定着から放浪へ 放浪から定着へ

自転車の旅、そのほかの旅について書いています。

遅れたバスを待つ間に -cycling NewZealand -

私の家に来て、食事にラタトゥイユが出てきたら、こんな話をするかもしれない。

ニュージーランドのコリンウッドって小さな街でバスを待っていたら、地元の夫婦が声をかけてくれてね…」

 

*******************


この日はモトゥエカに戻るためにバスに乗ることになっていた。

わざわざバスを使ったのはコリンウッドから出るにはTakaka Hillをもう一度登るという 選択肢しかなく、ちょっと面倒だったのと、一度ローカルのバスを使ってみたかったからだ。


朝、バスが来るまでの時間「Collingwood Cafe」でまたカプチーノを飲む。
前日来たことを店員の女性は私のことを覚えていたらしく、注文を書くノートを遡って見て、

カプチーノの上にはシナモンだったかしら?」ときいてきた。

「そうだ。でも今日はチョコレートにしてくれるかな?」と笑顔で答えた。

こういう、ささやかな会話が旅先の街の印象を決める。コリンウッドの印象が非常にいいのは彼女のおかげでもある。

カフェでバス停の場所を聞き、(カフェのはす向かいだった。)
バスを待った。

 

コリンウッドの街には特別なものは何も無い。 

空の色を映した遠浅の海と小さなストリートがあるだけだ。

そんな街のことは10年以上経った今でも、しばしば思い出されるのだ。

 

 

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バス停と思われる場所でうろうろしていると、一人の女性が声をかけてきた。

「あなたバスに乗るの?バスを待つならここでいいのよ。私はネルソンまで行くの。私はイェン。彼はレイ。あなたは?」

「シマです。イェン。」

いつものように、自分はサイクリストで、北島を回って、南島を回り始めたところだ、と言っておいた。イェンはとなりに立っていたレイと一緒にコリンウッド郊外に住んでいると言う。

レイは赤いクラシックカーでイェンの見送りに来ていた。三人でしばらく話す。

 

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バスは定刻になっても来ない。


「遅いですね。」などと言っていると、一台のバンが止まり、運転席から男が身を乗り出した。

 

「ネルソンでバスが故障したんだ。代わりが来るまで一時間くらいかかるから待ってくれ。」

男は我々にそういい残すと、走り去った。

 

「私は別に急いでないよ。」というとイェンが「私も」と相槌をうった。

"Me,Neither"と言ったのがなんとも英語らしい表現だ、と思った。

 

それからイェンとレイがなにやら話し合ったあと、

「シマ、向こうの自動車工場のガレージで君の自転車を預かってくれるから、おいてきなさい。時間まで私たちの家でお茶しましょう。」とイェンが嬉しいお誘いをしてくれた。

 

もちろん、「行く!」と答えた。

 

レイご自慢のクラシックカーで「Farewell Spit」の方角で向かう。1930年代の彼の車はシートベルトが無かった。

 

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おちゃめなイェン

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イェンが撮ってくれた

 

コリンウッドから10分ほど行くとかわいらしい白い家があった。

 

ふたりの家は大きくはないけれど、天井が高くて明るかった。小さな庭は小道を抜けると砂浜に続いていた。なんて素敵なところに住んでいるんだろう。

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庭の白いテーブルでお茶をしながら、いろんな話をした。

 

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ふたりはずっと一緒にいて、いろいろな街で、いろいろな仕事をして、子供を二人育て上げ、少し前にコリンウッドに移ってきたという。


仲むつまじいふたりがとてもうらやましかった。

二人で少しずつ少しずつ人生を歩んでいたんだろう。

青い海へ続く小さな庭を持つ白い家はふたりにふさわしい、と思った。

 

イェンが庭を案内してくれた。「少しだけど、野菜を作ってるのよ。たまに潮でやられてしまうけど。トマトとかね。シマ、あなた野菜は食べるの?」
私は「食べるようにしている」と答えると、イェンは「ちょっと待っててね。」と家の中に消えていった。

しばらくしてイェンがまるでヘチマのような大きなズッキーニをもって戻ってきた。大きすぎてはじめは何か分からなかったほどだ。

 

横で聞いていたレイが「ズッキーニのスペルはどうだっけ」といいながら、辞書を出してきて調べ始めた。こういうところも素敵な人だな。


その後、このズッキーニは炒めものやラタトゥユになった。

 

楽しいひと時をふたりの家で過ごした後、レイがバス停まで送ってくれた。

 

バス停に戻るとやがてバスが来た。バスはいわゆるバスではなくワンボックスだった。

 

バスではイェンが助手席に座り、私は自転車と共に一番うしろに座った。イェンはさかんにうしろの私に「シマ、Are you OK?」と何度も声をかけてくれた。

 

モトゥエカで私がバスを降りると、イェンが「シマ、ハグよ。」と目に涙を浮かべて、やさしくハグしてくれた。

 

ありがとう、イェン、レイ。

ほんとうの幸せって何か少し分かった気がする。
あんなふうになれたらいい、強くそう思った。

 

あの日、もしネルソンでバスが故障しなかったら。

旅の出会いは偶然の産物。

 

Farewell Spit -cycling NewZealand -

タカカの朝は快晴。

南島最北端のFarewell Spitを目指した。

フェアウェルスピットは鳥の嘴のように細長く伸びた海岸線が作り出す独特の地形でその長さは26キロにも及ぶという。

サイクリストは、「最北端」とか「果て」という言葉に弱い。

 

「北の果てか。」

声に出してみると、なんだかわくわくしてきた。

 

フェアウェルスピットに行く前に、途中にあるPupu springsに向かう。

ウティアンガで会った人が「ぜひ行った方がいい」と薦めてくれた場所だ。

ここは透明度の高い湧き水で有名らしい。

 

