定着から放浪へ 放浪から定着へ

アラスカ、ニュージーランド、タスマニアなどの自転車の旅、そのほか愛知奥三河のことなどについて書いています。

鞍掛山の雪 - 奥三河ライド -

最近自転車を始めたが、どこへ走りにいけばいいか分からないので、一緒に走って欲しい人がいる、と友人のタツマくんから話しがあった。

 

もともと尾張の人で仕事で東三河に住むようになったが、この辺りのことはまだ知らない、ということらしい。

 

タツマくんが「せっかくなんで奥三河に連れて行って奥三河のファンになってもらいましょう」というので、我々のスタンダードコースを案内することにした。

 

 

朝。

 

集合場所にした桜淵公園に行くが、朝方には止むはずだった天気予報を裏切り、まだ雨が残っていた。

今回一緒に走るSさんとタツマくんが車でやってくる。雨はしばらくで止みそうだが、外で待つのも寒いので、雨が止むまで、この日休日営業をしていたヤングキャッスルでモーニングにすることにした。

 

我らがダモンデの拠点、純喫茶ヤングキャッスルは平日営業が基本だが、イベントなどがない週末は営業している日がある。今回はぜひSさんにヤングキャッスルを紹介したかったのでタツマくんが営業日を選んでライドの日程を組んでくれた。

 

店に行くとダモンデ山田さんとキッチンのりょーこさんが出迎えてくれる。これから出かけるダモンデクルーの早川さんもいた。

 

早川さんを交えて話をする。

 

Sさんは12月に納車で、一度渥美半島を一周したらしい。それだけ走れれば体力は問題なさそうだ。

 

ただ今回は初めて3人で走ること、それから濡れた路面の走行になることから、一旦新城総合公園で、ハンドサインとか止まり方、曲がり方など、ライドの基本的な講習をすることにした。

 

休日営業のヤングキャッスルには、早川さんの他、ダモンデクルーや一般のお客さんもいてなかなか賑わっていた。

 

我々はモーニングを平らげると、ヤングキャッスルを後にした。

 

新城総合公園まで車で移動。まだ雨が上がりきっていないが、まあ走っているうちに止むだろう。

 

Sさんに軽く手ほどきをして、我々はさっそく走り出した。

 

今回のコースはタツマくんが引いてくれた。最近、タツマくんとライドに行く機会が多いがコースはタツマくん任せばかりだ。申し訳ない。

タツマくんの引いたコースは新城総合公園から国道257号で豊川沿いに北に向かい、設楽町に入ったところで、南に戻る奥三河でもアップダウンが少なく、見どころのあるエリアだ。

 

昔のサイクリングターミナルの後を越えて布里の手前あたりの景色が私はお気に入りだが、あいにくの天気でちょっと残念だったが、急に視界が開けて気持ちがいいのはいつも通りだ。

 

 

タツマくんがまずまずのペースで引き、Sさんもちゃんとついてきている。景色も楽しんでくれるといいのだが。

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三河は雨上がりの山に雲がかかった景色も美しい。雨上がりは自転車が汚れるのが困りものだが、奥三河の幽玄な景色を見ることが出来るので悪くない。遠くの山を望みながら私はペダルを踏んだ。

 

愛郷のお店があるところで休憩。

 

ペースが早かったのか、Sさんは少し疲れた様子だった。Sさんの自転車の足回りからチャラチャラ音がしていたので、シフトワイヤーを少し張る。初期伸びが出ていたようだ。Sさんのロードは今時のディスクブレーキのロードバイクで、少しローターに当たるようでこちらも少し音がしていたが、走れないレベルではないので、こちらはそのままにしておいた。

買ったばかりのバイクで、自分と違うお店で買ったバイクを触るのは気を遣う。

 

愛郷からは私が前を行く。

トンネルを抜け、設楽に入る。

 

そのまま稲目トンネルを南に行くところだが、「おしどりの里」に寄る。

三河にしばしばやってくるタツマくんも私も実は行ったことがなかったのだ。

 

おしどりの里は設楽町新城市の境にある稲目トンネルのすぐ近くにある。 

 

おしどりの里の駐車場の入り口に自転車を置き、中へと進んでいくと、管理人だろうか年配の男性に話しかけられる。ときどき、なにも知らないサイクリストが迷い込んでくるらしい。

我々は「おしどりを見に来た」と伝え、おしどりが見える川へと続く道を歩いていった。

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川までいくと河岸がブルーシートに覆われていた。おしどりは警戒心が強く、カメラのレンズに気付くと逃げてしまうらしい。

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いろいろ注意書きがあった。

ブルーシートに開けられた穴から川を見るのだが何とも言えない気分だった。

どうもここは本当におしどりが見たい人、写真を撮りたい人が来るとこらしい。

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我々は少し川面に浮かぶおしどりを眺めた後、おしどりの里を後にした。

 

おしどりの里からは稲目トンネルを南に進み、そこから東へ。

 

Sさんは四谷の千枚田を知らないそうなので、千枚田の入り口まで行くことにする。

 

上り坂になり、Sさんが「前のギア、変えたほうがいいですか?」とやや慌てた様子で尋ねてきた。タツマくんとフロントの変速方法を教える。

 

そういえばここ最近、初心者の人とライドをするということが殆どなく、そうした人に対する手ほどきや気遣いを忘れているなと気付かされた。私はときどき奥三河のライドでガイド役を頼まれることがあるが、慣れてきていることもあり、当たり前に思ってつい説明を忘れてしまうことがある。もっと注意を払わないとな、と反省した。

 

千枚田の駐車場に近づくと視界が開ける。

「おお」Sさんが声を漏らす。

 

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来るときに早川さんが、「鞍掛山は初雪らしいよ」と教えてくれたが、四谷の千枚田の先にそびえる鞍掛山は確かに雪を被っている。この時、ダモンデクルーが奥三河パワートレイルの練習でまさに鞍掛山あたりにいたそうだが、相当に寒かったらしい。

 

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タツマくんが「5月の田植えの季節がいいよ」とSさんに教えてあげていた。私は「春は梅も咲くし、初夏にはアジサイ、刈り入れ前もいいよ」と付けくわえる。雪を被った鞍掛山の景色もこれはこれで趣き深いと思う。

 

道はまだ濡れており、千枚田から来た道を戻るとき注意して降っていく。

 

千枚田からは旧田口線のルートに乗る。

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北から行くとやや下り基調で軽快に進む。

 

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道沿いの「やまびこの丘」でお昼にする。

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やまびこの丘はキャンプ場や体育施設があるところだが、食事もできる。特に蕎麦が美味い。

Sさんに定食屋が蕎麦か聞くと蕎麦がいいとのことであった。私も久しぶりに行くので楽しみにしていた。

 

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今年の冬はあまり寒くないが、雨のせいで体がずいぶん冷えていたので、出された温かいお茶が嬉しかった。

 

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やがて蕎麦の定食が運ばれてくる。天ぷらと炊き込みご飯もついてお得な感じだ。

味付けは全体的に甘め。東三河らしい味付けである。温かい蕎麦が体に染みる。

 

やまびこの丘の後、少しマイナーな道を使いながらスタート地点の新城総合公園に戻る。

 

Sさんは楽しんでもらえただろうか。もっと行く先々でいろいろ解説したりすればよかったと後悔したが、また一緒に乗ってくれるときにはそうしようと決めた。

 

 

 

水軍の入江 - 2020冬キャンプ -

大学時代の友人であるツネオから「年末年始でたまには子供抜きでキャンプして、山でも歩かないか」と誘いがあった。

 

春の異動から心のゆとりがなく、誘われた当初は準備などを考えると面倒だな、という思いが先に浮かび、あまり乗り気ではなかった。

 

しかし、年末年始の休みがいつもより長かったこともあり、妻に相談すると「行けばいいんじゃない」と言ってくれた。

 

ツネオのプランでは一泊二日でどこかでキャンプをし、山を歩くというものだった。私の他に同じく大学時代の後輩ひろしとフクチが一緒に行くことになった。いろいろ相談した結果、以前、ひろしが家族で使ったことのある三重のキャンプ場に宿泊し、熊野古道を歩くことになった。

まだ若い頃、このメンバーや他の仲間たちと「奥三河野営組合」と称して、無料のキャンプ場やテントが張れて人が来ないようなところでよくキャンプをした。その頃、冬キャンプもしており、今回は久しぶりの冬キャンプになる。

 

