったと行っても過言ではない。

慌ててジャイアンツコーズウェイから戻ったが、ツアーには何とか間に合った。

今日のツアーは10数人ほど。初めにどこからたのと聞かれたが、アジア人は私1人だった。ツアーは工場内を順番に巡りながらガイドのおじさんが口頭で製造工程などを説明していというもの。

ただギネスやスミディックスの見学と同様、私の英語力の問題で残念ながら理解できたのはほんの一部だった。

それでもこの雨の多い地域が育む水を使っているといった話やシングルモルトも年数によって寝かせる樽の種類を変えているなどは理解できた。また実際に熟成に使うシェリー、バーボン、ワイン(だと思う)の各樽を実際に嗅ぐことができた。

私があまり内容を理解できていないというのもガイドの方もわかっていたんだろう。気を遣って写真を撮ってくれた。



ツアーの最後はお待ちかねのテイスティングである。

シングルモルトの12年、16年、21年のテイスティングである。12年は我が家にもあるが、21年なんてなかなかお目にかかれない。それぞれのフレーバーの違いや、いろいろ飲み方や味わい方を教えてくれた。これはとても良い。


各シングルモルトを一杯ずつとそれから加水した12年ももらったため、なかなか酔った。


その勢いで土産コーナーに行く。まあまあ散財してしまった。ある意味想定内か。
最後にポットスチル(蒸留器)の前で記念撮影をと思い、その辺りにいた観光客に声をかけた。たまたま工場見学ツアーで一緒になった人で、自転車を持った私の姿を見て、どこから来たの?とかいつものように聞かれる。
そして写真を撮ってくれと頼むとなぜか、「この子持って。とてもいい子だから。」と言って、彼女が連れていたでっかいレトリバーのリードを渡された。ちょっとこれには笑ってしまった。

このショットは私の旅のベストショットになった。
Smallサイズ?のフィッシュ&チップス
レトリバーを連れたナイスなおばさんと別れ、蒸留所のそばのスーパーに寄り、ビールを買う。珍しくSmithwick'sの6本パックの缶が売られていた。Smithwick'sで大体売られているのは瓶である。今日の飲んで残ったら土産にしようと思い、1パックを買うが、もう荷物はパンパンである。

ここはなかなか有名な店なようで繁盛していた。1/2と言うのがあったので、一生懸命「ハーフ」といったが、「スモールか」と聞かれるので、「そうだ」と答えておいた。値段も13ポンドと値段も悪くない。
予約したユースホステルは歩いて行ける距離だ。自転車を押して歩いていく。レセプションには誰もいなかったが、隣のレストランの経営しているらしく、そこに行くとすぐチェックインの手続きをしてくれた。
ベルファストのユースホステルのように少し古い感じはするが、全体に施設は綺麗で、ここは当たりだと思う。
部屋に荷物を置き、先ほど買ったフィッシュ&チップスをリビングキッチンで食べることにした。フィッシュ&チップスの入った箱を開けると、フィッシュアンドチップスはほぼフルサイズ。

確かにスモールといったはずだが。。
ただ、フィッシュ&チップス自体は私がこれまでいろんな国で食べてきたものの中でも1番と言っていい位うまかった。少しポテトを残し、いつものように2杯目のSmithwick's を飲んだ。
昨日、体調を崩してどうしようかと不安だったが、無事にブッシュミルズ蒸留所への聖地巡礼を果たした。
やり残したことはもうあまりない。
あとは無事に家族の元に戻るのだ。

灰色のBallymena - cycling Ireland -
「あれっ」
バリーミナの宿でベッドから立ちあがろうとすると、嫌な感じがした。ふわふわするような感覚。熱が出たときのあれだ。まずいな。
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Ulster Museum
ベルファストのバーを楽しんだ後、ユースホステルの部屋で眠りに落ちたが、夜中に向かいのベッドにいたくさいオッサンのせいで起こされた。まったく不快なオッサンだったな。

キッチンに移動し、朝食の支度をする。とはいってもトーストを焼き、コーヒーを淹れるだけだが。
コースを変更したことで日程的にゆとりができた。今日は50キロいけばいい。食事を挟んでも3時間みておけばいいだろう。外を見れば快晴。きのうの天気予報では午前中は雨だったのにな。こういうパターンのアイリッシュウェザーは歓迎である。軽くベルファスト観光をしていけそうだ。