あまり有名な観光地ではないせいなのか、私が朝から行ったせいか分からなかったが、私以外に訪問者はいなかった。

 

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よく整備された静かな場所で、噂通りのターコイズブルーの湧き水を見ることが出来た。

 

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ププスプリングスを後にし、Coolingwoodの街に向かう。

南島の西の先端から陸地が細く弓なりに伸びるフェアウェルスピットが作り出す湾はゴールデンベイと呼ばれており、コリンウッドはその玄関口。

 

タカカからコリンウッドに続く道は内陸からやがて、海岸線に出た。

 

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淡いグレーの干潟が広がる景色はとても美しかった。

いろいろ期待して行ったププスプリングスよりも、こちらの方が感動した。

 

ほどなくしてたどり着いたコリンウッドは昔のロードムービーに出てきそうな小さな街だった。

Lonely Planet』によれば人口わずか250人。

スーパー、カフェ、バー、バックパカーズにキャンプ場、街のすべてが500mほどのメインストリートに並んでいた。
二階建てより大きな建物が無く、他の街よりも空が広く見えた。

 

「なんてのどかな街なんだ。」

 

ゆるやかに流れる街の時間に私は自然に取り込まれていった。

 

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メインストリートのカフェで食事をする。カフェの名はその名も「Coolingwood Cafe」。

 

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店のドアを開けるとレジカウンターの女性が愛想よくあいさつしてくれた。

そのままカウンターで注文。

飲み物はいつものようにカプチーノだが、上にかけてもらうのはチョコレートではなく、シナモンにした。

実は少し前まで、カプチーノを注文した際に聞かれる「Cinnamon or Chocolate on top?」というのがずっと「chocolate」の部分しか聞き取れず、この頃になって、ようやく何を聞かれているのか分かったのだった。

 

店の女性は、マス目に仕切られたノートに注文を書き込んでいた。

 

 

食事の方はと言えば、普段はハンバーガーが多いが、この日は珍しくフィッシュバーガーを注文した。

 

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昼食の後、キャンプ場に行く。この小さな街にキャンプ場もバックパッカーもあるなんて奇跡のようだが、これもフェアウェルスピットが近く、私のような旅行者がよくやって来るからだろう、と勝手に想像した。

 

キャンプ場はちょっと古いところだったが、一応キッチンもあって、一泊10ドル。キャンプサイトの隣がすぐ海というのがうれしかった。

 

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キャンプ場には私以外にも客がいた。

古いタイプのソロテントが張られている。しばらくすると、丸いメガネが印象的なサイクリストが外からテントに戻ってきた。自転車は古いスポルティーフだ。

何から何までクラシックな感じで、彼なりのこだわりなのだろうが、なんだかおもしろかった。何を話したかは全く覚えていないが、テントの前で食事をしながら、はにかんでいた彼の顔が今でも思い浮かぶ。

 

キャンプ場に荷物を置くと、軽くなった自転車でフェアウェルスピットに向かった。

 

コリンウッドからフェアウェルスピットの付け根までは10数キロほど。

 

当時は知らなかったが、フェアウェルスピットは自然保護区になっており、一番奥まではツアーに申し込まないと入れないらしい。

 

フェアウェルスピットを望む丘までは自転車で入ることができた。

 

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弓なりに伸びるフェアウェルスピット



私は自転車を置いて、フェアウェルスピットへ降りて行った。

 

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どこまでも続くのではないかと思われる砂浜。

砂浜という言葉はどこかしっくりこない。普段は海で潮が引いているところなのだろう。


美しいと思う。だが、どこか荒涼とした景色。

 

強い風が身体から体温を奪っていき、砂が地面を走っていく。

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私は不思議な気持ちになり、しばらく黙々とただ前に進んだ。

 

 

旅の感覚や、ひとりで世界の只中にいるような感覚、冒険の最中で苦境に陥っている感覚、こうした感覚は経験したものでないと理解できない類のものであろう。

 

冒険者の感覚と哲学者の思想との乖離。いつか学んだ学問のことが頭を巡っていた。

 

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どこまでも広がる空、遠くに近くに見える海、足元に広がる砂の世界でひとり強い風に背中を押されながら、そんなことを思った。

 

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venisonソーセージ - cyclimg NewZealand -

エーベルタスマンでシーカヤックを楽しんだ翌日、海岸線を西に向かう。この先にTakaka Hillという有名な峠道が控えているので、この日は55キロ先のMotuekaまでと決め、ゆっくり走ることにしたが、それにしても足が回らなかった。

 

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途中、女性のサイクリストに颯爽と追い抜かれる。いやはや。

彼女が休憩しているところで追いつき、話しかけると彼女はもう北島も南島も大半走ったそうだ。なるほど強いわけだ。

 

日が高いうちにモトウェカのキャンプ場に到着。少し寒くなってきて、長そでのウェアを着るようになった。

 

 

キャンプ場でハーモニカを吹いたり、恩師に手紙を書いたりしながら、キャンプ場の時間を楽しんだ。

 

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翌日、南島最初の難所、Takaka Hillを登る。長い長い上りで

あったが、思いの他、快調に上ることが出来た。山頂近くのLookoutで昼食を取る。

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前日キャンプ場で作っておいたハンバーガーとスーパーで買ったシナモンロールを出し、コーヒーをいれる。ハンバーガーはトーストブレッドにハンバーグとスライスオニオンを挟んだだけだ。ソースになるものを持っていなかったので、キャンプ場の冷蔵庫にあった誰かのシーザーサラダドレッシングを拝借した。

 

山の上で食べる食事はこんなに気持ちよくて美味しかったのか、今さらながら感動した。

Takaka Hillからはこれから行くGolden Bayが見えた。

 

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北島でいっしょに旅をしていたルティアがカフェに行くとよく外のテラスに行きたがっていたのが、今ならよく分かる。

 