年末休みに入った頃、ツネオから「子供がインフルエンザにかかってしまい、行けなくなった」と連絡が入った。

 

どうしたものか。

 

ツネオが中心で企画した今回のキャンプ、正直私は彼の企画に乗っかるだけのつもりでいたので、あまり主体的に考えていなかった。

「やめるか」

一瞬そう思ったが、フクチとは久しぶりであるし、キャンプ場はひろしのオススメだ。それに久しぶりに冬キャンプがしたかった。

結局、ひろし、フクチ、私の3人でキャンプだけ行くことにした。

 

行きはフクチと私の二人でドライブである。ひろしは電車で現地集合だ。

今回はフクチが車を出してくれ、結局ずっと運転をしてくれた。一応、私が先輩だから気を遣ってくれたのかもしれない。独身の頃はよく自転車関係でフクチとも遠出をしたものだが、最近はほとんどそういうこともなくなった。彼も自転車をやっているが、最近は職場の人と山登りをすることが多く、自転車はあまり乗っていないようだ。

山登りをやるおかげで彼は私より最近のアウトドア事情に詳しく、今時のアイテムもいろいろ持っているようだった。

私の方は、昔からの道具がまだほとんど使えることもあり、最近は少し勉強しているが物も知識もまだまだアップデートされていない。

 

久しぶりの冬キャンプで、装備をどこまで持って行くか迷ったが、とりあえず寝袋は長年愛用のイスカの- 15度対応のものを選び、ベースレイヤーも一番厚手のものを用意した。

今回、新たにワークマンでシューズを購入。ビーンブーツ風のシューズである。アウトドア用の靴はトレランシューズしかなく、前に東栄町の明神山に登ったときに濡らして寒い思いをしたので、防水も期待できるワークマンを試すことにした。

 

途中、フクチがたまに行くというアウトドアショップに寄る。

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あまり実物にお目にかかることがない商品がいろいろ置いてあり、私は特に買わなかったが、とても参考になった。

 

寄り道をして、キャンプ地に着く頃にはもう夕方だった。キャンプ場のそばでひろしが歩いているのが見えた。ちょうど彼も着いたところのようだ。

 

キャンプ場は基本は海水浴場で、キャンプもできるというところだった。冬の間はやっていないが、ひろしが管理する観光協会に聞くと、泊まって構わないが、トイレは使えるのものの、炊事場は水が出ないかもしれないとのことだった。トイレが使えればそれで充分である。まあ正直なくても何とかなるのだが。

 

キャンプ場はきれいな浜辺だった。

白い砂が美しい。

浜辺を中心に左右に陸地が伸びており、ちょうど浜の正面が入江の入り口になっていた。

小さな丸い入江に沿うように集落があり、向こうに小さな港が見える。

 

水軍で有名な九鬼が近いですよ、とひろしが教えてくれる。

 

私は好きな時代小説作家、隆慶一郎の水軍を描いた小説を思いだした。こうした小さな入江から家族に見送られて海へ出て行く様子が描かれていた。ここもそうした水軍の拠点だったかもしれない、弓形に伸びる陸地が船を隠すのにちょうどよかったのではないか、などと勝手な妄想をした。

 

車から荷物を下ろし、各自テントを設営する。すぐに暗くなるので、エアマットと寝袋も出しておく。

 

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それにしても素晴らしい場所だ。

テントを張り終え、柔らかく赤に染まる入江の先を見ていると、この景色を見ているだけで、来る価値があったと思えた。

 

景色をもっと堪能していたいところだが、手元が見えるうちに晩ご飯の支度にかかる。

 

三河野営組合を名乗っている頃から、私は炊事班長である。椎名誠の「あやしい探検隊」に出てくる料理人の林さんのファンなのだ。林さんの作るチャーハンがとてもうまそうなのである。林さんに憧れてキャンプに中華鍋を持っていった時期がある。懐かしい。

 

今回は簡単晩ご飯、鍋だ。

ふとスーパーで赤から鍋の素を見つけたら、赤から鍋が食べたくなった。子供が辛いものが苦手なので、家ではなかなか食べる機会がないのである。

 

サッと野菜を切り、鍋に赤から鍋の素と野菜と肉と豆腐を入れて煮たらおしまい。野菜はフクチが実家で収穫してきてくれた。

 

少し鍋の素が少ないかと思ったが、白菜と白ネギから水が出てちょうどよかった。

 

鍋が煮えるのを待つ間、焚火に火をつけ、ビールをあける。お歳暮で貰ったロースハムを厚く切り、串に刺して焼く。

やはりキャンプは焚火とビールだ。

 

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薪はひろしがホームセンターで買ってきてくれたが、量が心許ないので、浜で流木を拾う。

 

今回は焚火台としてユニフレームのファイアスタンドを持ってきたが、薪の下がメッシュになっており、風が通るせいか薪がよく燃えた。

浜に着いたときは風もなく暖かだたったが、暗くなるにつれ風が出てきて寒くなってきた。

 

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鍋が煮えた。

 

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各自コッフェルやシェラカップを出して鍋をよそう。冬キャンプは鍋が簡単でいい。

男三人は食べだすと早い。すぐに鍋の具が終わってしまう。野菜は切ればまだあったが、焚火で炙って食べるものもあるので、シメの玉子とじうどんをそのまま作って食べた。

 

夜は長い。焚火を続けながら、ビールを飲む。

 

今回新たに持ってきた道具がもう一つあった。

ファイヤーサイドのトング、ファイアーバードである。

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ファイアーサイドは長野県駒ヶ根市にある薪ストーブの代理店だが、となりにアウトドア用品と雑貨の店があり、長野にキャンプに行くと寄ることにしているところだ。

 

普通のトングより長くて使いにくいかと思ったが、細身なのにしっかりしていて重たい薪をつかんでもよれることがなかった。

また、挟むところの内側に爪がついており、薪を掴んだ感覚もとてもよかった。

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実際に使ってみると長さもそれほど長く感じなかった。これはいい道具だと思う。

 

流木がなかなかの量確保できたので、どんどん薪を追加していく。ひろしが買ってきた薪より流木のほうがよく燃えた。よく乾いていたのだろう。

 

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酒を飲みながら、いろいろ話をする。

フクチの最近の山登りの話やひろしの家族のことなど。フクチは山で過ごす時間が多いようだ。ひろしは息子の話を聞かせてくれた。彼の学校での話があまりに面白いので爆笑してしまったが、先生と親は大変だろう。だが、そんな彼が自分らしく生きていけるような社会にならないと嘘だよな、と真面目なことを考えた。

 

長い時間、焚火を囲み、スローなペースで酒を飲む。そしてスローなペースで話をする。

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焚火はいいなぁ。

 

風が吹き続けている。

フクチは風下になるのか、煙を避けて何度も椅子を動かしていた。私は煙が目に染みても多少の煙はかかるに任せた。

 

焚火のお供はビールもいいが、夜がふけたらウィスキーだろう。

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スキットボトルからそのままウィスキーを飲む。中身は何か知らないまま持ってきたが、ブッシュミルズシングルモルトのようだ。

 

だいぶいい時間になったので火の始末をする。

 

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振り向くと月が明るい。そのまま空を仰ぐと星もたくさん見えた。

 

私はテントに潜り込むとすぐに寝てしまった。

長年愛用の寝袋は安心して眠れた。

 

朝方、外でフクチがガサガサやっていたようで音が聞こえたが、私はそのままま寝続けた。

 

テントが明るくなり、夜明けが近いのが分かった。

ゆっくり体を起こし、ジャケットを着てテントから出た。

 

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雲ひとつない青い空の端が赤く染まっている。

静かな入江の海は空の色をそのまま写していた。

素晴らしい朝焼けだ。

 

朝焼けを見ながら私はコーヒーをいれた。

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フクチとひろしも起きてきた。

フクチにポットにコーヒーがあることを告げ、コーヒーを飲まないひろしにはココアの袋を渡した。

風は夜に比べ弱くなっていたが、とはいえ寒い。

再び薪に火をつけた。

 

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焚火を再び囲みながら朝ごはんの用意をしていると朝日が上ってきた。

日が上るのをこうして見るのはひどく久しぶりの気がした。

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朝ごはんは正月らしく餅である。

ひろしの奥さん、私の大学時代の同級生なのだが、彼女が餅を持たせてくれた。

 