キッチンには誰もいなかった。朝食の準備をしているとアジア人の女性が入ってきた。日本人かな、と一瞬思ったが中国の人だった。アイルランド、本当に日本人いないな。

出発準備を整えると宿を後にし、まずはタイタニック・ベルファスト、タイタニック博物館に向かう。

ベルファストはタイタニックが建造された街であり、造船所の跡地にタイタニック博物館が建っている。タイタニックにはさして興味はないが、建物が特徴的であるらしいので、その外観だけでも見に行こうと思ったのだ。

街を走っていくと偶然、インフォメーションセンターを見つけた。せっかくなので立ち寄る。土産はいろいろあったが、まだこの先いろいろ買うだろうと思い、ポストカードと切手だけ買った。

タイタニック・ベルファストは港の端に立っていた。想像したよりもはるかに大きかった。ちなみに入館料はオンライン予約で24.95ユーロ。
タイタニック・ベルファストの外観を見て満足すると、その足でアルスター博物館に向かった。北アイルランド最大都市ベルファストには見どころが多いが、その中で私が行きたいと思っていたのがアルスター博物館である。
アルスター博物館は国立の博物館で北アイルランド最大の博物館だそうだ。 美術、考古学、郷土史、植物学や動物学、地質学などの幅広い分野のその収蔵物が5階建ての建物の中に展示されている。入り口で寄付を求めているものの、基本的には無料である。





世界各地の古代~近代にかけての歴史的な収蔵品から始まり、世界大戦、北アイルランド紛争といった歴史を振り返る展示が続く。




そのほかに、アイルランドの自然史、鉱物、いかにも英国風の中世の絵画から、現代アートや写真と本当に多岐にわたる展示だった。アイルランドの自然史、動物などの展示は私のように英語があやしくても十分理解ができた。逆に歴史分野の話は解説がないと難しいと感じた。スマホの電波が悪く、英語翻訳がうまく機能しなかったこともあり、そういう意味では少し残念だったが、全体としては、どの展示もとても興味を引くものだった。一時間半ほど滞在したと思うが、じっくる見ようと思うともっと時間が必要だと思う。
売店でポストカードを買い、博物館を後にした。
丘の道

アルスター博物館からはバリーミナに向かう。バリーミナはいったいどんな街なのだろう。きっと私が住む豊橋も海外のツーリストからしたら同じように何があるかよくわからないだろうし、普通なら行く理由がない街なのかもしれない。ぼんやりそんなことを考えた。
今日もGoogle任せのルート設定。自転車ルート検索にするとうまくハイウェイを外して設定してくれる。小さい道でもきちんと舗装されている。グラベルバイクで来ているのでむしろ未舗装路でもいいのだが、意外と未舗装路に当たらなかった。グラベルが走りたいなら事前にきちんとリサーチしたほうがよさそうである。

今日も緑の牧場の間を進んでいく。北アイルランドの郊外の田舎道も緑が美しい。グレーの空でも緑のおかげで明るく見える。
どこかで昼食を取ろうかと思ったが、昨日バーでフィッシュアンドチップスを食べているおじいさんを見て、今夜私もフィッシュアンドチップスにしようかと思い、普通に食べたのでは完食できないだろうと思い、昼飯を抜いて走った。


バリーミナに近づくと、道は下り坂になった。レインギアを着ていないせいで、下りになると途端に体が冷えてくる。
バリーミナまであと数キロ、というところで雨が降り始めてくる。そのまま宿までやり過ごせるかと思ったが、このまま雨は強くなりそうだ。私はあきらめてレインギアを着込んだ。体がかなり冷えてしまった。

レインギアを着た後は、すぐに強い雨になった。雨を振り切るようにバリーミナの街にたどり着いた。
窓からの景色

Bookinng.comで予約した宿は、街の中心部にあり、紹介文にはB&Bと書いてあった。実際に行ってみると、大通りから1本入った住宅街で、宿というより家を間貸ししてるような民泊のようだ。感じの良いおばさんでも出てくるかと思ってドアノッカーをたたくと、出てきたのは普通のおっさんだった。自転車を持っていると話をすると家の中に置けないと言われたが、奥のガレージなら置いていいと言ってくれて助かった。
今回のところはキッチンとリビングが使えた。キッチンは正直清潔とは言えず、コンロには前に使ったときのままなのだろう油が周囲に飛び散ったままだった。どうやらオーナーもここを使っているようだった。