Takaka Hillの頂上では、観光客がいたので、写真を撮ってもらった。

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カメラを返してもらおうとすると「くれたんじゃないの?」と言われて少々からかわれた。

 

Takaka Hillを一気に下り、Takakaの街へ。雨になってきたので、ユースに泊まることにした。

 

ユースの受付で手続きをしていると、カウンターの横にmonbellのジャケットがかけてあった。日本人がいるのだろうか。

 

チェックインを済ませ、スーパーに買い物に行く。

 

見たことのない大きくて安いウィンナーを見つけたが、何の肉か分からない。「venison」と書いてあったので辞書で調べると鹿肉だった。鹿肉というのが何とも不安であったが、大きさと値段は魅力的だった。

 

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パスタのソースはマギーのパスタ用シーズニングにお世話になっていた。これはカレーフレーバー

やはり味と値段は比例するのか、鹿肉ウィンナーはうまくなかった。

その後、奥三河で鹿肉のフランクを恐る恐る食べたが、こちらはとても美味しかった。日本人の料理はうまい。

 

一緒に買った見たことのないビールも「うーん」な味であった。こういう日もある。

 

 

食事を終え、リビングでくつろいでいると、日本人女性に話しかけられた。ここのオーナーだという。受付にあったmontbellのジャケットはやはりそういうことだったのだ。

 

ワーキングホリデーで来ているヘルパーの日本人女性を交え、しばらく話す。

 

彼女は日本では花屋で働いていたらしい。仕事を辞めてワーキングホリデーに来なければ、スシバーやハウスキーピングの仕事なんて絶対やらなかったから、ワーキングホリデーは一つの契機だし、おもしろいという。

見た目25歳ぐらいにしか見えない(実際は30歳だった)美人の彼女のそんな話をなんとなく聞いて、せっかくならNZでないと出来ない経験をしてほしいな、と思った。

 

オーナーに今日は雨だから部屋を取ったが、普段はキャンプ暮らしだ、と私が言うと「うちも庭をキャンプ可にして、20ドル取ってるんだけど、高いって言われるの。どう?」と聞かれた。

 

「そうだな、だいたい10ドルから15ドルぐらいが相場じゃないかな。その値段なら私は部屋を取るよ。よそのバックパッカーやユースは部屋代の半分とかが多いと思うよ。」と答えた。オーナーは「そうなんだ、ふーん」と不思議そうな顔をしていた。実際、使う側の気持ちや懐具合になってみないと理解できないのかもしれない。

 

小雨の降る中、リビングの窓越しに見える庭にテントを張っている客の姿が少し気の毒に思えた。

 

 

AbelTasman -cycling NewZealand -

ネルソンのユースの受付で、エーベルタスマン国立公園のカヌーツアーを申し込んだ。NZでは宿の受付でカヌーツアーやバンジージャンプ、スカイダイビングなどいろいろなアクティビティの予約が出来る。予約するとツアーのバスが宿まで迎えに来てくれて手間なしだ。

 

一日のツアーで、ガイド付きハイキングとシーカヤックを楽しむものが人気のようだったが、私は一日カヌーのツアーにした。

 

翌朝、バスがユースの玄関まで迎えに来た。ネルソンのいろいろな宿を回って、アクティビティのベース基地のようなところへ向かうらしい。

 

バスでは日本人の女性のとなりに座った。NZでは本当によく日本人の女性に会う。彼女はエーベルタスマンのハイキングに行くという。日本では仕事でリフレクソロジーをやっていたそうだ。彼女の顔はサッパリ思い出せないが、こういう些細な会話はよく覚えているから不思議なものだ。

 

申し込んだアクティビティの会社はシーカヤック以外にもツアーをいろいろやっているようで、ベース基地に集められた客は各アクティビティツアーにそれぞれ出発していった。

 

私と言えば、朝からシーカヤックだけというのは私だけらしく、シーカヤックを積んだボートで小さな湾まで運ばれた。

 

午前はとりあえずマンツーマンだが、昼に一週間トランピング(NZでは山歩きのことをこう呼ぶ)して、ビーチで合流する予定の夫婦がいるそうだ。

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ガイドの男性はクリフといい、マオリと白人のハーフだという。

 

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クリフと共に二人用のシーカヤックで軽く漕ぎ出す。

 

クリフに「シマって呼んでくれ」と名乗ると、「それはファーストネームなのか?ファミリーネームなのか?」と聞かれた。

「ファミリーネームだが、友達はみんなシマって呼んでるから、シマでいいよ」と答えた。

 

シーカヤックは波のない浜名湖ぐらいでしかやったことなかったが、船が安定していて乗りやすかった。

 

雲が出てきて天候があやしくなってきた。

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クリフはアザラシのコロニーへ連れて行ってくれた

雲が出て、雨が降れば憂鬱になり、時に開き直る。そして、晴れればそれに感謝する。サイクリストもカヌーイストも同じようなものだな、ふとそんなことを思った。

 

ビーチに戻ると、合流する予定のドイツ人夫婦を待った。

だんだんと天候が回復してくる。さすがNZウエザーだ。

 

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やがて、バックパックを背負った男女が山の方からビーチに向かって歩いて来るのが見えた。

 

「来たな。」

クリフは、テーブルを出すと、手際よくランチの準備を始めた。

マフィンにサンドイッチ、フルーツにコーヒーとなかなか充実したランチだ。

 

ランチを楽しみながら、ドイツ人夫婦と話をする。

 

夫婦は40代くらいで、休暇を取ってNZに来ているという。どのくらい休暇が取れるのか聞くと「そうだな、今回は2か月だけど、3か月って言ったらボスは怒るだろうな」と旦那さんが笑った。

 

「日本じゃ一週間をロングバケーションって言うんだ。1か月も2か月も旅をしようと思ったら、私みたいに仕事を辞めるしかないよ。」私がそう応えると、「日本人は休暇のために働くんじゃないのか、働き過ぎだ」と言われた。私も全くそう思う。