焚火が落ち着いたところで、網の上に餅を並べて焼く。よく考えたら焚火で餅を焼くのは初めてかもしれない。

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餅は多少焦げたが中までちゃんと焼けていた。

醤油をつけ、海苔を巻いて食べる。

うまい。外で食べれば何でもおいしいが、こんな素晴らしい朝ならなおのことだ。


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食事が済むと帰りの車で飲むコーヒーをタンブラーにいれ、撤収を開始した。

撤収もみんな手慣れたものだ。

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私は一足先に撤収が終わったので昨日行けなかった波打ち際にいく。穏やかな湾である。

 

フクチの車に全員の荷物を積み込むと、我々は小さな入江を後にした。私はこの場所を勝手に水軍の入江と呼ぶことにした。

少し遠いがいい場所だった。

今度は子供たちも連れて来よう。

今年も素晴らしい景色の中、過ごす時間ががたくさんありますように。

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お正月、初詣 

 

明けましておめでとうございます。数少ない当ブログの読者の皆さま今年もよろしくお願いいたします。今年は奥三河、自転車、キャンプなどあと過去の国内の旅の話など書けたらと考えております。

 

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2020年になった。

我が家ではお節として黒豆、田作り、なます、きんとん、柚大根、たたきごぼう、伊達巻を作る。田作りと伊達巻は私の担当だ。

 

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今年は田作りが上手くできた。子供にもなかなか好評だ。まあ焦がさない限り、その年に仕入れる乾物の田作りの状態に味は左右されるのだが…

 

元日の朝はおせちと妻の実家風の雑煮だ。

すまし汁に餅と菜葉、蒲鉾というシンプルなそしておそらく一般的なものだ。

 

変わって夜は東三河風の白菜の雑煮になる。

この白菜の雑煮だが、一体どこまで勢力を持っているか謎である。少なくとも妻の出身である西三河は違うようだ。

 

東三河の雑煮は出汁にメイン食材となる白菜を入れ、我が家では蒲鉾、あげを入れる。ここで餅も入れて煮るのが本来の東三河風だが(少なくともカントリーモーニングの新春レースで振舞われる雑煮と実家はそうなっている)、白菜に溶けた餅が張り付くのが私は嫌なので、別で餅を焼いておく。

具材は白菜だけや、鶏肉をいれたりするようだが、ここは家庭によるというところだろう。

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最後に仕上げとして花鰹をこれでもかとかける。

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七味はお好みで。

 

妻は初めてこの雑煮を見たときかなりの衝撃を受けたという。生まれてこの方、この雑煮しか知らない私は「?」という感じだったが、妻のリアクションを見ていかにローカルな食べ物であるかを思い知らされた。

 

雑煮の話が長くなった。

 

元日は妻の実家に新年の挨拶に行き終了。

 

今日、初詣に行ってきた。

 

行き先は奥三河設楽町の谷高山高勝寺、田峰観音だ。

三河で初詣と言えばなんと言っても鳳来寺であるが、近年、田峰観音も人気になっているようだ。道の駅「もっくる新城」の観光案内所でも積極的に紹介しているそうで、昼頃行くと駐車場待ちという混雑具合で驚いた。

 

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少し離れた駐車場に車を置き、本堂まで歩く。

急な階段を上ると本堂が見える。

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入り口で線香をあげる。

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混雑はしているものの、そこは奥三河、ストレスになるほどではない。賽銭を投げ入れお参りをする。そのまま人の流れに任せて進むとおみくじの列に並ぶことになる。おみくじは一人50円のセルフ方式。番号の書かれた棒をおみくじ箱から振り出し、番号の棚からおみくじの紙を自分で取り出すというもの。我が家は全員引いて、私だけ大吉だった。

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大吉だが、「何事にも控目にして油断あるべからず」「旅立吉」とある。旅立吉は言うことなし。油断あるべからずは、思い当たる節がありすぎるので、今年は特に気をつけようと心に誓った。

 

おみくじの後は甘酒の振る舞いをいただく。

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家で甘酒を作る習慣がないので、こういう機会しか甘酒は飲まない。スポーツの際には補給ドリンクとして非常に良いのだが。

温かい甘酒が体に染みる。
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甘酒を堪能した後、境内の鐘を突いた。

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鐘も突き放題というのもなかなか斬新なスタイルだ。我が家もそれぞれ鐘を突いた。

これは外国人は大いに喜ぶと思うのだが、まだ奥三河にはインバウンドの波は来ていない。

 

参拝の後は、農産物販売所で食事。

五平餅が30分待ちと言われて諦めたが、替わりに山菜うどんと田舎そばをいただく。

田舎そばは元日限定と聞いていたので、食べることが出来て嬉しかった。

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田舎そばは奥三河の祭りの間に食べられていた太斬りのそばで最近ではほとんど食べられることかなくなったというものだ。

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田峯でもお正月に特別に提供されている品だ。

味の濃い甘めの汁に味をよく吸った細切りの大根と人参、それから大きく切られた油揚げが乗っている。

家族で美味しく頂いた。

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田峰観音からは田峯城が見える。山の間にある田峯は本当に景色がいい。奥三河の好きな景色の一つだ。

 

初詣の後、道の駅「もっくる新城」に寄る。観光案内所で働く友人に新年の挨拶をするためだ。今日は勤務のあと、豊根村の花祭に行くという。毎年のこととはいえ、流石奥三河の観光案内人である。

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もっくる新城を後にし、奥三河を代表するお酒屋さん「だわり屋」さんに寄り、新年の挨拶と社長ご夫妻の今後について少し話をさせていただいた。お二人からはいつも刺激をいただく。年始からいい話を聞くことができた。鈴木夫妻の話はまた機会があれば書くことがあるかもしれない。

福箱ワインを購入して帰宅の途についた。

 

 

今年はどんな一年になるだろうか。

今年私は40になる。今後の人生をどうするか考えながら、仲間とともに楽しむことを忘れずに過ごしていきたいと思う。

 

2019を振り返る

 

ブログでわざわざこういうこと書くことをしたことはないが、家族と大晦日の食卓を囲み、妻、子供たちから今年の振り返りを聞くうちに自分でも思うことがあったので少しだけ書くことにする。

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我が家の大晦日は毎年、鴨鍋からの鴨蕎麦で年越し蕎麦にする。あとは酒を飲みながらダラダラ。今年の鴨蕎麦も美味しかった。柚子皮を添えるのがよろしい。

 

今年は次女の小学校入学があり、どうなることかと心配したが、とても楽しくやっているようで親としては一安心であった。

 

妻は夏からダモンデが経営する純喫茶「ヤングキャッスル」で始め、私の妻、という立ち位置から個人としてダモンデクルーに認識されたのが大きな変化だと言う。とても楽しく働いているようでなによりだ。

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おかげで妻は私より最近のダモンデ界隈の事情に詳しい。

 

長女はというと、自転車で遠くに行けるようになったのが嬉しいという。これは私も父親としてとても嬉しいことだ。長女と二人でサイクルフォトロゲイニング「ペダルマーク」に出たり、モーニングを食べに行ったりした。いつの間にかたくさん走れるようになって、同じ時間、感動を共有できるようになった。長女が産まれたときには喜びと戸惑いしかなかったのにこんな風に育ってくれて本当に感謝だ。

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私は、と言えば公私ともに長い時間を過ごした奥三河の勤務から離れて、私とは最も縁遠いと思われる仕事になり、仕事で悩み、人生について今後のあり方を自問し続ける日々だった。まだ答えは出ていない。

  • ただ、私を取り囲む大切な人々、私をこれまで、形作ってきたものを再確認することができた一年だったと思う。

 

私が活動の中心にしている奥三河というフィールドの空気感、時間の流れ方、そこで迎えてくれる人々、そうしたことが、私の一部になっているということが、少し距離を置くことでとてもよく理解が出来た。休みの日にサイクリングで訪れる奥三河がどれだけ癒しになったことか。

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それから家族がまとまった時間をくれたので、数年ぶりに一人旅に出ることが出来た。そして、かつての旅で旅の時間を共有した人と再び時間を共にすることが出来た。

 

この旅で自分は人生を旅とサドルの上にみつけてしまったということを改めて認識した。自分の足でペダルを踏み、心震える景色に出会う。一期一会の出会いの人に優しさをお裾分けしてもらう。ただそれだけかもしれない。しかし、その経験が私という人間の基礎を形成しているのだ。

 

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今年は辛い別れがあった。

人生の目標であり、私のヒーローであった石原さんとの別れだ。

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あんな風に優しく強くなりたい。石原さんがいつも笑顔だったのはそれだけ強かったからだと思う。

月並みだが、石原さんの分も自転車に乗ろう、そして石原さんのように私の後に続く若いサイクリストに手を差し伸べ、背中を押せるように強くなろうと誓った。

 

今年ももう間も無く終わる。

 

毎週のように一緒に走ってくれる地元のマウンテンバイカー、Glocalbikeのライダー、カントリーモーニングの仲間たち、イベントに行ったり運営したりするダモンデクルーのみんな、本当にいつもありがとう。おかげで私は私らしくあることができます。

 

来年も皆さまよろしくお願いします。

 

それでは皆さま良いお年を!