当てがわれた部屋は3階。部屋に荷物を運びこむ。海外でシングルルームなんていつぶりだろう。アラスカのコールドフットか?とにかく久しぶりである。

「寒いな」。廊下に置いてあったポットでコーヒーを淹れ、普段は使わない砂糖とミルクをたっぷり入れる。
疲れを感じベッドで横になった。
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しばらくゴロゴロして、立ち上がると何か変だ。
風邪を引いたのか。熱はあまりなさそうだが、体に明らかな違和感がある。
落ち着け、きっと大丈夫だ。何でもない。
私はベッドの端に再び腰かけると大きく首を振り、自分に言い聞かせた。
だが、首を振ったその感覚にも違和感を覚え、いよいよマズいなと思った。
今回の旅の最終目的地のBushmillsまではあと一日。どうしたらいいだろう?明日にでもダブリンに電車で戻って帰国まで大人しくしているか。このまま悪化したらどうする?
昼を抜いて体を冷やしたのが良くなかったのか。
いろんなことを考えてしまう。
毎日家族には無事にキャンプ場や宿に着いたなど連絡していたが、体調が悪いなんて連絡しても心配をかけるだけなので、伝えるのはやめた。
とりあえず手持ちの補給食を食べ、いくつか薬を飲んでもうしばらく休むことにした。明日のことは明日考えよう。
しばらく休んで体調が少し戻ってきたので、レインギアを着込んでスーパーへ歩いて行く。雨は降ったり止んだりだが、大雨ではない。どこか体がフワフワしたまま、結果的にスーパーまでは結構歩いてしまった。バリーミナの市街地はハイウェイ沿いの大型店舗が立ち並ぶところやいろんな商店の並ぶメインストリートは賑やかだが、一本裏通りに入ると人気も少なく、崩れかかった家があったりとなんだか寂しく感じた。自分の体調のせいもあったと思う。
晩御飯は持っていたパスタを茹で、スーパーで買った惣菜を食べた。

部屋に戻り、ベッドの上の天窓を開けて外を見る。冷たい風が吹き込んでくる。錆びたトタン屋根や風雨に晒されて色褪せたスレートの屋根。長屋だろうか、規則正しく並んだ煙突がこの街の冬の寒さを想像させた。
ぼうっとした感覚の中で見たこの窓からの景色がなぜか心に残った。

アイリッシュシチューとSmithwick’s - cycling Ireland -
Newcastle
朝、いつものように雨。夜の間にかなり降ったようだ。山の方から激しく水の流れてくる音がする。
傾斜地のキャンプ場の下の方、雨がちょうど溜まるところでテントを張っており、気がつくと斜面の上から流れてきた水がテントの下に溜まり、床がタプタプしている。まるでウォーターベッドの上にいるような状態になっていた。テントを張った場所がまずかった。

しかし、私の使っているアライテントはさすがである。そんな状況でも全く浸水してこなかった。焦る気持ちを押さえながら、一つずつ荷物をまとめ、防水のパニアバッグに納め、テントの外に出す、という作業を繰り返し撤収をする。幸い水没するような被害はなかった。

キッチンエリアに移動し、朝食の摂りながら今日のコースについて再考した。昨日の疲れがかなり残っている。ロンリープラネットの推奨コースでアイリッシュ海に沿って東側の海岸線を走っていく計画も立っていたが、内陸部を行くもう少し短いルートを取ることにした。