 

私は、彼らのこの一週間の様子を聞いた。

DOCのキャンプ場(環境保全省が管理する公営のキャンプ場、国定公園内などにあり、数ドルから使用できるが、施設は必要最小限)に泊まっていると、どんな僻地でも係官がやってきて、お金を徴収するらしい。

「『小銭がない』って言うと、『おつりがある』って言いながら、小銭をじゃらじゃら見せてくるよ」っと奥さんが笑っていた。

 

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ランチの後、クリフの案内で近くを散策する。クリフは植物にも詳しいらしい。樹木やシダについて説明してくれた。

 

さっきまでいたビーチが一望できる小高い丘に出た。

 

 

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すばらしいな。

 

クリフはそこで、マオリのほら貝を吹いて見せた。

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ほら貝の大きな音があたりの風景に吸い込まれていった。

 

 

 









 

Flat tires -cycling NewZealand -

ハブロックからは北のNelsonに向かった。

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ネルソンはネルソン湾に面した南島の北部の都市であり、ネルソン湾を挟んだ対岸のエーベルタスマン国立公園はアウトドアアクティビティの盛んな場所だ。

 

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立ち寄ったカフェではなぜかカレーライスがあった

NZに来る前にある人から勧められていたこともあり、ネルソンでは、シーカヤックをやると決めていた。

 

ネルソンまであともう一息、という上り坂の途中でタイヤがパンクした。しかも見事に前後輪。ガラス片か何か踏んだのだろう。

 

「やれやれ」

 

私は自転車からホイールを外し、パンク箇所を確認した。

工具を入れたサドルバッグから予備のチューブを出す。

 

予備のチューブを軽く膨らませ、タイヤに収めようとするが、チューブが膨らまない。

 

「?」

 

よく見ると、予備のチューブがバルブの根元部分から割れていた。

 

 

「てんちょーさん、勘弁してくれよ。」

メーカーの不具合なので、そうは言っても仕方ないのだが、チューブを売ってくれたショップの店長の顔を思い浮かべながら悪態をついた。

運悪く、パッチも使い切っていたため、パンクした方のチューブも使えない。

 

どうしようもなく、しばらく立ち尽くしていると、一台のピックアップトラックが停車した。

 

若い男性が降りてきて「どうした?」と聞いてきた。

 

「パンクして、直そうと思ったんだが、チューブもダメになってしまって。」私がそう言うと彼は「ネルソンに行くのか?おれはこれからネルソンに戻るところなんだ。乗っていきなよ。」

 

“Thank you!!” 旅の途中、何度感謝の言葉を口にしたか分からないが、このときは本当にありがたかった。

 

彼のピックアップトラックに自転車を載せてもらい、私は助手席に乗せてもらった。彼の名前はブリント。ネルソンでシェフをしており、この日はオフだったようだ。

 

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30分ほどでネルソンに着いた。

マックの横の自転車屋の前で下してもらった。

 

お礼を言って、一枚写真を撮らせてもらった。

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「よい旅を」ブリントは去って行った。こんな風に困った人を助けられるようになりたい、そう思った。

 

ブリントが連れて来てくれた自転車屋は店主が一人で経営する小さい店で、店主も愛想がいいわけでもなかったが、職人的な雰囲気のある店主で非常に好感が持てた。

 

とりあえず、チューブだ。

 

私「チューブをくれ」

店主「サイズは」

私「26×2.0、フレンチバルブだ。3本欲しい。」

店主「今出してくる。待ってくれ。」

 

普段の英語はサッパリ通じないが、自転車のことははっきり通じるのは不思議なものだ。簡単なやりとりでもカフェの注文はもっともたつくのに。

 

店にはNZカラーのジャージがあり、デザインが気に入ったので土産用に購入した。

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店の前でチューブ交換を終え、バイクは走れる状態に戻った。

事前のチェックの甘さを露呈した形だが、いい人に助けてもらえたので、次への教訓としておこう。

 

この日はユースホステルに宿泊した。

 

キャンプ場も2か所ほどあったが、どちらも街の外れで、そこまで行くのも面倒になった、というのもあるが、翌日、シーカヤックのツアーにも行きたかったので、アクティビティの予約が出来そうなユースにした。




NZではバックパッカーやユースのフロントで周辺のアクティビティの予約が取ってくれることが多い。宿泊したユースでもアクティビティの予約が出来た。

 

翌日のシーカヤックツアーを予約してもらった。

 

ユースでは日本人をたくさん見かけた。

今はどうか分からないが、当時のNZのユースには日本人が多くいて、ときどきうんざりしたものだ。

ただ、この日は、日本人と話したい気分だったのでちょうどよかった。

 

キッチンで相席になった女性と軽く話し、爪切りをもっていない、と言うので爪切りを貸してやった。

「爪切りは日本製がいいよ。残念ながらそれはどこかのwearhouseで買ったやつだから、びっくりするぐらい切れない。」私がそう言って爪切りを渡すと、彼女はさっそく爪を切り始めた。

 

「ほんと、さっぱり切れないね」彼女は苦笑した。

Marlborough地方 -cycling NewZealand -

カトマンズで購入したテントはペグダウンして自立するタイプのテントで、サイドがメッシュになっていて、朝寒かった。
ペグダウン式のテントは雨の日に立てたり、撤収したりするのが大変な上、今すでに寒くてはこの先、ますます寒くなる気候に対応出来る気がしなかった。

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このテントは結局、日本に送り返し、これまでのテントをそのまま使うことにした。防水能力がかなり落ちていたが、防水スプレーをかけたり、テントの下にシート代わりにシャワーカーテンを敷くなどして、帰国までなんとか間に合わせた。