 

 

土曜日の朝 - ライド新城 -

この前の土曜日の朝、お世話になっているバイクショップ「glocalbike bike」の土曜日走行会に参加した。

グローカルバイクが毎週土曜日に走行会を開催してくれるおかげで、家族も土曜日の午前は私は自転車に乗る、というのが普通になっている。

 

私は一人で走るのは実はあまり好きではない。思いっきり遠出をして、一人旅をするのは好きだが、家からスタートして走るような場合は、誰かとワイワイ走る方が好きだ。

 

いつも金曜日の夜にグローカルバイクのfacebokページで開催の告知が出て、それを見てお客さんたちが集まる。

 

土曜日の8時に集合し、11時くらいまで走る。夏場は1時間早い集合になる。

 

この日、私が店に行くと何人か既に店の前に待っていた。

 

今回は10人ほど。だいたいいつも5〜10人くらいまで集まる。少ないと店主のバスマンさんと2人、なんてこともある。

 

県道69号を豊橋から新城に向かう。

 

新城の桜淵公園で小休止の後、吉川峠へ。

 

吉川峠はグローカルの土曜日ライドの定番コースの一つである。

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クライマー系のライダーたちがガンガン上っていく。以前はあんな風に走っていたが、近頃は膝の痛みや練習不足もあってなかなかそうはいかない。全く衰えたものだ。

 

南側からの吉川峠は比較的緩い斜度になっていて、そこまで長い距離ではない。峠の頂上だけ斜度が少しきつくなる。

 

何とか頂上までに何人かパスし、下りに入る。後でストラバでタイムを確認したが、走れていた頃より1分近く遅い。仕事の関係で乗る時間も減っているので仕方ない。

 

 

吉川峠からは山吉田のファミリーマートまで各々走って行って集合する。私は下りはスピードが伸びないのでいつも下りで抜かされていく。

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吉川峠で出し切っているので、踏めないというのもあるが、山吉田の風景が好きなので、いつも心拍を整えながら、急がず下ることにしている。

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集落の道を川に沿って快適な速度で降りてゆく。

 

特に何かある、という風景ではないのかもしれないが、このルートを走るたびに何気ないこの景色とその季節の変化を楽しんでいる。

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山吉田のファミリーマートに到着。仲間たちはすでに補給している。私もで軽く補給を買う。

いつもドリンクを一つ買う程度。この日はキャラメルラテにした。いつもより疲れている気がして甘いものが欲しかったのだ。

 

補給をしながら、この日のクライムの様子や最近のライドについて話す。今年は暖かくて走りやすいという話なった。今年はグローブも一番厚いものは出してないし、まだウェアに余裕がある。

 

全員が補給を取った後、山吉田のファミリーマートを出発。

ここからは乗本を経由して、県道69号で一鍬田から国道301号へ。さらに新城カントリークラブの横を抜け、県道81号でグローカルバイク最寄りのセブンイレブンまで走る。

 

たいてい乗本までバスマンさんが前を引いてくれる。ライドのあと仕事なのにありがたいことだ。

乗本からは速いライダーが前を引いて5、6人のトレインが形成される。

出来るだけこのトレインに乗るようにしているが、いつも最後までついていけず、途中で降りてしまうことが多い。

 

この日はこのエリアで最速クラスのIさんと女性クライマーのSさんが前に出て先に行ってしまった。ほんとあの二人は速い。

 

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私は後ろを走っていた消防士ライダーのOさんと共に長めのローテーションを回してなんとかセブンイレブンに到着した。

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セブンイレブンでは新作のチョコミントアイスを見つけて購入。私はチョコミントに目がない。

ほぼピノのチョコミント味だが、冬にこのサイズ感で個包装売りはいい。

 

セブンイレブンの外に出ると続々と仲間たちが到着した。

 

バスマンさんはすぐに店を開けるため、そのまま店に向かった。

 

我々は補給をして、一息つくとグローカルバイクに戻った。

 

 

グローカルバイクに戻ると看板犬のダンケが出迎えてくれる。私は犬猫の類は大好きなのでたくさん撫でてやる。ダンケは私の子供たちにも優しくしてくれるいいやつだ。

 

いつも店に戻るとバスマンさんがコーヒーを出してくれる。私は紙コップを毎回使うのに抵抗があるのでornotのマイカップを店に置かせてもらっている。

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お昼までバスマンさんの入れてくれたコーヒーを飲みながら、仲間たちとこの日のライドについてや、新しい機材の話などしているこの時間は私の休日の大切な時間だ。

 

そのまま、また走りに行く人、ずーと店にいる人、人それぞれだ。

 

私は昼になる頃、みんなにお礼をいい、店を後にした。昼からは家族と過ごすのだ。

もっとも、子供を連れてまた戻ってくることもよくあるのだが。

 

冬にしては暖かい日差しの中、私は家に帰った。

 

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さよなら、私のヒーロー

私の大切な人がこの世を去った。

ロングライドの巨匠、石原さんだ。

正直まだ、私は混乱している。あの人の笑顔が何度も脳裏をよぎり、まるで現実感がない。

 

石原さんは親友であり、時に父であり、そして間違いなく、もっとも身近にいた等身大のヒーローだった。

 

石原さんとは、地元のショップ、カントリーモーニングで知り合い、すぐに意気投合し、休みの日にはマウンテンバイクやロードバイクでいろんなところに走りに行った。

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それからブルベにいっしょに出たり、トレイルランやマウンテンバイクのレースのスタッフをしたりした。

 

イベントのスタッフで会場に前日入りすると、他の仲間を交えて、よくビールを飲んだ。

 

飲むと決まってクロモリフレームの話が始まって、大学の講義のような、クロモリのパイプの話などを真剣な顔をして話していたものだ。石原さんはとにかくクロモリの自転車が大好きだった。

私も石原さんに感化されたのか、気がつけばクロモリフレームの自転車が増えていった。

 

石原さんはとにかくよく食べていた。細い身体のどこにご飯が入っていくのか謎でしかなかったが、ラーメンもカツ丼もいつも大盛りだった。

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あと、峠の上や山の上で休憩していると、荷物からオレオの小袋を出して食べていたのを思い出す。

 

「ワシ、アメ車並みに燃費悪いじゃんね。」

 

そう言っていつも笑っていた。

 

私や仲間たちはたくさん食べる石原さんを見て、半ば呆れながら、なんだか幸せな気持ちになったものだ。

 

大食いのほかにも、寒い日のブルベではロードバイクのリアディレーラーが凍ってしまい、ワイヤーが切れてしまったのでフロントの変速だけで完走したことや、地元開催のブルベでミスコースしたことや、とにかくエピソードに欠かない人だった。

 

 

石原さんは確かに鉄人だった。パリ〜ブレスト〜パリ1200キロ完走。ロンドン〜エジンバラ〜ロンドン1400キロ完走と輝かしい記録を持っている。

でも、決して走りが速い人ではなかった。自分の実力をよく分かっていて、どうしたらもっと遠くまでいけるか、物事を冷静に考え、自分に足りないものは何か。そうした組み立てをして、計画的にブルベで完走メダルを次々に増やしていった。

 

石原さんはいつも冷静に、そして先を見ていた。

 

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私たちは長い時間を共に過ごした。

一緒にいろんな景色を見た。

一緒にいろんなものを食べた。

 

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伊良湖岬の先端から茶臼山の上まで走った。

豊橋からカツ丼を食べに富山村まで行った。

24時間耐久のマウンテンバイクのレースに出た。

ランドヌードルクラブ名古屋のスタッフとして、数々のブルベの試走を共にした。

晦日には地元の山をマウンテンバイクで走って、これでもかというぐらい年越し蕎麦を食べた。

 