この辺りは東はアイリッシュ海、西はモーン山脈にはさまれており、私が進んでいった海岸線沿いの道は、ときおり山からの水が激しく流れていた。

道を覆う水量で、私は追い越していく車に水しぶきをかけられるのが嫌で、しばらく車をやり過ごした。
本日最初の街は、Newcastle。余談だが、私が普段仕事をしている街は愛知県の新城市である。新城市は世界各地にある「新城」と名の付く都市と「ニューキャッスルアライアンス」という提携を結んでいる。残念ながらこの北アイルランドのダウンにあるニューキャッスルはアライアンスには加盟していないようだ。イギリスにはほかにもニューキャッスルの地名があるのでイギリスでは、他が加盟しているようだ。ここが加盟していたら、新城の人に自慢してやろうと思ったのだが。
ちなみに私の住む市の近隣にある蒲郡市はニュージーランドのギスボンと姉妹港の関係にあり、私は一度行ったことがある、というのを蒲郡市民に自慢してみたが、反応は薄かった。あそこも小さな美しい街だった。

ニューキャッスルは人口8000人程度で、今日の目的地である北アイルランドの中心都市であるベルファストから近いことから、夏場は避暑地として人気らしい。

北アイルランドのニューキャッスルは我らが山の湊新城とは異なり、アイリッシュ海に面した風光明媚な街だった。早朝でなければ、テラスのあるカフェかバーでゆっくりしたい感じの街である。
海岸線を離れ、少し内陸に入っていく。どの街を経由してベルファストに向かうにせよ、車の多い主要道は避けたかった。

やがて空が晴れてきた。

道は丘を抜ける田舎道。

平坦な道からアップダウンに変わっていく。上りの道は辛いが景色が抜群に美しい。

本当にどこまでも続く緑の丘とそこで優雅に草を食む羊や牛たち。結局、ルートはまだGoogleの示したものを使っているが、まさにアイルランドで私が走りたいと思っていた道だった。アップダウンが多い分、多少時間がかかるが、この景色の中を走れるなら仕方がないなと思った。

基本的に車は容赦ないスピードで飛ばしてくるが、サイクリストが前にいて、見通しが悪く対向車が来るかもしれないようなところでは無理に抜こうとしない。



また対向車も大きな水たまりや行き違いが難しいところ、それから道路を譲り合うような場所であれば大抵、待っていてくれて道を譲ってくれる。スピードが速い車は怖いが、北アイルランドの郊外を走る車は基本的にはサイクリストに優しいと思う。
ルート再考
名もないたくさんの丘をめぐりながら、昼ごろにSaintfieldという街についた。


小さな町なので、何度か街のメインストリートを往復し、昼食をどこにするかいろいろ悩んだ結果、「Kin & Folk Bakery」というベーカリーに入る。

メニューを見たが、結局あらかじめGoogleで調べたときに気になったターキーエッグなるものを注文。カプチーノも一緒に頼む。

出てきた料理は、数個のポーチドエッグの下に、マヨネーズとチーズがあり、その周囲にビネガー系のソースとチリオイル、玉ねぎが入っていた。添えられた多めのディルがさわやかに香る。料理でそれはよかったが、パンが5切れもついてきた。昨日のカフェでパンを残していた男性のことを思い出し、パンはひと切れ残した。
丘を越えるルートは楽しめたが、昨日の走りすぎのせいで、とにかく疲労感がひどかった。
翌日、ロンリープラネット推奨ルートでベルファストからは再び東海岸をいくつもりでいたが、なかなかの山があるらしく、今の疲労具合では、そんなほうへ行ける気が全くしなかった。今日のようなことがあったらと思うと、キャンプも辛い。
カプチーノを飲みながらしばらくスマホとにらめっこすると、ベルファストの向こうにBallymenaと言う聞いたことない街で7000円弱で宿が1部屋空いている。
当初の計画とは違うが、昨日がイレギュラーすぎた。80キロ程度のところを130キロである。結果的に詰め込んでしまった日程のせいもあり、疲労はピークに近い。私はロンリープラネット推奨のベルファウストから北東のAntrim Coastを行くルートを諦め、内陸のバリーミナへ向かう平坦なルートに切り替えることにした。
Belfast
セントフィールドからベルファストまではアップダウンは続いたものの、後半はほとんど下り基調であった。調子よく走っていたが、ベルファストに入ったところで荷物が自転車から飛んだ。
その際に奥三河トレイルランニングレースの緑の手ぬぐいも一緒に飛んでいった。とても気に入ってたんだが。