ピクトンを出ると、南のBleheimに向かった。


ピクトンから南に約30キロのところにブレナムの街はある。
このあたりでは大きな街のようで、様々な店があった。

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家電量販店のDick Smith(数年前に倒産したとSNSで見た)で、数日前に紛失したコンセントの変換アダプターを買ったり、アウトドア用品の店でテント用の防水スプレーなどを購入した。それからカトマンズのテントは荷物になるだけだったので、土産といっしょにお世話になっている地元の自転車に送った。

ブレナムからは西に向かった。

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ブレナムはニュージーランドを代表するワイン産地のマールボロ地方の中心地で、ブレナムから伸びる道には、ブドウ畑が広がり、そこに整然と並んだブドウの木が美しかった。

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ニュージーランドはどこも景色が美しいが、このあたりは走っていて本当に気持ちが良かった。

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地元のライダーだろう、GIANTのジャージを身にまとったロード乗りが颯爽と走り抜けていく。こんな素晴らしい景色の中を毎日走れたらなんと気持ちがいいことだろうか。ニュージーランドのことを”pedaler’s Paradise”という人がいるが、まさにサイクリストには最高のフィールドであると思う。

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この日の宿泊はHavelockの街だ。
Musselと呼ばれるムール貝の産地として有名な街らしい。

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 あるMusselの店の前でメニューを眺めていると、地元の老人が「マッスルか!ここはいい店だ。キャンプ場なら向うだ。早く戻ってきなさい。」と早口で話しかけてきた。

 ここ数日はいい加減お金を使い過ぎているので、値段を見て食べようかどうしようか躊躇していたが、そんな風に言われたら食べるしかないな、と苦笑した。

老人に礼を言い、一旦店を離れる。

この日はキャンプ場ではなく、ユースホステルに泊まった。キャンプ場もあったが、どうしてユースにしたのか、今となっては理由が分からない。


ユースに荷物を置いて、周囲が暗くなり始めるころ、先ほどの店に戻る。

マッスルはいくつか調理法があるようだったが、どれがいいのかよく分からなかったので、ギネスで蒸したものとサラダ、ビールを注文した。もちろん、ビールはギネスだ。サラダはそのへんのバーガー並の値段だった。どうしてNZはサラダが高いのだろう。食事におけるサラダの地位が高いのでは、と勝手に思った。

さてさて、マッスルが来た。

鍋ごとテーブルに置かれる。NZのスーパーでは、よくマッスルが売られているのを見かけるが、殻のサイズも大きく、調理できるサイズの鍋も持っていないので買ったことがなかった。

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食べる前は少し磯の香りが気になったが、食べ始めると全く気にならなかった。ギネスのコクと一緒に蒸された細かいベーコンがいい味を出していて、美味しかった。サイズも大きかったので非常に食べ応えがあった。

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支払いをすると、ほぼ一日分の出費(27ドル)で、ちょっとへこんだが、いい食事だった。
満足してユースに戻った。

 

ユースでは、リビングでウエアの修繕をしていると、若い女性に話しかけられた。

彼女は29歳。オランダから来ており、看護師をしていたようだ。NZではトランピング(NZでは山歩きのことをこう言う)を楽しんでおり、この周辺もいくらか歩いているらしい。たまには山歩きの楽しそうだ。私がマウンテンバイクをやる、というとピクトン周辺にあるトレイルを教えてくれた。

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私も彼女もビールを飲みながら、いろいろ話した。私の話になり、学生時代に哲学を学んでいたというと、あれこれ哲学について聞かれた。話したいことはいくらでもあったが、私の乏しい英語力ではロクに伝わらなかった。

 

少し酒に酔っているのか彼女はそんな様子の私をからかって楽しんでいるようであった。

翌朝、リビングで出発の準備をしているとまた彼女に会った。
昨夜のリラックスした格好とは打って変わって、山歩きのウエアに身を包み、大きなザックを持っていた。

昨夜教えてくれたピクトンのトレイルの名前が書かれたメモをくれた。

彼女はテーブルに腰を下ろすと、荷物から缶ビールが出して「今から飲むの」と飲む真似をしたが、「まさか。飲まないよ。あなたにあげる。」と言ってビールを投げて寄越した。

“I’m leaving,bye” そう言ってザックを背負い、この日の旅へ出発していく彼女を私は見送った。

K -cycling NewZealand -

出港からずっとフェリーはよく揺れていた。

 

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フェリーの中でKと何か話した記憶がほとんどない。Kは船に弱いのか椅子に体を埋めたまま、眠っていたと思う。
一方、私はといえば、山盛りのフィッシュ&チップスを平らげ、地元のクラフトビールを飲んでいたが、元々船酔いしやすい私は、すぐに船酔いしていまい、気持ちが悪くなってしまった。


船酔いに耐え、しばらく眠ろうと試みたが、やがて吐き気に襲われトイレに駆け込んだ。クック海峡の荒波と脂っこいフィッシュ&チップスという組み合わせは危険だ。トイレの鏡で自分の顔を見ると青白い顔をしていた。

 

私は憔悴したまま、席に戻った。幸い、Kは眠り込んだままで、何が起こったか気が付いていないようだった。

 

フェリーはピクトンの港に着いた。

 

南島だ。

 

 

わずかな明かりが港をボンヤリ照らすだけで、周囲の様子はよくわからない。小さな街であるようだった。

 

 

フェリーを降りると、Kと翌朝会う約束をして、それぞれ宿に向かった。

もうとにかく寝るだけだった。

 

 ウェリントンのインフォメーションセンターで取ってもらった宿には、私の他にも何人かフェリーで到着した客がいた。相部屋の二段ベッドの上段をあてがわれると、ベッドに荷物を放り投げ、そのまま眠りに着いた。

 