辛いことも一緒に乗り越えた。

400キロの試走でランドヌードルクラブ名古屋の代表、金井さんと3人で豊田〜京都往復に行ったとき、帰りが向かい風と雨で、どれだけ補給をしても消耗する酷いコンディションの中、制限時間ギリギリで走り切ったのは思い出深い。石原さんは軽い低体温症だったのか、唇を紫にしていた。 

 

そんな石原さんは優しかった。

豊田から伊良湖岬を往復する300キロのブルベを石原さんと一緒に走っているとき、強風で私は前を行く石原さんから、段々と遅れて行ってしまった。

私は石原さんに向かって「これ以上、ついて行けません!私はゆっくり行きますから、石原さんは先に行ってください!」と叫んだ。

すると石原さんはペースを落として「シマダくん、そんなことを言っちゃダメだ。僕と一緒にゴールまで行こう。」そう言って結局、ゴールまで一緒に走ってくれた。

弱いものに手を貸し、勇気を与えてくれた。

ゴールしたあと、石原さんにお礼をいうと

「ワシあんたとゴールしたかったんだって」

と言って笑ってくれた。

 

強い人は優しい、石原さんはまさにそんな人だった。

 

 

2013年にロンドン〜エジンバラ〜ロンドン1400キロのブルベに出たときの話が石原さんという人を語るのにふさわしいエピソードが残っている。

 

完走間近のところで何度目かのパンクしてしまい、もう制限時間に間に合わないというときに、普通の人であれば挫けてしまうところだが、石原さんはこう思ったという。

 

「制限時間に間に合わないなら、タイムオーバーしてからどれだけ短い時間でゴール出来るか、これが自分のブルベだ」と。

 

そうでなくてもロングライドのパンクは辛い。それが続いた上に制限時間に間に合わないなんて、投げやりにならないほうがおかしい。

しかし、石原さんは違った。

 

 

これが石原さんという人の凄さだと思う。

 

 

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石原さん。

どうしたらそんなに優しくなれるのですか。

どうしたらそんなに強くなれるのですか。

 

 

もっとたくさんのことを教えてもらいたかった。

石原さんともっと遠くに行きたかった。

 

石原さんにはたくさんよくしてもらったのに、全然お返しが出来なかった。

 

もっとたくさんの峠を一緒に越えて行きたかった。もっといっしょにたくさんご飯を食べたかった。

 

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石原さん、天国までは自走ですか。

 

石原さん、ちゃんと補給のオレオは持ちましたか。

 

石原さん、いくらお腹が減ったからって、信号待ちでブロンコビリーの客席をガン見しちゃだめですよ。

 

石原さん、寒かったらPCでウィスキー飲んでもいいですよ。

 

石原さん、ちゃんと着いたらロンドンのときみたいに「お尻は痛くもなんともないよ」ってメールしてくださいね。

 

石原さん、よいライドを。

 

The sense of wonder - 秋の奥三河 -

毎週土曜日、私がお世話になっているバイクショップ「glocalbike」では開店前の午前中にお客さんを集めてロードバイクで2、3時間程度の走行会を開催している。私は時間の許す限り参加しているが、雨天時は中止だし、最近は都合の合わないことも多くて今回、久しぶりに参加することにした。

glocalbikeは豊橋市の郊外、石巻にあり、新城市浜名湖方面へのアクセスがいい。そのため、土曜日の走行会もそうしたところへ行くことが多かった。

 

集合時間の8時に店に行くと、いつもは何人も待っているお客さんがいない。前日の開催告知が遅かったせいだろう。結局、この日来たのは私だけだった。

 

glocalbikeの店主、バスマンさんと相談し、ルートを決める。私は鳳来寺山の表参道、旧門谷小学校で開催されるイベント「The sense of wonder」に行く予定で、新城桜淵公園あたりまでいっしょに行き、そこで分かれることにした。

 

急に季節が進み、冬物のウェアを着てきたが、ちょうど良い感じだ。バスマンさんは冬でも薄着だが、この日も夏物のウェアにジレとニーウォーマーをしただけだった。

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二人だけなので、ルート開拓も兼ねてふだんの走行会で走らないルートを行く。

走り出しは寒いが、体が暖まってくれば、少し寒いくらいの空気が気持ち良い。遠くの山の形がはっきりと見える。寒さの到来とともに空気が澄んできたのだ。

「いい季節だな。」バスマンさんが言った。

 

桜淵公園を過ぎたところで、バスマンさんと別れる。バスマンさんはこのまま走行会の定番ルートの峠を見て帰るという。

私はそのまま東に向かい、途中、友人である奥三河案内人の真由子の働くもっくる新城の観光案内所に立ち寄った。しばらく振りだったので、最近の奥三河の話題をいろいろ教えてもらう。30分ほど話し込んで、「The sense of wonder」の会場に向かう。

 

もっくる新城から旧門谷小学校までは普段あまり使わないルートを選んだ。もっくるからなら、本長篠まで出て、県道32号で北に上がるのが一般的だが、今回は国道257号から県道436号を行くことにした。川沿いの436号は国道257号からの抜け道で地元の人ぐらいしか使わないルートだ。もしかしたら紅葉が見られるのでは、と期待したが436号の紅葉は期待したほどではなかった。

 

県道436号から32号に入り、鳳来寺の表参道の入り口に来る。新城市の観光課の職員の方が駐車場整理をしている。この時期の観光課の職員は毎週末イベントでとても忙しい。

軽く挨拶して「The sense of wonder」の会場に向かう。

 

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 毎回ここに来るたびに思うのだが、門谷小学校の入り口に立つと、どこか違う世界の入り口ではないかと思えてくる。イベントがあればイベントの世界観があるし、何もなくてもどこか懐かしい小学校の風景がある。ここは非日常な空間への入り口なのだ。

小川にかかる橋を覆うように周囲の木々がトンネルを作っていて、その先に何かある、と期待が膨らむ、そんな幻想的な道だ。

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会場に足を踏み入れる。

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焚火の匂いと何か肉の焼ける美味しそうな香りが鼻をくすぐる。

紅葉した木々に囲まれた校庭に並ぶ、お洒落で個性的なテントたち。

 

校門の横の受付に友人がいた。いつもは何か出店側の彼女だが、今回はのんびり手伝っているらしい。こうして緩くイベントに関わるのはいいな、と思った。

 

今回のこの「The sense of wonder」は「冬を愉しむ道具とクラフト」ということで、キャンプにまつわるクラフトのお店やナチュラルな食事を提供する店が出ており、門谷小学校の柔らかい雰囲気と相まって会場を眺めているだけで何だか優しい気持ちになってきた。この雰囲気だけでも来た価値があるな、と思った。

 

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さて、私の家族はどこだろう。

実は家族は別行動で、私がライドしている間に車で先に来ていたのだ。

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いたいた。

校舎に近いブースの前で、妻がバイト先の同僚であるりょーこさんと話をしている。

 

「お父さん!」長女が私に気がついて、こちらにやってきた。

 

聞けばとくにまだ何か食べたりしていないらしい。少し家族とブースを見て回る。

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食事を出しているブースはこの辺りのイベントなどではよく見かけるところが多かった。

 

まずは豊橋でジャムを作っている「Nui」さんを覗く。

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うちはフルーツがあるとたいてい妻がジャムにするので、たまにしかジャムは買わないが、Nuiさんのジャムは洗練されていて美味しい。もともと餡子屋さんなので、今回は小瓶に入れたぜんざいも売っていた。長女がぜんざいが食べたいというので、ぜんざいを購入。それからジャムをいくつか試食させてもらい、梨のジャムも頂くことにする。

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長女は喜んでぜんざいを食べていた。長女は本当に嬉しそうに食べる。ぜんざいは私も少し食べたが、少し寒い屋外で食べるのは最高だった。

 

それから、りょーこさんオススメのフォレストファームの焼き鳥、山のハム工房GOBERのソーセージ、そしてツバメ食堂のパテのオープンサンドを買う。

ツバメ食堂は実店舗になかなか行くタイミングがなく、こういう機会には必ず何か買うようにしている。

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今回、飲食だけではなく、各ブースでは様々なワークショップが開催されていた。設楽町のAoyamaさんのワークショップが気になったがしばらく待たないといけないようだったので見送った。

 

出店者には友人も何人かいて、久しぶりに会う人もいた。

「Toei good witch project」として東栄町でハーブ農園をやっている角さん。地域おこし協力隊として東栄町にやってきて、任期終了後もそのまま東栄町で暮らしている。夏に一度、家族で農園に行こうと思ったのだが、ちょうど角さんが怪我をして農園に出られないときで、この時は残念ながら訪問は叶わなかった。