時間もまだゆとりがあるし、天気がいいのでルート上にあった公園で濡れたままだったテントを乾かした。正直これは助かった。

予約したユースホステルホテルに到着。キャンプ場もないわけではなかったが、郊外にあり、バーで夕食を楽しむ予定であったので、街中のユースホステルにしたのだ。値段が安かったのもある。
ベルファストのユースホステルはかなり大きく、4、5階建てのビルだった。部屋数もかなりあるようだ。建物の作りが昔のユースホステルという感じだが、きちんと手が入っており、全体的にはきれいだった。
ただ、受付の女性がとても感じが悪かった。支払いのクレジットの端末も投げるようにこちらに寄越しててきた。英語も早口で何言っているかわからない部分が多い。しかも自転車の中に入れるなと言う。いったん、「はいはい」と受け答えし、荷物を部屋に運んだ。

結局、私はバイクをばらし、念のために持っていたモンベルの輪行袋に入れて、素知らぬ顔で部屋に持ち込むことにした。私の部屋は3階。
シャワーや翌日のドリンク用の砂糖多めの紅茶づくりなど、やっておかなければならないことを先にす済ませる。前日のうちに紅茶を沸かして翌日までさましておくのだ。こういう微妙な節約が大事である。ただ、今朝の雨の撤収でパニアバッグの下のほうに水が入ったみたいで、たくさん買っておいた紅茶のティーバッグに浸水しており、ほとんどがダメになってしまっていた。残ったら土産にしようと思っていたのだが。
いろいろ片付けてる間に夕方である。何でもないことに時間がかかる。昔はこういうところに時間がかかることなんて気にならなかったのだが、それだけ今回は「あれをやらなきゃ」とかそういうことが多いのだろう。
ごそごそしていると、「Hi!」と若いカップルが入ってる来る。彼女のほうが「アメリカから来たの。よろしく」と挨拶してくれる。彼氏のほうも感じが良い。私の部屋は4人部屋でほかに私より臭いちょっとやばそうなのオッサンが一人いた。実際、このオッサンはちょっとやばかった。
Brennans'Bar
店が混む前にと私は外へ出た。

ベルファストは北アイルランドの最大都市だが、国籍不明な外国人が多く、路地裏はダブリンよりちょっと怖い印象だ。今夜はアイリッシュシチューとSmithwick'sと決めている。
チャットGPTでアイリッシュシチューのある店を探させると、徒歩10分ぐらいのところにあるBrennans'Barというところにありそうとのことだった。

見るからにアイリッシュバーですという外観。観光客も多いのではないだろうか。入り口にトゥデイイズスペシャルが「天ぷら」と書いてあって、ちょっとウケた。それはそれでネタとしては面白いが、今日はアイリッシュシチューなのだ。

アイリッシュシチューはガイドブックなどでアイルランドの名物と書かれているが、意外とメニューにある店は多くない気がする。

1階のカウンターで忙しそうにする女性に食事がしたいと話をすると、食事する場合は2階ね、と言われる。1階が混雑していたので心配したが、2階はまだ席が空いていた。早い時間にきて正解だったな。

予定通りSmithswick'sとアイリッシュシチューを注文。

アイリッシュシチューは8.5ポンドで意外と安い。アイリッシュシチューはどんなものが出てくるかと思ったら、牛肉の煮込みで、じゃがいもとニンジンが入っていた。じゃがいもはほぼ溶けていて、シチューと言うよりも洋風の溶けた肉じゃがといった感じだった。
味は非常にシンプルで、素材の味と塩位ではないだろうか。食べやすくておいしかった。ただ、いつものように食べてみると見た目以上に量があった。これはもはやお約束である。

シチューを平らげ、2杯目のSmithwick’sを飲みながら日記を書く。となりのテーブルのお年寄りたちが、山盛りのフィッシュ&チップスを何でもないように食べている。あれがレギュラーサイズだとは思うが、あんなに脂っこいものをあの年でよく食べるなと感心した。
私は日記を書く手を止めた。

いつの日かベルファストのバーで日記を書きながら、Smithswick'sを飲んでいたことを思い出すが来るんだろうか。
あぁ、こうした旅の記憶が増えていくのはなんと素晴らしいことだろう。
2杯目のレッドエールのグラスが空くと私は席を立った。