誕生日に一日有休を取った。
特に予定はない。
少し遠くまで自転車に乗ろうかとも考えたが、
最近、一人で蕎麦を食べに行っていないな、と思い、小旅行に出ることにした。
子供が生まれる前、私はよく一人で蕎麦を食べに遠くに出掛けていたものだ。
飯山、小布施、更埴、松本、飯田。
車だったり、電車だったり、自転車だったり。ただたいていは信州だった。
お気に入りの白のトレンチコートとハンチングを身につけると、コーヒーとチョコレートを持ち、車で北に向かった。
若い頃、浜松のホテルで働いていて、疲れが溜まると南信州の平谷村にある「ひまわりの湯」まで車を走らせていったものだ。
あの広い露天風呂が大好きなのだ。
走り慣れた奥三河の道をあまり考えることもなく北に進む。
夕方、家族との約束があるので、あまり遅くに帰る訳にはいかないが、下調べも何もなく行ける平谷村あたりなら、問題なく帰って来られるだろう。
設楽町田口でスーパーの前を通過して、「あ!」と思い出し、慌ててUターン。
今年の設楽町のヒット商品「田口塩鶏」が売られているのだ。長女が美味しいと喜んでくれたので、少し買うことにした。
設楽町のあたりはダム工事のせいか大型の工事車両が多かったが、道の狭いところでは譲ってくれたりととても感じが良かった。
道の駅津具グリーンパークで休憩。
大根が2本で120円と安い。家の大根の在庫が思い出せなかったが、次女がいくらでも食べるから買って帰っても大丈夫だろう。
ついでに田口塩鶏のマッチが売っていたので、こちらも購入。昔はレストランやカフェのレジ横でマッチを置いて、土産がわりに集めていたが、そういう店はほとんどなくなってしまった。
しばらく車を走らせると長野県に入る。
妻の好きな吉澤嘉代子のアルバムがずっと車内でかかっているが、悪くない。
県境の村、根羽村の役場に車を停める。
役場は移転したらしい。まだ私が高校生の頃、ヒッチハイクでここまで来たことがある。ちょっとした思い出の場所だ。
昼の蕎麦屋を調べると平谷村に「侍」という店があるようだ。お腹が空いてきたので、温泉の前に蕎麦屋に行くことにする。
道は国道153号に入り、道が広くなりとても走りやすい。信玄坂を上っていく。いつだったか、400キロのブルベでここを走ったな。また少し一緒に走ったブルベのヒーローのことを思い出した。
平谷村に入る。
蕎麦屋「侍」は平谷村から隣の売木村に向かう道の途中にあった。
しかし、冬季休業中であった。
「やれやれ」
スマホで蕎麦屋を調べると治部坂峠のあたりに店があるようだ。車をUターンさせると、治部坂方面に向かった。
「治部坂十割そば」というストレートな名前の店に入る。数年前には土産物と食堂だった店だ。
中に入ると今は蕎麦屋しかやっていないようだった。
標高1000mを超える治部坂峠はさすがに寒いが、ここは天ざるを注文。
蕎麦を待つ間、柳宗理のエッセイを読む。最近、デザインに興味が出てきたので面白い。
蕎麦が来た。十割蕎麦はつなぎがない分千切れてしまいがちだが、綺麗な仕上がりだ。
サラサラと入っていく。
天ぷらの盛り合わせにはリンゴの天ぷらがあった。
「お塩でどうぞ」と言われたのでそのようにたべたが、ほとんどアップルパイの感覚だ。まあ名物、ということだろう。
次の機会にはもっとストイックな蕎麦を食べに行こう。
家族の土産にと、治部坂十割そばの道を挟んだむかいにある治部坂高原ジャム工房に行くが休業日であった。コロナの影響が各所にあると今更ながら実感した。
しばらく周囲を散策する。
寒さが徐々に身に染みてくるが、こういう感覚は久しぶりだ。寒さ、寂しさ、悲劇の感覚、そうしたものがときどき恋しくなるのは何故だろう。
治部坂を離れ、目的のひまわりの湯に向かう。
かつてはよく通った広々とした温泉は、昔と変わらず私を癒してくれた。
あとは帰るだけだが、寄りたいところがあった。
ここもいろいろ思い出のある場所だ。
峠からの景色がいい。
売木村は私が一人旅を始めたときに訪れた村で思い入れのあるところだ。
お気に入りだった漬物屋がなくなっていたのが残念だが、新野峠に向かう景色は相変わらず美しい。
気が向いたらまた来ることにしよう。
私は県境の新野峠を越え、家路についた。