翌朝、宿で朝食を食べていると、若い男性が話しかけて来た。NZではこうして積極的に話しかけてきてくれて、自分のことや相手のことをあれこれ聞いたりして、交流してくれる若者にしばしば出会った。私は話しかけられれば話すが、自分から積極的に話に行く方ではないので、彼のような若者は有り難かった。

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私には、旅が終わればどう生きていけばいいのか、という潜在的な不安が常に心のどこかにあって、それが慣れない土地での旅の不安と重なり、心こそから旅を楽しめないことがあった。

そんな私には、純粋に旅を楽しみ、いろんな人と交流しようと、積極的に話しかけてくれる彼はあまりにも眩しかった。私は彼とと連絡先を交換して別れた。

 

Kとの待ち合わせまで時間があったので、当初泊まる予定だったTop10のキャンプ場へ行き、何時からチェックイン出来るか聞いてみた。

 

すると10時前だが、もうテントを張ってもいいと言う。

 

これはかなり嬉しかった。余計な荷物を置いておけるからだ。

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さっそくテントを張り、荷物を置いて出かけた。

 

Kが宿泊しているバックパッカーの前でKを待った。特に何かするわけでもないが、会う約束をしていた。
この数日間、フェリーのスケジュールに振り回されたので、ここらでゆっくりしたいと思っていたところでもあった。

Kがお昼ご飯を作ってくれるというので、Kの泊まっているバックパッカーで昼ご飯を食べた。「ビール、安いのだけど飲むよね?」とビールも出してくれた。

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このバックパッカーでは、釣り道具を貸してくれる、というので二人で海に釣りに行くことにした。日本で一人旅をしていた頃はよく釣り道具も持っていたが、結局使わず終いのことが多く、今回の旅では持ってきていなかった。

餌になりそうなものを探しに近所の食料品店に入る。10本入り2ドルの安い魚肉ソーセージを見つけ、購入。レジの女性が韓国人っぽかったので、「アニョハセヨー」と挨拶したら、微笑みながら韓国語で話始めたので、「ごめん、日本人なんだ。韓国語は『アニョハセヨ』しか知らないんだ。」と答えた。こうした些細なことはなぜかよく覚えている。

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Kと防波堤に行き、魚を釣り始めた。海鳥がたくさん飛んでいる。風が吹き続ける海辺は寒かった。

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Kが自分のことを話してくれた。自称「悩める25歳」で(笑)、日本で看護師をした後、いくつか仕事をしていたそうだ。どこかにある自分の「目的地」を探しているタイプの人だろう。NZでは、一度定職についたあと、こうしてワーホリで自分を見つめ直している30前後の女性にしばしば会うことがあった。当時はそうは思っていなかったが、自分も似たようなものであったと思う。

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Kは、等身大の日本人の女の子で、少し前まで一緒に旅をしていたダニエルやルティアみたいに、さりげなくすごい、という感じはない。ただ、「自由にしている」という感じだった。「自由を満喫している」でもなければ「自由を持て余している」でもなく。

Kがハーモニカを吹いてくれた。

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私も一応ハーモニカを持っていたので何曲か吹いた。相変わらずの下手っぷりで、時間がある日にはもっと練習しようと思った。

 

釣りの方はといえば、魚は小さいのが3匹と、なんとか食べられそうな大きさのものが2匹釣れただけだった。

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小さい方の3匹は海鳥に投げてやると、上手に空中でキャッチした。

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Kのバックパッカーに戻ると、釣った魚と餌用に買った魚肉ソーセージで晩御飯を作った。
バックパッカーの庭に生えていたローズマリーを使って魚を焼いた。魚をさばいているとき、隣で見ていた客が不審な目で見ていた。そんな魚よく食べるな、と思ったのだろう。

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昼にも飲んだ薄いビールで乾杯して、夕食を食べた。

Kはこれからどうするかを尋ねると、どこかでフルーツピッキングの仕事を探すという。

 

食事を終えると私たちはメールアドレスを交換して別れた。

 

 

だいぶ以前に連絡しなくなってしまったが、その後しばらくKとは何度かメールをやり取りしていた。

日本に帰国後、八丈島にいたり、あわら温泉にいたりして、日本でもふらふらしていたようだが、やがていい相手を見つけて結婚したらしい。

 

 

NZの旅の後、私もいろいろ迷走し、失敗や挫折もあったが、NZで同じ時を過ごし、自分と同じように生き方を模索しているKの存在は「自分は一人じゃない」と思うことが出来て、有り難かった。Kとの出会いに本当に感謝している。

 

風のウェリントン -cycling NewZealand -

彼女と出会ったのはウェリントンのフェリーターミナルだった。

チェックインを待つ間、ロビーにいたアジア人女性の横にzero pointのザックが置いてあった。zero pointはその頃まであったモンベルのザックのラインナップで、それを見て、多分日本人だなと思い声をかけた。それがKだ。

 

Kは私より少し歳下、ワーキングホリデーでニュージーランドにいるらしい。

お互いのことを簡単に話すと「お兄さん、何だか私と同じ匂いがする」彼女はそう言った。

 

我々が乗るはずだった朝の便は悪天候でキャンセルになってしまった。風の強いウェリントンではよくあることらしい。外では雨が時折降りつけ、ずっと強い風が吹いていた。

 

また夜の便で会うことを約束して、一旦、Kと別れた。

 

私はまずインフォメーションセンターに向かった。渡った先の南島Pictonの街で宿を確保しないといけなくなったからだ。

当初の予定では昼過ぎにはピクトンに着いて、Top10グループのキャンプ場に泊まる予定だったが、振り替えになった便は10時過ぎの到着。何とかしなくては、と焦り始めた。

 

今、冷静に考えれば、治安が悪いわけでもないのでそこらのベンチで寝袋にくるまって朝まで待てば良さそうなものだが、当時は予期せぬフェリーのキャンセルに慌ててしまったのだ。

 