 

 

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角さんに挨拶して、そのときのことや、農園のことなど少し話す。角さんはハーブティーやクラッカーなどを販売していた。いくつか試食させてもらう。全く角さんはセンスがいい。

ワインのつまみにオススメという酒粕とハーブのクラッカーを購入。

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角さんのプロダクトはどれも体にいいものばかりだ。このクラッカーも酒粕東栄町の酒蔵「森山酒造」の酒粕を使っていて、それ以外の素材も国産のものにこだわった安心なお菓子だ。それてわいてちゃんと美味しい。私も最近はこういうものを選ぶようになってきた。

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今回のイベントで何気に楽しみにしていたのは、「kisten」の焼き芋である。

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キステンは、新城市の鳳来東部小学校の特認校制度のPRを行っている地元有志の団体である。

今回は、落ち葉で焼き芋を焼く、と聞いていたのでで楽しみにしていたのだ。

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最近、落ち葉で焚火というのもほとんど見なくなった。本当はうちでも焚火したいくらいなのだが。

私が注文しておいた焼き鳥を取りに行く間に焼き芋を買ってきてくれていた。

 

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ホクホクの芋を口に入れる。

熱い。なんと正しい焼き芋だろうか。また芋がブランド芋とかではなく、普通の芋なところがいい。

二つ買った焼き芋は一つを家族で分けて、もう一つはおやつで食べることにして持ち帰ることにする。

 

会場をもう一回りする。

食事はいろいろ楽しんだが長女がイチゴのホットドリンクを飲みたいというので買ってみる。

私は飲食以外のブースをもう一度見てみる。

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アイアンの焚火道具などに魅力を感じなかったかと言われれば嘘になるが、現実問題として家族キャンプにもう荷物を増やすゆとりはない。春キャンプですら車に荷物満載なのである。海外のキャンプ場のように庭にファイヤーピットがあれば買うところだが。

ここで無理に買うものでもないし、ピンとくればいつものお店でも旅先でも買うときは買うから今回はそういうことだっただけだ。

 

子供のお腹が満たされたところで帰ることにする。

 

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特に案内らしい案内をしていない緩い受付に行くと、ダモンデ山田さんの奥さんのミオさんとりょーこさんがいた。

 

しばらく他愛もない話をして、会場を後にした。

 

なんだか好きなものを食べていただけの「The sense of wonder」になってしまったが、まあある意味我が家らしいなと思った。


駐車場に向かう道すがら、出産予定日の奥さんを連れたエナジーバー研究家の脇くんともっくる新城で仕事をしていた真由子と行き合った。


彼らもあの空気感を感じたことだろう。


私は乗ってきた自転車を車に積み込むと、家族と共に家路についた。

 

作手高原 - ライド新城 -

友人のタツマくんがライドに誘ってくれた。最近は一人では積極的にライドにいかないので、誘ってくれる仲間がいることは全くありがたいことだ。

 

いつものように行先は奥三河

ダモンデメンバーでライドをするときの定番ルートは、新城市内スタート、旧田口線跡から四谷千枚田へ上がり、設楽町東栄町を抜けて望月街道からまた新城市内に戻る、というものだ。

このルートは車の交通量も信号も少ない。それから景色のいいところや飯田線のすぐ脇を走れたりと、奥三河を走ったことがない人を連れてライドに行くには非常にいいコースだ。

 

今回のライドはタツマくんと設楽町のエーシ、ダモンデトレイルのMC早川さんの4人のダモンデのメンバー4人。そのため普段あまり行かないルートに行くことにした。

 

目的地は新城市の北西部、作手地区である。作手地区は標高500mあり、本宮山スカイラインが走っていることもあり、上りを練習しに走るサイクリストが多い。今回は珍しく私がコースを引いたが、いきなりガツンと上るプランは却下されたので、仲間と相談し、川沿いの道から作手にアプローチすることにした。

 

どういう訳かこの週末はとても暑く、私はここぞとばかりに新しくなったダモンデのチームジャージを着て行った。タツマくんもエーシも同様である。しかし、一番チームジャージを着てきて良さそうな早川さんがジャージを着てこないという展開。

 

「だって、半袖じゃ絶対寒いって!」早川さんはそう言っていたが、スタートしばらくはやや暑そうだった。

 

桜淵公園から長篠方面に向かい、更に257号で北に向かう。只持から塩瀬に入る。このあたりの集落と川の風景は奥三河らしくて好きだ。

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薄暗い林道を走っていくと、少し視界が明るくなる。川沿いの紅葉が美しいところでしばし休憩。

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特に名所という訳ではない。

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しかし、美しい。素晴らしい季節だ。

 

しばらく各々が写真を撮った後、再び走り始める。

 

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こんなところを走れるなんて最高だ。私は贅沢な時間を堪能した。

 

県道の分岐で、どちらに行くかみんなで検討する。せっかくなので知らない道を行くことにする。

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比較的奥三河の道には詳しい我々だが、まだまだ走ったことのない道は多い。走ったことがない道が多いということはそれだけまだ未知の風景があるということ。奥三河には行くべきところがまだまだある。

 

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名もない道はいきなりの上りだったが、大した距離ではなかった。ピークから緩やかに作手のメインロードに向かって下りていく。

調子良く走っていたが、寒くなってきた。

ウィンドブレイカーを着なくてもなんとかなるレベルだ。

作手は標高500メートルほどあり、夏でも涼しいことで有名である。早川さんのウェアのチョイスは正しかった。

 

作手のメインロードを北に進む。

目的地は旧菅守小学校にある「レストランすがもり」だ。地域おこし協力隊としてやってきた佐伯さんという方が地域の人たちと始めたレストランで週末だけ営業している。地元のジビエを使った料理を出していて、とても評判がいい。しかし、作手の中でもかなり北に位置しており、フラッと行くには少し遠いところである。

 

北に向かい出してから、地面が濡れている。それにまた更に寒くなったように感じる。すがもりまであと少し、そう判断した私はペダルをこぐ脚に力を込めた。

ほどなくして旧菅守小学校に到着。

すがもりに来るのは久しぶりだ。一年くらいは来ていないのではないだろうか。

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思った以上にお客さんが多い。

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佐伯さんに挨拶する。元気そうだ。彼女は協力隊の任期は終わっているが、地域に残ってくれている。ありがたいことだ。

 

レストランのメニューは自然薯の定食や鹿のカレー、猪鍋など地域の食材を生かしたものばかりだ。私はせっかくなので、奮発して猪鍋1800円を注文した。

 

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猪鍋には鍋の他にさしみこんにゃくに煮物、野菜の天ぷらが付いていた。これでごはんお代わり自由なので非常にお得感がある。正直なところ、鍋が煮える間に、天ぷらでごはんがかなり進んだ。

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さて、猪鍋である。

味噌仕立ての濃い味付けでスライス猪肉にゴボウ、肉厚の椎茸、春菊などが入っている。猪の臭みは気にならなかった。春菊やゴボウの風味と良くあう。もっとお腹が空いていたらごはんお代わりするところだった。大変美味しかった。奮発した甲斐があったというものだ。

 

我々が食事をしている間、ひっきりなしにお客さんがやってきていた。サイクリストも我々以外に2組すれ違った。作手のグルメスポットとして認知されているようだ。やはり、多少アクセスが悪くても、行く理由さえあれば、人はやってくる。それだけの魅力をきちんと作り上げている佐伯さんやすがもりの人々はすごい。地道な努力の結果だろう。私もまたぜひ来ようと思った。

 

すがもりを後にすると、すぐ近くにある「涼風の里」に寄ってもらう。地元のおばあちゃんたちがやっているお店で、前にここで買ったヨモギ餅が美味しかったので、土産にと思っていた。しかし、この日はおいていなかった。ちなみにここの蕎麦は美味しい。

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前に来たとき、あまりに値段が安いのでどうなっているかと思ったが、料金表は以前のまま「平成23年定価表」の張り紙である。消費税増税もどこ吹く風だ。値上げはすればいいとは思うが、そのままの感じが奥三河だな、とどこか安心した。

 

すがもりからとにかく寒く、私はウィンドブレイカーを着ていたが、タツマくんは上着の類を一切持っていない。半袖ジャージが寒そうだ。

 

