グレイマウスから先の旅のプランは東海岸にある南島最大都市、クライストチャーチで北島で一時共に旅をしたルティアと合流し、クライストチャーチ周辺を回ることになっていた。
北島でルティアと別れた後、彼女と時々メールをやり取りしていた。まだスマホのない時代だったので、ある程度の規模の街でネットカフェを見つけると日本からのメールと共にルティアからのメールをチェックしていた。
ルティアはクライストチャーチからスイスに帰国予定で、帰国までクライストチャーチでしばらく過ごすらしい。
クライストチャーチでルティアに会うためには西海岸から一度、サザンアルプスを越え、東海岸に出ないとならない。
そのルートはグレイマウスからアーサーズパスというNZで最も有名な峠を越えて行くもので、並行して観光列車のトランツアルパインも走っている。トランツアルパインも乗りたいが、サイクリストとしてはやはり、自走で峠越えだろう。
ルティアとクライストチャーチ周辺を回ったあとは、また西海岸に戻るつもりだった。トランツアルパインはその時乗ればいい。
久しぶりに厳しい峠を含む100キロ超えのルートということで、早めに出発の準備をした。
前日の夜、テレビの天気予報で見た通り雨。雨の止み間にテントを撤収。
走り出してからは少し小雨が降っていたものの、気になるほどではなかった。幸い雨はしばらくして止んだ。
アーサーズパスに続く道は大小の川があったり美しい湖があったりして、景色を楽しみながら走ることができた。
この頃、少し寒くなってきたなとは思っていたが、山の下のほうでも紅葉が始まっていた。
川の向うに見える並んだ木が緑から黄色に変わっていく様はとても美しかった。
晴れていたら、とふと思ったが、それでも充分どこを見渡しても美しい景色だった。
例のごとく、途中街があるわけではないので、湖畔で写真を撮ったりしながら、小休止を取りながら走る。
早い時間に出発したので、心理的にゆとりがある。
あるクリークの横で昼ご飯。
この頃はたまにはカフェで昼ご飯食べたいなぁ、とか思っていたが、名もないクリークの横でバーナーストーブで温かいものを作り、食べているのは今の私からしたらものすごく贅沢なことだ。
いや、NZの時間はすべて贅沢な時間だったのだ。
アーサーズパスの登り口に到着。
アーサーズパスの標高は1000m以下である。有名な峠ではあるが、1000m以下なら大したことないだろうと高を括っていたが、そこはさすがNZ。
そうは簡単に行かなかった。
登りが始まるまでは、と思い一番軽いギアを残していたが、それもしばらくして使い始める。それでもなかなか辛い、と思っていたところ、更に道の勾配が急になる。
「おおお」
動揺して一度自転車から降りる。
サミットまであと何キロぐらいだろう?
途中、休憩を挟みながら、なんとか登っていく。
いつになったら終わるんだ、と思いながらゆっくりゆっくりペダルを回す。
どれだけ登ったか、やがて頂上が見えた。
アーサーズパスを何とか登りきった。いやはや、こっちに来てから一番大変だったのではないだろうか。
峠の頂上からさらにしばらく行くと鉄道の駅とトランピングを楽しむ人がたち向けだろう、いつくも宿泊施設があった。
この日は事前にユースホステルを押さえてあった。ユースに行く前にビールだ。頑張ったからな。
バーでビールのテイクアウトを求めるとお馴染みのステインラガーが2本で11.5ドル。おいおい、高いな。しかし、あれだけ登ってビールなしなんて考えられない。迷ったのは一瞬で、ビールを持ってバーを出た。
ユースホステルに着くと、スイス人のサイクリストがいた。
「どっちから登った?スティープだったろ?押したか?」と矢継ぎ早に聞かれた。
「グレイマウスからだ。押してはないが、ストップ&ゴーだったよ。」と答えた。
ユースには珍しく40代後半ぐらいの日本人男性がいた。頭の上は禿げ上がっていたが、横の髪が長めで、風貌が何というか、天才系というか芸術家系というか、あまりそういうことは気にしていない感じの人だった。
話してみるととても面白い人で、近くの山に日帰りのつもりで行ったらそのまま遭難してしまい、二日間かけて戻ってきたという。
滝の場所を頼りに自分の位置を確認しながら、なんとか下に降りられるところを探して戻ってきたらしい。
「急いでも仕方ないから、楽天的にいこうって思ったんですよ。これがよかったみたいですね。」
木から木へジャンプしたりして、いろんなところを怪我したりして、痛い痛いと言う割には元気である。
街に戻ってくると、警察にいろいろ聞かれたらしい。
そりゃそうだろう。
警察できかれたとき、ちゃんと説明したのだが、警察はなかなか話を信じてくれなかったらしい。この辺りでの遭難や事故はしばしばあるらしく、このわずか2週間前にもイギリス人女性が事故で亡くなっているそうだ。
この男性はタクラマカン砂漠のツアーガイドをやったりもしているそうで、見た目は芸術家系だが、相当なサバイバル能力を持っているようだ。
旅先ではこういう人と頻繁に出会う。出会って、しばし時間を共にする。それだけだが、そのとき過ごした時間や雰囲気はずっと何となく覚えているものだ。
日常でもどこかでこういう人とすれ違っているはずだが、出会うことはない。旅を求めるのは刺激的な人との出会いを求めているのかもしれない。