インフォメーションセンターは人で溢れていた。カウンターに並んで順番を待つ。しばらく待ってメガネの似合う素敵な女性が応対してくれた。

ピクトンは小さい街だが、比較的、アコモデーションはあるらしい。とはいえ、私と同じような客が多いらしく、その場ですぐに予約出来なかった。

「キャンセル出そうな感じなんだけど、順番待ちね。午後にまた来て、予約出来たらしておくから、そのときに結果を教えるわ。」インフォメーションの女性は親身に応対してくれた。予約できることを祈りながら、インフォメーションセンターを後にした。

 

さて、どうするか。

 

元々、私の計画では、北より寒くなる南から回るつもりで、ウェリントンは南島を一周したあとまた北島に戻ったときにゆっくり見よう、と思っていたので、急に時間が出来た格好だ。

 

ランチには早い時間だったので、前々から何とかしたかったデジカメに溜まった写真データをCDに焼いてもらいに行く。店はすぐに見つかり、こちらはすぐに済んだ。

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首都とあってウェリントンはビルが多い。久しぶりの都会を自転車で移動していると突然、ウェリントン特有の強い風が吹き、手に持っていた手袋が飛ばされた。「あっ、」飛ばされたのに気がついた瞬間、50mは飛ばされてしまった。

自転車を降りようとすると、通りすがりの女性が慌てて拾ってくれた。

 

この些細なエピソードが「ウェリントンは風の街」という印象を私に強く残した。

 

そんな中、NZのアウトドアショップ、カトマンズの店舗を見つけた。そういえば、パーマストンノースでそろそろテントがセールだ、と言っていたな。

カトマンズに入ると、テントコーナーでしばらく悩んだあと、結局、テントを購入した。まあ、予定通りか。

 

いい時間になったので、インフォメーションセンターに戻ると、先程の女性が私の顔を見て、笑顔で頷いた。

どうやら宿を確保してくれたようだ。

私も安堵で笑顔になった。

 

ウェリントンでどうしても行きたい場所が一箇所あった。

 

BAR Mollymalonesだ。

 

NZに行く、と決めたとき、応援してくれた会社の先輩がウェリントンに住んでいたことがあり、ウェリントンに行くなら、絶対行った方がいい、と勧めてくれたアイリッシュバーである。

 

私のロンリープラネットモリーマローンズのページには日本を出る前から既にマーカーが引いてあり、行く準備は万端だった。

 

地図を見ながらモリーマローンズを目指す。

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果たしてモリーマローンズはあった。

予想していたよりカッチリした店構えだ。

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店に入り、窓際の席に座る。

オーダーは勿論、アイリッシュビール、キルケニーとフィッシュ&チップスだ。

 

広い店内のテレビではクリケットが流れていた。

 

フィッシュ&チップスが来た。

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今まで見たどのフィッシュ&チップスよりも上品だ。

 

NZで食べたフィッシュ&チップスではここのが一番美味しかった。 

 

その後、フェリーの中でビールを飲まないといけないと思い、リカーストアを探すが、見つけたのはワインショップだった。

 

古い店のようで、煉瓦作りの雰囲気のある店内には所狭しとワインが並んでいた。残念ながら当時はワインはそこまで飲まなかったので、あまりちゃんと見なかったことが悔やまれる。

 

年配のご主人が奥から出てきた。

 

ビールがあるか、と訊ねると「地元のビールがある」と言って何本かビールを出してくれた。「tuatara」というビールで聞けば、パラパラウムあたりで作っているらしい。調べたところ最近のクラフトビール人気で日本でも買えるようだ。安くはなかったが、いい機会なので買うことにした。

 

「どこから来たんですか」物腰柔らかにご主人がお決まりの質問を投げかけてくる。これまでのことを話し、夜のフェリーで南島に行く、と言うと「大学のそばのフィッシュ&チップスが美味しいから買って行くといいよ」と教えてくれた。

 

ワインショップを後にすると、私は教えてもらったお店でフィッシュ&チップスを買った。テイクアウト専門の人気の店らしく、ひっきりなしに客が訪れていた。魚の種類が選べるようになっていた。こちらのフィッシュ&チップスはいわゆるフィッシュ&チップスで、でかいサイズの包みを渡された。

 

夜になり、フェリーターミナルに戻った。

 

ターミナルにはすで人の列が出来ていた。少し先にKが並んでいて、私に気がついたKは小さく頷いた。

 

夜の便は無事に出るようだ。

 

フェリーに乗り込み、Kと小さいテーブル席に座った。

 

風は依然強い。夜の海峡にフェリーが進んでいく。少し揺れそうだった。

 

 

南島移動計画 -cycling NewZealand -

パーマストンノースには二日間滞在し、装備品の買い出しなどをしようと思っていたが、ウェア類に関してはあまりこれといってピンとくるものなかった。

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パーマストンノースの街



自転車屋ではサイクルキャップを探した。当時はヘルメットを被る時、キャップなどを何も被らず、頭に直接ヘルメットを被っていたが、そのおかげで毎日、ヘルメットを取ると髪の毛の形がヘルメットの凹凸そのままになってしまい困っていたのだ。

自転車屋でそんな話をすると店員のお兄さんに「キャップは高いから、無理に買わないほうがいい。バンダナか何か持ってるだろ?それを頭に巻けばいいよ。」と言われた。

前日のカトマンズでもセールの話を教えてくれたし、ニュージーランドの人は旅をしている人間の懐具合をよく理解しているようだった。こちらのアウトドア業界で働いている人はもしかしたら、旅をしてた人が多いのかもしれない。

 

結局、キャップは店員さんの言う通りしばらくあるもので間に合わせるようにしたが、ニュージーランドデザインのサイクルジャージでかっこいいものを見つけたので、そのうちぜひ土産買おうと思った。

 

パーマストンノースからはLevinという街に向かう。

 