身体を温めるため、タツマくんが先行する。

作手の中心部に近づくと主要道を外れる。

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そこから来た道に戻るルートにしたが、その後は国道を南下し、新城市街に戻った。

 

まだ奥三河には行くべきところがたくさんある。そして今回のすがもりのように、実際に行ってみてわかったこともある。本当に当たり前のことをだが、実際に自分の足で行かないと分からなかったことだ。

三河も今回の作手や津具あたりは何度も車では行っているが自転車ではまだ未開拓に近い。もっと奥三河の北部も探検しないとな、と思った。

 

 

 

 

 

 

水窪から無人駅を巡る - 飯田線輪行ライド -

下りの風が冷たい。全く急に寒くなったものだ。

ホウジ峠を降りていくと城西地区の国道152号にぶつかる。そのまま国道で北に上がっていく。水窪までは数キロだった。

水窪橋の交差点で止まり、ケンタが昼ご飯の店を調べてくれた。水窪橋の横に立派なもみじとイチョウがあり、目を引いた。

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「ここにしよう」ケンタは「磯平」という店を選んだ。

水窪の商店街をゆっくり抜ける。

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昔、このあたりの宿で泊まったはずだか、当時は夕方に着いて暗かったから覚えていないだけなのか全く記憶に残っていない。静かな商店街だった。

 

少し迷ったが、磯平に到着。

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入り口に掲げられたメニューを見て驚く。

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コーヒー200円はまあいいが、定食やラーメンが300円とはどういうことなのだろう?

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ともかくお腹も空いたことだし、入ってみる。

店内は10数席の席数で、2組ほど先客がいた。お店はご夫婦でやられているようだ。外の看板に「還暦食堂」とあるので趣味でやっているのかもしれない。

我々は麻婆定食300円を注文した。店内にはウグイの泳いでいる水槽が隅に置かれていた。ウグイなんて久しぶりに見た。

またテーブルにはやや古そうな水窪の観光の本があった。巨木や城跡などが中心に紹介されていてなかなか玄人好みの本だった。

店の奥さんが麻婆定食を運んでくる。量は少なめだがちゃんとした定食だった。

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二人ともペロッと平らげると、店の奥さんに300円払い、店を出た。本当に300円でよかったのか、つい思ってしまう。

 

磯平の後、水窪橋まで戻り、橋のとなりにある「みさくぼ路の里」に立ち寄る。

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何か土産になるものをと思って覗いてみたのだが、外に並べられた野菜を見ていると、店のおばちゃんに突然、「寒いでしょ?温かい素麺の試食あるから食べていきなよ!」と言われ、そのまま店の奥のテーブルに通された。間髪入れず、紙コップに入った素麺と箸が出される。

素麺を出すと、店のおばちゃんはそのまま、店の入り口のほうに戻っていった。

あっという間の展開で、出された素麺をケンタと食べながら笑ってしまった。

素麺には戻した椎茸が入っており、椎茸出汁の素麺だった。

店のおばちゃんに素麺のお礼をいい、ゆっくり店内を見渡す。地域の特産品がいろいろ並んでいる。私は手作りのこんにゃくと安かった柚子を購入。土産でデイバッグがやや膨らんできた。

 

土産を買った後は、高根城跡に向かう。駐車場までの登り坂はなかなかの斜度だ。マウンテンバイクのクロスカントリーの選手であるケンタはサクサク上っていく。流石。

 

道の突き当たりから城跡に向かう階段にとりつくが、城跡まで20分と看板にある。往復40分で上で景色見ていたりすると小一時間というところだろう。電車の時間が気になる。夜は用事があるので、予定の飯田線を外すわけにはいかないのだ。

「やめるか。」少し階段を上ったところで我々は引き返した。

 

ここから国道152号で中部天竜に戻る。しかし、ただ戻るだけでは芸がないので、飯田線の駅を順番に回りながら帰ることにした。飯田線に乗って飯田線の駅巡りをしようとすると電車の本数が少ないので、一度駅に降りようものなら1時間以上次の電車を待つ、ということになりかねない。

しかし、自転車なら沿線沿いに走ると次から次に駅に行くことができる。実は数年前にも愛知県と長野県の県境でそんなことをしたことがあった。

 

まずは向市場駅

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駅の前は水窪中学校だ。こういうことは車窓から見ているだけでは分からないこともある。

 

次は城西へ。ちょうど昼前にホウジ峠から降りてきた場所だ。

 

しかし、先を行くケンタが途中で道を逸れた。

橋の上で止まる。

「ここ知ってる?」ケンタが言う。

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何かで見た覚えがある、しかし、なんだったか。

ケンタが教えてくれる。元々橋を渡して、その先にトンネルを掘ろうとして断念したらしく、橋はまた川を渡るという珍しいところで、飯田線好きの人には有名な場所だ。そういえば私もその手の本で読んだな。

 

その橋、第六水窪川橋梁を後にし、城西駅

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このあたりの飯田線の時刻表はビックリするほどスカスカだ。それでも電車が走っているので、我々としては大変ありがたいことだ。
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城西からはトンネルを一つ超えて相月駅へ。

相月駅は道路から少し高いところにあった。いつも車窓からは斜面に張り付いた民家が僅かに見えるだけでどうなっているかと思ったが、そういう訳か。

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相月駅は立派な待合室がある。

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無人駅にしては待合室が立派なのは、駅舎がないからだろうか。

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しばらくすると下り列車がやってきた。

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下り列車を見送ると我々も相月駅を後にした。

相月駅からしばらく行くと国道152号は飯田線から離れる。次の駅はもう佐久間だ。佐久間を目指して水窪川沿いに南下していく。川沿いの道は走りやすい。国道とはいえ交通量は多くない。気持ちよさそうに走っていくケンタの後ろを追った。

 

水窪川が天竜川と合流するところで、国道473号に入る。天竜川を渡ったところの分岐で、先で祭りをやっているようで、道路の入り口で交通整理をしているおじさんがいた。

 

飯田線駅巡りはサッと回れたので時間にゆとりがある。ケンタと相談して、祭りを見に行くことにした。

 

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祭りは国道から少し上がった集落の中心部で行われていた。地元の農協や団体がテントを出して地元野菜や蕎麦などを売っている。

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ステージでは地元の有名人なのか法被を着た爺さんが「今を去ること40年前!秋になると○△商店にサンマが出できて、そのサンマのしょっぱいことと言ったら」などとの昔の集落のことをなかなかいい調子で語っていた。

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また奥のテントでは聞いたことのない女性演歌歌手がCDを売っている。CDが売れないのか、となりの地元議員っぽいオッサンにワンカップをお酌していた。

 

サイクルウェアを着ていた我々は完全に浮いていた。

 

地元の人のための地元の祭りだな。

そう思った。

 

我々は何か買うでもなく、この圧倒的なローカル感を堪能すると、そのまま祭り会場を横切り、集落を後にした。

 

再び佐久間に戻ってきた。まだ時間は余裕だ。

ケンタが大学亭という店に行きたいというので、行ってみることにする。

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大学亭は鯛焼きや焼きそばなどを売る店で、一見、店の中で食事が出来そうな佇まいだが、入り口は普通に民家の玄関らしい。民家の窓がそのまま売店というなかなか斬新な店だ。

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ケンタが鯛焼きとたこ焼きを買う。佐久間駅まで移動して食べることにした。

 

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日陰は寒いので日なたに出てたこ焼きを食べる。私はホウジ峠で買った「とじくり」を出す。素朴な甘さのお菓子だ。甘く煮られた大豆が入っていておいしい。ある意味エナジーボールだな。

大学亭のたこ焼きはおいしかった。今回は食べ物はなかなか当たりではないだろうか。

 

まだ時間が微妙にあったので、佐久間駅に併設された図書館に寄る。

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郷土の本で、巡った場所のことを調べる。

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午前中上った二本杉峠の二本杉は明治時代に切られてしまったらしい。たいそう立派な杉だったそうだが、地元の郷士が切って東京に売ろうとしたらしい。しかし、二本杉を運んでいた船は沈んでしまったそうだ。いかにも、という話である。また二本杉峠に行くことがあれば、在りし日の二本杉を想像してみよう、と思った。

 

そろそろいい時間だ。我々はスタート地点の中部天竜に戻った。

 

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サッと自転車を輪行バッグに納める。

 

ホームで電車を待つ。ほどなく電車がホームに入ってくる。乗客は我々と男性が一人だけだ。中部天竜発の電車なので、車掌さんもホームにいる。

 

