ポツポツと水滴がテントに当たるのが聞こえる。
ぼんやりとした眠りの中からわずかに現実に意識が引き戻される。旅の不安がそんな夢を見させているのかも知れない。曖昧な意識の中、私は再び眠りに落ちた。
朝6時。いつもの時間に起床。昨日はやはり雨が降ったようだ。見たところ空には雨雲はなく、むしろよく晴れている。
テントには雨の滴が残っていた。私はいつものように朝のコーヒーを入れると、手拭いでテントを拭いた。これで出発する頃にはテントは乾くはずだ。
キッチンで充電しっぱなしにあったソーラーバッテリーを回収し、バーベキュースペースの横の東屋で朝食の準備をしていると、隣のテントの若者が起きてくる。
彼は今日のバスでパースに帰るとのこと。彼は私の旅のスタイルに興味があるのか、私の一日の流れがどんな話かとかそんなことを聞きいてくる。
彼はテントから半身を出して、ランニングシューズの靴紐を結んでいた。今からランニングに行ってカフェで朝食を食べるそうだ。
こういう旅の仕方もいいな。若いうちから自分のスタイルを持って旅ができているのは素晴らしい。
朝食を終えて片付けを済ませ、7時前にキャンプ場を出発した。キャンプ場の鍵を忘れずに返却。まだ受付は開いていないので、受付横のボックスに入れる。キャンプ場によっては、キッチンやバスルームといったパブリックスペースに鍵がかけられているケースがある。
まずはバンバリーの街中で朝から空いているニューススタンドでポストカードと切手を買う。
日本までいくらで送れるかと聞くと3ドルだそうだ。
あれ、4ドル55セントじゃないのか。
まぁいい。ちょっとそんな気がしていた。一生懸命調べてくれたビニンガップストアのおばさんは悪くない。届けばどちらでも良い。
街中から南下し、郊外に向かって走っていく。だんだんと風が強くなり、雨が降ってくる。
郊外の大型店の店先で雨宿りをする。少し肌寒い。私はレインジャケットを羽織った。
きっと通り雨だろう。
スマホの天気アプリはずっと晴れの予報だったが、オーストラリア気象局のウェブページを見ると雨雲レーダーでバンバリー付近だけ海から雨雲が流れてきて雨が降っているのを知る。もう少し南に行けば雨の心配はなさそうだ。
その時はっと気がついて、キャンプ場のキッチンのコンセントに2つあるバッテリーの一つを充電したまま置いてきたことを思い出した。
慌ててディスカバリーキャンプ場に戻る。
戻ってみるとキッチンのコンセントには何事もなかったようにバッテリーが刺さっていた。
よかった。バッテリー自体も置いてくるとそれはそれで損失だが、そもそも充電用のケーブルとコンセントのアダプターを1つしか持っていない。これをなくすと充電もままならない。今回の旅ではデジタルデバイスへの依存が上がっている。
やれやれ。
そんなこともあってバンバリーを出たのは結局8時過ぎになってしまった。
天気はしばらく雨が降ったり止んだりであった。後から思えば不安定な天気は朝方だけで、あとは基本晴れだったが、不安定な日のニュージーランドの天気のように時々激しく雨に降られた。
今日はとにかく風が強くて進まない。
本日の休憩ポイントに決めたCapelの街までおよそ30キロ。 強風の中ひたすらハイウェイを進んだ。横を走り抜けて行く車は雨の日でも関係なく100キロ以上で飛ばしていく。ハンドルの下を持ち、重心を低くして耐える。黒いレインギアを着ていたが、明るい色のウェアにしないと危ないなと思った。
道は平坦だったが、強風のおかげで2時間もかかってしまった。
ハイウェイを外れ、カペルの街へと入って行く。
カペルは私の好きな田舎の街といった感じのところだ。
図書館やスーパー、ガソリンスタンドなど施設は揃っているが、東西と南北の 2本のメインストリートで以上、そんな感じの小さな街。
昔を訪れたニュージーランドのコリンウッドのようだ。あそこもいい感じの田舎町だったな。
メインストリートのカフェ「Capelberry Cafe」に入る。二時間がっつり走ったことだし、ちゃんと休憩しよう。
昔はよくこうしたカフェで食事をしていたな。
入り口すぐに充実したフードメニューのショーケースが目に飛び込んでくる。
ビーフパイにチキンパイ
バナナブレッド、キャロットケーキ
スコーン、マフィン、ファッジ。
お腹が空いているのもあるが、どれも美味しそうだ。これは迷う。
店内にはポストカードや雑貨も並んでいた。自転車旅の土産にポストカードはいい。嵩張らないし、重さも気にしなくていい。
地元の作家の絵だろうか。好みの絵柄のポストカードを見つけ、旅の前にタイベックのポーチを作ってくれた友人の土産に買うことにした。
カウンターに並んであれこれ注文。
悩んだ末、ビーフパイとカプチーノ、アップルマフィンを頼むことした。だいぶ胃袋がオーストラリアに順応してきたが、さすがにパイとマフィンは多いので、マフィンはテイクアウトにした。何もかもが日本の倍近いサイズなのだ。
ビーフパイはパリパリの生地にしっかりと挽肉が詰まっており、期待通りのボリュームだ。スパイスの効いた具は臭みもなくとても美味しい。
ビーフパイ自体は昔タスマニアで食べた気がするがあまり印象に残っていない。今回のは当たりということだろう。
カプチーノはラージサイズを注文した。 オーストラリアに行ったらやりたいことの1つだった。せっかくなのでたくさん飲みたかったのだ。
若い頃、ニュージーランドやタスマニアをツーリングしていたときは、カフェでカプチーノとバーガーを頼むのが私の定番だった。
チョコレートパウダーのかかったカプチーノに私は砂糖をたっぷり入れて飲んだ。
カフェは地元に愛されている店なのだろう、昼前だが、ひっきりなしにお客さんがやってくる。
カフェの人と親しそうに話すおばさん。
テイクアウトでさっと飲み物を買って出て行く作業着を着た、いかついおっさん。
なんだがよく分からないが楽しそうにしゃべっているじいさんたち。
テラス席で一人ストリートを眺めているご婦人。
ああ、田舎のカフェだな。いいところだ。
私はこの先のルートを考えたり、少し書きものをしては、カフェの様子を眺めてのんびり過ごした。
テイクアウェイで頼んだアップルマフィンを入口のカウンターで受け取ると、Capelberry Cafeを後にした。
アップルマフィンの入れ物が大きくてどこにしまうか困ったが、なんだかオーストラリアらしいなと思った。