このあたりから、 サイクルコンピューターの調子が悪くなり、動かなくなった。電池を交換したが、やはり動かない。毎日、走行距離を取っていたので、また急な出費で辛いが早めに買おうと決めた。

 

 レビンの街では地元ブランドの「Avanti」のサイクルショップがあったので入ってみた。今はどうか知らないが、当時は「Specialized」の代理店も兼ねていたようで、日本では見かけなかったSpecializedのアイウェアなども置いてあった。お店の人に断っていくつか写真を撮らせてもらった。

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レビンではインフォメーションセンターでフェリーの手配をした。フェリーは翌日午前の便を予約した。NZのインフォメーションセンターのスタッフはどこも手際が良く、アドバイスもいつも的確なので本当に安心出来る。レビンのスタッフの女性も対応が良かった。

 

ニュージーランドの北島から南島に渡るには首都のウェリントンから南島のPictonという街までフェリーを使うのが一般的だ。聞くところによると、スカイダイビングで北から南に飛ぶ、なんていうNZらしい方法もあるらしい。

 

私の立てたスケジュールは、この日のうちにParaparaumuの街まで行き、一泊。そこから電車に乗り、首都ウェリントンへ。

ウェリントンの周りは自動車専用道路しかなく、自転車では侵入することができない。そのためオークランドからの移動と同じようにこちらも電車を使う必要がある。 

朝早い電車でウェリントンに着けば、そのままフェリーに乗り、午後に南島に上陸、それからキャンプ場に行けばいい、と考えた。

 

パラパラウムに着くとキャンプ場に行き、テント張り、フェリー移動に備えて荷物を整理した。

 

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ある日の晩御飯。芽キャベツが使いやすかったのでよく食べていた。



テントを張り終わる頃、雨が降り出してきた。

翌朝、パラパラウムの駅から電車に乗った。パラパラウムのことはあまりよく覚えていない。ただ朝、雨が降っていてテントたたむのに苦労したということだけ覚えている。

 

パラパラウムからウェリントンまでは電車で小一時間。

 

天候が回復することを祈りながら、車窓の風景を眺めていた。

 

 

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God is good -cycling NewZealand -

あっという間にNZに来てからおよそ1か月近くが過ぎ、3月になってしまった。寒くなる前にそろそろ南島に行かないと、と焦ってくる。

 

ワンガヌイの朝はまったりと食事をし、朝から自転車屋へ行ってみた。秋冬のウェアを探してみたがいまひとつこれと言うものがない。この日の目的であるパーマストンノースはまずまずの大きな街だ。ウェア類の購入はとりあえずパーマストンノースまで持ち越すことにした。

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ワンガヌイからは国道が首都のウェリントンまで伸びている。

当然このルートは車が多いのが予想されるのでこちらを外し、やや遠回りにはなるが、Martonという街を行くルートをとる。

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丘陵地帯に広がる小麦畑が眩しい。

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ある教会の前で見つけた看板

マートンはクラシックな街並みの小さな街だった。次のFeidingもそうだったが、このあたりの街はそんな感じであるらしい。

マートンで昼食。カフェを探したが、混んでいる店が多かったので、お客の少ないの少ないおしゃれな店に入った。

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非常に感じの良い店だったが、値段のほうもなかなかだった。

店の女性が感じよくメニューをいろいろ説明してくれる。

ノンアルコールカクテル 5ドルとフィッシュフライとチップスが10ドル50セント。

昨日1日30ドルを上限と決めたものの、 1日めにして目標達成ならずと言う感じになってきた。

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値段は高かったものの味もとても良かった。しかし、量明らかに足りなかった。

すすめられたノンアルコールカクテルはキウイフルーツベースのちょっと不思議な味。先程の店員の女性にレシピを聞くと「ちょっと待って」と言って何かボトルを持ってきた。これとレモネードを割るだけだって。

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作り方がどうしても気になったので、ちょっと勇気を出してレシピを訊いてみたが、うーん。なんだか残念。

食事はおいしかったが、なんとも微妙な感じになってしまった。

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昼食後はフィールディングへ向かう。フィーリングまでは追い風。言うことなし。

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フィールデイングも小さい街だが、美しいところだった。こういう日本であまり知られていない街をゆっくり歩いてみたいものだ。

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フィールディングを後にすると、そこから風は向かい風。まるで進まなくなってくる。さらに、空もだんだん曇ってきて気分が落ち込んできた。サイクリストの気分は本当に天候次第だ。

 

何とかパーマストンノースに到着。

 

インフォメーションセンターでアウトドアショップとキャンプ場の場所聞く。アウトドアショップはネイピアでもお世話になったNZ大手のカトマンズと、もう一軒ローカルの店を教えてくれたが、結局迷子になってしまい、カトマンズにしか行けなかった。

カトマンズでテントを見る。色は若干好みじゃないが、サイズ、重量はまずまずのものを見つける。カトマンズの店員に、今旅をしていて新しいテントを探していると言う話をすると、このテントは来週から末から60%オフになるぞと言われた。そんなセール情報、先に話していいのか?

とはいえ、来週までここに留まるわけにもいかない。

来週まで待てないと言うと、来週どこにいるんだと訊かれ、来週はそうだなぁ、きっとウエリントンか南島に渡っているぐらいだ、と伝えるとウェリントンにも店があるからそこで買えばいいとアドバイスを受ける。

ニュージーランドの人はどうしてこうもいい人多いが多いんだろうか。

タイミング良くセール期間中にカトマンズにまた行けるか分からないが、行けるならば買ってしまおかと本気で考えた。

 

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街の中心からあまり離れていないところにキャンプ場があった。

南島に渡る準備もあり、2泊することにした。

支払いをクレジットカードでしようとしたら、手動の複写機でカードのインプリントを取られて笑った。キャンプ場自体は快適に過ごすことが出来た。

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