豊橋駅で降りた後のことを考えて前の車両に行こうとしたが、車掌さんが「トイレの前が広いですから、そこに自転車置くといいですよ。」というので、それに従うことにした。

 

車内は貸し切り状態だ。

 

飯田線輪行ライドのいいところは、その移動時間も楽しめるということだ。

 

ケンタと私は順番に現れる駅についてあれこれ言いながら、車窓の景色を飽きずに眺めた。

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自転車に乗った時間はわずか4時間程度だったが、非常に内容の充実したライドだった。

 

やはり、飯田線輪行ライドは最高だ。

次の飯田線輪行ライドはどこの駅から始めようか。そんなことを考えているうちに私は眠りに落ちた。

 

 

 

 

ホウジ峠へ - 飯田線輪行ライド -

今年の奥三河の紅葉は遅い、という。

 

週末一日使って奥三河へライドに行こうか考えていたが、紅葉を楽しもうと思うと奥三河もかなり北に上がる必要がある。どうしようか迷っていたところ、「紅葉サイクリングに行きませんか。」と自転車仲間のケンタから誘いがきた。ケンタは根っからの自転車好きでロードもマウンテンバイク、シクロクロスにも乗り、また奥三河南信州にも詳しく、ツーリングも好きなので、時間が合えばときどき一緒にライドに行くのだ。

 

ケンタと相談した結果、今回はJR飯田線豊橋から静岡県浜松市天竜区中部天竜駅まで移動し、佐久間、水窪周辺に行くことにした。

 

タイミングのいいことに、ちょうどその日はJRのさわやかウォーキングの日で、8時発で豊橋駅から飯田方面に特別列車の快速が出ることになっていた。

この電車を使わない場合は始発かその次の7時台の電車に乗ることになる。飯田線には基本的に快速は走っていないので、遠くまでいく場合は特急を使うか普通電車でのんびり行くしかない。まあ、のんびり行くのはそれはそれで贅沢なのだが。

 

こんな機会は滅多にないので、我々は豊橋からの臨時列車を使うことにした。

 

ケンタと集合し、豊橋駅で自転車を輪行袋に入れホームに向かう。

臨時列車が豊橋駅の2番ホームで待っていた。東海道線の快速列車と同じ車両だが、3両編成だ。

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自転車を持ち込むため、臨時列車がどのくらい混むのかが気になっていたが、あまり告知がされていないのか、3両編成でもさほど混んではいなかった。さわやかウォーキングに参加する人たちだろうか、一人で乗っている年配の男性が多かった。

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我々はベンチシートに座った。

飯田線の話をあれこれしていると、向かいのシートに座った男性が話しかけてきた。様子からすると鉄ちゃんのようだった。

 

豊橋駅から中部天竜駅までは 29駅あるが、臨時快速が停車するのは、豊川、新城、本長篠とほんとうにわずかだ。湯谷温泉に停車しないので、中部天竜までだと実は特急のワイドビューより停車駅が少ない。ちょっと反則な快速である。

少し前まで通勤で飯田線を使っていたので、快速のスピードに驚いた。とはいえ、途中の駅で何度か行き違いのために停車したりして、そのあたりは飯田線であった。

もう少しで本長篠駅というところで電車が急停車した。また鹿とでも接触したか、と思っていたら、向かいの男性が窓の外を指差しているので見に行く。

散歩なのか、数人の老人が線路脇に何事もないように座っていた。やがて車内にアナウンスが流れる「線路内に人が立ち入ったため緊急停止しました。」数分止まっただけで、すぐに走り出した。

 

「さすが飯田線。このくらいのトラブルは日常茶飯事だな。」私がそう言うとケンタが笑った。

 

中部天竜駅到着。

 

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我々以外に輪行していた二人のサイクリストが降りた。どこに行くのだろう。

 

中部天竜駅飯田線にしては珍しい有人の駅だ。切符を駅員さんに渡すとき、「どちらに行きます?」と聞かれる。「水窪方面です。また戻ってきますよ。」私は答えた。「ならいいんです。南の原田橋は渡れないもので。」駅員さんが言った。

 

原田橋のことは承知している。数年前に崩落事故があり、仮設橋はあるものの、自転車は通してくれない。駅員さんがわざわざ声をかけてきたということは知らずにここまで電車でやってくるサイクリストがいるのだろう。

 

駅前の色褪せた大きな観光地図の前で自転車を組み立てる。ケンタも慣れたものだ。

 

今回は、中部天竜から水窪を越え、大嵐駅まで行くという野心的なプランも立てたが、早く戻る予定ができたので、中部天竜水窪を往復するプランに変更した。

 

二人ともロードバイクだが、ガツガツしないペースで走って、景色のいいところや気になるところでは止まって、いろいろ見る、ということにした。

 

中部天竜駅を出発。

まずは中部天竜駅からとなりの佐久間駅まで移動。ケンタが鉄橋の狭いところを進んでいく。

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よく知っているな、ほんと。鉄橋の先の小道が国道まで続いているか疑問だったが、行ってみることにした。ダメなら戻ればいい。今回のライドはそんな感じだ。

案の定、道は途中で民家とぶつかった。まあこんなもんだろう。

佐久間から我々は二本杉峠に向かってのんびり上り始めた。

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実はこの道は20年近く前、走ったことがある。学生のころ、自転車部の合宿が水窪集合でこの道を通って水窪まで行ったのだ。なぜ川沿いの国道を行かずわざわざ峠越えのルートを選んだのか謎だが。

 

だが、今走ってみても全く記憶にない。キツかったという印象以外は。

確かにアプローチからなかなかの斜度だ。ケンタと話しながら上っていく。

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どうやらこの道は昔から街道として使われていたようだ。いろんなところに言い伝えなどを書いた看板があった。

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滝や淵に降りていく道があったが、上がってきた道を考えるとわざわざ降りて戻ってくるのが億劫で看板を見るだけだった。

 

ケンタが自転車を止める。

なるほどいい景色だ。

 

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「ドライブしていい景色のところ行っても、自転車で来たらよかったのになってよく思う。」とケンタ。全く同感だ。感動が全然違う。大抵、我々がいう「景色のいいところ」は高いところが多い。つまり、苦労の先の風景なのだ。だから毎回、文句を言いながら山を上っていく。

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更に峠をめざして上っていくと、中央構造線の断層谷に出る。

 

佐久間の町が眼下に広がる。

数キロ上ってこの景色なら悪くない。


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振り返ると赤く色付いた木が見えた。このあたりの紅葉も遅いようだ。

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断層谷から二本杉峠まではあまりかからなかった。

二本杉峠のいわれが書いてある看板はあったが、二本杉はない。どういうことなのだろう。

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二本杉峠の先は割と平坦基調で、続くホウジ峠まであっさり着いた。

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峠に来て思い出した。あの遠くの景色を望む崖のところで、昔写真を撮ってもらったのだ。あのときは豊橋から水窪まで自走だったからとにかくこのホウジ峠がキツかった、ということも思い出した。

ケンタにその話をすると、「じゃあ今回も写真を撮ろう」ということになり、一枚撮ってもらう。

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ホウジ峠には移築した古民家が民俗文化資料になっており、中では地元のおばさんたちが蕎麦を出していた。

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昼には少し早いので、蕎麦は見送る。

 

資料館の中を少し見せてもらう。昔の道具や雛人形などがいろいろ展示されていたが、解説が何も書いていないので、ふーんという感じだった。ちょっともったいないな。

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資料館を出るとき、家族に土産を買う。

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甘く煮た大豆を小麦とお米とまぜて団子にした「とじくり」と餡子の入ったまんじゅう「いろりっこ」を買う。いろりっこは生地が蕎麦、ヨモギ、きびとあったが、蕎麦ときびを購入。うちの家族にはなかなか好評だった。

 

「自転車で来たの?山上がってくるの大変だったでしょ?どっちから来たの?」と店のおばちゃんに聞かれる。佐久間から、と答えると「それは大変だわ。水窪からのほうが坂が緩いのよ。」と教えてくれた。

 

資料館を出て水窪に向かう。

ケンタと私はウィンドブレーカーを羽織るとそのまま峠を降りて行った。

 

「ケンタ、昼ご飯のあてはあるのか?」私が尋ねると「よさげなところがありそうだよ。」と言う。

ローカルな食堂に行けるといいな、と勝手に期待しながら、峠の下り坂に身を委ねた。