昼食の後、県道へ出ると道は下り基調。
勢いよく県道を下っていくが、私はブレーキをかけた。ガードレールの遥か向こうに対岸の谷と山々が雄大に広がる景色が広がる。美しい伊那谷の風景。
ああ、ここは前に来たところだ。
あのとき、反対側から上ってきて、ここで同じように私はバイクを止めた。「美しいな」と素直に思ったのだ。この景色を違うアプローチで再び見ることができた。今回も来てよかったと心から思った。
次の目的地の田本駅には何年も前に友人のケンタに連れられてランドナーズクラブ名古屋の金井代表と共に行ったことがある。そのときは天竜川の右岸の南側からアプローチし、田本駅から県道1号へと抜けた。
今回、その逆を行く。
その時の記憶でよく覚えていることが2つある。田本駅までの道はなかなか荒れたシングルトラックであることと県道に出たところに焼肉屋があったこと、である。
目印の焼肉屋は建物自体はあったが店はもうやめてしまったようだ。
細い道を少し進むと田本駅への道を示す看板があった。前に来た時にはなかったはずだ。田本駅を目的地に訪れる人がそれなりにいるのだろう。お陰で、田本駅に降りて行く道を見落とさずに済んだ。
田本駅への道を降りていく。山間地の急傾斜地にある畑に降りていくような狭い坂道。人一人が通れるぐらいの道幅しかない。とても駅への道とは思えない。ここは記憶の通りだ。
慎重にバイクをコントロールし、道を下っていくが、オンロード用にタイヤの空気圧を高くしたため、バイクがよく跳ねる。しかも中々の斜度で、ドロッパーが欲しいと思うレベルだった。九十九折で足をついてしまう。結局、乗車できたのは7〜8割といったところだろう。なかなかハードな道だ。
田本駅にたどり着いた。まさに「たどり着いた」という感じだ。
何とか一人でも来られるものだな。
いや、駅に対して「なんとか来られる」というその言い方もおかしいか。納得の秘境駅だ。
当たり前だが、平日の昼間の秘境駅には誰もいない。
ホームを挟んだ向こうも山しか見えない。天竜川は遠くないはずだが。
しばしホームでぼーっとする。
これはちょっとした贅沢かもしれないなと思った。
待合室には旅人ノートが置いてあり、思いの外、遠方から人がやってきていることに驚く。私も少し書いておいた。
田本駅を後にする。
田本駅から天竜川に出る道は始めに上った後は、フラットで走りやすいグラベルになる。竹林の向こうに天竜川が見える。
天竜川に架かる吊り橋、竜田橋を渡る。記憶にあるより立派な橋だ。
天竜川に架かる南宮大橋のワイヤーのアーチが美しい。天竜川には多くの吊り橋が架かっているが、どれも絵になる。私は残念ながら知識が無いが、誰か橋の違いを解説してくれるなら橋を巡るツーリング、なんていうのもいいな、と思った。
温田駅に着いた。高校生のころ、この辺りの地形図を眺めながら、旅をしたらどんな感じだろうかと空想していた頃が懐かしい。
温田駅は特急ワイドビュー伊那路の停車駅だが、やや大きい田舎の駅といった感じである。飯田線の駅はどこも雰囲気があり、油断すると長居してしまいそうだ。
私は帰りの電車が気になっていたので、少し写真を撮ると温田駅を離れた。
次の為栗駅は天竜川沿いに南に5、6キロのところにある。こちらも駅に行くためには一旦メインルートを外れることになる。時間的ゆとりはなかったが、次に来るのがいつになるかわからないので立ち寄った。昔は駅の周囲に民家があったようだが、周囲が無人になって久しいようだ。
為栗駅からは天竜川がよく見える。こちらの吊り橋も雰囲気がある。名残惜しいが電車の時間がある。為栗駅を後にし、県道へ戻った。
為栗からはやや下り基調の平坦になる。少しでも時間が稼ぎたかったので重たいギアを踏んだ。
トンネルを抜け、山々が迫る川沿いの道をスピードに乗って進んでいく。私の知る世界の果ての辺境とは違うが、これはこれで辺境、いや秘境と言えるかもしれない、と思った。
しばらくペダルを踏み続けると平岡の町が見えた。
山々と天竜川の間にある町。
電車の時間を気にしているにもかかわらず、独特の雰囲気のある風景を前に足を止め、写真を撮った。
平岡駅に到着。
私はすぐに輪行袋を出すと自転車をバラし始めた。朝、輪行した経験が生きて帰りの輪行はスムーズに出来た。電車まで20分ある。
時間は短いが平岡駅の温泉に入ることにした。
平岡駅は駅としては無人で切符を買うことはできないが、「ふれあいステーション龍泉閣」という温泉宿泊施設が入っており、日帰り温泉もある。
一日走って汗だくになったので、汗を流せるだけでもと、温泉に寄った。
湯船に浸かると熱めの湯が体に染みる。長居は出来なかったが、温泉に入れてサッパリした。
温泉を出て、そのままホームに向かう。電車はすぐにやってきた。結構ギリギリだったな。
電車は予想通り空いていた。
輪行した自転車を車両の端に固定すると私はシートに身を埋めた。
最後は少し慌ただしかったが、思いつきで出かけた輪行ツーリングにしては悪くなかった。
次はどの路線で輪行しよう。
早くも私は次の輪行ツーリングを考え始めていた。